第三話 アップルパイ
「え? 僕が? 報奨金?」
思わず聞き返してしまった。いやいや、お金が欲しいってわけじゃなくてさ、アビスゲートを閉じるなんて大仕事をしたら、どのくらいもらえるんだろうって好奇心が、つい……。
僕のもらした言葉に、ハンクさんは呆れ顔だ。
「おいおい、凄腕の魔術師様が何言ってんだ? 王都に行って、国王陛下から直々にいただいたんだろう? ははあ、おまえさん、さては全額使い切ったな?」
どうやら僕の偽物さんは、ずいぶん立派な魔術師だったらしいね。魔法が苦手な僕としては、褒められるたびにチクチク胸が痛む。劣等感ってやつ?
とりあえず薬草茶をもう一口飲んで落ち着いて、今まで聞いた話を頭の中で整理してみよう。
この街の人たちは、僕のことを勇者パーティにいた超優秀な魔術師だと思っているらしい。
目の前で大人しく薬草茶を飲んでいるカイルさんもそうだし、そんなカイルさんを優しい目で見ている、人のよさそうなハンクさんもそうだ。
食堂のおばちゃん、モリーさんも最初から妙に僕に親しげで、飴をくれたりしたけど、あれも僕の偽物さんと親しかったからかもしれない。
思い返せば、この食堂の料理長は、ポテトサラダをてんこもりにしてくれたよね。
それに、ギルドの受付のお姉さんも、時間ギリギリに来た僕にずいぶんと親切にしてくれた。
もしかして二人とも、失踪した僕の偽物さんが戻ってきたと勘違いしたのかもしれないな。
……なるほど。それなら、なんとなく辻褄が合う。
でも、困ったなぁ。
僕は勇者パーティどころか、冒険者になったことすらない。
それに魔法が苦手だし。錬金術のほうは、なるべく魔法を使わなくて済む道具を開発しているんだよね。
世の中には自分とそっくりな人間が三人いる、なんて話を聞いたことがある。
ひょっとして、そのうちの一人がこの街で魔術師として勇者パーティに入っていたんだろうか。
僕はただ、忙しい師匠に頼まれて、売掛金の回収やお得意様へのご機嫌伺いのために、この王国に来ただけなんだけどね。
正直、みんなが僕のことを勇者パーティの魔術師だと信じきっているので、違います、別人ですと説得できる自信がない。
はぁ……。まあ、明日になったらギルドの職員さんに相談してみよう。よし、そうしよう。そう決めて、残っていた薬草茶を飲み干した。
お腹もいっぱいになったことだし、そろそろ宿に戻ろうか……そんなことを考えていたら、少し離れた席に座っている女冒険者さんが、大きなケーキを食べているのが目に入った。
ほう。ケーキですか。
黄金色に焼かれた生地の中に、赤や黄色のカラフルな色が見える。干した果物かな。かなりずっしりと重量感あるけど、なかなかに美味しそう。
お腹はいっぱいだけど、甘いものは別腹っていうしね。別腹ならしょうがない。僕はさっそくモリーさんを呼んだ。
「あの……ケーキってあります?」
モリーさんは後ろを軽く振り返って、僕の視線の先に女冒険者さんのケーキがあるのを確認した。
「ああ、あれかい。うちの料理長自慢のフルーツケーキだ。干した果物がぎっしり入ってるんだ。このへんで採れた果物しか使ってないよ」
フルーツケーキかぁ。あの大きさなら、まだなんとかお腹に詰め込めるだろうか? 僕が迷っていると、モリーさんが商人の顔になった。
「甘いもんが食べたいなら……アップルパイなんてどうだい?」
「アップルパイ!?」
僕の反応の良さに、モリーさんが仕留めにかかる。
「焼きたてのアップルパイの上に冷たいアイスクリームをたっぷり乗せるってのが、うちの料理長のこだわりなんだ。これはちょっと他じゃ食べられないよ」
しかもアイス付き! しかも、たっぷり!
アップルパイは僕の大好物なんだ。だから、自分でもよく作って食べるんだ。
普段は食べ物にあまり興味がない師匠も、僕が作るアップルパイだけは、お代わりを要求してくるぐらいだよ。
「それ、ぜひお願いします!」
「アハハ! あんたのアップルパイ好きは変わらないねぇ」
え? 僕がアップルパイが好きなの、なぜモリーさんが知ってるんだろう?
いやいや、違う。モリーさんは僕の偽物さんの話をしてるんだ。
偽物さんのことを詳しく聞いてみようと思ったんだけど、モリーさんは快活に笑いながら足早に厨房の方へ戻っていってしまった。
「おっ、アップルパイか。相変わらず好きなんだな、お前さん」
今度はハンクさんが笑いながら話しかけてきた。少し、偽物さんのことを聞いてみよう。
「ええ、アップルパイは大好きですけど、なぜハンクさんがそれを……?」
「なぜ?って……お前さんは、ここで食事するたびにアップルパイを食ってるじゃないか。そりゃ、好きなんだろうと思うだろうよ」
ここに来るたびに? 毎回?
確かに、それはかなりのアップルパイ好きだ。僕と魔術師さんは、どうやら食べ物の好みまで似ているらしいね。
しばらくすると、モリーさんが大きなお皿を持ってきてくれた。
「あい、お待たせ! うちの自慢のアップルパイだよ!」
おおっ! これはすごい!
大きめに切られたアップルパイの上に、ボテッとしたアイスクリームが山盛りになっている。パイはまだ温かくて、アイスの端が少しずつ溶け始めている。これは早く食べた方がよさそうだ。
でも、その前にちょっとだけ、手を加えさせてもらおうかな。
僕は人差し指を一本立てて、アイスクリームの上に小さな円をくるりと描いた。
すると、濃厚なクリーム色だったアイスクリームが、ゆっくりと色を変え始め、やがて濃いオレンジ色になった。
僕がやったのは、アイスクリームの味変。
濃厚なバニラアイスも美味しいけど、僕の好みは、かぼちゃアイスなんだよね。
あんまり魔法が得意じゃない僕だけど、この魔法だけは絶対に失敗しない。小さい頃から何度も使ってるからね。
僕はさっそくスプーンでアイスをひとすくいして、口に運んだ。
うん、美味しい。こってりして優しい、かぼちゃの味がする。
「ガハハ! またアイスの味を変えたのか。かぼちゃ味だろ? 魔術師ってのは器用なもんだねぇ」
ハンクさんが感心したように言ってくる。
ん? またアイスの味を変えた? かぼちゃ味?
確かにそのとおりだけど、なんでハンクさんに僕のやったことが分かってるんだろう?
僕が首を傾げていると、今度は、それまで黙っていた勇者のカイルさんまで口を挟んできた。
「リアムは、アップルパイには、かぼちゃアイスが一番合うってよく言ってたよな」
ん?
僕は口をもぐもぐ動かしたまま、カイルさんの顔を見た。
なんだろう? なにか嫌な予感が頭をよぎったんだけど……。
見た目が僕とそっくりな凄腕の魔術師さん。
アップルパイが大好きで、上に乗せるアイスはいつも、かぼちゃ味に魔法で変えている。
でも、違うところもある。
食後はいつも薬草茶を飲むってところ。僕は薬草茶は嫌いじゃないけど、食後に毎回飲むってことはない。
でも……なんか引っかかる。
アップルパイが好き……かぼちゃアイス……食後に薬草茶……。
こんな嗜好を持つ人なんて、そうそういないと思う。少なくとも僕は……たった一人だけ知っている。
そう、たった一人。
それを思いついたとたん、ある人物の顔が頭に浮かんでしまった。
僕は口に残っていたかぼちゃアイスを、ごくんと飲み込んだ。
「……もしかして、師匠?」




