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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第3章

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【20:追撃】

 東征軍千旗長ボリス・ドミトリエヴィチ・カザコフに与えられた任務は単純なものだ。だが、それは簡単な任務であることを意味しない。東征軍の先鋒として国境における敵軍の抵抗を排除し、拠点となるべき場所まで速やかに前進すること。単純で、そして困難な任務になるはずだった。

 事前の予測に反して、国境の砦での抵抗は一切なかった。敵はあっさりと砦を放棄したらしい――「らしい」というのは、実際に敵の姿を見ていなかったからだ。砦へと接近する最中に火の手が上がった。無論、攻撃は開始どころかその準備さえしていない。

 砦での抵抗をどう押し潰すべきか、ということは考えていた。そこをどの程度の時間で抜けるかが、その後の作戦において重要な因子になるであろう、とも。だから、正直なところ、拍子抜けした気分にはなった。最短の時間で制圧する手だてを考えていたら、抵抗の素振りすらなく拠点を放棄してしまったのだから。

 あわよくば、と考えていた物資の接収は諦めざるを得なかった。全てが、文字通り全てが炎に包まれていた。勢いよく炎を吹き上げる建物を、囲壁を、そして門を、ボリスはただ眺めるほかなかった。


 ――奴らがここで抵抗していたならば。


 ボリスは考える。

 自分たちは、東征軍の先鋒隊は、容易くその抵抗を踏み潰せたことだろう。相応の損害は覚悟しなければならないが、それは想定されたものでもあった。実際には抵抗はなく、味方の損害もない。抵抗された上に火を掛けられていれば、そしてそれを消し止めることに失敗していれば、より多くの時間を空費しなければならなかっただろう。その点を考えれば、緒戦を上々の結果で終えた、とも言えるはずだ。

 懸念点はある。炎とともにもうもうと上がる煙のほかに、狼煙らしい赤い煙が見えた。狼煙は情報の伝達に使われる。周囲に、そして後方に、自分たちの進軍は知られたと思わなければならない。だが、そのような状況さえも東征軍は想定の中に組み込んでいる。あらかじめ打てる手を打ってもいる。

 だが、それはこの戦場で即座に役に立つようなものではない。もはや消火のすべもない以上、火勢が落ち着くまでにできることなどなかった。ボリスは配下の兵たちに休息を命じ、食事を摂らせた。

 先鋒隊が砦の傍に着いてからおよそ1刻後、どうにか兵が通行できる程度に火勢が弱まった段階で、ボリスは即座に前進を命じた。だが、その時点で前進できるのは歩兵と騎兵のみ。輜重隊の大部分は、完全に火が消え、瓦礫を片付けてからでなければ進めそうになかった。だが、歩兵も騎兵も、短期間であれば自力で行動可能なだけの食糧や消耗品を抱えている。進軍に不安はない――少なくとも、現時点では。

 そうであれば、追撃あるのみ。ただし、輜重が追随できなければ、早晩補給の問題が出てきてしまう。ボリスは前方に斥候を放つとともに、百旗長のひとりに工兵と輜重隊を預けた。工兵と輜重隊には早期の追随を指示し、ボリスは隊列の先頭近くに陣取って前進を開始した。


※ ※ ※ ※ ※


 この追撃において重要なのは速度。ボリスはそのように判断している。

 敵が狼煙を上げたのはなぜか? 我々の進軍を後方に伝え、対応を促すためだ。

 敵が砦を焼いて撤収したのはなぜか? 我々を足止めし、かつ砦を利用できなくするためだ。

 つまり敵の部隊が行おうとしているのは、後方の部隊が進軍への対応を行うための時間を稼ぎ出すための方策、ということになる。逆に、最も嫌がるのは我々の速やかな進軍だろう――その分だけ、後方で使える時間が減る、ということになるのだから。


 敵の対応として考えられるのは、橋を落とすことだった。橋がなければ、歩兵や騎兵はともかくとして、輜重の追随ができない。橋の復旧や仮設には相応の手間と時間がかかる。無論、落としたいからと言ってすぐに落とせるものではない。馬車が通行可能な橋は頑丈に出来ている。つまり、落とすにも人手と時間が必要なのだった。そうであれば、落とされる前に橋を押さえ、追撃と後続の進軍をより容易なものにすべき。先鋒部隊の指揮官としては、考慮に入れないわけにいかなかった。

 そして、敵も当然、東征軍がそのように考えることを知っているはずだ。


 ――つまり、当面の間、東征軍と敵軍が奪い合うものは時間なのだ。


 だからこそボリスは早期の追撃を命じ、敵が稼いだ時間を削ろうとしている。敵も同様であるならば、どこかで仕掛けてきてもおかしくはない。だが、敵の時間も限られている。


 ――これが半日でも時間を与えていたならば、よほどの警戒が必要だろうが。


 現状、敵に渡した時間はせいぜい1刻。敵の兵力も考えれば、まともな準備を整えて自分たちを待てるだけの猶予はない。そう考えながら部隊を急がせていたボリスのもとへ、さきに出した斥候が戻ってきた。


「ご苦労!」


 叫んだボリスが、止まらずに転回して並べ、と手で合図を送る。2騎の騎兵は、街道を進む歩兵たちの両脇を通り抜け、しばらく進んだ先で転回して戻ってきた。見事に揃った足並みだった。


「ご報告いたします。奴ら、街道上に馬車を停めて応戦の構えを見せております。こう、道を塞ぐように馬車を停めて、その脇に防柵らしきが」

「足止めか」


 鞍を並べた馬上から、斥候が前置きなく切り出した。ボリスは頷いて応じる。これも想定の範囲内ではあった。


「迂回は?」

「相当に大回りをしなければ。連中もそういった場所を選んでおります」


 ふむ、とボリスがもう一度頷く。砦を放棄したはよいが、時間が足りなくなることに気付いたのか、何か別の理由があるのか。馬車ということは、あちらの輜重と合流した、ということかもしれない。確実なのは、簡単に迂回ができるような場所で防御のための陣を張るような間抜けが相手ではない、ということだけだ。海岸沿いの街道上では、お互いに取れる選択肢の幅は狭くなる。準備を整えた敵を排除するためにはそれなりの苦労と犠牲が必要になるだろうが、砦の攻略のために必要と考えられた犠牲よりは小さく済むと思われた。


「距離はどれほどかな?」

「行程にして、あと半刻もありません」

「奴らはこちらに気付いたか?」

「おそらく。哨兵がおりました」


 よろしい、と応じて、ボリスは声を張る。


「みな聞け! この先、街道上で敵が待ち構えている! 我らに与えられた役目は、東征軍という腕が振るう、その槍の穂先だ! にわか作りの陣地など、奴ら自身が焼いて捨てた砦に比べれば何ほどのこともない! 進み、倒し、そしてまた進め!」


 おお、という声が、先鋒部隊の中から湧き上がる。

 緒戦を、不戦勝と言ってよい勝ち方で終えた東征軍の追撃は、順調に進捗していた。


珍しく丸ごと別視点回です。

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― 新着の感想 ―
どこかの冷たい大国っぽいですな
侵略者しすべし慈悲は無し…… もはや故郷の地を二度と踏むことなく異郷の地にて骸を晒せ
まともな相手そうだ
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