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【第12話:手作りの「黒谷ウォーターサーバー」で住民を懐柔】

いつも応援ありがとうございます!

水を求めて黒谷にやってくる高台の住民たち。

今回は彼らのために、桐生がジャンク品を組み合わせて

「冷え冷え・ホット」の超便利アイテムを作ります。

高台の『青葉の森ニュータウン』を襲った未曾有の大断水は、

発生から数日が経過してもなお、復旧の兆しすら見せていなかった。


 バブル景気の絶頂期において、

モダンで先進的、そして何より「選ばれたエリートの街」を

謳っていたはずのきらびやかな未来都市。


しかし、そのメッキは剥がれ落ち、

今や生活用水の一滴すら事欠く、

灰色に乾燥した砂漠のようになり果てていた。


最新のシステムキッチンは埃を被り、

誇らしげだった高級家具も、

悪臭を放ち始めた水洗トイレの前では形無しだった。


 極限の喉の渇きと、日に日に悪化していく不衛生な環境。

精神的にも肉体的にも限界まで追い詰められた新住民たちが、

プライドを捨てて次々と坂を下り、

重機が入らないと見捨てられた最奥の谷底「黒谷ベース」へと押し寄せてくるのは、

生きるための当然の成り行きであった。


 黒谷ベースの敷地内には、日に日に長く、

そして重苦しく伸びていく給水の行列が出来上がっていた。


 手に手にプラスチックのバケツや灯油用のポリタンク、

果ては高級な輸入物のガラス瓶まで抱えた住民たち。


凍えるような厳しい冬の木枯らしが吹きつける中、

彼らはじっと足元を見つめ、静かに順番を待っていた。


数千万円もの住宅ローンを組んで最新住宅を買ったはずの自分たちが、

なぜこんな目に合わなければならないのか――


そんな理不尽への怒りと、明日の水すら見えない不安から、

誰もが疲れ果て、暗い表情を浮かべていた。


 そんな彼らの痛々しい姿を、

ベースの作業場の軒先からじっと見つめていた桐生は、

小さく吐息をつき、隣にいた老人にぽつりと呟いた。


「鉄蔵さん。せっかくここまで重い容器を持って

足を運んでもらっているのに、

ただ寒空の下で並んで待ってもらうだけじゃ、

なんだか申し訳ないですよね。


もっと快適に、少しでも気持ちよく水を持ち帰ってもらえるように、

何か工夫をしませんか」


 桐生の言葉に、年季の入った防寒着のポケットに

手を突っ込んでいた職人気質の老人・鉄蔵は、

白く太い煙草の煙を吐き出しながらニヤリと笑った。


「ほう、おもてなしってわけか。

お前のその、損得抜きの底抜けのお人好し、俺は嫌いじゃねえよ。

で、今度は一体何を作る気だ? ただの杓子じゃ芸がねえぞ」


「ええ。せっかくですから、

いつでもキンキンに冷たい水と、

身体が芯から温まる熱いお湯が、

レバー一つで同時に使えるやつです」


 そう言うと、桐生の目は少年のような輝きを帯びた。

二人はさっそく、あらゆるジャンク品が眠る

鉄蔵の広大な物置へと足を向けた。


 埃を被ったガラクタの山をひっくり返し、

発掘してきたのは、かつて何かの現場で使われていた古い一斗缶と、

完全に役目を終えて錆びついていたプロパンガスの空きボンベだった。


桐生はそれらを器用にグラインダーで切断し、

内部をタワシで徹底的に洗浄して煤を落とした。


さらに、以前どこかの廃棄場から「何かに使えるかもしれない」と

拾ってきておいた、壊れた古い自動販売機の内部部品から、

バネの効いたレバー式の樹脂製コックをいくつか丁寧に取り外していく。


 そこからの桐生の作業は、驚くほど迅速で迷いがなかった。

 裏山の湧水源から引いてきている太い竹配管を、

ベースの手前の広場で綺麗に二系統のラインへと分岐させる。


 一方は、敷地内を流れる小川の冷たい水流に、

長めに蛇行させた銅製の配管をそのまま沈め、

冬の自然の力でさらに温度をキンキンにまで下げる「冷水ライン」。


 もう一方は、一斗缶とプロパンガスのボンベを

巧みに溶接して組み合わせて作った、

超高熱効率の「ロケットストーブ」だ。


その排熱通路に配管をらせん状に巻きつけ、

薪の熱によって循環する天然水を常に沸騰直前の

熱々にまで加熱し続ける「温水ライン」である。


 これら温度の異なる二つの系統を、

端材で作った一本の頑丈な木製スタンドへとまとめ上げ、

仕上げに先ほどの自販機のレバー式コックをガチリとネジ留めした。


「よし、これで完成です!」


 電気代は一切ゼロ。

そこにある廃材と、誰かに捨てられた

ジャンク品の組み合わせだけで作られた、

完全手作りの「黒谷特製冷温給水機」がお披露目された瞬間だった。


桐生がレバーを軽く押し下げると、

狙い通りに片方からは小気味よい音を立てて冷水が、

もう片方からはシュンシュンと小気味よい湯気を立てて熱湯が噴き出した。


「さあ、皆さんお疲れ様です!

冷たいお水と、温かいお茶、どちらにされますか?

好きなだけ飲んでいってくださいね」


 寒さで肩をすくめ、避難民のように身を縮めていた住民たちに向けて、

桐生がいつもと変わらない快快な笑顔で声をかけた。


 彼が自販機のレバーをカチリと押し下げると、

年季の入った鉄瓶から、湯気をもうもうと立てた

熱々のお湯が大きな器へと勢いよく注がれた。


そこへあらかじめ鉄蔵が用意しておいた、

地元の香ばしいお番茶の葉が躍り、

ふわりと奥深い和の香りが寒冷な空気の中に立ち上る。


「えっ……あ、温かいお茶……?

いただいても、いいんですか……?」


 恐る恐る差し出された湯呑みを受け取った住民の手が、

その心地よい熱に小さく震えた。


かじかんだ指先を伝う温もりに顔をほころばせ、

ゆっくりと口に含む。


すると、何日も冷え切った家で

冷たい缶詰ばかりを食べていた身体の芯に、

芳醇な大地の恵みと、人の手の温かさがじんわりと染み渡っていった。


「うっ……ううっ……美味しい……本当に、温かい……!」


 行列に並んでいた一人の主婦が、

堪えきれずにその場にポロポロと涙をこぼし、泣き崩れた。


 高台の立派で高価な最新住宅では見捨てられ、

あれほど高い管理費を払っている大企業からは

まともな説明すらなく放置されている自分たち。


それなのに、自分たちが偏見の目で見ていたこの谷底では、

見ず知らずの若者から、信じられないほど

至れり尽くせりのもてなしと無償の優しさで迎えられている。


 その圧倒的な現実の格差に、

周囲の住民たちも次々と目頭を押さえ、涙を流した。


「ありがとう」「助かります」という震える声が次々と上がり、

黒谷ベースの庭は、瞬く間に深い感謝と純粋な感動の渦に包まれていった。

     *

 だが、この胸が熱くなるような美しい光景を、

全く異なる、どす黒い感情で見つめている男がいた。


 高台の特等席にそびえ立つ、

帝都アーバニティのニュータウン現地オフィス。


その冷え切った支社長室の窓辺で、

支社長の金剛寺は、血眼になって高性能の双眼鏡を覗き込んでいた。


レンズの焦点を合わせたその向こう側、

谷底の黒谷ベースで繰り広げられているのは、

我が社の誇る一等地の上客であるはずの高級住民たちが、

嬉しそうに手作りの奇妙な機械からお茶を汲み、笑顔で談笑している姿だった。


 ここ数日、会社への怒号のようなクレームが目に見えて減り、

住民運動の勢いが弱まっていた本当の理由は、これだったのだ。


「おのれ、桐生め……! なんという姑息な真似を……!」


 金剛寺はギリ、と不快そうに奥歯を噛み締めた。

彼の肥大化した歪んだエリート意識とプライドは、

目の前で行われている純粋な善意を、

ありのままに受け取ることを断固として拒絶していた。


大企業のシステム以外の方法で人間が救われるなど、

彼にとってはあってはならない不都合な真実だった。


「ただの給水ではない。

あいつは自作の給水兵器を用いて、我が社の従順な住民たちを

精神的に『懐柔』し、洗脳しているというわけか!


物資の供給という最も残酷で確実な生命線を

完全にコントロールすることで、

このニュータウンの統治権を我々から乗っ取る気だな!」


 金剛寺はガタガタと震える手でマホガニーの机を激しく叩き、

あまりの悔しさと恐怖から、

誰もいないオフィスで声を荒らげて悔し涙を流した。


「あいつは……あの若造は、一見マヌケな面をして、

人心掌握の天才か!

なんという恐ろしい男を敵に回してしまったんだ……!」

     *

 金剛寺が冷たいオフィスで独り、勝手に黒谷の影に戦慄し、

恐怖のマインドコントロール兵器の幻影に怯えて夜も眠れなくなっている頃。

 当の谷底では、そんなエリートの誇大妄想とは完全に無縁の、

どこまでも穏やかで優しい時間が流れていた。


「へえ、このレバーをカチッと押すだけで、

電気も使わずにお茶が出るなんて、

まるでお祭りか出店みたいで楽しいですねぇ」


「本当ね、子供たちも『魔法の機械だ』って言って大喜びだわ。

お兄ちゃん、ありがとう」


 温かいお茶のおかげで緊張のほぐれた住民たちは、

すっかりリラックスした様子で、

桐生や鉄蔵を囲んで楽しそうに世間話を交わしている。


 ただの親切心と、少しでも待ち時間を楽しくという

遊び心から始まった、端材の給水器。


しかしそれは、意図せぬ結果として、高台の住民たちの心を完全に掌握し、

帝都アーバニティの手から、黒谷ベースを中心とした

住民たちの確固たる結束の主導権を、確実に奪い取りつつあるのだった。


「おいおい、なんだか我が家がすっかり賑やかなお祭り騒ぎになっちまったな」


 集まった子供たちが給水機の周りで楽しそうにはしゃぐ姿を見ながら、

鉄蔵が嬉しそうに目を細めてお茶をすすると、

桐生もまた、自分の湯呑みを片手に優しく微笑んだ。


「いいじゃないですか。

みんなの苦しそうな顔が消えて、笑顔が見られて本当に良かったです。

やっぱり、水はみんなで仲良く、楽しく飲むのが一番美味しいですからね」


 桐生はそう言って、満足そうに黒谷の豊かな自然を見上げた。


しかし、このささやかな平穏が、

さらなる激動とインフラ崩壊の前触れであることを、

谷底の優しい住人たちはまだ知る由もなかった。


高台のニュータウンを襲う崩壊の序曲は、

水道の破裂程度では、決して終わりを告げなかったのである。

ただの親切で作ったウォーターサーバーが、

金剛寺の目には「恐怖のマインドコントロール兵器」に。

次回、高台のインフラがさらに崩壊!今度はニュータウンが漆黒の闇に包まれます。

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