第四話 偽物の正体
「……もしかして、師匠?」
思わず口に出してしまったけど、僕の中には確信めいたものがあった。
アップルパイにかぼちゃアイス。食後には薬草茶。
こんな好みの人が、師匠以外に絶対いないとは言い切れないけど。
でも、かなり珍しいんじゃないかと思う。
そもそも、僕がこの組み合わせを好きになったのは、孤児院にいた頃なんだ。
僕が育った孤児院では、年に一度だけ、ものすごく豪華なごちそうが出る日があった。
それが秋の収穫祭だ。
収穫祭の日の夕ご飯は、必ずデザートがアップルパイなんだ。孤児院の先生や職員さん、それに子どもたちが総出で作ったやつだよ。
そのアップルパイには、かならずアイスクリームが乗っているんだ。
それも、かぼちゃのアイスクリーム。
近所の農家のおかみさんが、自分の畑で採れたかぼちゃを使って作って、毎年、持ってきてくれてたんだ。
今思うと、魔法使いでもない普通の農家のおかみさんが、どうしてアイスクリームをつくれたのか不思議だけどね。
でも、僕はあれが大好きだった。
年に一度しか食べられないから、なおさら美味しかったんだと思う。温かいアップルパイと冷たいかぼちゃアイスを一緒に食べると、そりゃもう最高!
師匠は僕の両親と若い頃から知り合いだったらしく、その縁で孤児院にいた僕を引き取ってくれた。
師匠に引き取られてからも、僕はよくアップルパイとかぼちゃアイスを作ってたんだ。
普段、食べ物にはあまり興味がない師匠だけど、僕が出すアップルパイとかぼちゃアイスだけは合格点だったらしく、お代わりまで要求してくるほどだったなあ。
ここまで聞くと、なんだか師匠が良い人みたいに聞こえるよね。
実際、悪い人じゃないんだ。悪い人じゃないんだけど、生活がものすごくだらしない。
食事の時間は忘れるし、頼まれた仕事も忘れるし、買ったもののお金を払うのもよく忘れる。放っておくと本当に何をしでかすか分からない。
だから、気がつけば僕が家事をして、手紙を整理して、お客さんの相手を引き受けるようになってたんだ。
錬金術だって教えてもらったことない。
家に本や道具がたくさんあったから、勝手にやっているうちに、結構いろんなものが作れるようになってしまったんだ。
そんな経緯があるものだから、僕にそっくりな偽物さんのことを考えた時、師匠のことが頭に浮かんだ。
僕にそっくりの見た目にする方法も、だいたい分かってる。
でもなぁ……師匠がこの街で勇者パーティの魔術師をやっていたなんて、そんなことあるわけないって気もするんだよね。
偽物さん師匠説を頭の中で検証しながら、アップルパイにかぼちゃアイスをからめて、ひと口、またひと口と食べ進んでいるうちに、気づけば最後のひと切れだけになっていた。
……パイとアイスとお茶の好みだけで、師匠と決めつけるのは時期尚早な気がする。やっぱり別人……かな。
そう思い直して、僕は最後のアップルパイにフォークを刺しかけた。
「そういや、お前さん、あの粉はどうした?」
ハンクさんが、ふと思い出したように言った。
「粉? なんです? 粉って」
「ほら、いつもそのかぼちゃアイスにかけてたやつだよ。赤茶色の、ちょっと甘い匂いのする粉だよ。あれがないと駄目だって、いつも言ってたじゃないか」
僕はフォークを止めた。
赤茶色で甘い匂いのする粉……もしかして、シナモン?
シナモンはこのあたりでは、まだほとんど売っていない珍しい香辛料のはずだ。師匠がどこかから手に入れてきたんだけど、独特の甘い香りがするんだよね。
師匠はそのシナモンをたいそう気に入っていて、アップルパイとかぼちゃアイスには、必ずと言っていいほどたっぷり振りかけていた。
でも僕は、どっちかというと何もかけない方が好きなんだよね。だからシナモンをかけるのは師匠だけだった。
「もしかして、シナモン……ですか?」
「そうそう、シナモンだ! あれをかけないと完璧じゃないって、いつも言ってただろ?」
はぁ……。僕が偽物さんを師匠だって決めつけるのは良くないって思った途端にこれだよ。
アップルパイにかぼちゃアイス、食後の薬草茶。
それにシナモンときた。
もう、ここまで同じとなると、偶然じゃ済まされないよ。
間違いない。
勇者パーティにいた魔術師は、師匠だ。
師匠は錬金術師だけど、魔法の方もピカイチだ。
この街の皆から凄腕の魔術師と思われているのもうなずける。
そして、師匠が皆には今の僕そっくりに見えていた理由も、ひとつ思い当たるものがあるんだ。
それは、僕がまだ幼かった頃に作った魔道具。
見た目は指輪なんだけど、身につけると、周りの人に見える姿を変えられるっていうアイテムがあるんだ。
これを師匠は僕に黙って使ったに違いないよ。
なぜ、こんなものを僕は作ったのか?
それは……色々と僕の事情があったんだよね。
師匠は昔から、僕にお使いを頼むことが多かった。
お使いといっても近所にパンを買いにいくようなやつじゃない。魔道具の代金を受け取るとか、不具合を直すとか、そういう面倒なやつだ。
こんなの普通は子どもの仕事じゃないよね。
だいたい、子どもが行っても相手をしてくれないどころか、逆に騙そうとしてくる始末だ。
だけど、この指輪をつけると、周囲の人には大人になった僕の姿が目に映るんだ。
声も子どもの僕の声じゃなくて、想像した大人の僕の声に聞こえるように調整した。
でも当時はまだ僕の腕が未熟で、なんとなく似た声にするのが精いっぱいだったんだ。
今の僕なら、声まで完全に同じに聞こえるようにできるんだけどね。
当時は僕なりに凄い道具を作れたと鼻高々だった。たしか師匠にも自慢した覚えがあるよ。
でもさ、今になってみると指輪で見せていた《大人になった僕》は、今の僕、つまり17歳の僕とまったく同じ姿なんだよね。
あの頃は、大人の姿を作ったつもりだったんだけど、幼かった僕には大人がどんな姿なのかよく分かってなくて、結局、17歳の僕を想像するのが精いっぱいだったんだろうね。
師匠があの指輪を使えば、確かに皆には僕の姿に見えるはずだ。
そういえば師匠はこの一年ほど、ほとんど家を留守にしていた。時々ふらっと帰ってきて、丸一日寝て、また出かけて行くような生活だった。
それが変わったのが、今から一か月くらい前の話。突然、帰ってきて、それからしばらく家でごろごろ、怠惰にしてたよ。
今思うと、留守にしていた一年ほど、師匠は勇者パーティで冒険していたのかもしれない。
それで一か月前から家でごろごろしてるのは、アビスゲートを閉じることに成功したから、家に帰ってきたんだろう。
そう考えると、色々とぴったり合う。
勇者パーティに入ったのも、どうせ師匠のことだから、アビスゲートの中がどうなっているのか知りたくて、自分から勇者パーティに売り込んだんじゃないかな。
僕がそんなことを考えていると、勇者のカイルさんが真面目な顔で話し始めた。
「なあ、リアム。クリフもセラもジルも、みんなお前のことを心配していたんだぞ?」
クリフ、セラ、ジル……。
僕は初めて聞く名前だけど、カイルさんの様子からして、勇者パーティの他のメンバーなんだろう。
「覚えてるだろ? 王宮の大広間で開かれた祝賀会のこと。楽団が音楽を奏でて、料理も酒も山ほど用意されて……最高の夜だったよな」
そう言って微笑むカイルさんは、なぜか寂しげだった。
「なのに、その夜、お前は突然いなくなっちまった。残っていたのは、書き置きだけだ。『楽しかった。ここでお別れだ』って……。俺たちがどれだけ心配したか分かってるのか?」
カイルさんの傷ついた表情を見て、僕は胸がキュッと痛くなった。
なにやってるんだ、師匠?
でも師匠なら、そんな身も蓋もない書き置きを残しても不思議じゃない。
自分はけっこう傷つくくせに、他の人が傷つくことには鈍感なんだよなあ。
「でも、こうしてこの街に戻ってきてくれたんだ。俺は嬉しいぞ! みんなに知らせたらきっと喜ぶ。クリフは王宮の騎士団に戻っちまったし、セラは王都の神殿、ジルは故郷に帰ってるけど、連絡すればすぐに来るさ!」
勇者パーティの皆さんに集まってもらうのは、遠慮したいかな。
今でさえ、誰も僕が別人だって説得できてないのに、あと三人も面倒見きれないよ。
そんなことを思っているときだった。
食堂の両開きのドアが、勢いよく開いたのだ。
――バーンッ!
「おい! リアム! ここにいるって聞いたぞ!」
お腹のそこから練りだしたような、低いガラガラ声が響いた。
ああ……また面倒そうなのが来た。
もう、師匠、勘弁して。




