5話 ミシオンのこれから。
レベルが上がるってなんて素晴らしいんだろう!
傍から目に見えるほど浮かれる。それくらいミシオンは高揚していた。
【対象:ミシオン Lv:5 状態:健康】
身体が軽い。荷物が軽い。なにより、ゴブリンの動きについていけている!
初めて、いや、二度目のゴブリン討伐のあと。三日かけてレベル5になったミシオンの世界が一変した。
まず、民間依頼の力仕事を請けれるようになった。もちろん、慣れない筋肉を使うのに別の疲労感はあったが、周りの人達の助けもあってなんとか動けている。今では依頼をハシゴ出来るようになった。
次に、魔物討伐の依頼を視野に入れられるようになった。ゴブリン集団を相手には出来ないが、食事処で使われるホーンラビットやレッドピッグなど。単体討伐依頼であれば、ミシオンでも対応出来るのだ。
路銀も少しずつ貯まってきている。
あと数日依頼を頑張ればカルムを発てるだろう。カルムを出て町を三つ過ぎれば、ミシオンの故郷はもうすぐそこだ。
「とりゃあ!」
ホーンラビットの首を刺して手早く血抜きをする。臭み対策と肉が固くなるのを防ぐためだ。
ホーンラビットは素早い魔物で最初は目で追うのもままならなかったが、今では一発で仕留ることができる。
「はい。ホーンラビット五匹とも確認致しました。こちら報酬になります。状態良好ですので少し上乗せされております」
「ありがとうございます」
常連となった受付のお姉さんに頭を下げて冒険ギルドを出る。
何もかも上手くいっている。
ある一点を除けば、ミシオンには何も不満はない状況だ。……ある一点を除けば、だが。
『貴様も成長した。一人で十分生活出来ている。今こそ仲間と合流すべきではないか?』
「…………」
これである。ミシオンのレベルが上がってから、鑑定が度々パーティに戻らないかと言うようになった。
宿で所持金を数えていたミシオンは眉をひそめて作業を中断した。
「しつこい。僕が成長したことと、テネタス達のところに戻るのは関係ないでしょ」
『何故? 今の貴様が足手まといになることはない。むしろ、出来ることが増えたおかげで役割分担が明確になっただろう。彼奴らに出来ないことを貴様は出来る』
「……でも、僕とアイツらには“差”があり過ぎる」
『貴様の言う“差”とはなんだ? 生活力なら貴様の方が幾分も上だ。戦闘における実力差を言っているのか? ならば治癒士はどうなる。貴様の言い分だと治癒士もパーティを抜けねばならんと思わないか』
「…………」
ミシオンは口を僅かに開いて、気まずげに目を伏せて沈黙する。
『仲間のために、を免罪符にするなよ。貴様が自分でどうするのかを考えて、貴様が結論を出すんだ。さすれば、私もこれ以上文句は言うまい』
諭すような言い方だ。聞き分けのない子ども言い聞かせるような。
目を逸らすな、と言われている。自分の気持ちを無視するなと。
(分からない。この行動は悪いことなのか、自分がどうするべきなのか)
『考えろ。相手がではなく、貴様自身が何をしたいのかを』
「……勝手に応えるな」
『幸い、旅路には時間がある。貴様がどう判断しても、私は従うだけだ』
鑑定の言葉で胸にモヤモヤが広がった。言いようのない不快感が心臓を締め付ける。
始まりは、仲間のためだった。
弱い自分のせいでシチアに怪我をさせたから。
皆の足手まといになりたくないから。
自分の存在が皆の負担だと思ったから。
それの全てがミシオンの考えであり、皆の考えでないことは既に理解している。身勝手な考えと行動であることも。
ならば、これはミシオンがしたいことではないのか?
身勝手な行動だと理解しているからこそ、鑑定に考えろと言われて困惑する。ミシオンは既に自分の考えで行動しているはずなのに。
いくら考えても、答えはでなかった。
***
悩みがあったって、生活に支障をきたしてはいけない。ミシオンを考えながら依頼を請けて路銀を稼ぎ続けた。
あれから一週間。パーティを抜けて21日目となった。
いつも通り依頼をこなして冒険ギルドに報告に来たミシオンは、懐かしい人物に声をかけられた。
「あれ、ミシオンくんかい?」
「え、あ! ジュードさん!? お久しぶりですね! どうしてここに?」
本来いないはずの声にミシオンは酷く驚く。振り返った先にいたのは、これから向かう町にある冒険ギルドの職員のジュードだった。
懐かしいふにゃりとした笑みを浮かべてジュードは頭をかきながらミシオンの元に近づく。
「ちょっと用事があって。ミルロ付近の森でゴブリン軍団が生まれてたらしくて、他のギルドと連絡を取ってたんだ」
「……ゴブリン軍団!?」
ゴブリン集団の中に一際強い個体が生まれると、その集団が他の集団を吸収してゴブリン軍団が生まれる。
強い個体が生まれることは滅多にないし、軍団に成長する前に定期的に冒険ギルドが依頼を出して間引いているはずなのに。
(というか、ミルロってテネタス達と別れた街じゃん!? あの時の依頼もしかして……)
「心配ないよ。その場に遭遇した冒険者パーティのおかげでなんとかなったから。僕は後処理でここまで来てるんだよ」
「……そうなんですね。よかった」
ジュードの言葉にミシオンは安堵する。遭遇した冒険者パーティとは多分テネタス達のことだ。彼らならゴブリン軍団相手に苦戦しないたまろう。
テネタスは乱戦に強いし、モーズは殲滅戦に強い。唯一不安なのは、シチアが怪我を負ってないか。いつもならミシオンが彼女の盾になっていたから、その点だけ気になった。
「あれ、でも一職員がそんなこき使われます? 普通はギルマスが駆り出されるでしょう?」
「ふっふっふっ。君たちと別れて何年経ったと思っているんだい? 僕は今リマニのギルドマスターになっているんだよ!」
「え、えぇぇぇ!?」
このまま冒険ギルドで話すのもなんだ、ということでミシオンとジュードは食事処に場所を移した。昼時を過ぎたのもあって客はまだらだ。ジュードの好意で奢りになったミシオンは軽食を頼んで話を戻す。
「で、どういうことです? ジュードさんまだ若かったですよね? それなのにギルマス? ケールさんは?」
「定年だよ。年寄りが出しゃばっちゃいかん! って言って僕に名指しして引退しちゃったんだ」
「あぁ……あの人ならやりかねないな。まぁ、見た感じ順調みたいですね」
「なんとかね。僕も聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「? はい、なんですか?」
「テネタスくん達はどうしたんだい? 別行動なんて珍しいじゃないか」
「あー……ちょっと、里帰り的な?」
ミシオンはしどろもどろになりながらも、なんとか返事をする。
故郷に近いと言うことは旧知の仲に会う可能性が高いということ。うっかり失念していた。
ジュードはミシオンの様子を見て何か考えながら腕を組む。どうか、このまま有耶無耶にしてくれないだろうか。
「別行動、どころじゃあないわけだ」
ミシオンの願い虚しく、ジュードは一歩踏み込んできた。そうだ。ジュードはこういう男だった。こちらの気持ちを察しながらも、ズカズカと近付いてくる男。
「はあ、スルーしないんですね」
「そりゃあ、君たちの仲を知ってる身としては、一生続く仲だと思っていたからね。喧嘩別れなんかして欲しくないさ。それに人に話して楽になることだってあるだろう?」
「……それは間に合ってます」
「うん?」
ボソリと呟いた言葉が聞こえなかったんだろう。首を傾げたジュードにかぶりを振って話を続ける。
「なんでもありません。別に、喧嘩別れじゃありませんよ」
「へえ、じゃあどうして?」
「どうしてって……僕が旅を続けるのに限界を感じたから?」
「疑問形なんだ。ふふ、君の中でも考えがまとまり切ってないと見た! 合ってる?」
「まあ、概ねは……なんなんですか! 結局何が聞きたいんです?」
要領の得ない会話にミシオンは辟易していた。本題を問えば、ジュードは前のめりになってにんまりと笑う。
その様子にミシオンはとてつもなく嫌な予感がした。
「いやさ、いつ別れたのかなって。だって、ゴブリン軍団を討伐したの、テネタスくん達でしょう」




