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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第三章 非/日常編
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帰ってこないチナリ


 ――カラン、カラン。

 

 扉を押して外に出ると、すっかり高く昇った太陽の光が目をチクチク刺す。

 本を返すだけのつもりが、つい長居してしまった弊害だ。

 

「ダメね、楽しくて。あっという間に時間が過ぎちゃう」

「いいじゃないのー、もっとゆっくりしていけばさ」


 店の前まで送ってくれた友人は、名残惜しそうにそんな事を言ってくれる。

 愛嬌満点の彼女に絆されないよう、表情筋に力を入れ、咳払いを一つ。

 

「もうすぐお昼時でしょ? 貴重な客席をいつまでも占拠出来ないわ。ほら、仕事に戻らないと、ミヤコさん困っちゃうよ」       

「ふぁ〜い。チナリちゃん、また絶対、ていうかいつでも来てねー!」

「うん、ありがと。またね」

   

 こうして喫茶『ダリコロの里』を退店したのが、確か10時過ぎ。

 この後、特に予定があるわけでもないし、のんびり帰ったって問題ないだろう。

 たまにはこんな休日も悪くない……なんて、呑気に歩いていた。


『……×××ちゃん』  

 

 すると、 それは日頃からよく通る、なんでもない路地に差し掛かった時だった。

 ――その甘美な呼び声に、耳を犯されたのは。


「な……んで」

 

 頭がくらくらする。  

 足はじんと痺れ、指先の方から徐々に感覚が失われていく。

 心臓なんかは耳から飛び出るんじゃないかってほど波打ち、痛いほど呼吸を乱れさせた。

 

 だって……それは、今こんな場所で、聞こえるはずもないもの。

 ――嘘、白昼夢、幻聴。

 そんな単語が脳内を行き来し、警鐘を鳴らす。

 しかし、たとえ理解していても、どうしようもなく求めて……淡い期待を、抱いてしまう。

 

 一体、どこから聞こえてくる声なのか?

 変な動悸が全身を回った頃には、まともな思考なんて機能しなくなる。 

 会いたい、一目でもいいから……会いたい。

 もう一度……()()()()()としての名前で、読んで欲しい。

 

 何やら黒い霧が視界を塗りつぶしている。

 そんな明らかな異常にも気付かず。

 一掴みの希望に縋ってしまった結果がどうなったか、なんて。


 ――ぱっくん


 アリマに知られたら……きっと、叱られちゃうな。

 視界が暗転する直前、脳をよぎったのは、平和そうに笑いながら台所に立つ男の姿だった。


 

 ***


 

 ――ガッシャんんん!!!!

 

 ユメビシ達とシノノメが遭遇する、ほんの少し前のこと。

 傘ザクラの居間では、アリマが盛大に皿を滑らせていた。

 

「のああああぁ、やってしまったぁ……」 

「あれ〜、珍しいね。アリマ君がお皿割るなんて。だいじょーぶ?」

「だ……大丈夫じゃないかも……これ、チナリが気に入ってた花柄の皿だ」

 

 俺のあまりの悲壮な叫びに、ソファーでゴロゴロしていたユキタケが身を乗り出す。

 床の上でご臨終された、もう修復不可能なほど粉々になってしまった欠片達を見て、「あちゃー」と素直な感想ひとつ。

 いそいそと箒やら新聞紙を抱えて戻ってくると、彼は再びソファに身を沈めていた。

 

「そういえば、チナちゃん遅いね。 ダリコロに行ったんだっけ?」 

「まあな、でも女子トークってのは長くなるもんでしょ。いいさ、今日は非番だしな」


 とはいえ、全く心配してない訳でも当然なく。

 遅くなるなら連絡入れてくれ、なんて……チナリも子供じゃないし、俺自身あいつの兄でもないのに言えない。

 何より、あまり過保護すぎるとウザがられる。

 なんだろうな……年頃の娘を持った父親の感情なのだろうか、これは。

  

 そんなことを思いながら、片付けに勤しんでいると、今度は電話のベルがけたたましく鳴り出した。

 ユキタケが占拠してるソファーの隣に配置されたローテーブル。

 そこにはポツンとレトロな……それでいて曰く付きの黒電話が置かれている。

 

「あー、はいはい出ますよっと。もしもーし?」

「私だ」


 ――げっ。

 相手がシノさんと判明し、背筋に緊張が走る。

 俺たち傘ザクラのメンバーは基本、シノノメという人物に心底頭が上がらない。

 

 それは彼女の功績が大きく影響する。

 季楼庵所属の人間をまとめて住まわせ、保護する――数年前に始まった計画の立案者なのだ。

 つまりは彼女の働きかけのおかげで、現在の傘ザクラでの安定した暮らしが存在する。

 

 そんなこともあり、シノノメに対する恩は計り知れないのだが……それを差し引いても、シンプルにちょっと怖い。

 何故だか、俺に対して特に当たりが強いような……気のせいかも知れないけど。


「は、はい! なんでございましょう?!」 

「緊急事態ってやつだ。『人喰い箱』とかいう代物が島に紛れ込んだ。大通り、篝針(かがりばり)横の路地裏、その付近で潜伏してる可能性が高い。赤黒くて片手に収まるサイズなんだが、そいつ、女を餌食にするんだと。まさかと思うけど、すでに誰か居なくなったりしてないだろうな」

「いや、そんな話は聞いてなー……路地裏って、あららぎ通りのことです、よね」

「あぁ、確かそんな名前だったか。それが、なに?」  

「実はチナリが、ダリコロに行ったまま帰ってこなくて。まだ店内にいるかもですけど……あいつ、あの通りよく使うから」

 

 俺達の間に、束の間の沈黙が訪れる。

 嫌な予感ほど当たってしまう……あの割れた皿が、それを後押しするように嫌な存在感を放つ。

 

「……分かった。お前らはサポートに専念。()()()()情報を集めろ。現地には私が行く」


 そう宣言し、シノさんからの電話は切られてしまった。

 無音に支配された受話器を強く握り締め、そのままダリコロへ繋ぐためのダイヤルを回す。

 数コール後、応答した従業員の子にチナリの所在を確認すれば、1時間近く前に店を出たらしい。

 念の為、無闇に外へ出ないようにだけ伝え、受話器を置いた。

 

「……っ」  

「アリマ君、飛び出して行きたい気持ちは分かるけど、言われたんでしょ? 死ぬ気でサポートしろって」

「……聞いてたか。そうだな、やれること、しないと」

「うん、とりあえず近くにホマちゃん居るみたいだし、現場に向かって貰ったよ。それじゃ僕は()()から、あとの対応はよろしくね」  

「任せろ、絶対何か手がかりを見つけてやる」  

  

 ――傘ザクラとは。

 季楼庵の中でも、人間で構成された組織を指す。

 彼らは主に、シチガミネという人物がスカウトしてきた、特殊な体質や異能を持つ者達だ。

 希少な人材である一方、その異能が原因となり、居場所を追われた者がほとんど。


 そんな傘ザクラは、個々の能力・また特技に応じて役割が分担されている。

 例えば、一見すると座ったまま眠っている様に見えるユキタケだが、まさに今、彼にしか扱えない異能を遺憾なく発揮している最中だ。

 アイマスクを付け、集中力を極限まで高めた彼の両目は、室内に居ながら、島のさまざまな場所を映している。

 リアルタイムの様子を視ることだけに特化した、防犯カメラがイメージとして近いだろうか。

 

 実際問題、瞑之島において、防犯カメラといった人類の叡智の結晶は、相性が悪かった。

 何故なら、この現代まで古の神秘が機能し続けているため、精密機械は瞬く間に故障してしまうし、本来最も()()()()()()()が映されることはない。


 そこで重宝されているのが、ユキタケの能力だった。

 島の至る所に貼られた、特殊な護符。

 目の様な模様が描かれたそれは、ユキタケの視界と繋がっている。

 護符を通して、周辺の景色を覗くことが可能なのだ。

 またこの間、ユキタケに触れた者――現状彼の肩に触れているアリマも、視界を共有することが出来る。

 便利ではあるが、高度な情報処理能力と集中力を必要とされ、心身共に消耗が激しい異能だ。  

 

「特に、いつもと変わらなさそうだけど……まって、さっきのアングルに戻して」

「……何か見つけたの?」 

「ちょっと見切れてるけど、チナリの私物かもしれない」  

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