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【第14話:廃材の二重窓DIY教室(ただの雑談)】

黒谷に避難してきた高台の住民たち。

今回は、家が寒くて困っているという彼らの悩みを解決するため、

桐生がゴミの山から使えるテクニックを伝授します。

大停電によって一瞬にして漆黒の闇に包まれ、

極寒の牢獄と化した高台の『青葉の森ニュータウン』。


そこから、光を灯し続ける谷底の「黒谷ベース」へと、

吸い寄せられるように這うようにして逃れてきた新住民たち。


 かつて桐生と鉄蔵がジャンク部品で組み上げた水車発電の明かりが、

優しく、そして煌々と照らし出す庭先。


そこへ身を寄せ合った彼らは、手作りの冷温給水機から

注がれた温かいお番茶でどうにか一息ついたものの、

依然として厳しい冬の夜風に晒され、

寒さとこれからの見えない不安でガタガタと青白い体を震わせていた。


「……とにかく、家の中が信じられないくらい寒いんです。

ただ暗いだけじゃない、物理的に凍え死にそうなんですよ」


「そうなのよ。

エアコンの電気が止まった途端、

まるで氷の洞窟の中に閉じ込められているみたいで……。

何千万もの大金を叩いて買った、最新の高級住宅のはずなのに、

壁の薄いプレハブ小屋かテントに住んでいるのと大差ないわ」


 湯呑みを握りしめる手を震わせながら、

住民たちが口々に訴える我が家の悲惨な状況。


それを聞きながら、桐生はふむ、と少し困ったように顎に手を当てた。

 彼らがステータスとして買い求めたモダン住宅は、

豪華なパンフレットの謳い文句や外見とは裏腹に、

利益を極限まで優先した手抜き突貫工事の産物だった。


壁の断熱材は驚くほどスカスカで、窓枠の噛み合わせも最初から最悪という、

典型的なバブル期の欠陥プレハブ構造。


電気が通っていればエアコンのパワーで強引に温めることもできたが、

一度大停電に見舞われてしまえば、

外の暴力的な冷気が容赦なく室内に侵入してくるのは、

建築の構造上、あまりにも自明の理であった。


 あまりの寒さとショックに涙を浮かべて困り果てている

住民たちを見かねて、桐生はいつもと変わらない、

安心させるようなお人好しの笑みを優しく浮かべた。


「それなら、そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ。

わざわざ高いお金を払って業者を呼ばなくたって、


近くの工事現場のゴミ捨て場によく転がっているような

廃材のサッシや端材を使えば、驚くほど簡単に直せますから。

ちょっとした工夫で劇的に変わりますよ」


 桐生が何気なく、ごく当然の生活の知恵として放ったその一言。

しかし、これが引き金となり、漆黒の夜の黒谷ベースの庭で

、急遽、熱気に満ちた「即席二重窓の日曜大工講座」が

幕を開けることとなったのである。

     *

「おい、桐生。これでいいか? 

こいつならまだガラスもしっかり嵌まってる」


 そう言って、職人気質の老人・鉄蔵が、

母屋の奥にある乱雑な物置から、以前どこかの解体現場から

「何かに使えるだろう」と引き取ってきていた

古いガラス入りのサッシ枠をいくつか引きずり出してきた。


「ありがとうございます、鉄蔵さん。

サイズも状態もぴったりです」


 桐生は周囲に集まった住民たちに見えるよう、

身振り手振りを交えながら、懐中電灯の光の中で実演を始めた。


 手際よく端材の角木を取り出すと、慣れた手付きでノコギリを挽いていく。

シャカシャカと小気味よい音が響き、あっという間に綺麗な材木が切り出された。

それを既存の窓枠の内側にはめ込み、

もう一枚のガラス枠を固定するための簡易的な木枠を、

トントンと小気味よく釘を打ちながら組んでいく。


「二重窓にする上での一番のコツは、

この元々ある窓と、新しくはめ込むガラスの間に、

指二本分くらいの少しの隙間を作ってあげることなんです。


この、閉じ込められた『空気の層』が、

ものすごく優秀な断熱材の代わりになってくれるんですよ。


動かない空気というのは、どんな高級な壁よりも熱を通しません。

これだけで、外からの冷気を完全にシャットアウトして、

部屋の温度が劇的に上がりますから。結露も防げて一石二鳥です」


 桐生にとっては、自給自足の暮らしを営む上での

日曜大工の延長線上にある、ごく基本的な建築知識を交えたただの

「雑談」のつもりだった。


凍える住民たちの寒さが少しでも和らぎ、

今夜を乗り切る役に立てばいい――

それだけの、下心のまったくない、純粋で素朴な親切心だった。


 しかし。

 桐生を取り囲み、手元の懐中電灯で彼の手元を照らしながら、

一言半句も聞き漏らさぬよう真剣な眼差しでノートに

メモを取る住民たちの受け止め方は、

彼の予想を遥かに超えた異次元の領域に達していた。


 何を隠そう、このニュータウンの住民たちの中には、

日本の高度経済成長期を前線で支えてきた

一流メーカーの高名なシニアエンジニアや、

欧米の最新都市計画を研究する一流大学の都市工学の専門家、

さらには大手ゼネコンの設計士までもが多数含まれていたのである。


彼らはインフラの崩壊によって、ただの無力な難民へと身を落としていた。

 だが、今、彼らは桐生の無駄のない滑らかな手付きと、

あまりにも合理的で物理原則に忠実な解説を凝視し、

衝撃のあまり言葉を失って目を見開いた。


「……素晴らしい。なんというコペルニクス的転回だ」


 一人の高名な電子工学のエンジニアが、

寒さとは異なる興奮で震える声で呟いた。


「あえて高価な最新の暖房器具に頼ることもなく、

大企業が供給する欺瞞に満ちた電力のネットワークに

一切依存することもない。


社会から無価値として見捨てられた『廃棄物』を利用し、

空気の熱伝導率という物理の基本原則だけを応用して

熱効率を極限まで高めるというのか……!」


「それだけではないぞ、これはもっと深い意味がある」


 隣にいた都市工学の専門家が、

興奮で青白い顔を上気させ、

ノートに激しく万年筆を走らせながら声を震わせる。


「これは、単なる寒さしのぎの裏技などという生易しいものではない。

建築知識という洗練された『真の知恵』を武器にして、

巨大デベロッパーである帝都アーバニティが

仕掛けた資本主義の手抜き技術を、完全に無効化し、

無力化しているんだ。

中央集権的なインフラに対する、

天才技師による完璧な『ゲリラ戦術』、いや、構造への反逆そのものだ……!」


 住民たちの間で、切羽詰まった状況とエリートゆえの知性が仇となり、

熱狂的な深読みと誤解が凄まみいスピードで伝播していった。


 彼らにとって、桐生の何気ない「隙間を作るといいですよ」

というアドバイスは、自分たちを騙して大金を搾取した

悪徳デベロッパーの支配構造を、底辺からひっくり返して破壊するための

「至高の反逆の知恵」として崇め奉られていった。


桐生が木枠を調整するためにトンと軽く叩くたびに、

周囲を囲む一流の知識人たちからは

「おお……!」「基礎構造の補強まで計算されているのか……!」と、

地鳴りのような感嘆の吐息と驚嘆の声が漏れた。

     *

「よし! 理論は完全に理解した! 

これなら俺たちにも、自分たちの手でできるぞ!」


「帝都アーバニティの無能な現地窓口の言いなりになって、

このまま冷たい部屋で凍えて死ぬのは真っ平御免だ! 

我が家を、あの悪徳企業の家ではなく、黒谷の思想で塗り替えるんだ!」


 暗闇の中で完全に「覚醒」し、

その目に不屈の革命家の戦火のような炎を宿した住民たちは、

桐生への畏怖に満ちた深い一礼を済ませると、

手に手に対策用の廃材や鉄蔵から借りた道具を抱え、

猛然と高台の我が家へと引き返していった。


 彼らはその夜、極寒の暗闇の中、

凄まじい執念と熱量で作業に没頭した。

 高台のニュータウンの至る所から、

トントン, カンカンと夜通し、

小気味よい木槌や金槌の音が響き渡る。


プレハブ住宅の脆弱でペラペラだった窓の内側には、

住民たちの手によって、次々と頑丈な二重窓が量産され、

室内の温度は劇的に、そして魔法のように改善されていった。


 それは住民たちにとって、

もはやただのリフォームの域を超えていた。


大企業の欺瞞への無言の抵抗であり、

高台の住宅街は、支社長の金剛寺のあずかり知らぬところで、

勝手に「黒谷流の要塞」へとその姿を変貌させていくのだった。

     *

 翌朝。

 嵐のような狂騒が去ったあとの、

凛とした静けさを取り戻した黒谷ベース。


 桐生は、山の端から昇る美しい朝の光を浴びながら、

爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んで微笑んだ。


「みんな、僕の拙い説明をあんなに熱心に聞いてくれて、

日曜大工に興味津々で本当に嬉しいな。


やっぱり、誰かに頼るんじゃなくて、

自分の手で少しずつ生活を良くしていくのって、

最高に楽しいですよね、鉄蔵さん」


 陽の光を浴びてキラキラと輝く、

実演用に作った手作りの二重窓を見つめながら、

桐生はどこまでも無邪気に笑った。


その傍らで、高台のあちこちから未だに聞こえてくる、

明らかに日曜大工の範疇を超えた異様な数の釘を打つ音と、

にわかに要塞化しつつある街の気配を耳にしながら、

鉄蔵は深々とため息をついた。


そして、淹れたての手回しコーヒーをずずっとすすり、

呆れ果てたとしか言いようのない視線を、純粋無垢な桐生へと向ける。


「桐生……お前なぁ。

あいつらの目が、ただの寒さをしのぎたい日曜大工の目じゃなかったことに、

本当にこれっぽっちも気づいてねえのか?」


「え? みんな、これで寒さをしのげて本当に良かったって、

すごく嬉しそうな顔をしてましたよ?」


「……ハッ、まぁいいさ。

お前のお節介とただの雑談が、

あの高台のプライドばかり高い傲慢な連中を、

根底から叩き直しちまったんだ。

これからあの街がどうなっちまうか、見ものだな」


 ただの窓の結露と寒さ対策の裏技が、

大企業へ反旗を翻すための「ゲリラ的な抵抗技術」として深読みされ、

熱狂的に崇拝されているとは、桐生は夢にも思っていない。


 しかし、谷底の二人が自給自足の穏やかで丁寧な生活を続ける

その裏側で、高台における帝都アーバニティのインフラと

デベロッパーとしての権威は、

さらに音を立てて木っ端微塵に崩壊していくのだった。

ただの窓の結露・寒さ対策のライフハックが、

アンチ・デベロッパーの抵抗技術に深読みされてしまいました。

次回、さらにエスカレートするエコロジー。

ゴミが生ゴミコンポストで「宝」に変わります!

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