4話 戦うための思考とは。
「僕が弱いなんて、僕が一番知ってる」
だから、思考を止めてはいけないのだ。
工夫次第で安全性が高くなるなら努力すべきだとミシオンは思う。
では、ゴブリン討伐ですべき努力とは、一体なんだろうか。
前日に計画は立てた。
あとはその通りに動くだけなのだが、実行する時にどんなアクシデントが起こるか分からない。
だからミシオンは、不確定な正攻法を捨てた。
完全な不意打ちで、警戒されずに急所を狙えたらもっと良い。
油断しているところを狙おう。
なんでもいい。
食事中でも、休憩中でも。
一つの方向に夢中になってしまえば、こちらの動きも気付かれにくいはず。
ゴブリンは集団行動が基本だが、単独行動をしないわけじゃない。
地面に僅かに残った足跡。
小動物の食い荒らした残り。
果物の食べ残しについた歯型。
茂みの近くで干からびた緑色の糞尿。
これらを観察して、大まかな生活範囲を推測する。
そして、ゴブリンの習性を利用して簡単な罠を仕掛ける。罠にかかるかどうかは運次第になるが問題はない。
掛かるまで待てばいいのだ。
獲物が掛かるまで、息を潜めて——。
勝機はある。
待つのは得意だから。
***
少し、昔の話をしよう。
ミシオンが冒険者になってから三年目くらいの頃だったか。この頃のミシオンはレベルの上がらない自分の実力を理解しながらも、ひたすらに努力していた。
剣士のテネタスの知恵を借りて、どうにかゴブリンを討伐できないものかと。
テネタスと二人で森に来ていたミシオンは地面に手をついたまま、汗まみれの背中を大きく上下させて呼吸を整えていた。
ある程度落ち着いた所でテネタスに身体を起こしてもらい袖で雑に汗を拭う。
テネタスはその様子を見ながらミシオンの隣に座り、彼に水を渡してやった。
「あ、ありがとう」
「いーって! んー、がむしゃらに頑張るのはいいと思う。それが実を結んだらもっといいよな。だからミシオンはまずさ、出来ないことを考えてみようぜ!」
「はぁ、はぁ……ング、出来ないこと?」
「ああ! お前のことだから出来ることを挙げろって言っても、なーんも出せないだろ」
「……おっしゃる通りで」
気落ちしたミシオンの肩を容赦なく叩きながら、テネタスは人好きのする笑みを浮かべた。
「一歩を踏み出さないと始まらないなら出来る事から手をつける。お前はなー、まず真っ向勝負は無理だよな」
「うん。アイツらの動きが速すぎて目で追うので精一杯。……まぁ、目で追えてたとしても、動けなきゃ意味ないんだけどさ」
「んで、攻撃食らってシチアを泣かせたもんな! 棍棒で良かったな〜。刃物だったら致命傷だった」
トントン、とテネタスはミシオンと目を合わせて自分の額をつつく。テネタスは確かに笑みを浮かべていたが、彼の瞳からからかいの色が消え失せ、真剣な光を帯びていた。
「急所をやられたら動きが鈍る。鈍ったお前は敵にとっちゃあ格好の餌食ってやつだ。みすみす見逃がしちゃくれねーぜ?」
ミシオンは思わずその“もしも”を想像してしまい恐怖で身体を震わせる。そして、恨みがましい目つきでテネタスを軽く睨んだ。
「なんでそんな事言うさ! 変な想像しちゃったじゃん!」
「はは! 悪い悪い。じゃあミシオンの出来ないこと、一回自分で考えてみろよ」
「うーん、正直いっぱいあるんだけど……真っ先に思い付いたのは、筋肉がないから力負けする、とか?」
「おっ、いいね。攻撃を受ける時、武器を振る時、敵を斬る時。戦いに筋肉は重要だよな。接近戦では特に。いいか、力がないなら“斬る”じゃなくて“刺す”方が有効だぜ」
テネタスが話しながら手振りで説明する。利き手で横に薙ぐ。それから、前に突き出す。
軽く振ってるように見えるが、空を切る音の鋭さから彼の熟練度が伺えた。
「攻撃の時に体重が乗るのは刺す方だ。上から振り下ろすなら斬ってもいいけどな。小刀だし、お前は力が弱いから刺す方がいい。急所を狙えたら一撃だかんな!」
「刺す……うん、分かった。次はそうする」
「頑張れよ。よし、出来ないことを挙げたら、今度は相手の方を考えるぞ」
「ゴブリンの?」
「よくわかんねーけど、ゴブリン相手に今のお前は目で追うので精一杯なんだろ? 自分を変えられないなら相手を変えればいい」
「えぇ……。相手を変えるって、どうするのさ」
「さァな。俺、あんまり考えんの得意じゃねーから。そこはミシオンが考えた方がいいと思うぜ。考えんのも経験なんだろーし、なにより——」
テネタスはそこで言葉を切って、ニヤリと自慢げに表情を一変させた。
「俺、ゴブリン相手に手こずったことねーもん」
***
テネタスに教わったことが役に立つかどうかはミシオンの手腕次第。
気配を殺すミシオンの視界に一匹のゴブリンが現れた。
(掛かった……!)
興奮で少し息が漏れてしまったが、幸いバレてないようだった。
周囲を見渡しながらゆっくり歩いているのを確認して、あのゴブリンは逸れ個体だと確信する。
ゴブリンは独占欲の強い個体だ。
自分の取り分が少なくなる程、より独占する傾向にある。
例えば、少量だけ実った果実。
一匹だけ仕留めた獲物。
好物である金品や宝石類。
最初に見つけた自分が、全てを独占するために集団から逸れるのだ。
あのゴブリンが見つけたのは、ミシオンが木の根元に置いた光る石。水につけると吸収する石で、陽の光に反射して輝く性質を持つ。
ゴブリンが陽の当たる場所に設置した光る石に気を取られた瞬間を狙う。
ミシオンは木の上から小刀を構えて、ゴブリンが来るのを待っていた。
なのに、順調に近付いていたゴブリンがミシオンから数メートル離れた位置で静止する。
あの顔は、仲間に見つからないか、という警戒だけじゃない。
『ほう。あのゴブリン、なにかしらの違和感を持ったようだな。それもそうだ。ここはゴブリン達の生活範囲なのだから、明らかに怪しいものは警戒するだろうよ』
懸念していた問題がやっぱり起こってしまった。
自分で理解していることを改めて鑑定に指摘され、焦りと苛立ちで思わず舌を打つ。
(どうしよう……他に情報共有でもされたらこの方法はしばらく使えない。リスク覚悟で突撃するか? いや、相手は既に警戒しているし、それに——)
【対象:ゴブリン Lv:5 状態:警戒】
弱体化させたとして、このレベル差で正面から挑んで勝てるのか?
そもそも弱体化出来るかどうかも運次第なのに、賭けて出るには危険すぎないか?
成功しても魔力がギリギリになるのに?
レベル2のゴブリンでも怪我を負ったのに?
撤退か、突撃か。
ミシオンの頭に過ぎった二択に不安が身体を駆け巡り、恐怖で心が萎縮してしまう。
『何をしている。私を使え』
(弱体化させたって、勝てるか分かんないだろ!)
『貴様で考えろ。思考を止めるな。くれぐれも、私を有効に使えよ』
鑑定の言葉にはっと驚く。次いで、自分の太ももを強く抓った。痛い。痛いが、おかげで強ばった身体から力が抜けた気がする。
自分の心を奮起させ、思考を巡らせる。
確かに警戒はされているが、ジリジリと距離を詰めている。どうやら警戒よりも興味の方が強いようだ。
なら、その興味をもっと強くしてやればいい。
(これなら唆るんじゃない? 『鑑定』!)
【対象:丸い石 状態:ダイヤモンド光沢】
ミシオンは丸い石にダイヤモンドのような光沢を“付与”した。
目の前に明らかに高価なお宝をぶら下げられた次の瞬間、ゴブリンの表情から警戒が消え失せ、足早に丸い石の傍まで駆け寄った。
最初とは打って変わって、雑に周囲を見渡し丸い石に手を伸ばす。
丸い石を取るために屈んだ後ろ姿を、一瞬の隙を、ミシオンは見逃さない。
さて、ここからは一か八か。
幸運を掴みにいこうじゃないか!
(『鑑定』!!)
【対象:ゴブリン Lv:5 状態:弱体化】
成功だ。ゴブリンに弱体化を付与出来たミシオンは小刀を構えて木から飛び降りた。
狙うは、心臓。
身体の左側の第四胸椎。背骨が浮き出た身体は面白いくらい分かりやすい。
ミシオンの自重も合わさって、重力に従った刃先が一気に根元まで突き刺さった。
「グギャ!!」
重さに耐えかねたゴブリンはそのまま前に倒れて木の幹に顔面をぶつけた。手足をジタバタするのを押さえて、完全に動かなくなるまでその場に固定する。
「勝っ、た……?」
遂に。完全に動かなくなったゴブリンを見下ろして、ミシオンは呆然と呟く。
『擦り傷はあるが、戦闘による負傷はほぼゼロ。これなら完全勝利と言ってもいいんじゃないか? 見てみろ』
【対象:ミシオン Lv:3 状態:擦り傷、打撲、疲労(小)】
「あっ、レベルが上がってる!? ゴブリン一匹で!?」
『一匹「で」ではない。相手とのレベル差、一人での討伐を加味すれば妥当だろう。この場に魔力を吸収する人間は貴様しかいないのだから』
「そっか……う、頭がクラクラする」
『なんだと!? 用意していたモノを早く飲め!』
痛む頭を抑えながら軽く頷いたミシオンは、おぼつかない手つきで鞄から小さな容器を取り出し、紫色の液体を一気に呷った。
苦味が口いっぱいに広がるのを我慢して飲み干したミシオンは、ザラザラとした舌触りに眉をひそめる。
「ヴエェ……不味い」
『良薬口に苦し。多少楽になったか?』
「うん。だいぶマシになった」
念の為に購入していた魔力回復薬である。回復したと言っても微々たるもの。
この後すぐに再戦というは無理だ。
「……無理はしない」
成果は得た。
今日はもうカルムに戻ろう。
ミシオンは達成感を胸に、軽い足取りで帰路に着いた。




