オリンピア2
一同がお茶を飲みながら一息ついているところに、ティベリオが戻ってきた。
「ラウル様の配下は手足を縛りまして、とりあえず先ほどのサロンに閉じ込めました。ラウル様は意識を取り戻しそうなご様子でしたので、こちらに運んでまいりました。」
ティベリオの後ろには、二人の農園担当者がラウルを左右から支えるようにして付き従っていた。
「ご苦労様、ティベリオ。ラウル様はそこのソファにかけさせておいてください。」
「はい、お嬢様。しかし、何故ラウル様は突然逃げ出したりしたのでしょう?」
そうですよねと言いながら、リュミエールがルナに顔を向けてきたので、ルナが答えた。
「それはね、ラウルが私の持ってきた書状の日付が意味するものに気づいたからよ。まぁ、なかなか察しが良いということかしら。」
「日付…でございますか?」
「ええ、この書状の日付は11月7日。つまり3日前ね。」
「え、これは旦那様がお亡くなりになった時にルナ様に手渡されたものではないのです?」
「確かにご領主様から手渡されたものではあるけれど…」
ルナが言いかけたとき、かちゃりと音がして応接室のドアが開いた。そこには、皆のよく知っている壮年の男性が立っていた。
リュミエールが真っ先にその男性に駆け寄り、抱きついた。
「お父様!お父様!お身体の方はもう良いんですか?」
「リュミエール、心配かけたね。もうすっかり良くなったんだ。これもルナさんとサラ様のおかげだよ。」
エルラドの後から部屋に入ってきたサラが静かに頭を下げた。リュミエール以外のファルファレッテ家の者たちも皆、旦那様!と驚きと喜びの入り混じった声を上げながらエルラドの周りに集まってきた。エルラドは一人一人の顔をしっかりと見て頷きながら言った。
「みんな。心配をかけたな。」
「旦那様!てっきりお亡くなりになられたものと思っておりました。でも、本当に良かった。」
「あぁ。だが。実際に危なかった時はあったんだ。ここを出立して王都に入った頃に、急激に具合が悪くなってね。そこで一旦休もうかどうしようか迷ったんだが、一刻も早くルナさんの家に保管してある特別な薬が薬が必要だということで、一気にルナさんの家に向かったんだ。到着した頃にはもう虫の息と言っても良いくらいでね。ルナさんが、その特別な薬を身体に直接注入してくれて、何とか処置が間に合ったというわけさ。」
「え、薬を身体に直接注入するのですか?」
ティベリオのこの疑問には、皆も一様に驚きの表情を浮かべていた。
「細い管を血管に刺して液体状の薬を注入するんだ。イスルギ殿の生まれた国では、そのような技術があるのだそうだ。私は、薬と言えば服用するものだと思っていたのだがね。」
「ルナ様は、お医者様のご経験もおありなのでしょうか?」
「医者ではないけど、前の仕事でそういう緊急の対応も必要なことが多かったから、色々知ってるし、道具も持っているんですよ。」
「そうですか。何にしろ良かった。しかし旦那様。なぜお亡くなりになったなどとご連絡されたのですか?」
「うむ。ルナさんの家に逗留して養生する中で、私の体調不良の原因についてもルナさんと色々話をしたんだ。もともと、ラウルが持ってきた薬草酒や薬の中に麻薬に類する成分があるのではないか?という疑念を多少持ってはいたんだが、私が知っている麻薬中毒の症状とは少し違うし、ラウルのことは信用していたので考えないようにしていた。だが、ルナさんが調べたラウルの日頃の動きを教えてもらううちに、ラウルはどうやら私が思っていたほど信用のおける人間ではないのではないか?と考えるようになった。それを確かめるために、ルナさんと相談してオリンピアの話をでっちあげ、ラウルがどう動くか見ていたというわけさ。」
そこまで言ってエルラドの視線は、急な展開に部屋を出て行くこともできず、ひとりボツンと取り残されたように座っていたオリンピアと名乗った女性に向けられた。
するとその女性は、慌てた様子で腰を浮かせながら言った。
「あ、あの…私、そろそろお暇して良いかしら?ご領主様もご存命だったようだし、私は次期当主からは外れたみたいだから。」
そう言って席を立とうとする女性にルナが鋭い視線を投げかけて、制止した。
「あら。貴女はそう簡単には帰れませんよ。大切な証人だもの。」
「え、何の証人?」
「ファルファレッテ家乗っ取りの。」
「え、何ですって?」
「司祭さま。申し訳ありませんが、ここから先の話の記録をお願いできませんか?証言を第三者が記録したものとして使えますもの。」
「わかった。記録するよ。」
ルナは改めてオリンピアを名乗る女性の方に顔を向けた。
「貴女、本当の名前はオリンピアではないんでしょう?私とご領主様で作り出したその名前には、もう何の価値もないのよ。」
するとその女性は観念した様子で、問われることに素直に答えだした。
「私は、ジルベルタ。ジルベルタ・ラファネッリというの。」
「何をしていた人?」
「ル・エテルニアのローザ・ブルという酒場で店員をしていまた。ラウル様とはその時に知り合いました。」
「なぜ、この場に来ることになったの?」
「それは、ラウル様の頼みを聞いてくれたら結婚してやると言われたから。」
「もうちょっと詳しく。頼みの内容とか経緯を教えて。
「私、ラウル様とは結構仲が良かったんです。冗談で、僕と結婚したらもっと良い暮らしができるよとか言われてるうちに、本当に結婚する可能性もあるのかしらって、少しは思うようになりました。そんな中でラウル様から言われたのが、隣国のテレーゼ・テルメっていう所のご領主様が亡くなって、生き別れた娘を次期当主にという話が出ているから、私がその生き別れた娘として名乗り出れば、きっとうまく行くって言われました。もし名乗り出てくれたら、僕はその場でキミとの結婚を宣言するとも言ってくれました。」
「確かに宣言してたわね。それで貴女は、ラウルの言うとおりに、オリンピアとして名乗り出るために、ここに来たという訳ね。」
「はい、そうです。」
「オリンピアでもないのに名乗り出たことについて、悪いことをしているとは思わなかった?」
「思いましたよ。でも、ラウル様から、領主家として後継者が居ないのは困るし、私が後継者になったらラウル様が結婚してくれて、領主の仕事はラウル様がちゃんとやるから大丈夫だと言われて、オリンピアとして名乗り出ることを承諾しました。それに、私はラウル様がテレーゼ・テルメの領主家と懇意にしていることは知っていたので、ラウル様なりに領主家のことを考えていたのかなとも思っていました。」
「ほんとに?今のは、自分の心をごまかすための話がかなり入っているんじゃないの?」
「それは…… ごめんなさい。ラウル様から誘われたことは事実です。でも、私自身も領主家に入れて嬉しい気持ちはありました。」
「わかったわ。もう一度、ラウルが貴女を誘ったときのことばを教えてちょうだい。言い回しとか覚えてない場合は、自分がどういう意味に受け取ったかを教えて。」
ルナにそう言われてジルベルタは、ラウルに誘われた時のことを一生懸命思い出しながら、ゆっくりと語ってくれた。その内容は彼女が最初に説明したことと大差はなく、ラウルの誘いに乗った理由の部分だけが、自分にもなにがしかの利益が得られると思ったためであることに訂正されたものだった。ルナは、彼女の様子に好感を覚え、その言葉を信じることにした。
「理解しました。今はこれで良いわ。司祭様、記録は大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫です。」
「あの…もう帰ってもよろしいでしょうか?」
「さっきも言ったけど、そうは行かないの。たぶんこの後3ヶ月ぐらいの間に、一連の事件に対する審判があると思う。その審判において貴女は大切な証人ですから。」
「でも、何かお仕事しないと暮らせないです。」
するとリュミエールが助け舟を出してくれた。
「審判の時に今と同じ内容をもう一度証言してくれるなら、審判が終わるまで、貴女のことはファルファレッテ家で面倒を見ますよ。但し、行動はこの屋敷内に制限することになりますけど。」
「あぁ、それが良いかもしれないわね。エルラド様、よろしいですか?」
「ルナさんが良いと思うなら、それでかまわないよ。今回の件の判断は全面的に貴女に任せる。」
そういった経緯で、オリンピアを名乗ったジルベルタは、当面の間ファルファレッテ家で過ごすことになったのだった。
「ところでお嬢様。今から思いますと、お嬢様は色々と事情をご存知だったのではないかと推察いたしますが、どうなのでしょう?」
「ティベリオ、鋭いわね。実は葬儀の時にルナさんに呼ばれて、お父様は生きているって教えてもらったの。でも、そのことは秘密にしておかないといけなかったから会いに行けなくて、それが辛かったです。」
「サラから言われたの。リュミエールさんには本当のことを言っておいた方が良いって。そうでないといたずらに心を痛めることになるから。」
その時、ソファにかけさせていたラウルが、うぅんと唸りながらうっすらと目を開けた。
「やっと気づいたか。」
ルナがからかうように声をかけるとラウルは飛び起き、暫くルナの顔を睨んでいたが、急に気色ばんで食ってかかってきた。
「こいつ。お前が殴ったんだろうが!僕が何をしたって言うんだ。貴族を殴った罪で訴えてやるぞ!」
「おお怖い。貴方が逃げようとしたから致し方なく、なのよ。貴方には訊きたいことが二つある。先ず、オリンピアを見つけたと思った判断の経緯を言って。」
「何だってそんなことを言わなきゃいけないんだ。」
「貴方には、ファルファレッテ家乗っ取りを画策した疑惑があるの。それを晴らすためよ。」
「何だと。僕はそんなことはしていない!」
「いいから、オリンピアを見つけたと思った判断の経緯を言って。」
「さっき言ったろうが、本人から出生の秘密を聞いたって。覚えてないのか?」
「父親が領主貴族であったことと、お家騒動を避けるためにお母様が身を引いたという話は覚えますよ。私が訊きたいのは、貴方がこの話を本当だと判断した理由よ。」
「ふん。僕の仕事はオリンピアを見つけることだったんだ。彼女からその話を引き出したことで、僕は彼女をオリンピアと認めた。」
「オリンピアの名前は誰が出したの。」
「本人から聞いたに決まってるだろうが。」
「ジルベルタさん、ラウルはこう言ってますけど、貴女から自分がオリンピアだって名乗った?」
「いいえ。ラウル様から、オリンピアとして名乗り出るように言われました。名乗り出たら結婚してくれるって言われて承諾しました。」
「ねぇ、ラウルさん。貴方は寝ていて知らなかったでしょうけど、ジルベルタさんは全て貴方に言われたって教えてくれたわ。それを否定するの?」
「この女が嘘をついているんだよ。俺は聞いたんだ。はっきりとこの女の口から。」
「生き方に共感して結婚を申し込んだ相手に、大した確認もせずこの女呼ばわりだなんて、あきれるわね。まぁいいわ。でもさ、ジルベルタさんに行き着くまでの貴方の動きはどう説明するのよ?。あれこれ情報を収集して、テレーゼ・テルメからやってきて娘を産んだという女性の情報を掴んだんでしょう?作り話だった情報に基づいて探して、どうやってジルベルタさんにたどり着くのよ?」
「何だって!」
「ティベリオさまの書状の日付に気づいて、すぐ逃げ出そうとしたから結構鋭いのかと思ったけど、オリンピアが作り話だってまだ気づいてないのは、ちょっと間抜けね。」
ラウルは、返す言葉がなくて、ルナを睨みながらギリギリと唇を噛み締めていた。




