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【第5話:ただのバイオマス温室が「バイオ兵器基地」に】

断水で苦しむ高台をよそに、谷底のライフラインは盤石そのもの。

今回は、冬の食卓を彩る「温室」を作ります。

自然の知恵をフル活用した結果、またしても周囲が神格化を始めます。

冬の厳しさが本格化し、

黒谷を囲む険しい山々がうっすらと白く染まり始めていた。


肌を刺すような木枯らしが吹き荒れ、

地表のあらゆる生命が活動を停止する極寒の季節。


しかし、谷底に佇む古い農家だけは、

そんな大自然の脅威から切り離されたかのような、奇妙な熱気に包まれていた。


「鉄蔵さん、冬はどうしても野菜が不足しがちですよね。

八百屋でバカ高いハウス栽培の小松菜を買うなんて真っ平ですし、

ここらで一発、僕らの常夏農園を作りましょう」


「おう。だがこの寒さだぞ?

火でも焚き続ける気か?」


「いえ、火も電気も使いません。

大自然の目に見えない生き物たちの力を借りるんです」


桐生が不敵な笑みを浮かべて提案したのは、

電気代も燃料代も一切かからない、

伝統的な堆肥の発酵熱を利用した「温床温室」の建設だった。


二人は防寒着の袖をまくり、敷地内に頑丈な丸太の木枠を組み上げると、

厚手のビニールシートを隙間なく張り巡らせて大きめの温室を形にした。


本番はここからだった。

温室内部の地面に大人がすっぽり嵌まるほどの深い穴を掘り、

そこへ秋の間に集めておいた大量の落ち葉、米ぬか、

そして鉄蔵が近隣の農家から譲り受けていた山羊の糞を

絶妙な比率で混ぜ合わせ、何層にも敷き詰めていく。


桐生がじっくりと水を撒いてシャベルで均すと、

数日もしないうちに温室の空気が劇的に変わり始めた。


「……ほう、こいつは驚いた。

汗が出てきやがったぞ」


「大成功です!

微生物たちが有機物を分解する時、

猛烈な『発酵熱』を出すんです。

これぞ僕らの天然暖房ですよ」


外は氷点下に迫る極寒だというのに、

ビニール一枚隔てた温室の内部は、

暖房なしでも常に二十度前後のぽかぽかとした陽気に保たれていた。


ふかふかの土壌からは生命力に満ちた湿った熱気が立ち上っている。

二人はこの自家製温室の暖かな温床に、ミニトマトや小松菜の種を仕込んだ。

微生物の恵みをたっぷり吸った苗は驚異的な速度で成長し、

冬真っ只中だというのに真っ赤な完熟ミニトマトを鈴なりに実らせたのだ。


「この時期に採れたてのトマトが食えるなんて、最高だな!

味が濃くてめちゃくちゃ美味い!」


「でしょう!

これぞ本当の贅沢、完全な自給自足ですよ!」


二人はもぎたてのトマトを口に放り込み、

その圧倒的な甘みと酸味に声を弾ませて収穫作業を満喫していた。


バブルのシステムから外れ、

自分たちの知恵だけで冬の寒さに勝利した事実が、ただただ愉快だった。


しかしその頃、高台のニュータウンは「最悪」という言葉さえ

生ぬるい壊滅的な局面を迎えていた。


基幹水道管の崩落による断水が一向に復旧しない中(第4話)、

追い打ちをかけるように、帝都アーバニティの手抜き工事が

露呈した強風によって電線が寸断され、配給網の機能すら完全に麻痺してしまったのだ。

華やかな未来都市だったはずの高台は、

一瞬にして食料の供給が途絶えた極寒の飢餓地獄へと変貌していた。


「もう食べるものが何もない……。

このままじゃ凍え死ぬ前に飢え死にしてしまう……」


空腹と寒さで顔を青ざめさせ、

絶望に震える数名の住民たちが、意を決して境界線の坂を降り、

黒谷の谷底へと恐る恐る足を踏み入れてきた。


彼らがそこで目にしたのは、世界の法則がひっくり返ったかのような、

あまりにも奇跡的な光景だった。周囲の景色はどこまでも凍てつき、

冬枯れた灰色に包まれている。


その中心に、もやもやと暖かな熱気を放つ

巨大なビニール温室がぽつんと現れたのだ。


誘われるように中を覗き込んだ住民たちは、

驚愕のあまり言葉を失った。


そこには、常夏の光に照らされ、

青々と生命力に満ちた小松菜が絨毯のように広がり、

宝石のように瑞々しい真っ赤なトマトが溢れんばかりに実っている。


住民たちの脳内で、恐るべき速度で神格化の歯車が噛み合った。


「……信じられない。

あの男は、この過酷な飢餓の冬が来ることを、

帝都アーバニティの配給機能が完全に麻痺することさえも、

最初からすべて予見していたんだ……!


だからこそ、事前に大手企業の手の届かない独自の

『自給兵站拠点』を完備していたんだ……!」


すべてはあの天才軍師、桐生の計算通りだったのだ、と。

彼らはその圧倒的な先見の明と、

自然を支配するような防衛基盤の前に、完全に戦意を喪失し、

同時に盲目的な信仰を抱き始めていた。


桐生は、温室の入り口でガタガタと震えながら、

顔を驚愕に染めている住民たちの存在にようやく気づいた。


彼は収穫カゴを片手に、いたって暢気な親切心から、屈屈のない笑顔で声をかけた。


「あ、こんにちは。

外は寒いでしょう。

一応、皆さんの人数分くらいのトマトならありますよ。

お腹空いてるなら、これ、食べます?」


その瞬間、住民たちの張り詰めていた緊張の糸が激しく切れた。

彼らは大粒の涙を流し、泥だらけの地面に崩れ落ちた。


「救世主だ……! 救世主降臨だ……!!」


「我々を見捨てず、食料まで用意してくださっていたなんて……!」


住民たちは誰も彼もが桐生に向かって五体投地のごとくひれ伏し、

震える手で差し出されたトマトを受け取り、貪るように齧りついた。


谷底の温室で「いや、ただの落ち葉の発酵熱なんですけど……」と、

ひれ伏す住民たちを前に最高に困惑した表情を浮かべる桐生と鉄蔵。


高台の崖の上で「あの黒谷の王に逆らっては生きていけない」と、

確固たる忠誠を誓い始める避難民たち。


本人の意図とは裏腹に、黒谷のベースは勝手に「難民を救う最後の桃源郷」としての

神話を確定させ、帝都アーバニティを追い詰める反逆の防衛戦へと、

爆笑の加速を強めていくのだった。

ただトマトを分けてあげただけなのに、ついに「救世主」になってしまった桐生。

高台の民心が完全に黒谷へと傾き始めます。

次回、金剛寺の重機襲来に対して、桐生が放つ「熱線兵器」とは!?

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