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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第一章 御伽の土地 
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神隠し帰り 


 ——当時のことを、ハッキリと覚えている訳じゃない。

 

 いつも通り自室で就寝したのに、気づけば見知らぬ森を一人で歩いていた。

 それから誰かに会って、誰かと話して……()()が起きたのだ。

 

 あの頃の俺は「怖い夢」を見た、と本気で思っていた。

 夢ならこの()()も、()()も。

 朝日が昇る頃には忘れられる……全て元通りだと、信じてやまなかった。

 

 ……しかし、そんな無知な子供に待っていたのは、終わらない苦痛。

 一夜にしてその家の長男は、変わり果てた姿になっていた。

 それに一早く気がついたのは、厳しい世話係の老婆で。

 真っ青な顔でうなされている俺の布団を剥ぎ取り、見つけてしまった。

 

「いやああああああああ、呪い、呪いじゃあああああああ! 誰か、誰か来てくれええええ」 

 

 普段あんなに落ち着いた人が発狂し、取り乱す姿は恐ろしかった。

 その迫真迫る悲鳴は、早朝の静けさの真っ只中にあった屋敷全体を、震撼させるには十分過ぎて。


 真っ先に駆けつけたのは、朝食の支度をしていたお手伝いさん数名。

 次に親戚の叔母夫婦。

 一番最後に「騒々しい」と不機嫌そうに吐き捨てながら現れたのは……普段滅多に姿を見せない、両親。

 

 あの場に集まった誰もが、俺の腕を見て言葉を失っていた。

 仕方ないだろう、前例のない異常事態だ。 

 朝起きたら、齢五つにも満たない小さな子供の腕から、成熟しきった老人の手が生えていたのだから。



 ***

 

 

 ——俺はあの晩、()()の場所で、両手を失くした。

 

 それならば代わりにと、干物の様な手を接合された。

 骨と皮、大きな爪。カサカサしてそうで、意外としっとりした外壁。

 どう考えても、幼い子供の体には不釣り合いな大きさで、歪な代物。

 それ以前に赤の他人であり、老人の手。

 当然、身体は拒絶反応を示した。

 

 ——痛い、熱い、苦しい……早く、終わってよ……。

 

 激痛と高熱に侵される日々。

 まともに食事なんて摂れなかったし、眠ることもままならない。

 周りから漂う空気は、「生きていても死んでも迷惑だ」と言わんばかりだった。

 故に、守るべき()()()()()()()()から、ただの()()()()()()へと認識が変わるのに、そう時間は掛からなかった。 

 

 この時思ったのは、ただ一つ。

 悲しいとか、辛いとか、激情に駆られたものではなく……単純に『諦め』が優ったのだ。

 

 ——人間とは、こうも簡単に態度を変えられるものなのか、と。

 

 少し前なら誰もが自分に優しく……いや。取り入ろうと、必死に世話を焼きたがった。

 ほんの少し微熱が出た、指を切った、舌を火傷した。

 その程度のことで、毎回必要以上に騒ぎ立てたのに、いざ得体の知れないものが関わってると分かった瞬間、これだ。

 『呪い』だと勝手に決めつけ、本質を見ようとしない。

 これは本当に呪いじゃない。体が異物に拒絶反応を示してるだけ。

 誰も信じてはくれないだろうが、この手は……本来の持ち主は。

 

 ——あの時、危ない所を助けてくれたんだ。

 

 

 ***

 

 

 重い襖を隔てた先で、何人かの声がヒソヒソ聞こえる。

 とは言っても、小声で話しているつもりなのは大人達だけで、子供には丸聞こえだった。

 

「……あぁ、どうしてこんなことに」

「まだ40℃から熱、下がらないの?」

「ちょっと、医者なんて絶対呼ばないで。こんなことが他に知られたら、我が一族の恥だわ。それに……普通の医者には治せないでしょアレ」

「たった一人のご子息だったのにねぇ」

「はぁ…………本当、薄気味悪い」

「ねえ聞いた? 発見された時、足や着物が土で汚れていたそうよ」

「なんだって!? 外を出歩いたというのか」

「出歩くって、夜更けに?」 

「さあ? そもそも出られないでしょう。門、閉じてるんだから」

「それもそうだよな。あ……」

「何よ」 

「神隠しにでも、あったんじゃないのか?」 

「まさかそこで取り替えられたとか? じゃあ、あの子……」

「本物のご子息ではないかもね」    

「呪い子だ」

「近づきたくもないよ、恐ろしい……」

「ああ! もういいわ! 少し黙って頂戴!」


 一際大きな金切り声。

 苛立ちを隠そうともしない、母さんのものだった。

 あれだけ好き放題発言していた大人たちが、水を打ったように静まり返る。

 だから次の一言が一層際立ち、耳に届いてしまったのだ。

 

「はぁ……頭がおかしくなりそう。地下牢に移しておきなさい」


 頬を伝う雫は、発熱に伴う発汗のせいだ。

 そう自分に言い聞かせて、その後の会話を意識から遠ざけた。

 

 ——この場所には、誰も、味方なんていない。

 

 程なくして、俺は一人きりになった。

 静かで、薄暗くて、湿っぽくて、少し埃臭い。

 自室とは比べ物にならないほど不衛生な環境に、一人放り込まれたのだ。

 けれど無性に、安心感を覚えた。

 

「……だって、誰の声もしないから」

  

 









 












 

 



『……そうか、こんな場所にいたか』

 

 あれからどれだけの日が経ったのか、正確には知る術はなかった。

 ただ随分久しぶりに、近くで誰かの優しい声を聞いた。 

 温かく大きなゴツゴツした手に、額を優しく包まれ、なんとか瞼を開ければ、二つの人影がゆらゆらと視界に映る。

 

『ここを出て一緒に暮らそう。今日からお前は(わし)の孫だ』

『待たせちゃってごめん……よく頑張ったね』

 

 陽だまりのような、人達だった。

 一人は別の屋敷に住む遠縁のおじさんで、もう一人の女の人は……あれ?

 

 ——あの人は、一体誰だったか。

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