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夕焼け電脳クラブ  作者: ナナメ横


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2/10

電脳魔術師と謎の添付ファイル

 世の中には、知らないほうが幸せなことがある。


 例えば、昨日の放課後、旧校舎で見つけた古いパソコン。


 インターネットにつながっていないはずなのに、誰かからの依頼が届く。


 その依頼を解決すると、なぜか完了したことまで把握している。


 おまけに、画面の中には女の子まで住んでいた。


 ……うん。


 改めて考えてみると、まともな要素が一つもない。


 そして、そんなことに首を突っ込んだ人間がどうなるかというと。


「おはよう、葛城《かつらぎ》くん!」


 翌朝。


 教室に入った瞬間、満面の笑みを浮かべた朝比奈《あさひな》ナツキが待ち構えていた。


「……帰っていいか?」


「まだ学校始まってないよ?」


「じゃあ早退する」


「早すぎるでしょ!」


 朝比奈は俺の鞄をつかむと、ぐいぐいと教室の奥へ引っ張っていった。


 朝から元気なやつである。


 こちらは昨日の疲れがまだ取れていないというのに。


「ねえねえ、昨日のことなんだけど!」


「忘れた」


「絶対嘘!」


「人間には忘れる自由がある」


「じゃあ思い出して!」


「横暴すぎないか?」


 朝比奈は聞いていなかった。


 自分の机から一冊のノートを取り出し、得意げに俺へ見せつける。


「じゃーん!」


「……なんだそれ」


「活動日誌!」


 表紙には、カラフルなペンで大きく文字が書かれていた。


『夕焼け電脳クラブ 活動記録』


 その下には、妙に気合いの入った夕日のイラスト。


 さらに、隅のほうには小さなパソコンまで描かれている。


「……お前、昨日の夜に描いたのか?」


「うん!」


「宿題は?」


「……」


「おい」


「葛城くん、世の中には聞かないほうがいいこともあるんだよ」


「今朝の俺と同じ結論に至ったな」


 朝比奈は咳払《せきばら》いを一つして、ノートを開いた。


 最初のページには、昨日の出来事がびっしりと書き込まれていた。


 旧パソコン室の場所。


 謎のファイルの名前。


 赤い傘の持ち主。


 そして、画面に現れた少女型プログラムのこと。


 字は少し丸っこいが、思ったより読みやすい。


「意外とちゃんと書いてるんだな」


「意外とは余計だよ!」


「新聞部だったもんな、お前」


「そうそう。記録を残すのは得意なんだから」


 朝比奈は得意げに胸を張った。


 そして、ノートの最後のページを開く。


『今後の活動予定』


 一、旧パソコンの正体を調べる。


 二、ミナセちゃんと仲良くなる。


 三、困っている人を助ける。


 四、部室にお菓子を置く。


 五、部員を増やす。


「……四番だけ明らかにおかしいだろ」


「大事だよ? お菓子」


「三番より優先順位が高そうなのが気になる」


「そんなことないってば」


 俺はノートを返した。


「それで、何をするつもりなんだ?」


「まずは一番!」


 朝比奈は人差し指を立てる。


「あのパソコンの正体を調べるの!」


「どうやって?」


「ふっふっふ」


 嫌な予感がした。


 昨日から数えて、何度目だろう。


「実はね、助っ人を呼んであるんだ」


「助っ人?」


「パソコンにすっごく詳しい人!」


「……まともな人間だろうな?」


「もちろん!」


 朝比奈が力強く頷《うなず》いた。


 しかし、俺は知っている。


 こいつの「もちろん」は、何の保証にもならない。


     ◇ ◇ ◇


 昼休み。


 俺は朝比奈に連れられ、本校舎の二階にある空き教室へ向かった。


 どうして空き教室なのか。


 その理由は、扉を開けた瞬間に判明した。


「待っていたぞ!」


 窓際に、一人の男子生徒が立っていた。


 短めの黒髪。


 黒縁の眼鏡。


 制服の上着を肩に引っかけ、腕を組んでいる。


 足元には、大きな黒い鞄。


 そして、窓から差し込む昼の日差しを背負い、妙に格好つけた表情を浮かべていた。


「我が名は久世《くぜ》リョウ」


「……」


「電子の海を駆け、情報の深淵《しんえん》に挑む者」


「……」


「人は俺を、電脳魔術師《サイバーメイジ》と呼ぶ!」


 沈黙。


 窓の外から、野球部の掛け声が聞こえた。


 俺は朝比奈のほうを見る。


「帰っていいか?」


「なんで!?」


「お前の言う『まとも』の意味を辞書で調べ直したい」


「失礼だな、君は!」


 久世リョウと名乗った男子生徒が、眼鏡を指で押し上げた。


「初対面の相手に向かって、なんという態度だ」


「初対面であんな自己紹介をされた俺の気持ちも考えてくれ」


「ふっ。凡人には理解できまい」


「理解したくもない」


 朝比奈は俺たちを交互に見ながら、なぜか嬉しそうに笑っていた。


「なんか、二人とも気が合いそう!」


「どこを見たらそうなるんだ」


「まったくだ。俺の知性を彼と同列に扱わないでもらいたい」


「おい、今なんつった」


 久世はふん、と鼻を鳴らした。


 そして足元の鞄を持ち上げる。


「まあいい。話は聞いている。旧校舎にある、不可解な通信を行う端末だろう?」


「そうそう!」


 朝比奈が頷く。


「インターネットにつながってないのに、メールみたいなのが届くの!」


「なるほど」


 久世は真剣な顔になった。


「それは興味深い」


 ……おや。


 ようやく普通の会話が始まった。


「まず確認しておきたい。端末のOSは?」


「Windows 98だったな」


「機種は?」


「そこまでは見てない」


「通信ケーブルは?」


「LANケーブルはつながってなかった」


「モデムは?」


「確認してない」


「電話線は?」


「それも見てない」


「ふむ……」


 久世は顎《あご》に手を当てた。


「現時点では、ネットワークにつながっていないとは断言できんな」


「……そうなのか?」


「当然だ。LANケーブルがなくとも、電話回線を使った通信という可能性がある。あるいは別の端末との直接接続かもしれん」


 俺は少し感心した。


 なんだ。


 言動はともかく、ちゃんと知識はあるらしい。


「お前、本当に詳しいんだな」


「ふっ」


 久世は眼鏡を光らせた。


「当然だ。俺を誰だと思っている?」


「久世リョウ」


「電脳魔術師だ!」


「名前のほうは否定しないんだな」


 朝比奈が吹き出した。


 久世は不満そうだったが、黒い鞄からノートパソコンを取り出す。


 黒くて四角い、いかにも頑丈そうな機械だった。


「おおっ!」


 朝比奈が目を輝かせる。


「自分のパソコン持ってるの!?」


「無論」


「すごーい!」


「ふっ。これが俺の相棒だ」


 久世は得意げにノートPCの天板を撫《な》でた。


「中古だが、メモリは増設済み。ハードディスクも交換してある」


「へえー!」


「さらに、これを見ろ」


 久世は首から下げていた小さな銀色の物体を持ち上げた。


「……何それ?」


「USBメモリだ」


「知ってるよ、それくらい!」


「容量はなんと、二百五十六メガバイト!」


「おおーっ!」


 朝比奈が拍手した。


 俺は黙って二人を見ていた。


 なんだろう。


 今、ものすごく変な集団に混ざっている気がする。


「で、久世」


「なんだ、葛城」


「それ、なんで首から下げてるんだ?」


「いついかなるときも、重要なデータを持ち運ぶためだ」


「ポケットじゃ駄目なのか?」


「……」


 久世は一瞬黙った。


 そして、静かに答えた。


「格好いいからだ」


「正直でよろしい」


     ◇ ◇ ◇


 放課後。


 俺たち三人は、昨日に引き続き旧校舎へ向かった。


 朝比奈が借りてきた鍵で入口を開け、三階へ上がる。


「しかし、こんな場所が残っていたとはな」


 久世は廊下を見渡しながら言った。


「なかなか趣がある」


「埃っぽいだけだろ」


「分かっていないな、葛城。こうした古い設備には、過去の技術者たちの試行錯誤が詰まっているのだ」


「まあ、それはそうかもしれないけど」


「古いコンピューターというものは、実に素晴らしい。限られた性能の中で、いかに効率よく処理を行うか。その工夫こそが――」


「久世くん、着いたよー!」


「最後まで聞け!」


 朝比奈は気にせず、第二情報処理室の扉を開けた。


 昨日と同じ部屋。


 同じ古い机。


 同じブラウン管モニター。


 そして、窓際の一番奥に置かれた例のパソコン。


「これ!」


 朝比奈が指さした。


「この子が、昨日のパソコン!」


「……この子?」


 久世が首をかしげる。


「何だ。愛称でもつけたのか?」


「まだだけど、つけようかなって!」


「余計なことをするな」


 俺は朝比奈に釘《くぎ》を刺した。


 今でさえ夕焼け電脳クラブなんて名前がついているのだ。


 これ以上、変な名称を増やしてほしくない。


 久世は鞄を机に置き、パソコンの裏側へ回った。


「ふむ……」


 背面をのぞき込み、配線を一本ずつ確認する。


「電源ケーブルは接続されている。LANケーブルはなし。電話線もつながっていないな」


「だろ?」


「だが、それだけでは分からん」


 久世は机の下を確認した。


 古いハブ。


 抜かれたケーブル。


 埃をかぶった電源タップ。


 さらに本体の側面に貼られたシールを眺める。


「……妙だな」


「何が?」


「いや、内部構成を調べてからだ」


 久世は電源を入れた。


 ぶうん、とモニターが音を立てる。


 しばらくして、Windows 98の起動画面が現れた。


「おお……」


 久世の声が少し弾んだ。


「久しぶりに見るな、この起動画面」


「お前、まだ十七だろ」


「幼少期からコンピューターに親しんできたのだ」


「はいはい」


 デスクトップが表示される。


 例の夕焼け色の封筒アイコンも、昨日と同じ場所にあった。


 朝比奈が身を乗り出す。


「あ、それ! それを開いて!」


「待て、朝比奈」


 久世が手を上げた。


「まずは通常のファイルやプログラムを確認する」


「えー」


「えー、ではない。原因を調べたいなら順序というものがある」


「……久世、お前って案外まともなんだな」


「案外とは何だ、案外とは」


 久世はマウスを操作し、いくつかの画面を開いた。


 システム情報。


 デバイスの一覧。


 ネットワークの設定。


 俺には半分くらいしか分からない。


 朝比奈に至っては、早くも窓の外を眺めていた。


「なるほど……」


 久世が呟《つぶや》く。


「何か分かったか?」


「少なくとも、今この端末が通常のネットワークへ接続されている形跡はない」


「やっぱりか」


「ただし、特殊な機器が内部に増設されている可能性はある。現状では断定できん」


「じゃあ、誰かが前に保存しておいたファイルって可能性は?」


「十分にある」


 久世は頷いた。


「むしろ、そちらのほうが自然だ」


 ……よかった。


 やっと、普通の説明が出てきた。


 俺は少し安心した。


 だが、朝比奈は不満そうだった。


「えー。じゃあ不思議なパソコンじゃないの?」


「まだ結論を出すのは早い」


 久世は夕焼け色の封筒アイコンを指さした。


「問題は、このソフトだ」


「YUYAKE?」


「そうだ。何のために作られたものなのか、まずは調べてみよう」


 アイコンをダブルクリックする。


 例の灰色のウィンドウが現れた。


『YUYAKE MAIL SYSTEM』


 受信一覧には、昨日の依頼が残っている。


『REQUEST_001 COMPLETE』


「これこれ!」


 朝比奈が嬉しそうに言った。


「昨日、赤い傘を探したんだよ!」


「赤い傘?」


「うん。持ち主に返したら、コンプリートって出たの」


「……ほう」


 久世の目が細くなった。


「つまり、現実で行った行動をプログラムが認識したということか?」


「そういうことになるな」


「興味深い」


 久世はキーボードを叩き、ソフトのメニューを確認した。


 ファイル。


 表示。


 設定。


 ヘルプ。


 どれも普通のソフトにありそうな項目だった。


 ところが、ヘルプを開くと妙な文章が表示された。


『困ったことがあれば、いつでもご相談ください。』


『あなたの放課後を、少しだけお手伝いします。』


「……なんだこれ」


 俺は思わず呟いた。


「相談ソフトなのか?」


「少なくとも、そういう目的で作られたようだな」


 久世は画面を眺める。


「だが、問題は相談の受付方法だ。外部から通信しているのか、それとも内部に保存された情報を表示しているだけなのか……」


 そのとき。


『こんにちは。』


 スピーカーから声がした。


「うおっ!?」


 久世が勢いよく椅子から飛び上がった。


 朝比奈が笑い出す。


「あははは! 久世くん、びっくりしすぎ!」


「な、何だ今の声は!」


「ミナセちゃんだよ!」


「ミナセ?」


 画面の隅に、小さなウィンドウが開いていた。


 青みがかった髪。


 白い制服。


 眠そうな目。


 昨日と同じ、粗いドット絵の少女。


『案内プログラム、ミナセです。』


「……」


 久世は口を開けたまま固まっていた。


『新しい利用者を確認しました。』


 ミナセがぺこりと頭を下げる。


『よろしくお願いします。』


 しばらく沈黙が流れた。


 やがて久世が、震える声で口を開く。


「こ、これは……」


「どうした?」


「……素晴らしい!」


 久世は机に両手をついた。


「音声合成とキャラクター表示を組み合わせた案内ソフトか! しかも古い環境で動いている!」


『ありがとうございます。』


「応答した!?」


『褒められた場合は、お礼を述べるよう設定されています。』


「なるほど! 会話パターンが組み込まれているのか!」


 久世は嬉しそうに画面へ顔を近づけた。


「ミナセと言ったな。君の開発者は誰だ?」


『申し訳ありません。その情報は登録されていません。』


「開発された年月日は?」


『不明です。』


「使用している音声合成方式は?」


『説明できません。』


「ソースコードは確認できるか?」


『利用者権限では閲覧できません。』


「むむむ……」


 久世は腕を組んだ。


「なかなか手強いな」


『質問が難しいだけではないでしょうか。』


「なっ!?」


 朝比奈が吹き出した。


「ミナセちゃん、いいこと言う!」


『ありがとうございます、ナツキさん。』


「えへへー」


 ……すっかり仲良しである。


 久世は少し不満そうだったが、すぐに表情を引き締めた。


「では、別の質問だ」


『どうぞ。』


「この端末は、現在インターネットに接続されているか?」


『いいえ。』


「外部のサーバーと通信しているか?」


『確認できません。』


「……確認できない?」


『私が管理しているのは、受信されたファイルと利用者への案内機能です。通信経路の情報は取得できません。』


「ふむ」


 久世が眼鏡を押し上げる。


「つまり、君はメールソフトの受付係のようなものか」


『おおむね、その認識で問題ありません。』


「なるほどな」


 俺は横から口を挟んだ。


「じゃあ、依頼を送ってるやつのことも分からないのか?」


『はい。』


「名前も?」


『登録されていません。』


「住所も?」


『分かりません。』


「何を考えてるかも?」


『分かりません。』


「じゃあ何が分かるんだ?」


『現在時刻は午後四時二十七分です。』


「時計かよ!」


『時間の確認は大切です。』


 朝比奈が机を叩いて笑った。


 久世まで肩を震わせている。


 ……昨日も思ったが、ずいぶん生意気なプログラムだ。


     ◇ ◇ ◇


 それから一時間ほど、久世はパソコンの調査を続けた。


 最初こそ興奮していたものの、次第にその表情は真剣になっていった。


「……ふむ」


「どうだ?」


「少なくとも、このソフトは普通のメールソフトとは少し違う」


「例えば?」


「受信済みのファイルは確認できるが、通常のメールのような送信元アドレスがない。それに、通信設定そのものが見当たらん」


「誰かが作った専用ソフトなんじゃないのか?」


「その可能性はある。だが……」


 久世は画面を指さした。


「昨日の依頼が、いつ保存されたものなのかを確認できないんだ」


「……それって変なのか?」


「珍しくはある。普通のファイルなら、作成日時や更新日時を確認できるだろう?」


「ああ」


「ところが、このソフトの受信一覧からは、それが確認できない。保存されている圧縮ファイルも、一般的な方法では日時を特定できなかった」


「壊れてるんじゃないの?」


 朝比奈が言った。


「その可能性もある」


 久世は素直に頷いた。


「だからこそ、もう少し調べたい」


 そのとき、ミナセが口を開いた。


『新しい依頼が届いています。』


「えっ?」


 朝比奈が椅子から立ち上がる。


「ほんと!?」


『はい。受信ファイルが一件あります。』


 画面に小さな通知が表示された。


『REQUEST_002.LZH』


 俺たちは顔を見合わせた。


 久世は急いで時計を確認する。


 午後五時三十一分。


「……受信したのか?」


「ああ。今、届いたみたいだな」


 俺は画面を見る。


 さっきまで、受信一覧には昨日のファイルしかなかった。


 今は確かに、二件になっている。


 久世はすぐさまマウスを操作した。


「待って、久世くん!」


 朝比奈が声を上げる。


「何だ?」


「開くの、私がやりたい!」


「遊びではないぞ」


「だって新しい依頼だよ!?」


「だからこそ慎重に――」


「昨日は私が開いたんだから、今日も私!」


「そんな理屈があるか!」


 ……ああ。


 なんだか懐かしい。


 昨日も似たようなやり取りをした気がする。


 俺は二人の間に割って入った。


「はいはい。じゃあ俺が開くから」


「えー!」


「ずるいぞ、葛城!」


「お前らが揉《も》めてるからだろ!」


 久世に安全を確認してもらい、圧縮ファイルを解凍する。


 中には、また一つのテキストファイルが入っていた。


『ONEGAI_002.TXT』


「今度は何かな?」


 朝比奈が俺の肩越しに画面をのぞく。


 久世も身を乗り出した。


 俺はテキストファイルを開く。


 そこには、こう書かれていた。


『二年三組の教室に、届けてほしいものがあります。』


『青い封筒を探してください。』


『中身は、持ち主以外には見せないでください。』


 ……青い封筒?


「二年三組って、俺たちのクラスじゃないか」


「そうだね!」


 朝比奈が頷く。


「ということは、今度は教室で探し物だ!」


「ちょっと待て」


 久世が口を挟んだ。


「この文章には気になる点がある」


「何?」


「青い封筒を探せと書いてあるが、誰に届けるのかが記載されていない」


「あ、ほんとだ」


「それに、持ち主以外には見せるなとも書いてある」


「じゃあ持ち主を探さないとね!」


「簡単に言うな」


 俺はため息をついた。


 二年三組には四十人近い生徒がいる。


 その中から、持ち主の分からない封筒を探す。


 しかも中身は見せるな、ときた。


 ……面倒くさいにもほどがある。


「まあ、明日でいいだろ」


「えー、今日探そうよ!」


「もうすぐ下校時間だぞ」


「じゃあちょっとだけ!」


「お前のちょっとだけは信用できない」


 朝比奈は不満そうに頬を膨らませた。


 しかし、時計を見ると諦めたらしい。


「仕方ないなあ。じゃあ明日!」


「俺はまだ引き受けるって言ってないぞ」


「はいはい」


「聞けよ」


 久世は、そんな俺たちを見て小さく笑っていた。


「……なるほどな」


「何が?」


「君たちがどういう連中なのか、少し分かってきた」


「それは悪い意味か?」


「さあな」


 久世は眼鏡を押し上げる。


「しかし、なかなか面白そうではある」


 朝比奈の目が輝いた。


「でしょ!?」


「ああ」


「じゃあ久世くんも入部ね!」


「……は?」


「夕焼け電脳クラブ!」


 朝比奈は例の活動日誌を取り出した。


「部員三人目!」


「待て、俺はまだ入るとは――」


「技術担当、久世リョウ!」


「勝手に決めるな!」


 ……やれやれ。


 どうやら、俺と同じ被害者が一人増えたらしい。


     ◇ ◇ ◇


 帰り道。


 俺と朝比奈は、駅前へ向かう坂道を並んで歩いていた。


 久世は用事があるとかで、校門を出たところで別れた。


 夕方の商店街には、どこかの店から流れる音楽が響いていた。


 自転車に乗った高校生。


 買い物袋を下げた主婦。


 ゲームセンターの前で騒いでいる中学生。


 いつもと変わらない町の風景だ。


「ねえ、葛城くん」


「ん?」


「久世くん、面白い人だったね」


「面白いというか、変というか」


「でもパソコン詳しかったじゃん」


「まあな」


 それは認める。


 久世の説明は分かりやすかった。


 大げさな言動さえなければ、かなり頼りになるやつだろう。


「これで三人かあ」


 朝比奈が嬉しそうに言った。


「何が?」


「部員!」


「俺を数えるな」


「えー、まだ言ってるの?」


「まだも何も、入部届を書いた覚えがない」


「大丈夫。うちのクラブ、入部届ないから」


「そもそも学校に認められてないだろ」


「じゃあ、これから認めてもらえばいいんだよ!」


 朝比奈は当たり前のように言った。


 ……こいつのこういうところは、少しだけ羨ましい。


 何かを始めるときに、失敗するかもしれないとか、面倒になるかもしれないとか。


 そんなことを、あまり考えない。


 いや。


 考えたうえで、気にしないのかもしれない。


「……好きにしろよ」


「うん!」


 朝比奈は笑った。


「じゃあ明日もよろしくね、葛城くん!」


「だから、俺はまだ――」


「また明日!」


 言い終わる前に、朝比奈は走っていってしまった。


 手を振りながら、角を曲がっていく。


 俺はその背中を見送り、ため息をついた。


 ……まあ。


 明日も行くんだろうな。


 どうせ、あいつに引っ張られて。


 そう思いながら、俺は駅前へ向かって歩き出した。


 夕焼けの空は、今日もやけにきれいだった。


     ◇ ◇ ◇


 その日の夜。


 自室でゲームをしていた俺は、ふと机の上のノートに目を向けた。


 学校で使っている、何の変哲もない大学ノート。


 そこに、今日の出来事を少しだけ書き残しておこうと思ったのだ。


 理由はよく分からない。


 ただ、あのパソコンのことは、ちゃんと記録しておいたほうがいい気がした。


 俺はシャープペンを手に取った。


『七月十二日、火曜日。』


『久世リョウという変なやつが仲間になった。』


『自称、電脳魔術師。』


『言動は痛いが、パソコンには詳しいらしい。』


 そこまで書いて、少し笑った。


 次の行に、続きを書く。


『新しい依頼が届いた。青い封筒を探してほしいらしい。』


『場所は二年三組の教室。』


『明日、朝比奈と探すことになった。』


 ……よし。


 こんなところか。


 ノートを閉じようとしたとき、携帯電話が震えた。


 ぶるるっ。


 画面を見る。


 朝比奈からのメールだった。


 件名は、


『明日の作戦!』


 本文を開く。


『明日は朝イチで青い封筒を探そう!』


『あと、久世くんに部員番号003をあげました!』


『葛城くんは002ね!』


『ちなみに私は001です!』


 ……何を勝手に決めてるんだ、こいつは。


 俺は返信を打つ。


『俺は入部した覚えがない』


 送信。


 数秒後、返事が来た。


『じゃあ明日、正式に入部してね!』


 ……駄目だ。


 まったく話が通じない。


 俺は携帯を閉じて、ベッドへ放り投げた。


 そして、もう一度ノートを開く。


 今日の日記の最後に、一行だけ付け加えた。


『明日も、たぶん面倒なことになる。』


 うん。


 これだけは間違いない。


 俺はノートを閉じ、部屋の電気を消した。


 窓の外では、夏の虫が鳴いている。


 明日は水曜日。


 夏休みまで、あと少し。


 きっと、いつもと変わらない一日になる。


 ……いや。


 少なくとも、いつもより騒がしい一日にはなりそうだった。


     ◇ ◇ ◇


 一方、その頃。


 誰もいない旧校舎の第三階。


 第二情報処理室には、夕方の名残《なごり》もなく、夜の闇が満ちていた。


 窓際の古いパソコンは、すでに電源を落とされている。


 ブラウン管の画面も真っ暗だった。


 その静かな室内に。


 カチリ、と小さな音が響いた。


 電源が入ったわけではない。


 モニターが明るくなったわけでもない。


 ただ、パソコン本体の奥で、何かが一度だけ動いたような音だった。


 そして、すぐに静けさが戻る。


 旧パソコン室には、誰もいない。


 もちろん、その音を聞いた者もいなかった。


 ただ一つ。


 古いハードディスクの中には、夕方まで存在しなかったファイルが、ひっそりと保存されていた。


『REQUEST_003.LZH』


 その中身を知る者は、まだ誰もいない。


               

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