2話 正しい鑑定の使い方。
初めてゴブリンを討伐して二日経った。
ミシオンの目的はは変わらず、田舎に向かって旅を続けて隣町のシュリップに到着した。
まず宿に行って一泊分の料金を払う。
旅の疲れを癒すためにベットに寝転がり、道中で“鑑定”から聞いた情報を整理しようと思い目を瞑った。
『貴様には鑑定以外の才能がない。どう努力したところで、他のスキルを手に入れることは叶わないだろう』
シュリップに向かう最中、鑑定は初っ端からどんでもないことを言いやがった。
この鑑定、ミシオンの「成長値」のようなものでも鑑れるというのか。それとも、ミシオンはそうだ、と定めたのか。
『勘違いするな。私は貴様のスキルだぞ。今告げたのは元の才能だ。そも、いくら成長したからといって、他者の能力を定める事は出来ない』
「……で、それがなんなんだよ」
『貧相な土壌で新たな芽が出ないなら、元ある種を芽吹かせる他あるまい。だから、私は成長したのだ』
「貧相って、言いたい放題言いやがって。でもさ、どうやって成長したのさ。……は? いや待て、まさかお前」
『むろん“経験値”を利用したぞ』
嫌な予感に冷や汗が流れるミシオンをよそに鑑定は当然のように宣った。
あの時の、激情のまま首を絞めようとして絞める首がないことに思い至った時の、ミシオンの心情を言葉で表すことはできまい。
まさか、自分のスキルのせいで今までレベルが上がらなかっただなんて、想像もしていなかった!
『む、何を怒っている。これは貴様のためなんだぞ』
「なにが、どう、僕のためだってんだ!」
『レベルアップによる微々たる能力上昇よりも、私の成長の方が貴様の役に立つと、そう判断した。考えてみろ。貴様自身がどれだけ成長したところで、スキルがなければ意味がない。……いや、意味がないは言い過ぎか。だがな、増えた筋力を、増えた魔力をどう使う。貴様にとって精々逃げ足が速くなるくらいしか役に立たないだろう。レベルアップとは、よりスキルの精度を上げる為のものだ。鑑定スキルにとって無駄だと、そう思わないか』
……ぐうの音も出ないとは、このことか。
絶対に反論してやるという鋼の意思は儚く散った。
納得、してしまったのだ。
鑑定の言う通り、本当に他のスキルが手に入らないならば無駄骨と言える。
いや、仲間達の役には立てるかもしれないが、ミシオンの望む役の立ち方ではない。ミシオンは彼らの隣に立ちたいのだ。自分だけの“力”が欲しかった。
『しかし、私は限界値まで成長した! 次は貴様が成長する番が来たのだ』
「……ま、いいや。これから僕もレベルが上がるんなら文句は言わない。それで、どう成長したの。さっきのゴブリンの時だけじゃよく分かんなかった」
『やった方が早い。先程買っていた林檎を出せ』
鑑定に言われるがまま宿に着く前に立ち寄った出店で買った林檎を鞄から取り出す。
「で?」
『はやく鑑定しろ! 私はスキルだぞ! 貴様が使うのだ!』
「あ、そっか。『鑑定』」
【対象:林檎 状態:美味い】
「美味い……? う、美味い!?」
取り敢えず一口齧ってみる。
ミシオンは頬を赤くして驚愕した。昔なにかのお祝いで食べた超高い林檎の味がする。砂糖よりも甘い高級果物。過去の衝撃が口と脳内で再び再生される。
『ではもう一度』
「え、『鑑定』。ゔぇえ……まっず」
【対象:林檎 状態:不味い】
慌てた表示を見れば、状態が「不味い」になっていた。再び齧った林檎は最初と打って変わって、酷く乾燥したようにパサついている。なにより口いっぱいに広がる酸っぱさ。
これは、本当に同じ林檎なのか。
『そら、もう一度』
「……『鑑定』」
【対象:林檎 状態:美味い】
今度はきちんと表示を確認して、林檎を食べ進めながら鑑定の話を聞く。
『私が定められるのは、貴様が経験したことだけだ。お前の知っている状態を付与できる。今は私がサポートしてやっているが、いずれ貴様自身で自在に扱えるようになるはずだ。ゴブリンは剣士が討伐する姿を知っているだろう。それと、貴様とレベルが同程度だったから鑑定できた』
ミシオンの経験に基づく鑑定ができる。
林檎を含む無機物はもちろん、ミシオンと同程度のレベルの生物ならば自在に状態を定められるということ。
『悪いことは言わない。仲間と合流しろ。貴様にとって、旅そのものが成長に繋がるのだ』
「……いや、僕は帰るよ」
そうして、ミシオンはシュリップにいる。
自分に成長の余地があったことは理解したが、鑑定が成長している間にミシオンと仲間達の間には明確な差が生まれていた。
今から合流したとて、その差が埋まるのかと言われればミシオンは首を横に振る。緩やかに差は縮まる可能性はあるが、追いつく可能性はほぼゼロに等しい。
ならば、やっぱりミシオンはパーティから抜けて正解だったのだ。
心なしか鑑定が呆れた声で溜息をついた気がした。
コンコン。
ノックの音がして、ミシオンは目を開けて身体を起こす。
「こんにちは! 本日はうちの宿をご利用頂きありがとうございます!」
快活な挨拶とともに扉の向こうから少女の声が聞こえてきた。扉を開ければ十代半ばほどの少女がミシオンに勢いよく頭を下げた。後ろで一つに結んだ茶髪が少女の動きにつられて揺れる。
「こんにちは。どうかしました?」
「突然ごめんなさい! わたしリリーっていいます! この宿の看板娘です! お兄さん今日は素泊まりでしたよね」
「うん、そうですね」
「よかったら、今日の夕食はうちで食べませんか? っていう宣伝に来ました!」
ニコニコ笑顔でリリーが小さな木の板を渡してきた。どうやらメニューのようで「魔鹿の煮込みハンバーグ」と刻まれている。
『メニュー……? 一つしか書いてないぞ』
「これはオススメの日替わりメニューです。もちろん他のメニューもありますよ!」
鑑定のこぼした疑問にタイミングよく答えるように、彼女は続け様に言葉を重ねた。
「……じゃあ食べようかな」
「ありがとうございます! ではお待ちしてますね!」
夕食をどこで食べようか決まってなかったしちょうどいい。ミシオンの言葉にリリーは表情を明るくして退室していった。
夜までまだ時間はある。
「……まあ、手持ちの金だけだと持たないから、冒険者を辞める訳じゃない。これでも僕の食い扶持だからね」
『ゴブリンに手こずる貴様が一人でやっていけるとは思えない。治癒士の助けがない貴様の傷は、いつ癒えるのだろうな』
ゴブリンに引っ掻かれた傷は一日かけて血が止まった。少し擦ればすぐに傷が開く程度の治り具合だ。シチアに頼れば一瞬で治る傷。
ミシオンはここでやっと、仲間のいない重大さを自覚した。
自分で怪我の管理をしなければ、化膿したり発熱の原因になる。綺麗に治るまで動きが制限される。
自分一人だけだと、無茶ができない。
その事実に打ちひしがれたミシオンはベットに腰掛けて項垂れる。
「知ってたけど、僕は弱いね。一人じゃなんにも出来ないや」
『成長してないだけだ。貴様の伸び代はここからだろう』
「うるさいお喋りクソスキル」
『な!? 私がク、クソスキルだと!?』
「やっべ。間違えた」
思わず口を滑らせてしまった。
口に出すつもりがなかったのに、ポロリと零れてしまった。どうやらミシオンは自分が思っているよりストレスが溜まっているみたいだ。
(お喋りの自覚はあるんだな)
ともかく弁明のしようもない。
ギャーギャー喚く鑑定の声を聞き流して、ミシオンは荷物を整理し始めた。
金を数えながら旅程を組み立てる。
冒険ギルドはまだ先の町だ。依頼を受けるのも、素材の買い取りもまだ先になる。
一人旅は考えることもたくさん増えるようだった。
***
夜になって。
リリーの宣伝に乗せられたミシオンは香しい匂いに導かれるまま、一階に降りていった。
この宿は一階が飯屋で二階が宿屋となっている。外から見たらこじんまりとした宿は程よく繁盛しているみたいで、ミシオンの見る限り席のほとんどが埋まっていた。
「あ、お兄さん! ここの席空いてますよ!」
「ありがとう。日替わりメニューはまだ残ってる? あるならそれを」
「残ってますよ! すぐお持ちしますねー!」
ジョッキを両手に抱えたリリーが空いてる席に案内してくれた。去り際に注文して席に座る。カウンター席だから仕方ないのだが、酔っ払いのオッサンが両隣にいるのは少々いたたまれなかった。
酒をのんで顔を真っ赤にしたオッサンたちはジョッキを片手にデカイ声で笑っている。
「おい、兄ちゃん! 呑んでんのかよぉ!」
出たよ。オッサンのだる絡み。
パーティでいる時はテーブル席で遠目で見ることしかなかったが、実際に経験すると果てしなく暑苦しくて鬱陶しい。
(顔近いし、酒臭い!)
肩を組んできたオッサンの頬を手で押してどうにか距離を取ろうとするが、どこからそんな馬鹿力が出るんだ。抵抗虚しく更にグイグイと距離を詰められ、力負けしたミシオンの腕はプルプルと震えた。
(ど、どうして……!?)
『貴様が貧弱なだけだ』
鑑定によるQED。
ミシオンは自分の貧弱な身体を呪った。
「あ、あの。離れてッ、距離が近いんですけど!」
「あー? 声ちっせぇぞ。もっとハキハキ喋れねーのかァ?」
『そうだぞ! この私のようにな!』
「こら! お客さんに絡まないで! ほら、早く離れて!」
その時、オッサンと鑑定に挟まれたミシオンの背後から救いの声が届いた。
リリーである。
魔鹿の煮込みハンバーグを持ったリリーがオッサンを叱る。叱られたオッサンは気まずそうにミシオンの肩から手を離してしおしおと身体を小さくした。
「ありがとう……」
「お兄さんごめんなさい。悪気はないから許してあげて下さい。こちら日替わりメニューになります! じゃあごゆっくり〜!」
颯爽と立ち去ったリリーを軽く拝んで、届いた食事と向かい合う。
熱々の鉄板の上に拳大のハンバーグがジュウジュウと音を鳴らして鎮座し、上にかかったデミグラスソースがふつふつと煮立っている。
ソースの香しい匂いを湯気が運びミシオンの鼻に届いた。
「いただきます」
料理は出来立てが一番だ。
パーティの頃は猫舌のモーズがいたから談笑しつつ適度に冷めるのを待っていたが、今ミシオンは一人である。
「美味い……!」
一口噛んだ瞬間、ソースと肉汁が絡み合って旨みが何層も増した。それが柔らかな魔鹿肉と合わさって、あっという間に呑み込んでしまう。
熱々のハンバーグを夢中になって食べ進めたミシオンは、思わず舌がやけどするんじゃないかと錯覚しそうであった。
『それも“経験”の一つだ。ハンバーグは美味い』
(いや、このハンバーグが美味いんだよ)
ミシオンは心の中で否定するが、鑑定はすぐさま彼を罵った。
『愚か者が。視野を狭めるんじゃない。広義的に考えろ。貴様の経験を当てはめることが“付与”となるのだ。もっと私に興味を持て!』
(言い方がキモいな……)
気持ち悪い言い回しではあるが、鑑定の言い分は最もだ。
ミシオンは自分に成長の余地があることについて、もっと真剣に考える必要がある。
鑑定を知ることが、ひいてはミシオンの成長に繋がるのだから。
「キャア!」
ミシオンが食事を終えたあと、少し離れた場所からリリーの悲鳴が響き渡り、飯屋の騒がしい空気が一変した。
声のした方を見れば、ガラの悪い客からリリーを庇うように大柄な男が立っている。
「……ウチはただの宿屋だ。接客はするが、接待はしねぇ。飯食わねぇなら出ていきな」
「チッ」
どうやらリリーがタチの悪い客にしつこく絡まれたらしい。
目に涙を貯めたリリーが「お父さん」と小さく呟いて男の背中にしがみついた。
店主の介入によりその場は収まったようで、客は舌打ちをしながら渋々と席についた。
看板娘にうざ絡みした客に向けられた周囲の厳しい視線が気にならないのか、それとも逆に気にして大人しくしているのか。
これ以上騒ぎを起こすことなく、黙って食事を再開している。
徐々に元の賑やかさが戻ってきた。
『ほう。丁度いいのがいるな。仕置きを兼ねてあれを鑑定してみろ』
あれ、とは客が飲んでいるスープをさしていた。ミシオンは眉をひそめて、どうするつもりだと鑑定に問い掛ける。
『スープじゃなくて具材を見ろ。キノコがあるぞ』
(あれはマッシュルームっていうんだ。鑑定なのにそんなことも知らないのか?)
『たわけ。先程視野を広く持てと言ったばかりだろう。あれは“キノコ”だ。貴様、きのこで何か思い出すことはないか?』
「……あ、『鑑定』」
食事を終えたあとでよかった。
鑑定の言葉にミシオンは嫌な記憶を思い出してしまった。
少し顔を青ざめさせて腹をさする。
あれはまだ冒険に出たばかりの頃。
旅をしていく中で町に辿り付けなければ、当然野営を行う。完全に日が暮れる前に食べられるものを探そうと手分けして見つけた食材に紛れていたキノコ。
(味は美味しかった……味は)
スープを飲み干した客が程なく真っ白な顔で腹を抑え出したのを確認して、ミシオンは静かに顔を逸らした。
【対象:キノコ(マッシュルーム) 状態:毒(下痢)〈重度〉】
『ウハハ! あの客、数日はトイレの住人になるだろうな!』
鑑定はとても愉しそうに腹を下した客を嘲笑った。
悪いのは確かにあの客なのだが、なんとも嫌な鑑定の使い方である。
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【対象:ミシオン Lv:2 スキル:鑑定 状態:引っ掻き傷、腹痛(幻覚)】




