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亡き婚約者に似ていると言われた私を、年下男子が本気で愛してくれました  作者: ちょこまろ


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3/5

第3話 亡き婚約者に似ていると言われた日

「少なくとも、俺の人生では脇役じゃありません」


俊介からそう言われても、奈々の心にはまだ黒瀬への想いが残っています。


けれど今回、その恋を続けることが本当に自分を幸せにするのか――奈々は否応なく向き合うことになります。


誰かに似ているからではなく、

自分自身を見てほしい。


第3話、お楽しみください。

 俊介にあんなふうに言われた夜から、私は彼とどう接していいか分からなくなった。


 翌朝も、俊介はいつも通りだった。


「奈々さん、おはようございます」

「お、おはよう」


 私の方がぎこちない。


 俊介は書類を持ってきて、いつものように確認を頼んできた。

 仕事の話をして、必要なことだけを伝えて、余計な距離は詰めてこない。


 それがありがたくて、申し訳なかった。


 俊介は、大人だった。

 二つ年下なのに、私よりずっと落ち着いている。


 たぶん、彼は待ってくれている。

 私が自分の気持ちに整理をつけるまで。

 私が黒瀬さんへの恋に、ちゃんと向き合うまで。


 その優しさが、また胸に重かった。


「奈々、最近どうしたの?」


 昼休み、同期の真帆に言われた。


 社員食堂の隅の席で、私はサラダをつついていた。


「どうもしないよ」

「うそ。奈々が食堂の唐揚げ定食を選ばないなんて、事件」

「そんなに?」

「そんなに」


 真帆は私の顔をじっと見た。


「恋?」

「……どうしてそうなるの」

「奈々がご飯食べられなくなる理由なんて、それくらいしか思いつかない」

「私だって仕事で悩むことくらいあるよ」

「仕事で悩んでるときの奈々は、むしろ食べる」

「ひどい」

「当たってるでしょ」


 否定できなかった。


 真帆は昔から鋭い。

 同じ部署ではないけれど、入社以来の付き合いで、私の変化にすぐ気づく。


「相手、誰?」

「……言いたくない」

「じゃあ、言わなくていい。でも、しんどい恋なんだ」

「うん」


 その一言だけで、喉が詰まりそうになった。


「好きになっちゃいけない人?」

「いけない、というか……好きになっても、たぶん届かない人」

「彼女いるの?」

「亡くなった婚約者さんがいる」

「ああ……」


 真帆は困ったように眉を下げた。


「それは、きついね」

「うん」

「でも、亡くなった人を大切にしてるって、悪い人じゃないんだろうね」

「そうなの。すごく優しい人なの」

「だから余計に苦しいんだ」

「うん」


 私は小さく笑った。


「変だよね。相手の優しさに惹かれたのに、その優しさが誰かへの深い愛から来てるんだって思うと、勝手に傷つくの」

「変じゃないよ」

「亡くなった人に嫉妬するなんて、最低じゃない?」

「最低じゃない。人間っぽいだけ」


 真帆はきっぱりと言った。


「でも奈々、自分を壊す恋はやめな」

「……分かってる」

「分かってない顔してる」

「分かってるよ」


 分かっている。


 でも、好きな気持ちは、理解だけでは止まらない。


 午後、黒瀬さんが来社した。


 私は応接室の準備をしながら、何度も深呼吸した。


 今日は普通に。

 余計な期待をしない。

 必要以上に見ない。

 言葉の一つ一つを大切にしすぎない。


 そう決めていたのに、黒瀬さんが私を見て微笑むだけで、心は簡単に揺れた。


「奈々さん、今日は少し元気がありませんね」

「え?」

「違っていたらすみません」

「いえ、大丈夫です。少し寝不足なだけです」

「無理はしないでくださいね」


 優しい。


 どうして、そんなに優しいの。


 胸の中で叫びたくなる。


 黒瀬さんは何も悪くない。

 私が勝手に好きになって、勝手に期待して、勝手に傷ついているだけ。


 それなのに、彼が優しければ優しいほど、私はどんどん欲張りになってしまう。


 私だけを見てほしい。

 私のことを特別だと思ってほしい。

 忘れられない人の隣ではなく、今ここにいる私を選んでほしい。


 そんなこと、言えるはずがない。


 打ち合わせが終わり、黒瀬さんをエレベーターまで見送ることになった。


 佐伯さんは電話に捕まり、私が代わりに案内した。


 二人きりの廊下。

 静かな足音。

 窓の外には、薄い夕焼けが広がっていた。


「奈々さん」

「はい」

「いつもありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」

「あなたがいると、こちらの会社に来るのが少し楽しみになります」


 心臓が大きく跳ねた。


 そんな言い方をしないでほしい。


 期待してしまう。

 勘違いしてしまう。


「……ありがとうございます」

「すみません。変な意味ではなく」

「はい、分かっています」


 分かっている。


 変な意味ではない。

 黒瀬さんにとって私は、感じのいい取引先の事務員。

 それ以上ではない。


 エレベーターの前に着いたとき、黒瀬さんがふと足を止めた。


「奈々さん」

「はい」

「少しだけ、変なことを言ってもいいですか」

「え?」


 黒瀬さんは、どこか懐かしそうに私を見ていた。


「あなたと話していると、不思議な気持ちになります」

「不思議、ですか?」

「昔、僕の婚約者も、よく笑う人でした」


 胸が、ぴたりと止まった。


「そう……なんですね」

「周りの空気を明るくする人で。自分がつらいときほど、笑ってしまうような人でした」

「……」

「奈々さんを見ていると、少し彼女を思い出します」


 黒瀬さんは、本当に優しい顔で言った。


 悪意なんてない。

 むしろ、私に親しみを込めてくれているのだと分かった。


 でも、その瞬間、胸の奥が冷たくなった。


 私を見ているようで、見ていない。


 黒瀬さんの目に映っているのは、今ここにいる奈々ではなく、もう会えない誰かの面影なのかもしれない。


「……光栄です」


 私は、何とか笑った。


「すみません。変なことを言いましたね」

「いえ。そんなことありません」

「奈々さんは、彼女とは別の人なのに」

「はい」


 分かっているなら、どうしてそんなことを言うのだろう。


 そう思ってしまう自分が嫌だった。


「でも、奈々さんの明るさには、救われます」

「ありがとうございます」


 嬉しいはずの言葉が、今は痛かった。


 エレベーターが来た。


 黒瀬さんは穏やかに頭を下げて、中へ乗り込んだ。


「では、また来週」


 ドアが閉まる。


 私はその場に立ち尽くした。


 彼女を思い出します。


 その言葉が、何度も胸の中で響いた。


 私がどれだけ頑張って笑っても、どれだけ黒瀬さんの言葉に揺れても、彼の心の奥にいる人にはなれない。

 しかも私は、私自身として見られているわけでもない。


 似ている誰か。

 思い出を呼び起こす誰か。


 それは、恋の主役どころか、代役みたいだった。


「奈々さん」


 背後から俊介の声がした。


 振り返ると、彼が少し離れたところに立っていた。


「俊介くん」

「……聞こえました」


 俊介は苦しそうな顔をしていた。


「ごめん。変なところ、聞かせちゃったね」

「謝るのは奈々さんじゃありません」

「でも、黒瀬さんも悪気があったわけじゃないから」

「悪気がなければ、傷つかないわけじゃないです」


 その言葉に、胸が崩れそうになった。


 私は慌てて笑った。


「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

「大丈夫じゃないですよね」

「大丈夫だよ」

「奈々さん」


 俊介の声が、少しだけ低くなった。


「今くらい、笑わなくていいです」


 涙が出そうになった。


 でも、廊下だった。

 会社だった。

 泣くわけにはいかなかった。


「ごめん、仕事戻るね」


 私は逃げるように歩き出した。


 その背中に、俊介の声が届いた。


「俺は、奈々さんを誰かに重ねたりしません」


 足が止まった。


「奈々さんが奈々さんだから、見ています」


 振り返ることができなかった。


 もし振り返ったら、泣いてしまうと思ったから。


 その日の夜、私は家に帰ってからも、ずっと黒瀬さんの言葉を思い出していた。


 私と話していると、彼女を思い出す。


 それは、私にとって残酷な言葉だった。


 黒瀬さんは優しい。

 誠実で、穏やかで、人を傷つけようとする人ではない。


 でも、私はこの人の隣では幸せになれない。


 ようやく、そう思えた。


 好きだからこそ、苦しい。

 好きだからこそ、これ以上自分をすり減らしたくない。


 私はスマホを手に取った。


 何度も書いては消して、最後に短いメッセージを送った。


「お仕事の件とは別に、少しだけお話ししたいことがあります。ご迷惑でなければ、来週のお打ち合わせ後にお時間をいただけませんか」


 送信ボタンを押した瞬間、心臓が痛いくらい鳴った。


 数十分後、返信が来た。


「分かりました。打ち合わせ後に少し時間を取りましょう」


 私はスマホを胸に当て、目を閉じた。


 これで、本当に終わる。


 初めて命がけみたいに好きになった恋が、終わる。


 怖かった。

 でも、どこかで少しだけほっとしていた。


 主役になれない恋から、降りる日が決まったのだ。

第3話をお読みいただき、ありがとうございます。


「奈々さんを見ていると、少し彼女を思い出します」


黒瀬に悪意はありません。


それでも奈々にとっては、自分が「亡き婚約者の面影」として見られているかもしれないという、あまりにも苦しい言葉でした。


そんな奈々に俊介は言います。


「俺は、奈々さんを誰かに重ねたりしません」

「奈々さんが奈々さんだから、見ています」


好きだからこそ、終わらせなければならない恋もある。


奈々はついに、黒瀬への気持ちから逃げず、自分自身で決着をつけることを選びます。


次話「さよならを言うための告白」。


奈々が初めて、自分の恋のために自分の言葉を伝えます。

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