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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第一章 御伽の土地 
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薄桃色の青年と警報(3)


 すっかりやる気を失くした彼が、抑揚のない声で宣告した直後。

 

 ピューーーーーーーーーーーーーーー。

 

 甲高い笛の音が、この修羅場を切り裂いた。

 次いで、また階段の方からだ。

 ドタドタと響く賑やかな足音が、喰い姫の注意を惹きつける。

 

「おぉーい、シュンセーー! お待たせ、無事かな?」

 

 この殺伐とした現場とは不釣り合いなほど、明るく、はつらつとした声が驚く。

 

「トキノコ! 三時の方角だ、急いでくれ」

「まかせて!」 

 

 男の声に応じたのは、まさかの増援だった。

 幸運にもこのやりとりを合図に、喰い姫は撤退を余儀なくされたらしい。

 俺には目もくれず、長い髪を翻し、元来た道を引き返していく。

 

「あ、ちょっとどこ行くの! もーーっやっぱりここだった! ソウヒ、そっち行ったよ!」

 

 その叫びに呼応するかの如く、ドッカン、ドッカンと物騒な音と連動した揺れが、地響きの様に伝わってくる。

 果たして、下ではなにが繰り広げられているのか……想像すると、忘れかけていた鈍痛に襲われた。

 

 ——そうだった、どこかで、一人にならなくては。

 これから起きる事を、あまり()()()()()()()()()()のだ。

 

 しかし、どうしたものかと考えあぐねているうちに、ひょっこりと一人の少女が姿を現す。

 声からして、増援が女の子であると分かっていたが、まさかこんな小さな子だったとは。

  

「元気そうで良かったよシュンセー。……あれ? そこの子だあれ?」

 

 しかし不思議そうに見上げる瞳の奥には、こちらが何者かを見定める鋭さがあった。

 背丈は俺の胸元くらいだろうか。

 長い髪を頭上で一つに束ねており、動くたび、背中から見え隠れする毛先が尻尾のようで愛らしい。

 清楚な桃色のワンピースに飛散する、なんらかの青黒い液体に目を瞑ればの話ではあるが……。


「あぁー、正直よく分からん」

「それは俺が聞きた…………いっ……」 


 ——きた。それにしたって、いつもより性急じゃないか?

 

 緊張の糸が解けたせいか、丁度両手の()()()を中心に激痛が駆け巡る。

 例えるなら、沸騰した血液中に無数の針を流し込み、肘から指先までの距離を突き刺さりながら、循環していくようなもの。

 

「……え、ちょっと! 大丈夫?!」

「さっき直に蹴りを受けたんだ。診てやってくれ」 


 ダラダラと汗が吹き出し、滲む視界が駆け寄る二人の姿を、ぼんやり捉える。 

 彼らからすれば、俺は急に容態が悪化した患者に見えているだろう。

 けど実際は……その()()だった。


「痛めてる所見せて。この手袋、一旦外すよ……?!」

 

 親切心で触れようとした少女の手を、反射的に振り払ってしまう。

 そう、真逆なのだ。

 俺の意思とは関係なく、また道理もなく。

 この身体を修復しようとする、自動装置みたいな物が起動しただけに過ぎないのだ。

 

「いや……大……丈夫なんだ、少し休めば……治る、から」

「強がってんなよ、この阿呆。ここで死なれても迷惑なだけだ」 

「死な、ないから……平気だ。放っておいてくれ」

「…………」 

 

 俺らのやり取りと、俺に振り払われた手の平を交互に見ていた少女だったが、ふと静かにニコリと微笑んだ。

 

「ふーん、そっか。ごめんね?」 

 

 ドスっ。

 慣れた手つきで素早く、的確に、鳩尾(みぞおち)へ深い一撃。

 それを隣の大の男ではなく、小柄な少女がやってのけたことに、困惑を隠せない。

 ……そうだこの子、あの喰い姫に対する増援としてやってきたんだった、どおりで——。

 

 加えて、疲労困憊の俺が意識を落とすには充分過ぎる威力だった。

 


 ***

 


「相変わらず手際がいいな」

 

 可愛らしい姿こそしているが、流石()()()眷属(けんぞく)だ。

 シンプルな肉弾戦ならば普通に俺より強いのだ、この子らは。

 改めて感心していると、トキノコは頬を膨らませながら抗議してくる。

 

「んもー、少しは手伝ってよね」

「はいはい」

 

 彼女が処置しやすいよう、少年の袖を捲りあげる。

 現代でもこの場所じゃ、好んで着るやつが多いとはいえ、だ。

 今の季節には珍しい薄手の和装に身を包み、やたら紐やボタンが多い、使い勝手の悪そうな手袋。

 

「つくづく怪しいなこのガキ」

「うーん、なんだろ。まるで……とても厳重に保護してるみたいな。やっぱり手を見られたくないのかな?」 

「さあな……よし、解けたぞ」

 

 これだけ苦労して、ようやく片方。

 ガチガチに固まったボタンを外し、硬く縛られた紐を解き、手袋を引き剥がす。

 すると……中から予想だにしなかった可能性が暴かれ、二人はしばし絶句してしまう。

 

 少年が必死に隠そうとした物の正体——。

 彼の外見から想像される、歳相応な若い皮膚は、途中で切り替わっていたのだ。

 具体的には、肘と手首の中間に繋ぎ目があり、指先に向かうほど、骨と皮からなる老人特有の——シワだらけの手が存在感を放つ。

 明らかに少年本人の物ではなく、別人の一部と言える異物。

 

 更に言えば、中指に掘られた——季楼庵(きろうあん)において、とある役職を示す刻印。

 そこから導かれる答えに、この二人が辿り着けないはずなかった。

 

「………………なあ、おい。冗談だろ」

「シュンセイ。もしかして、この子」

「……ユメビシ、なのか?」

 

 ——それは約70年前、俺の部下共々、消息を絶っている少年の名だった。

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