ハノキという変な子供
山の獣道を大きくしたような荒々しい国道を走り、手掘りの長いトンネルをくぐるや、空気が一変した。
あれだけ荒んでいた瘴気まみれの世界は濃霧に包まれた静寂へ──噂の地にたどり着いたと内心確信する。
運転手は詮索もせず、道の駅に停車し下ろしてくれた。理由も聞かなかったが、彼はこの先にある西の方へ行くという。
人には黙っておきたい事情がある。彼もそうだったのだろう。
「ここはさっきよりかは安全だけどな。気をつけな。異類まみれだ」
「ありがとう」
トラックを見送り、ため息をつくと鄙びた休憩室を見やる。
異類。
人では無い化け物は、異類、マカンムリと呼ばれている。
現代では『異類』が公用語として使われている。
ある時までは精霊や神と同じ分類だったが、新種が発見され、世界が一変した。
人間より上位の捕食的存在であり、生活を脅かし立ち向かえない超自然的な力を持つ。伝承とは異なり確実に存在しているため、人間の生活圏は狭い──
ウズノフミは濃霧で見えずらい視界から、同類を探す。人に化けて生活している輩もたくさんいる。
その方が生活面で動きやすかったりするのだ。
(まあ、人より異類の方が多いな。しっかし寂れておる)
休憩室には数人がいるだけ。他は自動販売機や雑に置かれたゲーム機。道の駅というよりはドライブインだ。
三組の老人が何やら話し込んで、深刻そうな顔をしていた。彼らは人間だった。
「大金障山の硝子木村、土砂崩れで大半が死んだそうよ」
「嫌ねだえ」
「雨なんて降ってないのに怖いわあ」
(土砂崩れ…?)
「大金障山の硝子木村、土砂崩れで大半が死んだそうよ…硝子木村、土砂崩れ…硝子木村、」
どこからか小声で復唱が聴こえる。ウズノフミは悪寒が走り、嫌な予感に逃げようとした。
外のゴミ箱から子供がこちらを見ている。それもお稚児の格好をした場違いな子供であった。
「大半が死んだ…大半が死んだ」
「ヒッ」
こちらを見つめながら、ブツクサしている。関わらない方が良いだろう。
「そこのゴミクズ。ハノキ様が見えるのか」
「な、なんじゃお前」
「血の匂いがする。怪我をしている」
「まあな。縫えば何とかなるだろうよ。たいした傷じゃあない」
「治してやる」
そう言われ、辺りを見回した。異常な子供を誰も気にしていない。もしや自分以外見えてないのかもしれない。
「困ったのう」
「治してやる。ほら」
仕方なく近寄ると、いきなりビョンと腕にかぶりついてきた。
「ぎゃあああ!いってえ!何すんだ!?」
「傷をなめた。痛みはなくなるだろう」
「…そ、そうか。取り乱してすまなかったな。ハノ…?にはそのような力があるんじゃな」
「皮膚が壊死して痛みが無くなるだけだ」
「は?!」
「ハノキ様」
ハノキ様と名乗ったお稚児はジイッとこちらを見あげてきた。瞳の色は人外の金色だった。
ハノキと名乗った子供はこちらがよほど興味深いのか、ジロジロと観察している。様々な角度から眺めると何か納得している。
「腕の壊死の呪いはどうやって治せる?」
「ハノキ様をお父さんに会わせてくれたのなら治してやろう」
(お父さん?親がいるのか。人間とのハーフ?)
「それしかハノキ様には分からない。何も覚えていない」
「ふうむ。それは記憶喪失なるものじゃな」
異類が記憶喪失になるのはあまり耳にした事がないが、都会にいてそんなドラマがやっていた。
「記憶喪失?何かの病?」
「そんなものだ」
「困る。どうすれば治る?」
子供はムッとして、ウズノフミへガンを飛ばした。厄介な者に捕まったとため息をつくと、周りを見回した。
「自分が懐かしいと思ったモノを探っていく、そうすれば思い出せる。そんな内容だったはずじゃ」
「懐かしい…霧、この霧が懐かしい」
真っ白な濃霧を掴むように少女は手を伸ばす。
「ならハノキはこの地の出身のようじゃな」
「なるほど。ここが故郷…」
それを耳にしたウズノフミは内心、ザワザワと感情が逆だった。故郷。あまり良い思い出がない。
はるか昔の忘れようにも鮮烈な記憶。
異類たちも人間たちも今は故郷に見向きもしない。世が成長する真っ只中で目の前の物事をこなしていく。
「ゴミクズ。名前は何という?」
「なんたる悪口を。ワシはウズノフミ。人間嫌いのウズノフミだ」
「うず、…?まあよい。ゴミクズ。お腹がすいた。ご飯を用意せよ」
「はぁ??」




