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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第一章 御伽の土地 
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薄桃色の青年と警報(2)


 こうして、やや緊張感のかける警報とやらは終わりを告げ、俺達の間に静寂が訪れる。

 ……正直、聞きなれない単語も多く、全てを正確に読み取れた訳じゃないが、要は敵襲に見舞われているらしい。

 ただ、俺の唯一知っている単語が、侵入者の一端として挙げられていた。


 華宿人(かしゅくじん)

 それは()()()()()()に憑かれた人間を指す。

 宿主は華に操られているから理性が飛んでおり、容易に一線を超えた行動をとってしまうなど、非常に厄介な存在だ。

 けどアレがこんな明るい時間から出没するなんて、聞いた事がない。

 それも複数体同時ときてる。

 あの妖は、夜——つまり陰の力を利用し、活動する生態のはずで……。

 

「はぁ…………………………あああ」

 

 頭上から、長過ぎるため息の末に、呻き声へと変容した男の声がこぼれ落ちてきた。

 見れば両手で顔を覆いかくし、ガクリと肩まで落としてる。

 先程までの威勢はどこへやら。

 なんだが不憫に思えてくるほどの落胆っぷりだ。

 

「こんな立て続けに色々起きるなんて、おかしいだろ。お前さ、『害ありません』って面して、実は新手の敵だったりするのか? 関与を疑われてもしょうがないほど、タイミングが良いもんな」

「どんな顔だ。俺はただ聞きたいことが……」


 ——シャン、シャン。

 

 最初は空耳かと思った。

 しかし俺がやって来た方角から、軽やかな鈴の音が確かに聞こえてくる。

  

「……おいおい、よりにもよって此処かよ。そりゃあ襲いやすいもんな。()()()()()()()()()()

 

 うわごとの様にも、自虐にも聞こえる呟きの末。

 ふわりと体が軽くなったと思えば、男は音のする方を見据えて立ち上がっていた。

 待てよ……襲いやすい、だって?

 

 ——シャン、シャン、シャン。

 

 ゆっくり、でも着実に迫る鈴の音は、足音と同義だ。

 十中八九、俺が登ったのと同じ階段を使い、ナニカがこちらへ向かって来ている。

 しかし男の警戒心とは裏腹に、辺りは相変わらず、のどかな空気に包まれていた。

 

「んーやっぱ、妙だな」

「……その妙、とは?」

 

 この状況で、俺だけいつまでも地に這いつくばってたら、それはそれで不自然だろう。

 上体を起こして、付着した草を払いながら、恐る恐る問いかけてみた。

 彼は一度だけチラリと視線を寄越すと、自身の顎に手を添え答えてくれる。

 

「いや、随分と大人しそうというか。普段はもっと殺気立ってるんだが」

「一体何が来るんだ? まさか、さっき言われてた華宿人じゃ……」

「……いいや、あいつらは()()()()まで入って来ない。これは()の方だ」


 姫——あぁ、『喰い姫』と呼ばれていた方か。

 にしても、一度に華宿人や姫とやらに攻められるこの場所は、一体……?

 

「おい、ぼさっとしてるなよ。順当に考えれば、用があるのは俺だ。巻き込まれたくなければ、自衛しろ。キリがついたら話くらい聞いてやる」 

「……! 分かった。だが、あんた一人で対処出来るのか?」

「嫌なこと聞くな。まあせいぜい踏ん張るだけだ。……それより、お出ましだぞ」


 ——シャン、シャン、シャン、シャン、……シャン。

 

 建物の影から姿を現したのは、面妖な装いの女だった。

 地に届くほど長い、灰色の髪。

 大きく「喰」と書かれた布で隠された顔。

 セーラー服を基調とした衣服は、目を惹く鮮やかな紅色。

 そして片方の足首に巻き付いた鈴が、再びシャンと鳴く。


 彼女は暫く辺りをキョロキョロとした後、ただ一点を見つめる様に固まってしまう。

 勿論、表情どころか目元すら碌に分からない相手が、何処を見ているのかなんて、正確に判断することは出来ない。

 

 ……出来ないはずなのだが、明らかに、俺の方を凝視してないか?

 気のせいであってくれと祈りながら、彼女から放たれる威圧感に気付かぬふりをした。


「喰い姫。この第一茶室(だいいちちゃしつ)になんの用件だ? 俺なんか始末したところで、利益なんぞ無いだろうに」 

「……オ、」

 

 彼女は、高らかに声を上げた彼に、ではなく。

 やはりと言うべきか、俺を指差し、予想もしなかった言葉を紡いだ。


「…………オマエ、ドウシテ……アノトキ……ノ、ママ!」 

 

 ——お前、どうして、()()()のまま?

 そんな言葉を、彼女は発した。

 『あの時』とは果たして、いつを指しているのだろうか?

 当然、今の俺には身に覚えが……ない。


「待ってくれ、何を……言って、」

「おい馬鹿っ! 避けろ!!」

 

 男の叫び声で我に帰ると、喰い姫の姿が消えていた。

 ……いや、違う。首を上空へ傾けると人影が。

 この僅かな隙を突き、彼女は高く跳んでいたのだ。


 ——××××、

 

「……え」

 

 ぐんと間合いを詰めながら、落石の様な勢いをつけて振り下される右足。

 この殺傷力の高い威力の蹴りを一発、真正面から受けてしまう。

 ドゴっという鈍い音に続いて、バキバキ骨が砕かれる嫌な振動を感じると、思うように力が入らなくなる。

 そんな俺の隙は当然突かれ、すかさず反対の足で回し蹴りに遭うのが見えた——。

 

「っ……はぁ……はぁ……」 


 かろうじて受け身を取れたはいいが、元々立っていた場所から数メートル後方に蹴り飛ばされ、全身から大量の冷や汗が流れ落ちた。

 あの華奢な身体の一体どこに、これほどの力があるのか?

 すでに疲労困憊の俺とは対照的に、喰い姫はまだまだ余力を残した状態で、威嚇するような低い唸り声を発している。

 

「……ぅ…………ぐうぅぅ……」

 

 ——カエシテ。 

 喰い姫が飛びかかる直前に発した言葉だ。

 俺は彼女の訴える『あの時』に、何かを奪ってしまった……?

 もしかしなくても、それが原因で相手は腹を立てており、俺は一歩的に蹴り殺されているらしい。

 

「い、一端落ち着いてくれ。悪いが俺にはいつの、何のことか覚えが……」 


「無いんだ」と言い終える前に、彼女は助走をつけるような素振りを見せる。

 怒りが収まらないどころか、更に増長させてしまった感が否めない。

 そんな姿を視界の端で捉えながらも、こちらは遅れてやって来た反動により、立ち上がる事もままならず、いっそ白旗でもあげたい気分だ。

 

「……はぁ。あのさ、俺に用事じゃないわけ? なら他所でやってほしいもんだな」

 

 この窮地を前に、ちゃっかり安全圏へ移動していた男は、縁側からこちらを傍観していた。

 そう、見てるだけ。

 加勢するでもなく、寧ろ『迷惑だから出て行け』と苦言を呈す始末だ。

 しかし彼の一声により、喰い姫の動きが止まった。

 

「それに、だ。痴話喧嘩ならもっと静かにやるべきだったな、喰い姫さん? 今の騒ぎで()()()()()()

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