表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
序章 幽縁を辿って
PR
4/54

鞠月神社


『ユメビシ一人では、辿り着くことが困難だろう』

  

 まさか追っ手を振り払いながら、アサギから聞いていた洗礼を受ける事になるとは、思いもしなかった。

  

 首が張るほど見上げても先は見通せず、どれだけ登っても、変わらない景色。

 自分の現在位置さえも、夜明けには未だ遠い暗がりに加え、密集した林に囲まれているせいで不明瞭。

 ならば振り返り、どれだけ登って来たか確認すれば良いだけの事だが……こんな急勾配の荒れ果てた道、重心を後ろにしたらきっと最後だ。

 成す術なく、真っ逆さまに転がり落ち、再び登る気力なんて湧かないだろう。

 それに運良く撒けたのに、また()()と出会しても、もう……。


 あぁ、本当……こんな場所に、鞠月神社なんて実在するのか?


『……それでも諦めず、あの場所に行きたいと、心から願うんだよ』


 疲弊からくる弱音が、師の言葉で払拭される。

 ……そうだ、今更後戻りは出来ない。

 悠長にしていられる時間も、俺達には残されていないんだから。



 ***

 

 

 ヒュー、ヒュー、ヒュー。

 肺が悲鳴をあげ、喉が焼き切れそうな痛みを訴えるが、かまわず俺はただ一つの目的地を目指し、進み続けていた。

 感覚が鈍り出した足を、規則的に動かすことにだけに意識を集中させて——。


 あれから、どれだけの時間、歩き続けていただろうか。

 木々の間から差し込むささやかな木漏れ日で、人知れず夜は明けたのだと知らされる。

 つう、と一筋の汗が背中を伝い、酸素の巡りもいよいよ怪しくなってきた頃。

 足裏から伝わる感触が、野晒しの土を踏む感触から、硬く規則性のある——石段へと変化したのだ。

 更には朦朧とする視界の隅に、これまでの風景とは不釣り合いなほどの、鮮やかな朱色が飛び込んできた。

 

 ——あれは…………鳥居?

 

 そうだ間違いない。目をこらし『鞠月神社』という文字も確認出来た。

 沸き起こる安堵感を胸に、最後の一段を登りきったところで、ようやく動きを止める。

 膝に手をつき、肩で息をしながら、ぶわっと吹き出した汗の滴が地面に落ちるのを、どこか他人事の様に眺めていた。

 

 こうして立ち止まっていても、()()()が追ってくる気配はない。

 念の為、背後を振り返って確認するが、自分以外の生物は何処にも存在しないんじゃないか、そう思うほど、辺りは異様に静まり返っていた。

 

 いや…………落ち着こう、ここまで来られたんだ、一旦冷静に。

 目的地だけは取り決めていて、その後の事は何も聞いてなかった……のだが、落ち着け。

 鳥居をくぐり、念入りに周囲を確認する。

 しかし案の定、アサギどころか、神社は無人のようだった。


「……とりあえず、まずは……水が、飲みたい」  


 今後の動きを確認する為にも、一度頭は冷やしておきたい。

 見かけた手水舎(ちょうずや)と思しき水源の元へ駆け寄ると、透き通った水がチョロチョロと湧き出ていた。

 その涼しげな水流を目にした途端、激しい喉の渇きに襲われ、堪らず置いてあった柄杓(ひしゃく)を拝借して、キンキンに冷えた水を一気に飲み干す。


「ゴホゴホっ…………はあ……」 

 

 どうやら、渇ききった体には刺激が強かったらしく、少し咽せ込んでしまう。

 ついでに顔も洗わせてもらい、ゆらゆら波打つ水面を眺めていると、神妙な面持ちの自分と視線が交わる。

 

 ——あの二人は、どうなっただろうか?

  

 あぁ、本当にどうして……首なんて突っ込んだのやら。

 偶然出くわしてしまった現場は、控えめな月明かりが静かに暴いた小道だった。

 

 二対一。襲われてる男女と、襲う女。

 お面をした男は、透けていた女を必死に庇おうとしていた。

 そんな彼らと対峙する形で、歪な形をした武器を振り下ろしていたのは、鬼の形相をした女。

 人の姿こそ模っていたが、双方、人ならざる者達のいざこざであるのは明白。

 こちらとしても自分達の事で手一杯だ。

 安売り出来る余裕なんて、持ち合わせていない……はずなのに、声をかけずにはいられなかった。

 それは一重に、()()()()()()()()の方に肩入れしたからだ。

 この忌々しい悪癖——死ねば、治るのだろうか?

 

 でも今回はそれ以上に、ただどうしようもなく『()()()()()()()()()』という強い衝動に突き動かされた。

 

 ——そう、確か別れ際に聞いた、彼女の名前は……

 

「おや、本当に来てたね。ユメビシ」


 突然、背後から自分を呼ぶ明るい声に、思考が遮られる。

 声の主であるその男は、俺のすぐ真横に忽然と立っており、思わず後ずさってしまう。

 長い白髪を適当に結え、ここは仮にも神社であるのに、坊さんが着ている袈裟によく似た物を身に纏った、自由過ぎる出で立ち。

 こんな派手な格好の存在がすぐ近くまで迫っていたのに、足音どころか気配をまるで感じなかったからだ。

 そして何よりも、昔ながらの旧友に会ったかの様に振舞われても、こちらとしては不信感が募る一方である。


「……あんたは誰で、どこでその名前を知った?」

「んー、()()()()()のはキミだけさ。そんなことより、ロメイが礼を言ってたよ」

「……? 誰のことを言っている?」

「おや、なにも知らずに助けたの? ほんと面白い子だね。今より少し前、キミに助けられたと感謝していた、二人からの言伝だよ」


 そうか——良かった、無事に辿り着けたのか。

 

「まあボクとしては、どちらでも構わないんだよね」 

 

 心底愉快そうに笑う長髪の優男は、なんの前触れも無く、俺を思いっきり後ろに突き飛ばした。

 いや、正確には手水舎の中へ()()()()()()


「……って、なにを……?!」  


 すぐ這い出ようと足掻くが、そもそも前提として妙だ。

 外見は腰より下の高さまでしかない、石の器だったはず。

 なのに何故、全身が浸かってもなお……底に()()()()()()のか?

 

 そして——水が、酷く重い。

 もがけば、もがくほど、体にまとわりつく異物感。

 ここでようやく気づいたのだ……手水舎の中で蠢いている物の正体に。

 

 それは遠目で見れば、白い魚の群れに見えただろう。

 しかし今や、俺にキツく巻き付くそれは無数の()()()だ。

 足、腰、胸、腕、首、顔に……ぺったりと張り付き、離れない。

 もはや成す術なく、眼下に続く暗闇へ、ゆっくりと引き摺り込まれていく。


「——賭けてみようか」

 

 かろうじて聞き取れたその声を最後に、世界から音が消えた。

 

 何処までも、ずっとずっと……沈んでいく。

 底無し沼と錯覚するほどに、中は深く、何も無い。

 いつの間にか拘束は解かれ、体は自由になっていたのに、抗えない猛烈な眠気に襲われる。

 

 ……意識が沈む深度に比例して、四肢の感覚も失われていく様だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ