エルラドの説得
エルラドの求めに応じて、私は、彼の症状が一種の薬物中毒と思われることを説明した。
「私が知る限り、この症状を引き起こすのは、熱帯の一部の地域で育つある植物の成分です。このあたりですね。」
私は、サラが描いてくれた地図の一部を指差した。
「この地域は、古くはムラユとかメラユとか呼ばれていたところで、現地の呪術師が地域のリーダーを支配するためにその薬を使ったのだとか。」
「ほう。それは、どういう使い方なんだね?」
「その植物から抽出した成分を混ぜた飲み物を、気分が爽快になると称して、支配したい相手に飲ませます。確かに、飲むと爽快な気分になるので習慣化してゆきます。ところが、それを繰り返し飲んでいると、身体に不調を感じることが時々起こるようになります。最初の頃は、飲み物を飲めば不調は解消されるので気にならないのですが、だんだん体調を崩す頻度が増えてきて、飲み物を飲む頻度も上がり、やがては完全に中毒状態に陥ります。更に、それに至る過程で抽出した成分の濃度が徐々に高められていったりすると、判断力も失われてゆくと言われています。こうして、薬のためなら何でも受け入れてしまう呪術師の人形が出来上がるというわけです。」
私の話を聞くとエルラドは、眉間に皺を寄せて腹立たしげに言った。
「そのような飲み物が実在する証拠をキミは何か持っているのかね?」
「残念ながら持っておりません。」
「イスルギ殿。キミの話は私の娘から聞いた話を焼き直したものに聞こえるな。あまりにも、私の今の状況に合致しすぎている。私を不安にさせておいて、何か自分に有利な取引をしようとしているのではないのか?」
「お父様!それはあまりに失礼な言い方ですわ。」
リュミエールが抗議の声を上げてくれたが、私は大丈夫とでも言うようにリュミエールに頷くと、エルラドに向かって穏やかに言葉を返した。
「お嬢様から、ご領主様の病状のことは経緯も含めて伺っております。そしてそれが今申し上げた事例ととても似通っていると思ったからこそ、お目にかかってお話したかったのです。私は純粋に治療についてご提案したかった。何の取引をもちかけるつもりもありませんわ。」
「いいだろう。キミが、今回の件を何かの取引に結びつけようという意図はないものとしよう。だが、もしそうだとすると、その治療の提案をすることによってキミたちはどんな利益得ることになるのだ?成功報酬に期待するのか?娘との個人的関係というには、まだ付き合いが浅すぎるように思うのだが。」
「成功報酬は、まぁ期待しなくもないですね。私たちはこのテレーゼテルメの地が気に入ったので、別荘を建てようと思っておりますから、土地の確保について便宜を図っていただければと思います。でも、治療の提案をする一番の理由は、私が、薬物による害悪とそういった薬物を悪用する者を心から憎んでいるからですわ。ご領主様への治療の提案は、裏で蠢いている悪意を叩き潰すための前提とお考えください。」
「そうなのか?少し眉唾な感じもするが…まぁ、治療だけということであれば考えてみても良いかもしれないな。だが、悪意をたたき潰す方については、キミの話だけで軽々に動くことはできん。」
「それでよろしいですよ。たたき潰す方については、何の助力も要りません。」
「わかった。では、キミたちの治療に関する提案を教えてくれないか?」
「はい。こういった薬物中毒の治療の基本は、その薬物を手の届かないところに遠ざけることです。手の届くところにあると、薬物が欲しくなった時にどうしても手にしてしまう。なので、ご領主様には私たちの家に最低1ヶ月間滞在していただき、静養に努めていただくことを提案します。」
「この領主館で療養することはできないのか?しっかり管理をすれば何とかなるだろう。キミに面倒をみてもらうことにはなるが、最大限の待遇で迎えることを約束する。」
「それは無理です。私の家には、私自身がキチンと面倒を見ると親御さんに約束した留学生が居りますから。それに、私の家にいらっしゃることで、ご領主様のためになることが三つございます。」
「ほう、それは何かな?」
「一つ目は、私の家には多種類の薬があることです。薬物を我慢する際には色々な反動が身体に出てくるものと思います。その反動の緩和のために、状況に応じて適切な薬を使用しなければなりません。そのような柔軟な対応をここで行うのは無理です。二つ目は、私の家には温泉があることです。温泉に毎日何回か浸かることで血行を良くし、薬物に慣らされた身体が元に戻るのを早めます。」
「温泉にそのような効能もあるとは知らなかったな。実際に療養の目的で使っているところがあるのかね?」
「私の故郷では、湯治は一般によく知られた概念です。国内に約三千ヶ所の温泉があって、そのうち数百ヶ所で湯治が行われているのではないでしょうか。」
「そのような習俗を持った土地があるとは知らなかった。一度行ってみたいものだな。それで、三つ目は?」
「それは、サラが色々な美味しいお料理を作ってくれることですわ。家を離れる一つの魅力は、そこでしか食べられないお領事を楽しむことでしょう?そう思ってください。」
「サラ様が自ら?教会の高位の称号をお持ちの方が?」
「お料理の知識や腕は称号とは関係ありません。サラは色々な地域のお料理を極めているのですよ。」
私はいたずらっぽい表情でサラの方を見て、説明を促した。
「私が各地の大司教様と交流する中で、彼女たちは、地元の美味しいお酒やお料理を教えてくださいます。私は特に気に入った料理は自分でも作れるようにしてましたので、いつのまにかお料理の知識と技術が蓄積されたのですわ。」
「それは魅力的な…ですが、私も今ここを離れるのは難いのです。サラ様はお聞きおよびかもしれませんが、ちょうどこの地の教会を建て替えようとしているところでして、私はその計画に深く関わっているので、何かと動くことがあるのですよ。」
するとリュミエールが強い口調で言った。
「お父様。その役割は私が代わりますから、今はとにかく療養に努めてください。」
「だがなぁ…司祭様も新しくいらっしゃったお若い方だから、軌道に乗るまではできる限りサポートしたいのだよ。資金や調達の面で色々とお困りになることがあるかもしれない。」
「それでは、その司祭様ともお話してみましょうか?私としては、症状が出ていなに今のうちに、早急に移動されることを強くお勧めします。」
そういった経緯で、私たちは翌日の午前中に司祭に会って話をすることになったのだった。
翌日、私たちは丘の中腹に建つ古い教会を訪れた。訪問のメンバーは、私とサラ、エルラド、リュミエール、ティベリオの5名である。私たちは礼拝堂に入り、ティベリオが司祭を執務室に呼びに行った。しばらくすると、ティベリオは司祭と一緒に戻ってきた。
その司祭は見たところ20代。背が高く、ブラウンの髪に青い瞳。この地域でよく見かけるタイプの若者である。
「皆さん、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。私は、この春から大地聖教会テレーゼ・テルメ支部の司祭に任官いたしました、ロベルト・ルッキオと申します。今朝はあいにく来客がございまして応接室が塞がっておりますので、お話はここで伺うことにさせていただきます。どうぞ、座席におかけください。ちょっと失礼。」
そう言うとその若い司祭は、礼拝堂の隅から簡易な椅子を持ってきて一向と相対する位置に置いた。
「私一人が立っているのも話がしにくいと思いますので、私もかけさせていただきましてお話を伺いたいと思います。」
一同を代表してエルラドが今日の訪問の目的を説明し、併せて私とサラの紹介を行った。ルッキオ司祭はやや硬い表情を浮かべながら言った。
「ご相談の趣旨はわかりました。今この地を離れて療養したとしたら、教会の改修に対して問題が発生すると考えられるか?ということですね。それにお答えする前に一つ確かめておきたいことがあるのです。」
「何ですかな?」
すると、ルッキオ司祭は私とサラを交互に見やりながら言った。
「私は、何らかの提案が為された場合、その提案がどういう意図で為されたか、どこまでの影響を考えたものなのかを十分吟味する必要があると考えられます。ですがその吟味に行き着く前に、提案者が信じるに足る者であることが大前提でしょう。今回のお話は、その大前提が成立しているかどうかに大きな疑問を感じます。」
「あら。それは私たちが信用のおけない者だとおっしゃっているのかしら?」
ルナはやや高圧的に問い返した。
「正にそのとおり。ルナさんでしたね?貴女はエルラド様のご病気の症状を、船で何ヶ月も旅して到達する地域で見かけたとのことでしたね。比較的お若いようにお見受けしますが、そのような若輩者が、ここより遥か遠く離れた地でエルラド様と同じような病状を偶然見たことがあるだなんて、そんなことが本当にあり得るのでしょうか?信じられませんよ。」
「それは、信じる信じないの議論になるだけでしょう?可能性を否定することはできない。それに、私の年齢のことをおっしゃるなら見た目よりはずっと経験があることだけは申し添えておきます。」
「ふん、確かに可能性を否定することはできません。ですが、ここにサラさんのことを考え合わせると、貴女たちの素性は一気に怪しくなります。」
「え、私のこと?」
サラは、きょとんとした表情で聞き返した。
「ええ、そうです。私はいやしくも、大地聖教会の本部で教育を受けた者。その教育の中では、当然ながら大地聖教会の組織についても教えられました。教皇様を頂点に7名の枢機卿がそれを支え、約200名の大司教様が各地の本部にいらして各支部を引っ張るというのが、教会組織の骨格です。このテレーゼ・テルメ支部も、サン・メルティーナ本部の大司教ソフィア様のご指導の下、活動を行っております。この組織構成の中に特別枢機卿という役職はありません。更に、私はこれまで各地の宗教行事に修行として参加してまいりましたが、その時にも特別枢機卿という役職の話が出たことはありませんでした。サラさんが怪しむべき素性の者であるとするなら、ルナさんもまた、同じ穴の貉なのではないでしょうか?」
「ちょっと、サラ。この人とんでもなく罰当たりなことを言っているわよ。いいの?」
私が面白そうにサラに問うと、サラは頭が痛いといいうふうに、こめかみに手を当てて嘆いた。
「あぁ、やっぱり。支部レベルの司祭様には、私のことはご理解いただけないのではないかと危惧したとおりでした。ルッキオ様。特別枢機卿というのは本当に特別で、教会の通常の業務はやらないのですよ。だから教会組織の説明には入ってこない。そもそも聖職者ですらないのですから、宗教行事には参加しないのが普通なのです。」
「そんなバカな話がありますか。聖職者ではないなんて教会の役職の意味がない。」
「そう言われましても…私は教皇様と相談してこの役職を名乗ることにしたのです。困ったわね。」
「役職を名乗ることにしたですって?役職は与えられるもので、勝手に名乗るようなものではありません。いったいどういうことなんですか。納得できる事情が説明されない限り、貴女の言うことはまったく信用できませんし、貴女方の提案にも聞く価値などありません!」
「困りましたわね。教皇様に問い合わせの手紙を出して確認していただくことはできますけど…いや、それだとあの御仁は面白がって、はっきりした返事をくれないかもしれないわ。ルナさん、どうしましょう?」
「どうしましょうって言われてもねぇ。ただ、もうあまり時間はないと思うから、教皇様に問い合わせの手紙を出すのは却下ね。すぐ決着をつけられる手段を取る必要があるわ。」
「教会幹部の役職を騙るとは、とんでもない不敬だ。私はこのことを教皇庁に報告して、裁きを求めることにします。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そうすると、サラ様は、大地聖教会に所属する方ではないのか?」
エルラドが驚いたように訊き返してきたので、私はできるだけ落ち着いた声で説明した。
「ご領主様。サラはれっきとした教会の関係者です。各本部の大司教様でサラのことを知らない方は、おそらく居りません。ただ、聖職者ではないので宗教的行事に出席することは稀なため、末端の司祭の方々には馴染みがないのです。」
「有り得ない!聖職者でない高位の教会関係者なんているはずがない。」
若い司祭はますますエキサイトしてきている。
「納得できる答はあるのですけどねぇ。私からそれを言うのはちょっと…」
サラは女神アスタルテ様の分身であり、現し身の活動を行う際に自由が効くようにとの配慮から、教会発足当時の教皇と相談して特別枢機卿を名乗ることに決めたものなのである。サラは神様本人であるので、神に仕える聖職者でもはなく、自分を称える宗教行事にも参加しないというわけだ。
私たちが、ルッキオ司祭を持て余していると、不意に張りのある女性の声が聖堂に響いた。
「いったい、何を騒いでいるのです。何かトラブルでも?」




