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エルラドの出立

声に驚いた一同の視線の先には、輝く白地に金と濃紺の刺繍の入った僧衣の女性が、お供のシスター二人を従えて近づいてくる姿があった。

「大司教様…」「ソフィア様…」「あら!」…

思いがけない人物の登場に、皆の口から思わず声が漏れた。

その人物、大地聖教会王都本部の大司教・ソフィア・ラ・フィルメーナは一同の中にサラの顔を認めると、目を大きく見開き輝くような笑みを浮かべて、手で聖印を組み腰をかがめて挨拶をした。そして改めてルッキオ司祭の方を向くと、キリリとした表情で言葉を発した。

「ルッキオ様。途中から奥で聞いておりました。貴方は興奮されて失礼なことを口にされておられましたけれど、まさか、サラ様に対してではないでしょうね?」

「は、はい。この女は当教会に存在しない役職の名前を騙った不届者のようでしたので、質していたところです。大司教様はこの女をご存知なのですか?」

「この女ですって?なんという失礼を!サラ様はこの大地聖教会でもただ一人の特別枢機卿なのですよ?教皇様でさえ一目おかれているのです。それを貴方は…」

「も、申し訳ありません。私は特別枢機卿という役職を知らなかったのです。ど、どうかお許しください。」

「なりません!サラ様は何らかの説明をされたはずです。聖職者として相手がどんな者だったとしても、先ずは相手の言うことを受け止め、敬意を持って接するべきです。貴方はそれを頭ごなしに否定されたのでしょう?そのような態度が許されるはずはありません。しかも、ご領主様の居らっしゃる前で。自分の判断が間違っていた場合、貴方の態度がどれほどの不利益を招くことになるか考えなかったのですか?」

「それでは…特別枢機卿という役職は本当にあったのですか…私は…」

ルッキオ司祭は、言いにくそうに、曖昧な言葉をモゴモゴとつぶやいている感じだ。もう切り替えて、しっかり謝罪して終わって欲しいと思いながらサラの方を見ると、何やらワクワクした感じで成り行きを見守っている。私はサラを肘で突いて、どうする気なのと囁いた。するとサラは、面白いからちょっと見ていましょうと囁き返してくる。時間が勿体無いから、さっさと終わらせてというと、はいはいわかりました、といった感じで口を挟んでくれた。

「ソフィア様、そのあたりで鉾をお収めください。私のことを司祭様が知らないのは無理のないと思います。それに、私は特に気分を害しているわけではありませんから。」

「サラ様。寛大なお言葉、感謝いたします。ルッキオ。今後は誰に対しても敬意を持って接してくださいね。サラ様やご迷惑をおかけした皆様にお詫びを。」

ルッキオ司祭は、大司教のことばを素直に受け入れ、深々と頭を下げてお詫びのことばを述べてくれた。

「ところで、最初のお話はどんなことだったのですか?」

ソフィア様の問いには、私がかいつまんで説明を行った。

「ご領主様は現在健康を損なっていて、いつ発作が起こってもおかしくない状況なの。治療のために、今すぐこの地を離れて私のお家で療養されることを提案したのだけれど、教会建替の仕事との関係で問題が発生するかもしれないと心配されたので、ルッキオ司祭のご意見を伺いに来たんです。」

するとエルラドが補足して言った。

「大司教様。教会の建替は、テレーゼ・テルメとして重要な事業と考えています。私としては、事業が軌道に乗るまではできる限りサポートしたい。特に今は設計段階ですので、設計内容に応じた資金確保という点で常に何らかの決定を求めれるでしょう。そのときに、私が側にいてすぐに判断できるようにしたいと考えておりました。」

「なるほど。ルッキオはどう考えるのですか?」

「そうですね。私としては、新しい教会はアスタルテ様に対する最高の敬意を表すものにしたいと思っていたので、ご領主様と相談しながらできる限り質の高いものを目指そうと考えてはいたのですが…しかし、ご領主様の健康のためとあらば今の設計で妥協すべきなのかもしれません。」

「ルッキオ司祭。私としては、アスタルテ様に対する最高の敬意を表すことこそが最も重要なことなのです。幸いにも、私の発作は薬を飲めば収まるので、今後もこのテレーゼ・テルメに居て建て替えの協力をさせていただきたい。」

これに対しリュミエールがは強く反対した。

「お父様!薬物中毒に陥っていることは気づいているのでしょう?これ以上、薬に依存するのは危険だとご存知のはずです。教会建替えの協力は私にお任せになって、どうか療養に努めてください。」

「うむ…しかしだな…」

私は再び、横に立っているサラを肘でつついて何とかしてよと囁いた。サラは真顔で微かに頷くと口を開いた。

「ご領主様。特別枢機卿としてご提案いたしますが、ここは一つ、アスタルテ様にお伺いを立ててみるのが良いのではないかと思います。」

「お伺いを立てる?そんなことができるのですか?」

「幸い、ここには大司教様がいらっしゃいますので、アスタルテ様のお声を聞くことができると思いますわ。なにしろ大司教になるための条件の一つは、アスタルテ様と言葉を交わしたことがあるかどうかですから、真摯に祈ればきっとうまくゆきます。」

するとソフィアが驚いたように言った。

「え!そ、そんなに都合よくお声が聞けるでしょうか。日々祈りを捧げていても、お声を聞くことができるのは年に1回ぐらいしかないんですよ。」

「いえ、絶対に大丈夫です。さぁ、祭壇に参りましょう。」

私はこれを聞いてちょっと呆れた。何しろ、保証しているその本人が声をかけるのだから、絶対大丈夫なのは間違いないのである。

「さぁ、参りましょう。」

「そんなに急に…禊もしておりませんし。あぁっ!」

サラは、躊躇するソフィア様の手を引っ張って祭壇の前に導いて言った。そして祭壇の前で彼女を優しく抱きしめ額にキスをすると、身体の向きをクルリと変えさせて跪くように促した。

礼拝堂は全体的にほの暗い感じなのだが、祭壇は一段奥まった所にあって更に光が届きにくく、静謐な雰囲気を醸し出していた。ソフィアは戸惑いながらもその静謐さに身を委ね、一心に祈りを捧げ始めた。ルッキオ司祭、エルラド、リュミエール、およびソフィアのお供のシスター二人は、この思いがけない成り行きを、固唾を飲んで見守っていた。祈りが始まって10分も経った頃、ルッキオ司祭が最初に、次いで残りの人々も、祭壇に祀られている女神アスタルテの像の顔にうっすらと光が差してきたのに気づき、一同が、アッっという小さな驚きの声を上げた。像の光は輝きを増し、それと共にある種の波動が空間に満ちてゆくのを誰もが感じた。暫くしてソフィアが深く頭を垂れ、声を発した。

「はい、わかりました。お言葉ありがとうございました。」

像の光は徐々に薄れ空間の波動も収まり、アスタルテの像はまたもとの薄闇の中の静かな佇まいに戻っていった。

ソフィアは立ち上がり、一同の方にクルリと向きを変えた。その瞳には、女神からら言葉を受け取ったことの感動の涙が溢れていた。

「皆さま。アスタルテ様のお言葉をいただきました。まさか、こんなに簡単にお言葉が得られるなんて…」

「アスタルテ様…」「奇跡、なのか…」「こ、こんなことが…」

私を除く全員が、神の顕現の印を目撃した驚きを隠せない状態であったが、やがてエルラドが尋ねた。

「そ、それで、アスタルテ様は、何と?」

「誰かの健康を害して得られたような物を自分は望まない。判断は次世代を担う若者に委ねるが良いとおっしゃいました。エルラド様。教会の建て替えの件は娘さんにお任せになった方が良いと思います。教会の設計のことについては、私も色々とアドバイスできると思いますので、ご協力いたしますよ。」

「おぉ!今こそ、アスタルテ様の御心がわかりました。なんともったいないお言葉。教会の建て替えの件は、全て娘のリュミエールに任せましょう。そして、ソフィア様。ご協力の申し出、ありがとうございます。何とぞ、リュミエールの力になってやってください。」

「ご領主さま。そうと決まれば早速準備を整えて、私のお家にお越しください。いつ発作が起きてもおかしくありませんから、とりあえずは身一つで、明日の早朝にでもご出立いただければと存じます。色々とお要り用な荷物もあるかと思いますが、そういった物は後日お届けされれば良いかと。」

エルラドはこの私の意見に同意し、すぐに領主館に戻るとティベリオとリュミエールに引き継ぎを行い、身の回りの世話をするメイド一人を選んで、翌日の早朝、私とサラと一緒にテレーゼ・テルメを後にしたのだった。


エルラドが出立した翌日、テレーゼ・テルメの領主館にエルラドを訪ねる者があった。ラウル・トリスターノである。

ルナはテレーゼ・テルメを出立する際、今後は可能な限りラウルと接点を持つことを避けるよう、リュミエールに伝えてあった。そして、ラウルがテレーゼ・テルメのを訪れてエルラドのことを聞いてきた場合は、エルラドがルナの家で療養していることをラウルに教えて、ラウルがテレーゼ・テルメに来る理由を消すよう助言した。

リュミエールは、このルナの助言に従い、ラウルの対応をエルラドに任せた。

「ラウル様、お越しいただきありがとうございます。お久しぶりですね。今日はどういうご用件で?」

「エルラド様にご挨拶をと思いまして。それに、そろそろ薬がなくなる頃でしょうから、その補充を。」

「そうですか。ご配慮ありがとうございます。ですが生憎、エルラド様はこのテレーゼ・テルメにはおいでになりません。」

「いつお戻りですか?」

「すみません。ちょっとわかりかねます。エルラド様はある種の薬物中毒にかかっている疑いがございまして、ルナ・ミラーダ・イスルギ様のお宅で経過観察を受けながら療養されることになったのです。」

「え!なんですって!エルラド様にお薬を差し上げていたのは私なのに、私に何の相談も無しにそのようなご判断をされるなんて。いったいどう言う経緯でそのようになったのですか!」

完全に怒りモードに入ったラウルは、療養の判断の非を激しく責め、療養を勧めたルナについても、必ずその裏の意図を暴いて糾弾してやるのだと息巻いた。

「それで、そのイスルギとやらの家はどこにあるのですか。」

「王都からエルミスの港に至る街道に途中です。現地で聞けばすぐにわかりますよ。なにしろその家は、許可の無い者が無理に敷地に侵入した途端、落雷に遭うということで有名ですから。」

「何を馬鹿な!そんなことがあるはずがありません。もし実際に落雷で命を落とした人がいたとしても、それはたまたまに決まっています。わかりました。私が行ってエルラド様を連れ戻し、薬を服用いただきながら、このテレーゼ・テルメで回復に努めていただくようにします。」

そう言うと、ラウルは領主亭を辞去したのだった。

ことの成り行きをティベリオから聞いたリュミエールはほっとした様子だったが、すぐに心配そうな顔になって、ルナの家は本当に侵入できないのだろうか?と疑問を口にした。

するとティベリオがその疑問に答えた。

「お嬢様。私が調べた限りでは、どうやら落雷に遭うというのは本当のようです。ルナ様のお宅の敷地に入る橋の袂には、許可の無い者がこの橋を渡った場合は落雷に遭うと明記されているようですし、毎年不心得者が落雷に遭って何人か命を失っているそうなのです。どういう仕組みでそうなるのかは不明ですが。」

「まぁ!怖い。でしたら、ラウル様も命を落とされるかもしれませんね。」

「いや、そんなことはないでしょう。警告を無視するにしても、必ず誰かを先にやって安全を確認するんだと思います。」

「あぁ、いかにも彼がやりそうなことだわ。配下の方が命を落とさないと良いのですけど…でも、これで暫くは、ラウル様がここに顔を見せる理由の一つは潰せましたね。この後、ルナ様はどうされるおつもりなのかしら。ラウル様の本性を明らかにし、社会的に抹殺するための考えがあると仰っておられましたけど…」

「まぁ、それについては成り行きを見守るしかないでしょうなぁ。」

こうしてテレーゼ・テルメでの騒動は、一旦落ち着きを見せたかに思われた。


だが、エルラドが出立した二週間後、一つの悲報がテレーゼ・テルメにもたらされた。

エルラドが亡くなったのだ。

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