薄桃色の青年と警報(1)
「……どうやって潜り込んだ? 俺も随分と、舐められたモンだな」
淡々とした口調からは、侵入者に対する激情は見られず、ただ形式的な問いをしているに過ぎないという印象だった。
見上げれば、溜息混じりの端正な顔立ちをした男と、初めて視線が交わる。
うっすらと開かれた目元には、やはりくっきりとクマが刻まれ、お世辞にも体調が良いとは思えない風貌。
そんな彼だが、不意の隙を突いて俺へ馬乗りになり、身動きを封じるだけの実力と警戒心はあったようで。
……まな板の上の鯉とは、このような状態を指すのかと、感心している自分がいた。
何故、この様な事態に陥っているのか?
それは遡ること、数分前のこと——。
石段を上がった先は、一軒の小さな民家がポツンと建つ空間になっていた。
敷地としてはそう広くないが、こじんまりとして居心地が良くて……どこか、寂しさを覚える場所。
青々しく伸びた雑草が至る所に生え、家の外壁やそこらの岩にも、苔の様なふさふさした物が出来ている。
しかしそれらは手入れ不足による産物などではなく、一種の趣向と捉えるべきなのだろう。
豊かで、温かみを帯びた……そう。春を連想させる緑。
わびさびなんて雅な感性とは無縁の俺ですら、どこか魅了される風景だ。
……とは言え、まるで生活の気配がしないのも事実。
自分の足音と呼吸音しか聞こえないのは、いくらなんでも静かすぎる。
ここまで来て『無人』『留守』『手がかり無し』なんて縁起の悪い単語が頭をよぎるが、意を決して建物へと近づく。
玄関を探すため壁沿いに歩き、二回角を曲がった先で、縁側から放り出された長い脚を見かけたのだ。
「良かった、やっぱり人が住んでいたんだ」
などと、安堵したのも束の間。
冷静に自身の状況を振り返ってみると、仕方なかったとはいえ、不法侵入の真っ只中である。
誤解から生じる無駄な諍いを避けるためにも、なるべく慎重に、言葉を選ばなくては——。
まずは相手がどんな人物か様子を伺おうと、極力気配を消し、物陰からそっと足の持ち主を観察する。
その人物は柱に身を預け、俺が立っている方を向いて、どうやら眠っているらしかった。
瞳を閉じて微動だに動かない、薄桃色の髪をした、背格好からして男だろう。
光の加減によっては白髪に見えるほど、色素の薄い髪色と、白すぎる肌。
浮世離れという言葉がよく似合う一方で、生身の人間か疑いたくなる儚さを感じる。
いや……もはや呼吸しているのかさえ怪しいほど、動かない。
——もしかして本当は精巧に作られた人形か、なんて。
嫌な冗談はさておき、どのみちこの距離からでは判別がつかないので、さらに近づく。
こうして初めて、彼があまりに小さな寝息を立てていることを知り、生きていると確証を得た。
「……お休みのところ、失礼します。すみません、勝手に入り込んでしまい。少し尋ね……ぇ?!」
そして全て言い終わる前に、世界が逆さまになった。
次いで、背中に強い衝撃。地面に体を打ち付けられたのだ。
軽々とひっくり返され、なんの抵抗も出来ないまま取り押さえられてしまい、今に至るという訳だ。
「はっ、余裕そうだな。この状況、理解出来てるか?」
そのまま彼の指がじわじわと、容赦無く喉元に食い込んで呼吸を圧迫させた。
俺は浅い呼吸を繰り返しながら、次節取り込んだ僅かな空気を元に、なんとか言葉を繋ぐ。
「……っ、あいにく、死……への感覚が、鈍い……んだ」
「なんだと?」
すると彼は訝しげな表情で、低く吐き捨てるように呟いたのだ。
さらには侮蔑の眼差しを向け、両手の力を強めてくる。
それは殺意と呼ばれるものに他ならなかった。
……前言撤回だ、寝顔で人を判断してはいけない。
儚さ? とんでもない。
口悪馬鹿力男にそのような感想を抱いた、自分の感性を疑う……ん?
『ピーー、ピンポンパンポーーーーン』
一筋の冷や汗が頬を伝うのと同時に、先程とはまた異なる騒音……いや、声。
そう。警報音ではなく、まさかの人力。何者かの声が大音量で辺りに響き渡る。
『……聞こえてるかな? えー、えぇー。こちら緊急警報、緊急警報だよ』
なんだ?
この声……もとい、緊張感の欠ける話し方。
前に何処かで、聞いたことがあるような——。
「……ッチ、逃げようなんて思うなよ。手は離してやる、疲れるからな」
「ゲホゲホっ……、ハァ……そもそも逃げないし、逃す気、微塵もないだろ! 降りてくれ重いっ」
「阿呆なのかお前。そこまで信用してないわ黙ってろ。口内に苔、生やすぞ」
……は、何だって、苔?
何らかの比喩にしたって、地味に嫌な脅迫だ。
とはいえ、行動を抑制するための馬乗りから一旦解放されると、半回転転がされた後、今度は背中に座り直された。
重い事には変わりないのだが、ただ乗られているだけで、押さえ付けられるようなことはない。
一応、彼なりの譲歩なのだろう。
口は悪いが、頼めば多少配慮してくる辺り、存外悪い奴ではないようだ。
首を捻らせ見上げるが、男は真剣な表情で耳を澄ましている。
「警報って……」
「いいか? 勘違いするなよ。優先順位が、お前から一旦外れただけの話だ。これから聞く内容によっては、即刻苔で窒息死させるからな」
再度釘を刺されると、周囲からギィンと耳障りな音が反響する。
『あー、ごめんごめん。待たせたね。ではこちらで把握してる最新情報を知らせるよ。現在、土地のあらゆる境目に綻びが発生し、此岸からの侵入者を確認。華宿人と思しき不審者二体ほどと、恐らく喰い姫も来てる。庭師各位は、喰い姫に備え警戒体制を。華宿人は市街地に侵入する可能性が高いため各自自衛し、もし避難を望む者は傘ザクラへ。それと第一茶室にはトキノコがすでに向かったよ。シュンセイ、そして皆も、健闘を祈ってるからね』




