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【第15話:生ゴミコンポストと「奇跡の錬金術」】

いつもお読みいただき感謝です!

今回は、生活からどうしても出てしまう「生ゴミ」の処理。

桐生が作ったただの堆肥化容器が、都市工学の専門家を驚愕させることに!?

大断水に続く、全域大停電。

インフラという名の近代文明の生命線を次々と切断され

た高台の『青葉の森ニュータウン』は、

もはや最新の高級住宅地としてのプライドや体裁を保つことすらできなくなっていた。


 暗黒と極寒に包まれた我が家を捨て、

水も光も、そして確かな人間の暖かさも揃った谷底の

「黒谷ベース」へと、救いを求める新住民たちが日を追うごとに

長く滞在するようになっていくのは、至極当然の成り行きだった。


 ベースが賑やかになること自体は、決しておおらかな桐生や、

文句を言いながらも付き合ってくれる鉄蔵にとって、

悪いことばかりではなかった。


しかし、人間が集まり、そこで一時的とはいえ共同生活のような

真似事が行われれば、どんなに素晴らしい理想郷であっても、

どうしても避けられない現実的な問題が頭をもたげてくる。


 ――他でもない、「生ゴミ」の急速な堆積であった。

 住民たちがそれぞれ高台から持ち込んできた食材の残骸や、

野菜のクズ、食べ残しといった生活のゴミが、

ベースの一角にじわじわと溜まり始めていたのだ。


 いくら冬の凍てつく寒さの中とはいえ、

これをそのまま野ざらしに放置しておけば、

やがて不衛生な悪臭を放つ原因になる。


何より、その匂いに誘われて、裏山の深い森から狐や烏、

あるいは下手をすればもっと凶暴な野生の猪や熊といった動物たちを、

人間の生活圏へと呼び寄せてしまう深刻な危険性があった。


「うーん……。このままゴミを溜め込んでおくわけにはいかないですよね」


 黒谷ベースの庭の隅に積まれつつあった、

お世辞にも美しいとは言えないゴミの山を見つめながら、

桐生は腕を組んで深く考え込んでいた。


その隣で、使い込まれた作業着のポケットに手を突っ込んだ鉄蔵が、

面倒くさそうに太い鼻を鳴らす。


「高台の洒落た暮らしと、ボタン一つのシステムに慣れきった連中だからな。

自分が出したゴミの始末ひとつ、自分の手じゃ満足にできやしねえ。

おい桐生、こんなもの放っておいて、

いっそゴミごと高台のあいつらの高級住宅へ送り返してやるか?」


「いや、そんなこと言わないでくださいよ、鉄蔵さん。

せっかく僕たちを頼って、

わざわざこんな谷底まで足を運んでくれているんですから。


それに、ちょっとした工夫と自然の力を借りれば、

これだってただの厄介なゴミじゃなくなりますよ。

それどころか、素晴らしい宝物に変わるんです」


 桐生はそう言って、いつもの屈託のない

お人好しな笑みを浮かべると、

さっそくガレージに向かって行動を開始した。


 彼が物置の奥から引っ張り出してきたのは、

鉄蔵の作業場の裏に転がっていた、

かつて何かの中型資材を運ぶために使われていた古い頑丈な木箱だった。


桐生はまずその木箱を入念に清掃し、底に小さな空気穴をいくつか開ける。

 次に、黒谷ベースの敷地内からシャベルで掘り起こしてきた、

土着の微生物が豊富に含まれたふかふかの黒土を適量、

その木箱の中へと注ぎ込んだ。


 仕上げに、以前近くの知り合いの農家から「何かに使いな」と

タダで分けてもらっていた、栄養価の高い新鮮な「米ぬか」を

たっぷりとそこへ投入する。


 手になじんだ木製のスコップを握り、

桐生はそれらの材料をザクザクと手際よく攪拌していった。


 傍から見れば、ただの古びた廃材の木箱と、

そこらへんの泥、そして捨てられるはずの米ぬか。


しかし、それが桐生の迷いのない手際によって、

あっという間に機能的な「手作りの堆肥化木箱」へと生まれ変わった。


「皆さん、ちょっと手を止めて、こちらに集まっていただけますか」


 桐生はベースの敷地内で思い思いに暖を取っていた

住民たちに声をかけ、彼らを集めると、

完成したばかりの木箱の前に立って実演を始めた。


「これから、料理をするときに出た野菜の皮や芯、

食べ残した生ゴミは、ビニール袋に溜めずに

全部この木箱の中に入れてください。


こうしてゴミを放り込んだら、このスコップでこうやって、

軽く周りの土と混ぜ合わせるだけで大丈夫です」


 桐生は手元にあったキャベツの硬い芯や、

大根の皮の切れ端をパラパラと木箱の中に落とし込み、

上からザクザクと黒い土を優しく被せてみせた。


「こうして土を被せておくだけで、

土の中に住んでいる目に見えないたくさんの微生物たちが、

生ゴミを綺麗に分解してくれるんです。


今は厳しい冬ですけど、じっくり時間をかけて発酵させれば、

春になる頃には、僕たちがこれから裏山に作る畑で使う、

最高の栄養を持った有機肥料になってくれますから。

ゴミも減るし、美味しい野菜作りの準備もできて、一石二鳥ですよ」


 桐生にとっては、大企業のシステムに依存せず、

自然と共に自給自足の丁寧な生活を送る上での、

ごく当たり前で平凡な「生活の知恵」に過ぎなかった。


ゴミの処理に困るベースを綺麗に保ち、

ついでに次の季節の菜園の準備も整える。


ただそれだけの、ささやかな工夫のつもりで、

彼は住民たちに分かりやすく説明したのだ。

     *

 それから、数日の時間が経過した。

 住民たちは最初のうちこそ、「そんな木箱にゴミを捨てて大丈夫なのか」と

半信半疑のままであったが、

桐生に言われた通りに毎日の野菜クズを律儀に投入し続けていた。


 すると、その古い木箱に、誰もが目を疑うような劇的な変化が

現れ始めたのである。


 あれほどベースの一角で異臭を放ちかけていた生ゴミの山から、

嫌な臭いが、文字通り跡形もなく完全に消え去っていたのだ。


 それどころか、木箱の厚い蓋をそっと開けてみると、

そこからは雨上がりの深い森の奥深くの、湿った豊かな大地の土のような、

どこか芳醇で落ち着く香りがふわりと漂ってくる。


「おい、ちょっとみんな、来てみろよ……!

この木箱、なんだかおかしいぞ。すごくあったかいんだ!」


 驚いた一人の住民が大きな声を上げた。

その呼びかけに、周囲にいた人々が次々と

半信半疑のまま木箱の周りへと集まり、

恐る恐るその表面や土の上に手をかざした。


 凍てつく冬の容赦ない空気の中で、木箱の内部からは、

白く柔らかな生命の湯気が、シュシュと生き生きと立ち上っていた。


土の中の微生物たちが、爆発的な勢いで生ゴミを分解する際に出す熱――

「発酵熱」そのものであった。中を少し掘り返してみれば、

数日前に放り込まれたはずのキャベツの芯や果物の皮が、

まるで魔法のように形を完全に失い、

しっとりとした黒い土へと同化し始めている。


「信じられん……。

信じられん、こんなことが、こんな個人の手仕事で可能なのか……!」


 そのホカホカと生命の熱を帯びた木箱の前で、

突然、一人の白髪混じりの老紳士がガタガタと膝を震わせ、

その場に崩れ落ちるようにして跪いた。


 彼の名は、高台のニュータウンでも最高級とされる

エリアに居を構える、国内最高峰の国立大学で長年教鞭を執り続けてきた

、高名な「都市環境学」の教授であった。


 近代の最先端都市における、

膨大な廃棄物処理問題とエネルギー効率を研究し続け、

政府の諮問機関の委員をも務める都市計画の権威が、


今、日本のバブルの絶頂期において、

ただの薄汚れた古い木箱の前で、大粒の涙を流して震撼していた。


「き、教授? 一体どうされたんですか!?

どこかお身体でも悪いのですか!?」


 突然の教授の異常な様子に驚き、

心配して駆け寄ろうとする周囲の住民たちを、

教授は激しい手つきで制した。


彼の眼鏡の奥の目は、世紀の大発見を目の当たりにした探検家のように、

ギラギラと血走っている。


「君たちは……君たちはこの光景の、本当の恐ろしさと

偉大さが分かっていないのか!


排泄物や生ゴミといった、近代の消費都市が排出し続け、

莫大な税金を投入しても処理しきれない最大の弱点、

いわば『都市の負の遺産』をだぞ!?


それを、国や大企業が作るような大掛かりな焼却炉も、

膨大な電力も一切使うことなく、

ただの古い木箱とそこらへんの自然の力だけで、

最速かつ完璧に『富(肥料)』へと完全循環させるシステムを、

この青年は、この短期間で、個人の知恵だけで構築してみせたんだ!」


教授は狂ったような熱量を孕んだ声で木箱を熱烈に指差し、

周囲の一流の知識人や新住民たちに向かって、

まるで学会の壇上にいるかのように絶叫した。


「これこそが! 我々を騙し、縛り付けていた悪徳デベロッパーの、

あの帝都アーバニティの欺瞞に満ちた近代都市計画を根底から否定し、

拒絶する、次世代型循環都市の雛形に他ならない!


桐生氏は、近代文明が排出したゴミを、生命の力で『富』へと変える、

現代の『奇跡の錬金術』を完全に成し遂げたのだ!!」


 教授の、魂を揺さぶるような大真面目な熱弁は、

インフラを失して未来への強い不安を抱えていた住民たちの心に、

爆発的な勢いで火をつけた。彼らの高学歴な脳内ネットワークが一瞬で繋がり、

熱狂的な集団妄想の極致へと突入する。


「ゴミすら一瞬で資源に変えてしまうなんて……

黒谷、そして桐生さん、凄すぎるだろ!」


「そうだ! もう帝都アーバニティの高い管理費を払って、

いつ来るかも分からないゴミ回収車を暗闇の中で待つ必要なんて、

最初からなかったんだ! 私たちは自由だ!」


ベース内は、まるで未開の地で新しい真理の革命の火が灯ったかのような、

凄まじい熱狂と地鳴りのような大歓声に包まれた。


住民たちの目は、もはや桐生をただの「手先が器用なお兄ちゃん」としては

絶対に見ていなかった。

彼らは、既存の肥大化した資本主義社会システムをあざ笑う、

エコロジーと都市工学の破壊的救世主をそこに明確に見ていたのである。

     *

「いや……あの……本当にただの、

どこの田舎にでもある普通の木箱なんですけど。

昔からおじいちゃんおばあちゃんがやってるような、

普通の堆肥作りですよ……?」


あまりの熱狂的な盛り上がりに完全に置いてけぼりを食らった桐生は、

両手をパタパタと振って必死にその深読みを否定した。


大袈裟に大発明だと騒ぎ立てる教授や、

涙を流してハグし合う住民たちを前にして、桐生はただただ困惑し、

居心地悪そうにポリポリと頬を掻くばかりだった。


しかし、その桐生のどこまでも困惑した表情、

名声を嫌うかのように気まずそうに視線をそらす

その謙虚な仕草を見た住民たちは、一斉にハッと息を呑み、

互いに顔を見合わせた。彼らの脳内では、

さらなる深遠な深読みが完了していた。


(なんて恐ろしい男だ……。世界的な大発明、

都市計画の歴史を塗り替えるほどのイノベーションを成し遂げておきながら、

まるで大したことではないように凡庸を装ってみせる心憎い演出とは)


(あの底知れない謙虚さの裏には、帝都アーバニティの息の根を完全に止め、

社会的に抹殺するための、我々の想像を絶する精緻な知略と

計算されたシナリオが隠されているに違いない……!)


住民たちは、桐生の「あえて無知な若者を装う完璧なポーズ」に、

さらなる底知れない畏怖と、狂信的なまでの忠誠を深めていくのだった。


「……おい、予言者の次は、ゴミを金に変える錬金術師様か」


すっかり住民たちのカリスマ、あるいは絶対的な指導者と化した

桐生の後ろ姿を遠巻きに見ながら、鉄蔵がずずっとお茶をすすり、

クスクスと意地の悪い笑い声を漏らした。


「ただの野菜のクズと泥水で、

ここまで知識人の偉い連中から拝まれる奴を、

俺は長い人生の中で生まれて初めて見たぜ。

お前、大したタマだな」


「鉄蔵さん、

本当にお願いですから笑い事じゃなくて、助けてくださいよ……。

どうして普通に暮らそうとしてるだけなのに、

毎回こうなっちゃうんだろう……」


桐生は心底情けなさそうな声を上げ、

ホカホカと湯気を立てる木箱の土を見つめた。


ただの親切心と、ベースを綺麗に、

清潔に保ちたいという当たり前の日常の延長。


それが、高台の住人たちの狂信的なエリート脳を巻き込み、

巨大なエコロジーの最先端都市モデルへと勝手に大化けしていく。


だが、この谷底の異常なまでの盛り上がりと、

自社の管理体制・集金システムからの完全な住民の離脱という大不祥事は、

高台の冷え切ったオフィスで血の涙を流す、

あの男の耳にも確実に届きつつあった。


自らの統治権とデベロッパーとしての威信を完全に脅かされた

帝都アーバニティの金剛寺は、

ついに、これまでのような傍観やオフィスでの発狂を捨て、

桐生たちを物理的に排除するための、

姑息で冷酷な「直接工作」へと打って出る決意を固める。


黒谷ベースの命の綱であり、すべてのインフラの根源である

「山からの水路」をターゲットにした、卑劣な罠が静かに、

しかし着実に動き出そうとしていた。


桐生たちの穏やかなDIYライフに、最大の危機が迫る。

ただのコンポストが、次世代型エコロジーの最先端都市モデルに大化け。

これに危機感を覚えた金剛寺は、

ついに姑息な直接行動「水路封鎖」に出ます。桐生たちの運命は!?

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