硝子村
「ハア〜〜~〜〜~、めんどくさ」
山道を歩きながら、ウズノフミは担いでいるハノキの呑気さにも嫌気がした。
「ハノキ。本当にお前の名前はハノキなのか?」
「目が覚めた時…誰かにハノキ様と呼ばれた。だから自らはハノキ様だと思った」
「うう〜む。聞き違いかもしれんぞ」
針葉樹林帯の山は異様に静かで、異類たちも何やらコソコソしている。『神を怒らせた』のは事実なのかもしれない。
「山坐が記憶喪失などなるかのう…」
ウズノフミの中での山を統べる異類あるいは妖累は山坐と呼ばれる。世間一般的に非常に強靭であり、不変なイメージがある。殴られたり降魔調伏されたりしても記憶喪失などにはならない。
山坐は山坐であり続けなければならぬのだから。
「自らがハノキ様であろうとなかろうと、お父さんに会いたい。それだけだ」
「お父さん…いいか、ハノキ。異類に親はいないのだよ。異類は忽然と生まれ、忽然と消える。人間のように生殖して増えてはいかない存在なのじゃぞ」
異類とは悲しいみなしごであり、最期も見送られずに死する──ある人間がそんな言葉を残した。否定はしないしそんなものだ。
「なら、ハノキ様は人間?」
「いや、お前は異類だ。人間の気がせん」
「変なの」
山道はキツく、さすがに息が上がる。子供を降ろして歩きたいが夜になる前に村につきたい。
「硝子村とはどんな感じなんだろうか…宿があればいいが…」
「土砂崩れでなくなったと聞いたぞ」
「あれは幻。真偽が定かでない」
ふいに針葉樹がパチパチと異様な音を立てているのに気づき、上を仰いだ。すると杉の木の葉が毒々しい色に染まり、硝子のように半透明に互いにぶつかりパチパチという。
「…。嫌な予感がする」
「懐かしい感じがする。ハノキ様は見た事があるかもしれない」
「そうか。…。早く村につかなければ」
川を辿っていくと、村があったであろう場所は地面が抉れ崩れていた。硝子村はごく普通の山村だったみたいだ。守域も機能していおり、異形の針葉樹林は村の生活圏を境目に見慣れた杉の木に変わっていた。
斜面を開拓し田畑もある。開拓石垣や外灯付き電柱もある。小規模ではあるが予想以上だった。
まだ電気も通っており、濃霧の中ぼんやりと灯りがともっていた。しかし多数の家屋がひしゃがり、下へ雪崩ている。まるで誰かに押しつぶされたかのようだ。
普通なら地域一帯の地面が緩み、ずれて下へ滑るはずだが──家周辺だけが地盤沈下のようになり崩壊している。川は普通であり、増水の痕跡もない。
社があった場所はもはや地面すらなく、異常事態だとひと目で分かった。
「誰かおらぬか!」
人の気配がない。誰かが避難していてもおかしくないのに。もうもうと立ち上がる濃霧の中、パチパチと硝子の杉が鳴る音だけが響く。
「まさか、皆死んだのか?おい!誰か!」
村が作った砂利道を歩きながら、呼びかける。
「向こうに気配がする。弱々しいが生きているみたいだ」
「…人か?」
「うん。多分、さっきのヤツじゃない」
「なるほど」
少女が指さした方に駆け寄ると、瓦礫の山となった家屋の隙間から人の上半身が覗いていた。神主らしく神職の装束を纏っていた。
「大丈夫か?」
「…うう、祭祀が失敗した。さいし、は、やしろは」
神主が苦しみながらも呟いている。「しっかりしろ」




