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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第3章

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【21:罠(1)】

 半刻ほどの行程ののち、ボリスは敵が作ったという陣地を目にした。

 斥候の報告のとおり、街道上に横向きに停められた馬車があり、その両脇には街道を塞ぐ形で防柵がしつらえられている。海岸沿いを進む街道の両脇は、片方が高く、片方が海岸まで切れ落ちた急斜面。小勢で多数を相手に足止め、ということを考えるのであれば、たしかに好適な場所と言える。

 防柵の向こうには兵の姿が見えた。陽光を反射して光るのは、槍の穂先だろう。その後ろには、少数ながら弓を構えた兵の姿も見える。

 矢でもって攻勢側の兵力を削ぎ、防御のための場所を整えて、小勢に可能な時間稼ぎをする。教本に載せたいような、撤退戦の殿軍としての働きだった。馬車の御者台に立つ人物が、腰から剣を引き抜いて空にかざす。同時に何やら兵たちに向けて叫んでいる様子ではあるが、その内容まではわからない。


 ボリスは即座に強攻を決断した。

 伏兵を懸念する部分がないではない。むしろ、何かあると考える必要がある場面だった。だが、砦の規模から考えて、詰めていた兵はおそらく50程度。どう多く見積もっても100を超えることはない。そして砦から先、拠点となりうる場所――旧王国遺跡の遺構を利用した村落まで、まともな大きさの集落はない。その村落までおよそ1日行程という事実を併せて考えるならば、敵は大勢に影響するような規模の増援を受けていない。伏兵がいたとして、それはさしたる数ではないのだから、下手に警戒して足を止めるよりも、損害を織り込んで強攻することの方が目的には適う。


「先鋒隊前進! 歩兵第1百人隊、行軍隊形のまま前へ! 歩兵第2百人隊、第1百人隊に続け! 弓兵第1百人隊、前進して歩兵を援護しろ!」


 下した命令は復唱され、ただちに実行された。

 盾を背負って行軍していた兵たちが盾を構え、槍の穂先を揃えて前進を始める。装備こそほぼ同等とはいえ、圧倒的な数の差は、それ自体が敵兵たちを揺さぶるものになるだろう、とボリスは考えている。

 結果、敵が背を向けて逃げ出してくれればそれでよし。既に追いついているのだから、追撃して殲滅すればよい。あくまでも踏みとどまって戦うのであればそれもよし。数の差を活かしにくい地形ではあるが、正面でぶつける兵の数にせよ、援護する弓兵の数にせよ、あまりにも大きな差がある。


 ――四半刻も持てば、あの敵を褒めてやらねばなるまい。勇敢で有能な兵と指揮官だった、と。


 ボリスにとってこの場での勝利は既定事項で、あとはどれだけその時間を短縮できるか、どれだけ被害を抑えられるか、といった問題でしかなかった。


「まだだ! 引き付けろ! 引き付けろ!!」


 歩兵たちと並んで前進してゆくと、叫ぶ敵指揮官の声が聞こえた。


「十分に引き付けてから射て! 前衛は槍を構えて待て!!」


 御者台の上に立ち上がり、己の配下の兵たちを叱咤している。無駄な矢を使わせることなく、射程に入るまで待ち、効果的に攻撃側の戦力を削る。こういった防御戦の定跡と言ってよい。だが、定跡でどうにかするには数の差がありすぎる。あの指揮官も、それがわからないような愚か者ではないはずだ――早々に砦を捨てるという判断を下したのだから。


 ――わかっていても、やらざるを得ない、か。


 ボリスは敵の指揮官に、かすかな同情を抱く。敵味方に分かれているとはいえ、同じ前線指揮官だった。とはいえ、手加減をするつもりも、そしてその必要もない。ボリスは新たな命令を下さなかった。既に前進は命じており、そして命令はそのとおりに実行されつつある。


「引き付けて――あっ、待て! まだ――!」


 前進を続ける兵たちの姿に、敵の弓兵の誰かが、恐慌を来したのかもしれない。

 射程に入る前に1本の矢が放たれ、それが呼び水になったのか、ばらばらと統制の取れていない射撃が行われる。


「第1百人隊、ただちに突撃。このまま奴らを踏み潰せ」


 ボリスは突撃を下命した。本来、まだ突撃を開始する距離ではなかったが、敵はこちらに気圧され、動揺している、とボリスは見ている。効果がなく、統制の取れない射撃はその証左。であれば、その隙を確実に突く。ここで敵を殲滅できれば、この先は随分と楽になるはず。そのように考えている。


「第1百人隊、突撃にィ、移れェーっ!」


 頷いた百旗長が号令とともに剣を振り上げ、振り下ろす。

 喊声とともに、百人の兵たちがにわか作りの陣地へと走り始める。その効果はすぐに表れた。敵兵の数名が背を向けて逃げ始め、一瞬遅れて全員がその後を追う。


「逃げるな! 貴様ら逃げるな! ここを抜かれれば……!」


 突撃によって敵軍の士気は崩壊した。どうにか態勢を整えようとしていた指揮官も、やむなしと見たか、御者台から飛び降りて部下たちとともに走って逃げてゆく。


「突撃! 第1百人隊、突撃! 殲滅しろ!!」


 防柵に第1百人隊の先頭が到達する。既にそこに抵抗する兵の姿はない。全員が背を向けて逃げ、急斜面の影に隠れて見えなくなった。


 ――伏兵がいたとしても、これではどうしようもあるまい。


 本隊が潰走してしまっては、伏兵がいたとしても各個撃破の好餌にしかならない。緒戦は不戦勝、次戦は敵の自滅。存外あっけないものだ、と感慨に浸るボリスのもとへ、第2百人隊の百旗長が近づいてきた。


「我らも追撃に加わりますか、ボリス・ドミトリエヴィチ?」

「まだよい、イゴール・キリロヴィチ」


 短く応じたボリスに、若い百旗長がかすかに不満そうな表情を見せる。

 ボリスは小さく笑って付け加えた。


「この場の功はクラスノフに譲ってやれ。貴官と貴官の部下たちの実力は、あの、エディルとかいう拠点の攻略で発揮してもらおう」

「は。――第2百人隊、突撃開始線まで前進、待機!」


 敬礼し、己の部下たちに向き直って、百旗長が命令を下す。

 ボリスも先鋒の部隊長として、突撃した第1百人隊の様子を確かめた。百人隊の末尾が、まさに防柵を越えようとしている。敵はもういない。一度崩壊した士気を立て直すことは難しい。よりしっかりと守れる拠点や、防御を支えうる援軍がなければ不可能と言ってもよい。どちらも、今の敵に用意できるものとは思えない。つまりあの小勢は、このまま踏み潰されて終わる。


 このあとの段取りを、と考え始めたボリスの眼前で、橙色の火球が、街道上の馬車を飲み込んだ。

 100歩近く離れたボリスのところまで、熱が波となって押し寄せ、半瞬のちに爆発音と熱風が届いた。


 今まさに防柵を乗り越えようとしていた数人の兵が、身体を焼かれて凄まじい悲鳴を上げる。


「イゴール、イゴール・キリロヴィチ、なんだ? 何があった?」

「わかりません、千旗長、急に炎が……!」


 手近な百旗長に声をかけて状況を確かめようとしたが、相手も何が起きたのか掴めていない様子だった。


 ほんの数瞬前まで、ボリスは勝利を確信していた。その先のことを考える余裕さえあった。敵の自滅。そのはずだった。


 だが、今は。

 潰走したはずの敵が残した馬車が突然炎の塊と化し、激しく燃えている。炎の壁は、乗り越えることはおろか、近づくことさえできそうにない。


 ――罠か!


 混乱する頭で、かろうじて答えにたどり着く。先鋒の、その先頭を任せた第1百人隊は炎の壁で本隊と分断された。分断されたならば、次に来るのは何だ?

 自問したボリスは、答えに思い至り、悪寒と吐き気を覚えた。

 各個撃破。殲滅。それ以外にない。


 最悪の事態が、もたらされようとしている。


分断と各個撃破は戦術の基本ですね。

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― 新着の感想 ―
キルゾーン発動 あとは崖に爆薬仕掛けて物理的に退路を切断 出来る限りの敵を殲滅せよ  隘き形には、我れ先ずこれに居れば、必らずこれを盈たして以て敵を待つ。若し敵先ずこれに居り、盈つれば而ち従うこと勿…
ゴーレムといい炎の壁といい、やっぱり魔法ってずるいな。魔法が軍事的に利用されてるかどうかは今後の展開で語られるのかな
ようこそ『殺し間』へ。
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