↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕焼け電脳クラブ  作者: ナナメ横


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/9

まだ撮られていない文化祭写真

 写真というものは、便利だ。


 旅行先の風景も、友達と遊んだ思い出も、シャッターを押せば残しておける。


 もっとも、写真に写った自分の顔が、必ずしも自分の思っている顔と一致するとは限らない。


 俺の場合、だいたい目を閉じている。


 なぜだろう。


 シャッターを押される瞬間だけ、まぶたが勝手に下りるのだ。


 おかげで集合写真では、十中八九《じっちゅうはっく》、眠そうな顔をしている。


 ……別に、普段から眠そうだと言われているわけではない。


 たぶん。


「葛城《かつらぎ》くん! 見て見て!」


 七月十九日、火曜日。


 三連休が明けた朝。


 教室に入るなり、朝比奈《あさひな》ナツキが俺の前に銀色のデジタルカメラを突き出してきた。


「……なんだよ」


「写真!」


「それは見れば分かる」


「昨日、整理してたんだけどさ」


 朝比奈はカメラの背面にある小さな液晶画面を見せてきた。


 そこには、旧パソコン室で撮った写真が表示されていた。


 机の上には駄菓子。


 窓際では扇風機が回っている。


 真ん中には満面の笑みを浮かべた朝比奈。


 その隣で、久世《くぜ》リョウが眼鏡を押し上げていた。


 そして俺はというと。


「……目、閉じてるな」


「でしょ!」


「でしょ、じゃないだろ」


「あははっ! 葛城くん、写真撮るとき絶対こうなるよね!」


「お前が勝手に撮るからだ」


「ちゃんと撮るよって言ったじゃん」


「言ってからシャッターを押すまでが早すぎるんだよ!」


 朝比奈は楽しそうに笑っている。


 こいつ、人の写真写りの悪さを発見して喜ぶな。


「で、何が言いたいんだ?」


「今度はちゃんとした集合写真を撮ろうと思って!」


「……集合写真?」


「うん。夕焼け電脳クラブの!」


 また始まった。


「そもそも正式な部活じゃないだろ」


「それはこれから何とかする!」


「どうやって?」


「……これから考える!」


「順番が逆なんだよ!」


 朝比奈は気にせず、カメラの電源を切った。


「文化祭までにはちゃんと部活にしたいなあ」


「文化祭?」


「そう。九月の夕凪祭《ゆうなぎさい》!」


 そういえば、先週あたりから教室の掲示板に文化祭の準備に関するお知らせが貼られていた。


 まだ夏休みにも入っていないというのに、実行委員の連中はもう準備を始めているらしい。


「電脳クラブも何か出したいよね!」


「何を出すんだよ」


「謎のパソコン展示会!」


「絶対駄目だろ!」


「えー、面白そうなのに」


「そもそも、あのパソコンの仕組みが分かってないんだぞ」


「だから展示して、みんなに調べてもらう!」


「問題を丸投げするな!」


 朝比奈はけらけら笑っていた。


 まったく。


 夏休み前からこんな調子では、九月まで俺の体力が持つかどうか怪しい。


     ◇ ◇ ◇


 放課後。


 旧パソコン室には、いつもの四人が集まっていた。


 俺と朝比奈。


 自称・電脳魔術師《サイバーメイジ》の久世リョウ。


 そして、忘れ物を集めるのが趣味という、白河《しらかわ》スズネ先輩である。


 窓際では、久世が修理した古い扇風機が回っていた。


 ぶううん。


 以前のような恐ろしい音はしない。


 むしろ、すっかりこの部屋になじんでいる。


「……よく直したよな、これ」


 俺が言うと、久世は得意げに眼鏡を押し上げた。


「ふっ。当然だ」


「褒めるんじゃなかった」


「何だと?」


「いや、何でもない」


 スズネ先輩は、机の上に紙袋を置いた。


「今日はおせんべい持ってきたよ」


「やった!」


 朝比奈が歓声を上げる。


「先輩、いつもありがとうございます!」


「いいのいいの。いっぱいあったから」


「……先輩」


 俺は少し気になって尋ねた。


「それ、どこから持ってきたんですか?」


「忘れ物博物館」


「……賞味期限、大丈夫ですか?」


 スズネ先輩は、にっこり笑った。


「ちゃんと今日買ってきたやつだよ」


「それならよかったです」


「ユウマくん、私を何だと思ってるの?」


「古いものなら何でも拾ってくる人です」


「だいたい合ってるねえ」


 否定しないんですか。


 そんな会話をしていると、旧パソコンのスピーカーから小さな音がした。


『こんにちは。』


 画面の隅に、青い髪の少女が現れる。


 案内プログラムのミナセだ。


「おっ、ミナセちゃん!」


 朝比奈が手を振る。


『こんにちは、ナツキさん。』


「今日も元気?」


『正常に動作しています。』


「それって元気ってこと?」


『おそらく。』


「おそらくって!」


 朝比奈が笑った。


 ミナセは、いつもどおりの無表情なドット絵でこちらを見ている。


『本日の活動内容は決まっていますか?』


「まだ!」


 朝比奈が元気よく答えた。


『そうですか。』


「うん!」


『では、先におせんべいを食べ終えてはいかがでしょう。』


「えっ?」


『先ほどから、ナツキさんが袋を開けようとしているようなので。』


「ばれてた!」


「……いや、普通に見えてるだろ」


 俺は思わず突っ込んだ。


 久世が腕を組む。


「しかし、ミナセには食べ物を与えられないのが残念だな」


『必要ありません。』


「そうか?」


『はい。それに、キーボードへ食べかすを落とされると困ります。』


「……聞いたか、朝比奈」


「なんで私を見るの!?」


「今、せんべいの袋を開けようとしてただろ」


「うぐっ」


 朝比奈は袋をそっと机に戻した。


 まったく、騒がしい部室である。


 ……まあ。


 最近は、こういう時間も悪くないと思うようになっていた。


     ◇ ◇ ◇


 午後五時三十七分。


 それまで静かだったパソコンから、例の電子音が鳴った。


 ぴこん。


『新しいファイルを受信しました。』


「来た!」


 朝比奈が椅子から立ち上がる。


 久世もすぐに画面へ顔を近づけた。


「四件目か」


 受信一覧には、新しいファイルが表示されていた。


『REQUEST_004.LZH』


「今度は何だろう?」


 スズネ先輩が、のんびりした声で言った。


「また落とし物かなあ」


「そろそろ落とし物以外がいいです」


 俺はそう答えた。


「これ以上、学校中の忘れ物を探してたら、何でも屋になっちゃいますからね」


「えー、何でも屋でもいいじゃん!」


 朝比奈は楽しそうだ。


「困ってる人を助けるんだよ!」


「まあ、それはそうだけど……」


 久世がマウスを操作した。


「まずは中身を確認しよう」


 圧縮ファイルを調べてから解凍する。


 今回は、二つのファイルが入っていた。


『ONEGAI_004.TXT』


『PHOTO_004.JPG』


「……写真?」


 朝比奈の目が輝いた。


「写真だって!」


「見れば分かる」


「私の得意分野だよ!」


「撮るのが好きなだけだろ」


「失礼な!」


 久世は、先にテキストファイルを開いた。


 白い画面に、短い文章が表示される。


『この写真の場所を確認してください。』


『準備が始まる前に、確かめてほしいことがあります。』


『よろしくお願いします。』


「……準備?」


 俺は首をかしげた。


「何の準備だ?」


「さあ?」


 朝比奈も分からないらしい。


 スズネ先輩が、写真ファイルを指さした。


「見てみれば分かるんじゃない?」


「そうですね」


 久世は頷《うなず》き、画像ファイルを開いた。


 画面に、一枚の写真が表示される。


 少しぼやけた、横長の写真だった。


 舞台。


 赤い緞帳《どんちょう》。


 天井から吊《つ》り下げられた照明。


 その奥には、大きな横断幕。


 横断幕には、こう書かれていた。


『第42回 夕凪祭』


「……あれ?」


 朝比奈が声を上げた。


「これ、うちの文化祭じゃない?」


「ああ」


 俺も画面を見つめた。


 夕凪高校の文化祭。


 今年で四十二回目になるはずだ。


 そして写真に写っているのは、おそらく学校の講堂。


 ただし。


「……おかしくないか?」


 俺は呟いた。


「何が?」


「文化祭って、九月だろ?」


「うん」


「まだ七月なんだけど」


 朝比奈が、ぽかんとした顔をする。


 それから、もう一度写真を見た。


「……あっ」


 久世も眉をひそめた。


「確かにな」


 写真には、すでに文化祭の飾りつけが施されていた。


 横断幕も完成している。


 舞台の端には、色とりどりの装飾。


 どう見ても、準備が終わったあとの写真だ。


 しかし。


 今年の文化祭は、まだ開催されていない。


「……去年の写真じゃないの?」


 朝比奈が言った。


「去年は四十一回目だろ」


「あ、そっか」


 スズネ先輩が首をかしげた。


「誰かが作ったイメージ写真とか?」


「それなら、あり得るな」


 俺は頷いた。


 文化祭のポスターや案内用に、写真を加工したのかもしれない。


 そう考えるのが普通だろう。


 ただ、久世は難しい顔をしていた。


「……ふむ」


「どうした?」


「少し気になる」


「何が?」


「この画像、普通の写真に見えるんだ」


 久世は画面を指さした。


「少なくとも、ぱっと見た限りでは不自然な合成の境目がない」


「じゃあ、本物なのか?」


「そこまでは言えん。加工方法はいくらでもあるからな」


 久世は画像を拡大した。


 少し荒い画質。


 光のにじみ。


 舞台の端に写った、見覚えのある柱。


 それから。


「……ん?」


 久世の手が止まった。


「どうした?」


「いや……」


 彼は写真の上のほうを指さした。


「これ、何か変じゃないか?」


 俺たちは画面へ顔を近づける。


 そこには、舞台の上に並ぶ照明器具が写っていた。


 右側に二つ。


 左側に一つ。


 そして、その隣。


 何もない場所がある。


「……何もないけど?」


 朝比奈が言った。


「ああ」


 久世は頷いた。


「何もないんだ」


「だから?」


「照明の並び方が、妙に不自然だと思わないか?」


 改めて見る。


 確かに。


 左右対称に配置されているように見える照明が、左側だけ一つ足りない。


「……たまたまじゃないか?」


 俺が言うと、久世は肩をすくめた。


「その可能性もある」


 スズネ先輩が、しばらく写真を見つめていた。


 そして、ぽつりと言った。


「これ、講堂だよね」


「そうですね」


「だったら、確かめに行ってみる?」


 朝比奈が勢いよく顔を上げた。


「行きましょう!」


「……今から?」


「うん!」


「もう五時半過ぎだぞ」


「ちょっと見るだけ!」


 ……出た。


 朝比奈の『ちょっとだけ』。


 俺は、これまでその言葉に何度騙《だま》されてきただろう。


 しかし。


 今回は俺も少し気になっていた。


 まだ始まっていない文化祭の写真。


 誰が、何のために送ってきたのか。


 そして、写真の場所で何を確かめればいいのか。


「……明日にしよう」


 俺が言うと、朝比奈は不満そうに頬を膨らませた。


「えー!」


「講堂に勝手に入るわけにはいかないだろ。先生に許可を取る」


 スズネ先輩も頷いた。


「そうだね。あそこは舞台の設備もあるし、勝手に触っちゃ駄目だから」


「……はーい」


 朝比奈は渋々《しぶしぶ》頷いた。


 久世が、写真をもう一度見つめる。


「ならば、今日は画像の確認だけにしておこう」


「何か分かりそうか?」


「画質と構図くらいならな」


 彼は得意げに眼鏡を押し上げた。


「電脳魔術師の腕の見せどころだ」


「写真を見るだけで大げさだな」


「細かいことを気にするな!」


 ……やれやれ。


     ◇ ◇ ◇


 翌日。


 七月二十日、水曜日。


 俺たちは、文化祭実行委員の高井《たかい》志帆《しほ》先輩を訪ねた。


 三年生の女子生徒で、文化祭の準備を取りまとめている人物らしい。


 朝比奈が新聞部の取材で知り合っていたそうだ。


 ……こいつ、本当に知り合いが多いな。


「講堂を見たい?」


 高井先輩は、少し不思議そうな顔をした。


「何で?」


「えっと……」


 朝比奈が言葉に詰まる。


 俺たちは、例のパソコンについては説明しないことにしていた。


 いきなり『謎のパソコンに届いた写真を調べたいんです』などと言っても、信じてもらえるとは思えない。


 そこで。


「文化祭の記事を書きたいんです!」


 朝比奈が言った。


「新聞部で!」


「……なるほど」


 高井先輩は頷いた。


「それなら、ちょうどいいかも」


「え?」


「今日、講堂の設備確認があるの。夏休みに入る前に、使えるものを調べておきたくて」


 ……運がいい。


 いや。


 朝比奈が、その予定を知っていた可能性もある。


 俺は小声で尋ねた。


「お前、もしかして設備確認があるの知ってたのか?」


「ううん。初耳!」


「……」


 単なる偶然だった。


 高井先輩は俺たちを見回した。


「ただし、勝手に舞台の機材は触らないでね」


「はい!」


 朝比奈が元気よく返事をする。


 俺たちは高井先輩と、設備担当の教師に付き添ってもらい、講堂へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


 夕凪高校の講堂は、本校舎の裏手にある古い建物だった。


 体育館とは別に設けられた施設で、入学式や卒業式のほか、文化祭の発表などにも使われる。


 入口の扉を開けると、少しひんやりした空気が流れてきた。


 木製の座席。


 高い天井。


 舞台の奥には、大きな赤い緞帳。


「おおーっ!」


 朝比奈が声を上げた。


「やっぱりここだ!」


 俺も辺りを見回す。


 写真に写っていた柱。


 舞台の形。


 天井の照明。


 間違いない。


 場所は、この講堂だった。


「……でも」


 俺は小さく呟いた。


「何を確認すればいいんだ?」


 写真には、すでに文化祭の飾りつけが施されていた。


 しかし、現在の講堂は何も飾られていない。


 横断幕もない。


 舞台の上には、古い演台が置かれているだけだった。


 高井先輩が、舞台を見上げながら言った。


「今年は、ここで演劇部と吹奏楽部の発表をする予定なの」


「へえー」


 朝比奈が感心する。


「あと、有志のバンドもね」


「バンド!」


 久世の目が輝いた。


「それは興味深いな」


「久世くん、音楽も好きなんだ?」


「もちろんだ。俺のパソコンには大量の音楽ファイルが――」


「はいはい」


 俺は適当に流した。


 高井先輩は、少し困った顔をした。


「ただ、設備が古いから心配でね」


「心配?」


「うん。照明とか音響とか。去年も調子が悪いところがあったみたいだし」


 その言葉を聞いて。


 俺は、ふと写真のことを思い出した。


 左右に並ぶ照明。


 その中にあった、不自然な空白。


「……あの」


 俺は高井先輩へ尋ねた。


「舞台の上の照明って、全部使うんですか?」


「え?」


「ほら、あそこに並んでるやつです」


 指さすと、高井先輩は天井を見上げた。


「ああ。基本的には使う予定だけど……」


 久世が隣から口を挟んだ。


「一台だけ、少し傾《かたむ》いていないか?」


「……え?」


 俺たちは、もう一度照明を見た。


 舞台の左側。


 古い照明器具が並んでいる。


 そのうち一台だけ、わずかに角度が違う。


 遠くからでは、ほとんど分からない程度だ。


 しかし、ほかの器具と見比べると確かに不自然だった。


「……本当だ」


 高井先輩が呟いた。


「こんなの、前からだったっけ?」


 付き添いの先生も天井を見上げた。


「……少し確認したほうがよさそうだな」


 久世は、鞄から昨日の画像を印刷した紙を取り出した。


 家のプリンターで印刷してきたらしい。


 ……準備がいいな、お前。


「実は、学校の写真を見て気になったんです」


 久世は写真を先生へ見せた。


「この位置の照明が、写っていないように見えまして」


「ほう……」


 先生は写真を眺めた。


「これ、今年の文化祭のイメージ画像か?」


「……そうかもしれません」


 久世が答える。


 嘘は言っていない。


 本当に、何の写真なのか分からないのだから。


「確かに、この位置だけ空いてるな」


 先生は写真と実際の照明を見比べた。


 それから、高井先輩へ言った。


「とりあえず、専門の業者に見てもらおう。古い設備だし、無理に使うのは危ない」


「はい」


 高井先輩が頷いた。


 俺たちは、少し離れた場所でそのやり取りを見ていた。


 朝比奈が小声で言う。


「……もしかして、これ?」


「かもしれないな」


 俺は頷いた。


 写真を確認してほしい。


 準備が始まる前に。


 あの依頼は、この照明のことだったのだろうか。


 ただ。


 まだ、確かなことは分からない。


     ◇ ◇ ◇


 設備担当の先生が確認を依頼した結果、問題の照明器具は使用を中止することになった。


 取り付け部分に不具合が見つかったらしい。


 固定金具が傷み、支えの一部も緩んでいたという。


 そのまま使用を続ければ、危険だった可能性があるそうだ。


 幸い、文化祭の本格的な準備が始まる前だった。


 修理や交換をする時間は十分にある。


「いやー、助かったよ」


 高井先輩は、ほっとした顔で言った。


「気づかなかったら、そのまま使ってたかもしれないし」


「いえいえ!」


 朝比奈が笑う。


「たまたま気になっただけですから!」


「でも、本当にありがとう」


 高井先輩は俺たちを見回した。


「文化祭、楽しみにしててね」


「はい!」


 朝比奈は元気よく返事をした。


 そして、少し考えたあと。


「あの、先輩!」


「ん?」


「文化祭で、夕焼け電脳クラブっていう部活の展示をしたいんですけど!」


「……夕焼け電脳クラブ?」


 高井先輩が首をかしげた。


 俺は慌てて朝比奈の袖を引っ張る。


「おい! 今それを言うのか!?」


「だって、ちょうどいい機会じゃん!」


「順番ってものがあるだろ!」


 高井先輩は、くすくす笑った。


「何だか面白そうな名前だね」


「そうなんです!」


 朝比奈が嬉しそうに答える。


「みんなで困ってる人を助ける部活なんです!」


「へえー」


「まだ非公式なんですけど!」


「……非公式?」


 高井先輩は少し考えるように首をかしげた。


「それなら、まず顧問の先生を探したほうがいいかな」


「やっぱりそうですよねえ」


「でも、活動の内容がちゃんと決まってるなら、相談してみる価値はあると思うよ」


「本当ですか!?」


「うん」


 高井先輩は笑った。


「頑張ってね」


 朝比奈は、満面の笑みで頷いた。


「ありがとうございます!」


 ……こういうところは、素直にすごいと思う。


 こいつは、初対面の相手にも遠慮なく話しかける。


 そして、たいてい何かを持ち帰ってくる。


 今回も、部活の許可について少し進展したらしい。


 ……まあ。


 そのせいで、俺の帰宅部生活がますます遠ざかっていくわけだが。


     ◇ ◇ ◇


 午後五時四十三分。


 俺たちは旧パソコン室へ戻ってきた。


「さて!」


 朝比奈が、いつもの席へ座る。


「結果発表!」


「何のだよ」


「今回の依頼!」


 久世はパソコンの電源を入れた。


 ぶうん、とブラウン管モニターが唸る。


 しばらくして、デスクトップ画面が表示された。


 夕焼け色の封筒アイコン。


 YUYAKE MAIL SYSTEM。


 受信一覧を開く。


 そこには、昨日の写真の依頼が表示されていた。


『REQUEST_004 COMPLETE』


「やったー!」


 朝比奈が両手を上げた。


「四件目も成功!」


「……やっぱり、あの照明だったのか」


 俺は画面を見つめた。


 久世が頷く。


「その可能性は高いな」


「でも、不思議だねえ」


 スズネ先輩が呟いた。


「何がですか?」


「写真」


 先輩は、久世が印刷した紙を手に取った。


「この写真がなかったら、照明のことに気づかなかったかもしれないでしょ?」


「そうですね」


「それに、まだ文化祭が始まってないのに、ちゃんと飾りつけされてる」


 ……確かに。


 俺も、そこが気になっていた。


 まだ撮られていないように見える写真。


 いったい、誰が作ったのだろう。


「……久世」


「何だ?」


「結局、写真のことは何か分かったのか?」


 久世は少し難しい顔をした。


「画像自体は普通のJPEGファイルだ。特別な形式ではない」


「じゃあ、やっぱり合成なのか?」


「分からん」


 久世は、あっさり答えた。


「合成されたものかもしれんし、何かの資料用に用意された画像かもしれん。少なくとも、今ある情報だけでは判断できない」


「……そうか」


 俺は頷いた。


 少し残念な気もしたが、仕方ない。


 謎のパソコンだからといって、何でもかんでも不思議な現象に結びつけるわけにはいかない。


 普通のいたずらという可能性だってある。


 ただ。


 今回の依頼は、確かに役に立った。


 文化祭の準備が始まる前に、危険な設備を見つけられたのだから。


 それだけでも十分だろう。


『依頼の完了を確認しました。』


 ミナセの声がした。


 画面の隅に、小さなウィンドウが開く。


『お疲れさまでした。』


「お疲れー、ミナセちゃん!」


 朝比奈が手を振る。


『ナツキさんは、今日も楽しそうですね。』


「楽しいよ!」


『それは何よりです。』


 久世が画面へ顔を近づけた。


「ミナセ。質問がある」


『どうぞ。』


「この写真が、いつ撮影されたものなのか分かるか?」


『分かりません。』


「撮影した人物は?」


『登録されていません。』


「使用されたカメラの機種は?」


『分かりません。』


「……むむむ」


 久世は腕を組んだ。


 ミナセは少しだけ首をかしげた。


『お役に立てず、申し訳ありません。』


「いや、別に謝ることじゃないだろ」


 俺が言うと、ミナセはこちらを向いた。


『そうでしょうか。』


「ああ。知らないことまで答えられるわけじゃないしな」


『……なるほど。』


 画面の中の少女は、小さく頷いた。


『ありがとうございます、葛城さん。』


「……おう」


 何だか妙に丁寧に礼を言われてしまった。


 こっちは普通のことを言ったつもりなんだけどな。


     ◇ ◇ ◇


「よーし!」


 朝比奈が活動日誌を広げた。


「今日の記録を書くよ!」


「またか」


「まただよ!」


 彼女はシャープペンを握った。


『七月二十日、水曜日。』


『文化祭の写真の依頼、完了!』


『講堂の照明に不具合があることを発見。』


『文化祭の準備が始まる前に気づけてよかった。』


 そこまで書いて、朝比奈は少し考えた。


「……ねえ、葛城くん」


「何だ?」


「文化祭、楽しみだね」


「まだ二か月近く先だぞ」


「だから楽しみなんじゃん!」


 朝比奈は笑った。


「夕焼け電脳クラブでも、何かやりたいなあ」


「正式な部活になれたらな」


「なるよ!」


 即答だった。


「絶対、ちゃんとした部活にする!」


「……根拠は?」


「ない!」


「おい!」


 朝比奈はけらけら笑った。


 久世は腕を組み、得意げに頷く。


「ふっ。ならば文化祭では、我が電脳魔術を披露するしかあるまい」


「やめろ。怪しい集団だと思われる」


「何だと!?」


 スズネ先輩は、そんな俺たちを見ながら、のんびり笑っていた。


「いいねえ、文化祭」


「先輩も楽しみですか?」


「うん。最後の文化祭だしね」


 ……そうか。


 スズネ先輩は三年生だ。


 今年で卒業する。


 当たり前のことなのに、俺は少しだけ意外に感じた。


 いつも鍵束を持って旧校舎を歩いているから、来年も再来年も、この場所にいそうな気がしていたのだ。


「先輩は何か出したいものあるんですか?」


 朝比奈が尋ねる。


「そうだねえ」


 スズネ先輩は少し考えた。


「忘れ物博物館の展示とか?」


「……それ、学校の許可が下りるんですか?」


 俺が聞くと、先輩はにっこり笑った。


「分かんない」


「そこが一番大事でしょう!」


「でも楽しそうでしょ?」


「……否定はしませんけど」


 朝比奈が笑った。


「じゃあ今度、見学させてください!」


「もちろん」


 スズネ先輩は頷いた。


「面白いもの、いっぱいあるよ」


 ……忘れ物博物館。


 名前だけ聞くと、少し怪しい。


 でも。


 この先輩が集めたものなら、意外と面白いのかもしれない。


 そんなことを考えていると、朝比奈が突然立ち上がった。


「よし!」


「今度は何だ?」


「文化祭までに、電脳クラブの記念写真を撮ろう!」


「……さっきから写真の話ばっかりだな」


「だって大事じゃん!」


 朝比奈は、鞄から銀色のデジカメを取り出した。


「思い出は、ちゃんと残しておかないと!」


「……まあな」


 俺は小さく頷いた。


 確かに。


 今日の出来事だって、しばらくしたら細かいことは忘れてしまうかもしれない。


 照明のこと。


 久世が妙に張り切っていたこと。


 スズネ先輩がおせんべいを持ってきたこと。


 ミナセが、いつもどおり皮肉を言っていたこと。


 そんな、どうでもいいような出来事。


 でも。


 そういう時間こそ、後になって思い出したくなるのかもしれない。


「……じゃあ、撮ればいいだろ」


 俺が言うと、朝比奈の顔がぱっと明るくなった。


「本当!?」


「ああ」


「じゃあ今撮ろう!」


「今!?」


「うん!」


「ちょっと待て。俺、髪が――」


「はい、みんな集まってー!」


「聞けよ!」


 朝比奈は机の上にデジカメを置き、セルフタイマーを設定した。


 久世が慌てて眼鏡を直す。


 スズネ先輩は、のんびり椅子を寄せてきた。


 画面の中では、ミナセが少しだけ首をかしげている。


『何をしているのですか?』


「写真撮るんだよ、ミナセちゃん!」


『写真ですか。』


「ミナセちゃんも写ってね!」


『私は画面の中にいますが。』


「大丈夫! モニターごと撮るから!」


『……なるほど。』


 朝比奈は満足そうに頷いた。


「じゃあ、みんな笑って!」


 カメラの小さなランプが点滅する。


 ぴっ。


 ぴっ。


 ぴっ。


「おい、朝比奈」


「何?」


「今度はちゃんと撮れよ」


「大丈夫だって!」


「本当だな?」


「うん!」


 そして。


 カシャッ。


 シャッターが切られた。


 俺たちは、さっそく液晶画面をのぞき込んだ。


 そこには。


 満面の笑みの朝比奈。


 眼鏡を押し上げた久世。


 のんびり笑うスズネ先輩。


 そして、ブラウン管モニターの中でこちらを見つめるミナセ。


 ……それから。


「……葛城くん」


 朝比奈が、震える声で言った。


「何だ」


「また目、閉じてる」


「…………」


 俺は写真を見た。


 確かに。


 俺だけ、見事に目を閉じていた。


「……なんでだよ!」


 旧パソコン室に、朝比奈の笑い声が響いた。


 久世まで笑っている。


 スズネ先輩も肩を震わせていた。


『葛城さん。』


 ミナセが、いつもの声で言った。


『次回は、目を開けてください。』


「お前にまで言われたくねえよ!」


 ……まったく。


 変な部活だ。


 本当に、変な部活だと思う。


 でも。


 その写真は、たぶん捨てずに取っておくだろう。


 目を閉じている俺も含めて。


 何だか、少しだけ気に入ってしまったから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。