9話 ミシオンは応えた。
「駄目……っていうか、なんで?」
シチアの問いはミシオンにとって予想外だった。とっさに「どうして」という疑問が思い浮かんだ。ミシオンの頭の上に疑問符が乗っていても不思議ではないだろう。
それほど、衝撃的であった。
それなのに、
「なんで、とは? えっと、駄目ってことでしょうか?」
シチアは質問の意図が分からないと言わんばかりに首を傾げてシュンと俯いた。
早とちりして落ち込むシチアを見たミシオンは慌てて立ち上がる。
「違うよ! なんで僕と一緒に行きたいのさ。僕は帰ろうとしてるんだよ? 僕が勝手に冒険を、旅を諦めたんだ! ……それにシチアが付き合う必要ないんだよ」
弁解と説得をしなければならない。
これはミシオンの勝手な行動であって、そのせいでシチア達の行動を狭める必要はないのだと。
「付き合う……わ、私がミシオンと一緒にいたいんです! 貴方と一緒なら、場所がどこであっても問題はありません!」
シチアの言葉に目を見開くミシオンに彼女はさらに畳み掛ける。
「決してミシオンのため、なんかじゃありません! ……私自身のために一緒がいいんですぅ」
羞恥と緊張で顔を真っ赤にして思いの丈をミシオンにぶつける。ミシオンには真っ向勝負しかないと理解はしているが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
けれど、恥を無視してでもやりたいことがシチアにはあった。
ミシオンの隣にいたい。
叶うなら、永遠に。
「シチアは、僕と一緒がいいの……?」
呆然と呟いたミシオンの隣からそれぞれ密着される。テネタスからは肩に腕を回され、モーズからは腕を抱き締められた。
「シチアだけじゃねーよ?」
「僕らも、ミシオンと一緒がいい」
「てか、俺言ったよな? 仲間は四人じゃないと嫌だって。そりゃ将来はどーなるか分かんねーけど、今は若いじゃん! 今くらい一緒にいたっていーだろ!」
テネタスはニヒルに笑って、モーズはテネタスの言葉を肯定するかのように一つ頷いた。その様子を見ていたシチアが抗議の声をあげる。
「も、もう! 私の番なのに! 二人ともズルいです!」
「おっと、怒られちまった。ミシオン座ろーぜ」
「む、ごめんね。はい、どーぞ」
「…………」
テネタスに促されてミシオンは静かにソファに腰を下ろす。無言のまま三人に言われた言葉を受け取ろうとしていた。
(三人とも、僕と一緒がいい。……それに場所は関係ない)
彼らはやるといったらやる。
諦めるという言葉を知らないのだ。それを知ってるからこそ、ミシオンは真剣に考えないといけない。
今はっきりしているのは、ミシオンは皆に会いたかったこと。一人旅は寂しかったこと。
そして、皆もミシオンに会いたくて、一緒にいたいと言ってくれたこと。
結論は分かりやすく用意されている。なのに、
(どうして僕は、こんなにも意固地になってるんだろう)
矢印はお互いを向いているのに、ミシオンは一歩を踏み出せなかった。言いようのない不安がそれを阻止している。
そもそも、ミシオンはこんな後ろ向きの考えばかりしていただろうか。
負の感情が消えてくれれば、ミシオンは心置きなく胸の内を吐露できるのに。
いくら考えても、思考がまとまらない。
その時、沈黙した空気を破るようにノック音が響いた。四人の視線が出口へ向く。扉が開いてトレーを持ったジュードが顔を出した。
「お茶を持ってきたよ。……おや、お邪魔だったかな? 出直してこようか」
「せっかく用意してくれたんだし、ジュードさんも座って下さいよ。シチアもいいよな?」
「う……はい。ジュードさん、ありがとうございます」
「なんのお茶?」
「ダージリンだよ」
三人がジュードを出迎える間もミシオンは動けずにいた。
目の前に出されたカップをぼんやりと眺める。
そんなミシオンをお構いなしに三人はジュードと一緒にお茶の時間を楽しみ始めた。
「暖かい……美味しいです」
「良かったよ。奥さんが入れてくれたんだから、味わって飲んでくれよ?」
「んなこと言われたって、俺ァ味の違いなんか分かりませんって」
「美味しいって言ってくれればいいさ」
「ジュードさん、ミルクは?」
「あれ、忘れてたや。モーズはストレートは苦手だったかな?」
「うん。飲めないことはないけど」
「え〜どうしよ」
困ったジュードに「大丈夫」だとモーズが伝えようとした時、ノック音と共に再び扉が開かれた。ひょっこりと顔を出したのは、ミシオンが初めて見る女性であった。
「ジュード〜、シュガーとミルク忘れてるよ。せっかく用意したのに、しっかりしてよね!」
「アリシア!」
ジュードが嬉しそうに立ち上がりアリシアを出迎える。ミシオンたちの視線に気づいたジュードは照れた様子でアリシアの肩を抱き、彼女の紹介をした。
「えっと、君たちに紹介するのは初めてだったね。僕の奥さんのアリシアだよ」
「初めまして〜ジュードの奥さんのアリシアです! いつも、ジュードがお世話になってまーす」
明るく挨拶をしたアリシアに四人はそれぞれ返事をする。ミシオンも流石に初対面の相手を無視することは出来なかった。
「初めまして、ミシオンです」
「んふ、君がミシオンくんね。君たちのことはジュードから度々聞いてたから会ってみたかったんだ〜! うひゃー、若々しい〜! エネルギッシュ〜! 羨ましい〜!」
「アリシアが一番綺麗だよ」
「ジュードはそうでしょうけど、やっぱり若さが一番だって!」
アリシアは目を輝かせてミシオンたちと触れ合っていく。時折、ジュードが茶々を入れてアリシアにあしらわれているのを見て、ミシオンは目を白黒させた。
初対面のアリシア。
初めて見るジュードの顔。
とんでもない距離の詰め方。
洪水のようにどんどん情報が詰め込まれて頭がパンクしそうだ。
「そう! 私ミシオンくんに言いたいことがあったの! 悩みがあるなら、吐き出した方が楽よ〜! 口に出して〜、整理して〜、レッツ解決!」
「あ! あー、アリシア彼らの問題に口を出したら駄目って言っただろう!」
「なによ〜時には首を突っ込んで、手を差し伸べるのも大人の役目なんだから!」
吐き出す方が楽。
アリシアの言葉は一理あるとミシオンは思った。思ったから、止まれなかった。ポロ、と溜め込んだ感情がつい溢れてしまった。
「……分かってる」
ミシオンの発言を一言一句聞き逃さないよう、周囲は静まり返った。ようやく気持ちを吐き出そうとしている彼の次の言葉を待つ。
「シチアたちが僕と一緒がいいのも、僕がシチアたちに会いたかったのも。……一人は寂しいことも」
指先を遊ばせて、悩みながら絞り出す。
「でも、怖いんだ。何が怖いのか、自分でも分からない。ちょっとした不安が膨れ上がって……僕の足を引っ張ってるような、そんな感覚がある」
ミシオンは細く長い息を吐いて、一番の懸念点を言葉にした。
「ふう……僕って、こんなにネガティブな人間だったかな」
(“皆と一緒にいたい”って言葉が、どうしても言えないや)
会いたい。
寂しい。
一緒にいたい。
最後の言葉だけが、喉につっかえて言えなかった。
「言って」
「——え?」
「言ってください」
シチアの声に驚いてミシオンが思わず顔を上げると、彼女が真っ直ぐに自分を見据えていた。
「不安とか怖いとかを、見ないで。貴方は私だけを見て。私たちのことだけ考えて——ミシオン、言って」
どくん。心臓が痛いくらい高鳴っている。
ミシオンの胸に巣食う不安を押しのける、感情で胸がいっぱいに——熱さで脳みそが茹だるようであった。
「——僕は。シ、シチアと、テネタスとモーズと……僕は一緒にいたい」
声に出して、気持ちが軽くなった。
そう。どれだけ取り繕っても、ミシオンの根元はそこにある。
ミシオンの根っこの部分をシチアは引っ張り出したのだ。
「はい! 私も、ミシオンと一緒にいたいです!」
「俺も! 最初っから言ってんだろ〜」
「僕も一緒にいる。これで、仲直り」
「喧嘩してたわけじゃ……いや、モーズの言う通りだね。三人ともごめん。ありがとう」
すっかり空気が柔らかくなった四人をジュードは丸く治まって良かったと安堵した。
そして、なにやら考え込んだ様子のアリシアに声をかけた。
「どうやら君の選択が正しかったみたいだ。それで、何をそんなに考えているんだい?」
「ん? うーん、ちょっと気になることがあって。あ、ちょっと待ってて!」
アリシアはジュードの返事を待たずに部屋を飛び出した。
置き去りにされたジュードはアリシアの突発的な行動に苦笑して、もう少し様子見しようとダージリンを口に含んだ。




