薄桃色の青年と警報(1)
「……どうやって潜り込んだ? 随分、舐められたモンだな」
目にクマを作っても尚、小綺麗な顔をした男は、そう忌々しく吐き捨てた。
突然投げ飛ばされた反動で、受け身を取り損ねた俺へ、馬乗りになりながら。
無駄のない動きで、体の自由を封じられた上、容赦無い力で首を締められる。
――何故、この様な事態になっているのか。
***
遡ること数分前。
階段を上がった先は、一軒の民家だけがそっと建つ空間になっていた。
敷地としてはそう広くないが、こじんまりとしており居心地がいい、どこか寂しげな場所。
いたる所に長く伸びた雑草が生い茂り、家の外壁やそこらの岩にも、苔のような物が生えている。
それらは手入れ不足の産物なのではなく、不思議と、必要なものとして存在しているように感じた。
豊かで、温かみを帯びた……そう。春を連想させる緑。
わびさびなんて雅な感性とは無縁の俺ですら、どこか魅了される風景。
……とは言え、まるで生活の匂いがしない。
自分の足音と呼吸音しか聞こえず、いくらなんでも静かすぎる。
ここまで来て、無人、廃墟、手がかり無しという可能性が浮上し、再び焦りが生じた。
儚い希望を胸に、建物の外周に沿って歩いてみると、二回角を曲がった先でのことだ。
縁側から長い足が放り出されているのを見つけた。
良かった、誰か住んでいたんだ、と安堵したのも束の間。
冷静に自身の状況を振り返ってみると、仕方なかったとはいえ、不法侵入の真っ只中である。
誤解から生じる無駄な諍いを避けるためにも、なるべく慎重に言葉を選ばなくては。
まずは相手がどんな人物か様子を伺おうと、極力気配を消し、物陰からそっと足の持ち主を観察する。
その人物は柱に身を預け、俺が立っている方を向き……どうやら眠っているらしかった。
瞳を閉じて微動だに動かない、薄桃色の頭をした、背格好からして男だろう。
光の加減によっては白髪に見えるほど、色素の薄い髪色と、白すぎる肌。
浮世離れという言葉がよく似合う一方で、生身の人間か疑いたくなる儚さを感じる。
いや……もはや呼吸しているのかさえ怪しいほど、動かない。
もしかして本当は精巧に作られた人形か、なんて。
嫌な冗談はさておき、どのみちこの距離からでは判別がつかないので、さらに近づく。
そうして始めて、彼があまりに小さな寝息を立てていることを知り、生きていると確信が持てた。
意を決して、深く息を吸い込む。
「お休みのところ、失礼します。すみません、勝手に入り込んでしまい。少し尋ね……」
そして全て言い終わる前に、世界が逆さまになった。
理解するより先に、強い衝撃。地面に体が打ち付けられたのだ。
情けないことに、ここまで成す術なく、目を疑う速さで取り押さえられてしまう。
暫し、まな板の上の鯉になった気分を味わっていると、彼の指がじわじわと喉元に食い込んでくる。
「はっ、余裕そうだな。この状況、理解出来てるか?」
「……っ、あいにく。死……への感覚が、鈍い……んだ」
浅い呼吸を繰り返しながら、次節取り込んだ僅かな空気を元に、なんとか言葉を繋ぐ。
「なんだと?」
すると彼は訝しげな表情で声のトーンを下げ、吐き捨てるように呟いた。
明らかに機嫌を悪くしたようで、殺意を剥き出しにしながら、さらに両手の力を強めてくる。
……前言撤回だ、寝顔で人を判断してはいけない。
儚さ? とんでもない。
口悪馬鹿力男にそのような感想を抱いた、自分の感性を疑う。
――いや、流石にそろそろ限界が……!
『ピ――、ピンポンパンポ――――ん』
一筋の冷や汗が頬を伝うのと同時に、先程の鐘とはまた異なる存在感を放つ音……いや、声。
そう。警報音ではなく、まさかの人力。人の声が大音量で辺りに響き渡る。
『……聞こえてるかな? えー、えぇー。こちら緊急警報、緊急警報だよ』
――ん?
この声……もとい緊張感の欠ける話し方。
何処かで、聞いたことがあるような。
「……ッチ、逃げようなんて思うなよ。手は離してやる、疲れるから」
そんなことを薄れゆく意識の淵で考えていると、突然首への圧力からは解放された。
確保された気道から、一気に新鮮な空気が入り、反動でむせ込んでしまう。
「ゲホゲホっ……、そもそも逃げないし、逃す気、微塵もないだろ! 降りてくれ重いっ」
「阿呆なのかお前。そこまで信用してないわ黙ってろ。口内に苔、生やすぞ」
……は、何だって、苔?
すごい剣幕で、地味に嫌な脅迫をされてしまった。
とはいえ、拘束を目的とした馬乗りから一度解放され、今度はただの椅子として扱われる。
口は悪いが、頼めば多少配慮してくる辺り、存外悪い奴ではないのかもしれない。
それに俺としても、この男が真剣な表情で耳を傾けている、島内放送とやらの内容が気になった。
『――心の準備は出来てるかい? これが今把握してる最新情報と思ってね。……現在、土地のあらゆる境目に綻びが発生。それにより此岸からの侵入者を確認。該当は喰い姫と華宿人と思しき不審者2体。庭師各位は喰い姫に備え警戒体制を。華宿人は市街地に侵入する可能性が高いため、各自自衛しながら、リンシュウの到着を待ってくれ。もし避難を望む者は傘ザクラへ。それと第一茶室にはトキノコがすでに向かったよ。シュンセイ、踏ん張って。それでは健闘を祈ってるよ』




