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オリンピア1

教会に残ったルナとリュミエールは、ルッキオ司祭にお願いして応接室を貸してもらい、少し話をすることにした。

応接室に入ると、リュミエールが心配そうな声音でルナに問いかけてきた。

「ルナさん、これでうまくゆくでしょうか?」

ルナは努めて明るい調子で答えた。

「ええ、きっと大丈夫。遺言書が思ってもみなかった内容だったから、ラウルは、これはチャンスと思ったように見えましたよ。」

「でも…500万ルークが無条件で手に入るわけだから、何もしないことも考えられますよね。」

「ああいった手合いは欲が深いから、せっかくのチャンスを見過ごすはずはありません。きっとオリンピアを探し出して連れてくるはずです。」

「そして、オリンピアを通じてファルファレッテ家の実権を握る?」

「それで済ますものですか。最終的にはファルファレッテ家の乗っ取りまでするでしょう。だって、それが最初の計画だったはずですもの。」

「最初の計画?」

「私、王都の酒場でラウルが言うのを聞いたんです。当主を継いだ娘と結婚して、その娘が亡くなれば最も近しい者が当主になるのが当然だと言ってました。今まではリュミエールさんがその娘役だったわけですけど、それがオリンピアに変わるわけ。」

「じゃぁ、オリンピアを利用したあと殺してしまうってことですか?…なんて卑劣な!」

「それどころか、亡くなったと称して、実際には仲間内で慰み者にした後、飽きたら外国に売れば良いとも言ってました。あきれた下衆だわ。私がその話を聞いたときには彼らが誰なのかわからなかったし、具体定な話とも思わなかったので、叩きのめしただけで済ませてしまったけど。」

「あ、それがラウルに言っていた王都の夜のことですか。そういうことだったんだ。いい気味だわ。それで私はどうしてたら良いでしょう?」

「特に何かやる必要はありません。たぶん1ヶ月ほどしたら、ラウルがオリンピアを連れてくるでしょうから、その時に遺言書を執行するということで、改めて関係者を集めていただければ良いです。その時にラウルの企みを暴くことができれば、ファルファレッテ家とラウルの関係は完全に切れますから。」

「わかりました。」

「その後は、私がラウルが使った薬草とやらの入手経路を突き止めて、根こそぎ関係者を壊滅させられたらいいなと思ってます。」

「ご無理なさらないでくださいね。」

「ありがとうございます。でも大丈夫。私、そういうの得意なんです。」

ルナはニッコリ笑うと、ルッキオ司祭を探して暇を告げ、リュミエールを領主館へ送った後、自分の家へと戻っていった。


遺言書の開示から1ヶ月ほど経って、ルナが言ったとおり、オリンピアを見つけたという連絡がラウルから入った。リュミエールは関係者と日程を調整し、11月10日の午後2時に皆が領主館に集まってラウルの話を聞くことにした。

ルナは前日からリュミエールの下を訪れ、意図せぬ方向に会合が進まないよう、当日の流れをリュミエールと一緒に確認しておいた。

そして当日。

昼すぎ早々にルッキオ司祭が領主館を訪れた。前日から領主館に泊まっていたルナは、一通の封書を司祭に手渡した。

「これ、ご領主様から司祭様宛です。オリンピア様が見つかったら、皆の前でこれを開封するようにと言われて預かっていました。」

「え、なんだろう。遺言書の補足のようなものなのでしょうか?」

「さぁ、何でしょうね?」

すっとぼけたルナの顔には、いたずらっぽい表情が浮かんでいた。

暫くして、エントランスに数頭の馬と馬車の気配がし、ラウルがオリンピアと思われる若い女性を連れてやってきた。10名ほどの配下の者も一緒だ。出迎えたティベリオが言った。

「オリンピア様、レテーゼ・テルメの領主館にようこそお越しくださいました。手続きが終われば、貴女様がここのご主でございます。ラウル様。オリンピオ様の捜索、お疲れ様でした。それにしても、このように多数のお仲間とご一緒とは、何かものものしい感じでございますね。」

「あぁ、せっかく探し出したオリンピアがならず者に襲われたら元も子もないだろう?だから警護にと思って仲間に付いて来てもらったんだ。」

「なるほど、おっしゃるとおりですな。それではこちらへ。」

ティベリオはラウル一向を案内して館に入っていった。ラウルの配下には世話係のメイドを付けて玄関ホールに隣接するサロンで寛ぐよう勧め、自分はラウルとオリンピアと一緒に謁見の間へと向かった。

「オリンピア様、ラウル様がお着きです。」

ティベリオが告げるとリュミエールは、ラウルに対しては探索の労をねぎらい、オリンピアに対しては丁寧に自己紹介を行った。オリンピアもまたリュミエールに対して自己紹介を返した。オリンピアは、リュミエールより少し背が高く、褐色の髪にグレーの瞳を持った若い女で、その物言いには、酒場で男を相手にして商売をしている女を思わせるものがあった。

「ティベリオ。悪いけどファビオラとリオネッロを呼んできて。」

ティベリオは部屋を出て行き、すぐにメイド長のファビオラと農園長のリオネッロを伴って戻って来た。

「これで関係者全員が揃いましたね。今日は、ラウル様がオリンピア様を見つけてくださったことについてお話を伺いたいと思います。また、オリンピア様が見出された時に開封するよう言われた書状がありますので、それをルッキオ司祭に読んでいただきます。」

「書状だって?聞いてないね。」

ラウルが不満そうに声をあげると、ルナが説明した。

「この書状は、私がご領主様から預かって保管していたものです。オリンピア様が見つかったときに開封するように言われておりましたので、先ほどルッキオ司祭にお渡ししました。私の家は許可のない者が侵入できないようになっているから、秘密を保持するために適していると思われたのでしょうね。」

「ふん!あんたが保管していたってことなら、本物かどうか怪しいものだな。」

「まぁ!どうしてそんなに敵対的なのかしら?」

「あんたはエルラド様をそそのかして連れ出した挙句、死なせてしまったからな。そんな者を信用できるはずがない。」

「エルラド様の死が私の責任であるかのように言ってますね。まぁ、それはいずれはっきりするでしょう。この書状について言えば、開封の痕跡があるかどうかを司祭様に確認していただいた後に、書面を改めて貰えばよいのじゃないからしら?」

「ラウル様。先ずはオリンピア様の捜索についてお話ください。書状のことはその後で。ラウル様はオリンピア様をどのようにして見つけだされたのですか?」

「いいだろう。説明しよう。僕は、エルラド様の遺言書の別紙にあったロマーノ王国の首都ル・エテルニアに絞って捜索することにしたんだ。それしか手掛かりがなかったし、活気のあるル・エテルニアからわざわざ他の町に移動する理由もないと思ったからね。飲食店を中心にあれこれ情報を収集してゆくうちに、テレーゼ・テルメからやってきて娘を産んだという女性の情報を掴むことができた。そして、その女が産んだ娘は何と、僕がよく行く酒場で働いていたことがわかったんだ。」

「まぁ!それは驚くほど運が良かったですね。」

ルナはこのリュミエールの言葉を聞いて、思わずニヤリとしてしまった。それはそうだろう。ル・エテルニアの人口がどのぐらいかは知らないが、10万人だとしたら飲食店はきっと500軒ぐらいのもの。それを当たっていって僅か1ヶ月足らずで、20年ほども前の情報に符合する本人を見つけ出した?有り得ないと断言はできないが、ちょっと出来すぎである。ラウルは話を続けた。

「ああ。我ながらとても運が良いと思ったよ。そのことを知ってから僕は、店に通ってお互いの生い立ちや、ここまでの仕事などを話題にするようにしたのさ。そういった話を通じて、僕はすっかり彼女の生きざまに共感するようになった。それは僕自身が今の商売で苦労していることにも通じるものだったんだ。そして、彼女も僕の生き方に共感してくれたんだと思う。そこまでの関係になってやっと彼女は、亡くなった母から聞いた話として、父親がさる領主貴族であったこと。お家騒動になる前に、母が身を引いてこの地に移り住んだということを教えてくれた。それがこのオリンピアという訳さ。」

ラウルの話にオリンピアは大きく頷くと、ラウルの話を引き取って話はじめた。

「ラウル様はおっしゃいました。その領主貴族というのが、このテレーゼ・テルメのご領主様であることを。そして、お亡くなりになるときに、私を次期当主として指名いただけたことを。私は、みなさんさえよろしければ、このラウル様と一緒に次期当主としてこのテレーゼ・テルメを治め、豊かな土地にしたいと思います。」

「え、ラウル様と一緒に?」

「ああ。僕はオリンピアの生き方にすっかり共感して、オリンピアと結婚の約束をしたんだ。エルラド様には申し訳ないけど、リュミエールとはまだ婚約もしていなかったろう?」

ラウルがオリンピアと結婚するという流れは、ルナにとっては完全に想定されていたことだったが、リュミエールは呆れてものも言えないという感じになったので、ルナが話を先に進めることにした。

「ラウル様がどうやってオリンピア様を見出したかは、だいたい理解いたしました。このお話をどう判断するかは、後でまた議論させていただくとして、先にエルラド様からの書状を見ることにいたしましょう。そこに何か重要なことが書かれているかもしれませんから。ルッキオ司祭。先ずはお渡しした書状に開封の跡があるかどうか、ご確認いただけませんか?」

ルッキオ司祭は、懐から書状の封書を取り出し全体をあちこち確かめ、確かに開封の痕跡は無いものと認めてくれた。更にその封書を関係者全員に回して確認してもらった後、この事実を記録した。その後ルッキオ司祭は、ハサミを使ってその封書を慎重に開封した。中からは一枚の書状が出てきたのだが、司祭はこれを一目見て絶句した。

「司祭様、いかがなさいました?それを皆さんの前でお読みいただけませんか?」

そう言われてルッキオ司祭は狼狽しながらも、書状の最初の一文を読み上げた。

「9月17日の遺言書の記載事項のうち、オリンピアに関する事項は全て無効とする。」

それを聞いた一同は大きな衝撃を受けてどよめいた。ラウルは声を荒げて言った。

「な、なんだって!いったいどういうことだ。この前遺言書には、はっきり書かれていたじゃないか。次期当主はオリンピアとすると!それが無効だというのか!」

「どうやらそのようですね。続く文章には、オリンピアに関する事項以外は全て有効である。即ち、ファルファレッテ家の次期当主はリュミエールであると明記されています。この書状に記載されているのはそれだけです。」

「くっ!偽造だ。偽造に違いない。そうだ!こういう重要な書類には立会人が居るはずだ。貸せっ!」

ラウルはルッキオ司祭が持っている書状をひったくり、自分で立会人の署名を確認した。

「大地聖教会王都本部大司教、ソフィア・ラ・フィルメーナ。それに…クレオパトラ・シュリーファ?いったい、どこの馬の骨だ?このクレオパトラという奴は!」

「失礼にも程がありますね。クレオパトラは私がお預かりしている大切な娘さんです。」

「二人とも、おまえの関係者じゃないか!」

「ソフィア大司教はお友達ではありますけど、関係者と言うにはちょっと難があるのではないかしら。それに、立会人が関係者であっていけない決まりはないはず。」

「し、しかし、僕は労力を使ってオリンピアを見つけてきたんだ。それを今更反故にする気か?」

「あら。ご領主様は捜索費用として500万ルードを出してくれたじゃない。それで足りないっていうわけ?それに、あたなが見つけてきたオリンピア様って本物なの?」

「ふん。オリンピアを疑うんだな?だが、証拠調べは僕の仕事ではないぞ。僕は、オリンピアの話を聞いて信じられると思ったから、ここに連れてきたんだ。」

「確かに証拠調べまでは貴方の仕事ではないかもしれないわね。それでも明らかな嘘は許されないのよ?ねぇ。面白いことを教えてあげましょうか? そのご領主様の書状を見て何か気づかない?最後の部分なんだけど。」

「最後の部分には、署名と日付が入っているだけじゃ…」

ラウルは書状を見ながら怪訝そうにそう言いかけたが、突然、謁見の間から脱兎のごとく逃げ出した。急な展開に他の関係者が呆然と立ち尽くす中、ルナはラウルを追いかけ、サロンの辺りで彼を捕まえた。

「さぁ、もう少し話を聞かせてちょうだい。本当の話をね。」

ラウルを引っ張って謁見室に戻ろうとしたとき、物音に気づいてラウルの配下がサロンから出て来た。

「お、おい。この女、何とかしてくれ!」

その言葉にラウルの配下は、ラウルを取り返そうと雄叫びを上げながら一斉に飛びかかってきた。ルナは、ちょっと寝てなさいと言って、ラウルに当て身を噛ませて眠らせると、向かってくるラウルの配下を片っ端から叩きのめし、30秒足らずで全員を無力化してしまった。

「実際に護衛のつもりでここまで付いてきたのかもしれないけど、ちょっと修練が足りないわね。」

と独り言を言っていると、我に返ったリュミエールや他の関係者が駆けつけてきた。」

これは一体どういうことなんだと、皆が口にする中、リュミエールがルナのことを気遣って問いかけてくれた。

「ルナさん、大丈夫ですか?お怪我は?こんなに大勢を相手にするなんて…」

「問題ないわ。私はこういう事態には慣れてるの。ラウルの配下は邪魔になるといけないから、動けないように縛っておいていただけないかしら?」

ティベリオがその手配をかけている間、一同は謁見の間に戻ってお茶を飲み一息つくことにしたのだった。

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