3話 今の僕にできること。
ミシオンは現在、冒険ギルドにある掲示板の前に立っていた。
シュリップを次の日の早朝すぐに出発したミシオンは町の宿、野営を繰り返し、冒険ギルドのある町のカルムに来ていた。
今日でシュリップを出発して一週間。
一人旅を初めて十日目になる。
ミシオンの当初立てた予定よりだいぶ遅い。
なるべく魔物との遭遇を避けながら歩くのにだいぶ苦労したせいだ。
まあ、悪いことばかりじゃない。そのおかげで腕の傷はほとんど塞がり、包帯も昨日の内に取り外せた。
問題は長引いてスッカラカンになった所持金だけ。そして、所持金がギリギリのミシオンが向かう先は自ずと絞られた。
所狭しと貼り付けられた依頼書を眺めながらいくつか選別していく。冒険者にはランクがF〜Aまであり、それによって受けられる依頼の難易度も変わってくる。
ミシオンの冒険者ランクはBランク。
冒険者としては上位に位置付けられている。全て仲間達のお陰であるが、今回そのランクによってミシオンは肩身の狭い思いをしていた。
「ご依頼ですね。依頼書と冒険者カードの提示をお願い致します。……失礼ですが、本当にこちらの依頼でよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。こちらの薬草採取の納品は明日までになりますので、忘れずに提出をお願い致します」
「はい」
薬草採取。まだ駆け出しの冒険者、つまり初心者の為にギルドが用意している依頼だ。
いわゆるFランク向けの依頼である。Bランクの冒険者が請ける想定はされていない。
受付のお姉さんは依頼書と冒険者カードを見比べて僅かに驚いたが、すぐに表情を取り繕っていた。
ミシオンは頭を下げて、逃げるように駆け足で冒険ギルドを出た。
『おい、なぜ魔物討伐の依頼を請けないんだ』
自分の力不足は嫌なくらい知っている。
無謀な挑戦は死にに行くようなものだ。
(そんなの僕だけで達成出来るわけないだろ。期限近いのしか選んでないし、お前こそ今度は薬草と雑草を間違えないでよ)
『む。私は間違えていないぞ。貴様たちはあれを雑草と宣っていたが——』
(ねぇ、その話って長くなる?)
人の多い町中での鑑定の話はスルーに限る。
ミシオンは早速、期日の迫った依頼をこなす為にカルムから少し離れた森に来ていた。
「いい? 薬草だからな。『鑑定』」
ミシオンは自分のスキルにしっかりと釘を刺して周囲の草原を鑑定する。
【対象:ラヒ草 状態:良】
「おお! 確かに成長してる」
『言っただろう!』
表示された鑑定結果の対象の名前が正式名称になっていた。
前は雑草か薬草としか出なかったのを知っている身としては、想像以上の成長具合だ。
「でもさ、これの効能を表示したり出来ないの? 名前出されても僕分かんないよ」
『贅沢言うんじゃない! 鑑定というのは本人の能力に左右されるものだ。貴様がもっと勉強していれば表示も増え、多少は楽になっただろうがな』
これも治癒士がいた弊害か。
これまでの旅で薬草にお世話になるなんて片手で足りるくらいだった。しかも、その薬草も魔力回復のもの。
今探しているのは怪我を治す方だ。
名前はスーズ草。一応写生は見たが、この群生の中から探し出すのは些か骨が折れそうだった。
「『鑑定』。『鑑定』。『鑑定』」
【対象:ピポ草 状態:良】
【対象:ミチ草 状態:良】
【対象:スーズ草 状態:良】
「これで一輪。……依頼は二十。日が暮れるまでに終わるといいけど」
『目的の草以外のものもよく観察しておくことだ。知っていれば、見分け方も簡単になる』
「はいはい」
ミシオンは自分の魔力量を確認しながら、どんどん鑑定していく。
一時間かけて採れたのはたったの三本。
日暮れまで三時間程度か。
周囲の警戒をしながらの採取はいつもより精神を使う。それでも、鑑定の成長によって楽になった部分もあった。
【対象:ミチ草 状態:悪】
「これは、良いな」
『なにがだ?』
「いや、状態の善し悪しが分かるの助かるなって。前……最初の頃はさ、せっかく提出しても芯の部分が腐食してるとかで採取仕直しとかあったから」
『助かるだと? 私は貴様のスキルだと何度言えば理解出来るんだ? それとも貴様は、自分の力にいちいち感謝しながら生きているのか? ……ハッ、随分と殊勝なことだな』
「それは、そうかもしれないけど……お前、前の自分のことさっぱり忘れたのか? あのポンコツがこんなに成長したんだから、ちょっとくらい感動したっていいじゃん」
『……』
この無言は照れなのか、不貞腐れたのか。
ともかく静かになった鑑定を放ってミシオンは作業に戻る。
黙々と作業を続けてスーズ草が十三本集まったところで、日が暮れて辺りが暗くなってきた。
スーズ草を鞄にしまって額に浮かんだ汗を拭う。ずっと下を向いてたから、首が痛い気がする。
「今日はここまでにしようかな。明日朝から頑張れば昼には終わるでしょ」
夜になった森は町の近くでも魔物のテリトリーとなる。交代で見張りをする仲間もいない。
自衛手段を持たないミシオンは、完全に夜になる前にカルムまで帰ることにした。
***
宿に戻ったミシオンはハムをのせたパンで夕食を簡単に済ませ、採取したスーズ草の手入れを行っていた。
手入れ、といっても枯れた箇所がないかの確認と、萎びないよう水につけておくだけだ。これをするだけで状態はかなり違うし、依頼報酬が上乗せされる可能性もある。
少しでも金を稼ぎたいミシオンにとって面倒な作業とは思わなかった。
「採取依頼の報酬で、二日は持つ」
あまり同じ場所に長期滞在はしたくない。
宿を取るだけで金がかかるのに得られる報酬が採取依頼の分だけとなると、むしろ手持ちは減っていくばかりだ。
民間の依頼も視野に入れたが、ドブさらいや薪割り、荷運び等、力作業が主となるため、貧弱なミシオンには到底無理な話だった。
「やっぱり、レベルアップは必須になってくるよなぁ」
レベルを上げて筋力がつけば、先程述べた民間の依頼を受けられるようになる。魔力量も増えれば『鑑定』の幅も増えるだろう。
そのためには、やはり——。
「魔物討伐」
『ほう。ようやくやる気になったのか』
どうやってレベルを上げるのか。
詳しい仕組みは分からないが、数百年前どこかの国の研究者がこんな論文を発表した。
討伐した魔物の魔力を吸収することで、レベルアップ、もとい各能力の強化が可能となる。
冒険者の間では周知の知識だ。
つまり、レベルアップするためには、魔物討伐は避けられない。
「計画を立てよう」
パーティにいた頃、依頼に向かう前に必ずやっていたこと。そこで培った経験はミシオンの役に立つ。
ポジションの確認、はミシオン一人だから必要ない。
持ち物の確認、も所持金に余裕がない今は買い足しが出来ないので、これもパス。あとで何が残っているのかだけ確認しておこう。
自分の武器の確認、は手入れをきちんとしていたから、刃こぼれも錆もない。適度に重く、ミシオンでも振り回せる小刀を一人旅でずっと重宝していた。
本当はリーチの長い長剣を扱えたらいいのだが、ミシオンには重すぎて扱えない。撤退する時にも邪魔だし。
「狙うのはゴブリンかスライム。……なんだけど、スライムの方は下手したら酸で武器がダメになるから、なるべくゴブリンを狙う」
『なにより、一度勝てた経験があるからな。多少動きも分かっているだろう』
「うん。でも、集団に遭遇したら即撤退。必ず逸れ個体を狙う」
ゴブリン集団討伐はCランク推奨。
そもそも遭遇もしたくない。単体でも弱体化させなければ、あっさり負けるというのに。
「なあ、弱体化させるとして、僕と同程度ってどのくらい?」
『ふむ。そうだな。魔力消費量で変化する、とでも言っておこうか。今の貴様の魔力量なら最大まで消費して+3レベルの相手に付与出来れば幸運だろう』
「つまり、レベル5までは狙っていいってことか。いや、不確定要素はなるべく消したいから、他で『鑑定』を使うと仮定して頑張ってレベル4までかな」
魔力が切れると倦怠感がまとわりついて、身体に負担をかかる。
ゴブリン一匹で魔力が尽きた瞬間に他の魔物に遭遇したら一巻の終わりだ。
「あの時のゴブリンを狙うとしたら、何匹までいけるか分かる?」
『貴様の負担を無視して四匹。考慮すれば二匹が限界だな。どちらも大きな怪我を負っていない前提だが』
「了解。なら、最初は強いの一匹より数をこなそうかな。お前は僕のスキルだから、そこは信用するよ。動くのは明後日から。とりあえず今日は、明日に備えて寝る!」
冒険者にとって休息も大事だ。
迷惑をかける仲間はいないのだから焦る必要はない。
ミシオンは自分の出来ることを一つずつ、確実にやり遂げよう。
***
「はい。スーズ草二十本、確かに確認致しました。こちら報酬になります」
「ありがとうございます……」
受付のお姉さんから依頼報酬を受け取ってミシオンは静かに冒険ギルドを退出した。
外に出た瞬間、ミシオンの顔面を照らす夕日の眩しさが目に沁みた。とっさに顔の前に手をやって光を遮る。
そう、夕方である。
昨日、昼には終わるだろうと予想していたミシオンだったが、今日起きたら昼になっていたのだ。長旅で疲れが溜まっていたのか、初めての寝坊にミシオンは酷くショックを受けた。
気を取り直したミシオンが慌てて森に向かい採取が終わったのがさきほどで、こうしてギリギリ達成できたのだった。
「つ、次……明日はちゃんと起きよう」
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【対象:ミシオン Lv:2 状態:疲労(小)】




