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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第三章 非/日常編
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外からやってきた者(後編)

 

 背の高い木々が鬱蒼と立ち並び、陽の光を遠いものとしている空間。

 しっとりとした空気が肌を撫で、周囲は似た様な景色がずっと続く。

 時間の経過すらも曖昧にさせる、変わり映えの乏しい中を、もうすっかり見慣れた背中だけを頼りに進んでいた。

 

 ここに入るのは、これで三度目。

 何回来ても迷う自信しかないが、この神域内はただ居るだけで心が安らぐから好きと思えた。

 だからこそ不思議に思ったのだ。

 

「誰ともすれ違わないな。街にはあんなに人がいるのに」 


 神域は、瞑之島の周りをぐるりと囲む形で存在している。

 だから実質、街のどこからでも入ろうと思えば、神域内に侵入出来てしまう構造だ。

 しかしそれを実行する者はまずいないと、ヨミトは言う。  

 

「なんの利益にも繋がらないからね。むしろ危険という認識なんだよ」

「危険……神域なのにか?」


 神域は安全の象徴と思っていた俺にとって、真逆の単語が出て驚きを隠せない。

 ヨミトは立ち止まると、やれやれと言った具合で種明かしを始めた。


「あのね、神域をただ『神聖な場所』という認識なら、少し訂正の余地がある。本来、神域は()()()()に特化してるんだ。侵入を許可しない対象に対して、拒絶反応を示す。ここではほとんどの者が30分以上いたら、失神してしまう様にね」  


 初見の情報に加え、聞き捨てならない発言。 

 現状、自身の体に違和感こそないにしろ、時間はとっくに経っているはずだ。

 それなのに一切の変化も訪れないのは、特異体質から来るものなのか、それとも……。

 

「だから言ったろ、『ほとんど』って。おめでとう! 半信半疑だったけど、やっぱりユメビシも()()()()だったわけさ」

「別に嬉しくないし、まさかなんの断りもなく、実験されてた事の方が驚きだよ」


 神域内に入ってからというもの、ぐるぐると長いこと歩かされてる気はしていた。

 案内とは名ばかりで、たまに「この先が、第なん茶室だよ」と報告されるだけの時点で、気づかなかった俺に落ち度があるのか。

 そうとはつゆとも知らず、純粋に散策を楽しんでいた自分が情けない。

 

「まあ最初から心配はしてなかったよ、当主代理だし。それ以前にしたってさ、今日より長く留まっていても、なんともなかったでしょ」


 再び歩きだしたヨミトは、どこか満足そうに独りげに頷いている。

 その陽気な仕草とは対照的に、進行方向は神域のより深みへ差し掛掛かろうとしていた。

 つまるところ、街から離れれば離れるほど、心なしか辺りはより薄暗さを増す。

 

「瞑之島住民にとって神域なんて、用事がない上に来てもこれといった恩恵の無い場所さ。それに心臓神域周辺には庭師がいるからね。下手すれば殺される」

「に、庭師が……?」 


 ここの庭師は、用心棒の様なこともしているのだろうか。

 しかしそれとは別の引っ掛かりを感じた。

 

 ――心臓、神域。

 思えば、シュンセイも出会った当初その様な単語を口にしていた。

 あの時は別段気にも留めなかったが、わざわざ『心臓』を付けるという事は、神域において重要な器官なのだろう。


「その心臓神域は、普通の神域と何が違うんだ?」    

「あぁ、神域には『広域神域』と『心臓神域』の2種類があってね。今ボクたちがいるのは広域神域。単純に神域を形成する『核』、その力が及ぶ範囲内を指す。そして()()()()()()()()()()()()極めて小規模な神域を心臓神域。第一から第四茶室がこれにあたるんだ。そこの番人として、庭師は駐在している。彼らは侵入者を決して許さない」 

  

 なるほど、と納得しかけたが……たった一つの些細な矛盾に気づいてしまう。

 今の話を聞くまで、俺は第一茶室の庭師はトキノコだと勝手に思っていた。

 でもヨミトは庭師を()()と表現した。

 トキノコはこれまで、傘ザクラをはじめ、街や神域など、島の至る所に出没している。

 つまり、いつでも第一茶室(あそこ)にいるわけではないのだ。


 そして極め付けは、ここ数日の中でも、強烈な記憶として焼き付いている一幕。

 喰い姫との対峙、その直前、シュンセイは確かに言った。

 

『……おいおい、よりにもよって()()かよ。そりゃあ襲いやすいもんな。()()()()()()()()()()


 あれはトキノコが不在という意味ではなく、元々庭師がいないのだとしたら……?

  

「けど例外的に、鞠月神社に繋がる大鳥居を利用するための通過は認められているんだ。傘ザクラの子達やさっきのオリィなんかが該当する。その代わり事前準備が色々必要なんだけど……もー、ちゃんと聞いてたかい?」

「あ、あぁ……聞いてるよ。ヨミト、あのさ」 


 ――どうして、第一茶室の庭師はいないんだ?

 たったそれだけの問いは、俺の喉に深く突き刺さり、声にならなかった。

 胸に靄が渦巻き、押しつぶされそうな圧迫感に気圧される。


 まるで、今それを、その答えを……他人から聞くべきではない。

 そう諭されているようだ、と直感した。

 

「いや……やっぱり海を挟んで、遠く離れた場所と繋がるなんて、どんな理屈かと思ってな」

「勉強熱心で大変よろしいね。まあ簡単に言えば、神域の核として用いられるのものは様々だから、神域ごとに特性――つまりはルールが異なるんだ。ここでは同じ核から形成された神域同士は、どれだけ距離が離れていようと、鳥居さえあれば繋がるってだけの話さ」

「……前々から思ってたが、鳥居、万能すぎやしないか?」

「んね〜便利だよね。まあユメビシも、いつかは使うことになるかもだし、現物を見せておこうと思ったのは本心さ。くれぐれも、うっかりくぐっちゃわないようにね。さあ、あの先が大鳥居で……おや?」


 ヨミトが指差す先の曲がり角から、ちょうど人影が現れた。

 凛と背筋が伸びながらも、険しい表情をした巫女。

 一切の無駄がない所作は、可憐を通り越して、どこかおっかない。

 彼女はこちらに気づくと、その端正な眉を歪ませた。

 

「誰かと思えば、シノノメじゃないか。こんな場所で奇遇だね」  

「それはこっちのセリフ。ちょっとツラ貸しなさい」

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