第二話 勇者の演説
僕が人違いだと訴えているのに、カイルさんは聞いてやしない。
大袈裟な仕草で涙を拭い、少しよろめきながら立ち上がった。まったく、イケメンが芝居がかった仕草すると絵になるんだよなぁ。
「みんな、聞いてくれ!」
涙の跡が光るカイルさんは、妙にキリッとした顔で、食堂にいる客に向かって話し始めた。
話すというか、これもう演説だよね。みんなも興味津々の顔をして注目している。
さっきまで荒れ狂っていたカイルさんの魔力も、今はだいぶ落ち着いている。これなら、もう結界を止めても大丈夫だろう。僕も真面目な顔でカイルさんの話に耳を傾けながら、結界キューブを停止させて手早くカバンにしまいこんだ。
「みんなも知っての通り、俺たち勇者パーティは国王陛下より賜りし難題を解決した!」
カイルさんがそう言うと「わあっ!」と、冒険者の皆さんが歓声を上げる。
ガッツポーズを決めたり、拍手したり、エールで乾杯をしたりしてる人もいるね。
「俺たちは異界への門、アビスゲートを封じることに成功した!」
アビスゲートという名前が出た途端、食堂内の空気が弾けて、さらにドッ!と盛り上がった。
皆が口々に「勇者パーティ、凄え!」だとか、「アビスゲートが閉じたならもう安心だ」とか言っている。
アビスゲートか。さっきも話に出たけど、本当にあの門を閉じたってこと?
僕は仕事でこの王国に来たばかりなんで、その辺の情報には疎いんだよね。
「皆が苦しんだのも俺は知っている。一年前に突然現れたアビスゲートからは、魔物があふれ出て、この街もひどい被害を受けた」
カイルさんはそこでくるりと僕の方を振り返った。やっぱイケメンだわ、この人。
「お前はよく知っているはずだ! なんせひと月前まで俺たちと一緒にいたんだからな! なあ、リアムよ!」
冒険者の皆も、口々に僕を褒め称えてくれる。
「リアム、あんた凄えぜ!」
「世界一の魔術師だ!」
んー。
やっぱりカイルさんだけじゃなくて、みんなが僕を魔術師のリアムだと勘違いしているわけか。
皆が勘違いするってことは、それほど魔術師のリアムと僕は見た目が似てるってことなんだろうな。
でも、そんなことってある?
とにかく、僕はこの街に来たのは初めてなんだ。それに魔法は苦手だし。
魔術師リアムは僕じゃない。
僕がそんなことを考えている間に、演説は終わったみたい。
カイルさんはちょっと酔っ払った足取りで、その辺りをうろつき、他の冒険者さんたちと話して……いや、話してないな。
僕のことを指差したり、大袈裟に泣き真似をしたりしてるから、きっと僕の悪口というか僕の別人さんのことを周囲に訴えてるんだろう。
ああ、やっかいだな。
見知らぬ誰かと間違われた上に、その人が引き起こした問題を僕のせいにされるなんて。
うーん……。まっ、なんとかなるか。なんとかならなかったときは、そのときまた考えよう。
僕はちょっと迷った末に、とりあえず食事の続きをすることにした。
もうすっかり冷めてしまったポークチョップ。ちょっと悲しい気分で食べ始めた。
いやでも……うん、旨い。
久しぶりに屋内で、椅子に座っての食事だ。落ち着いて食べる食事って、いいもんだなぁ。
「リアム! お前、なに飯なんか喰ってるんだ!? これだけ心配していた俺に謝罪の言葉のひとつもないのかよ!」
なんかカイルさんが今度は怒り始めたよ。でも、もうどうにも僕の食欲は止まらなかった。
なにか僕に向けて叫んでるカイルさんは放っておいて、椅子から立ち上がって、手を挙げて食堂のおばちゃんを呼ぶ。
おばちゃんは、なぜか楽しそうにケラケラ笑いながらやってきた。
「アハハ! ほんとあんたは笑わせてくれるね。カイルの坊やの顔が面白いことになってるよ。あれでも勇者様なんだけどねぇ。で、なんだい? 注文かい?」
ほほう、やっぱりカイルさんは勇者だったのか。まぁ、あの魔力量を見れば、ただ者じゃないのは分かるよね。
僕はおばちゃんに今出せるスープの種類を聞いてみた。ポークチョップを食べるうちに、なんだかスープが飲みたくなってきたのだ。それも具沢山のやつ。
「ベーコンと貝が入った野菜スープが、今日は旨いぞ!」
声がした方を向いてみると、勇者カイルをなだめているベテラン冒険者らしいおじさんが、にっこり笑いながら親指を立てていた。
この店で食べている人がおすすめしてくれるんなら、きっとおいしいんだろう。
そう思って、僕はそのスープを頼むことにした。
ポークチョップにもぴったり合いそうだ。
それに追加のパンも頼んだ。とにかくお腹が空いて仕方ない。
とりあえず注文もできて落ち着いた僕は、食事をしながらカイルさんの問題をどうしたらいいか考えることにした。
僕とは初対面だけど、勇者としてみんなから尊敬されているカイルさんだ。
彼の誤解を解かないと、他の人を説得できないだろう。
どうしたもんだろうと思っていると、先ほどのスープのおすすめを教えてくれたベテラン冒険者さんが目で合図してきた。
「カイル、お前の言いたいことは、よく分かった。だが俺に訴えても問題は解決しないぞ? リアムとちゃんと話し合え。そうだな、まずは座れ。ほら」
ベテランさんは勇者カイルを連れてきて、僕の真向かいの椅子に座らせた。
さらに、どこからか水の入ったグラスまで持ってきて、カイルさんに飲むように勧めている。
水を一気飲みしたカイルさんは、なぜかさっきまでの元気がなくなり、力なく背中を丸めてうつむいている。
もしかして、酔いが覚めてきた?
「……ハンク、悪ぃ。心配かけたな」
カイルさんがベテランさんに、小さな声で礼を言っている。
ベテランさんは、ハンクさんというらしいね。
「おう、気にすんな。リアム、俺もここに座っていいか? なに邪魔はしねぇよ」
コクコクとうなずいていたら、ちょうどいいタイミングで食堂のおばちゃんがスープと一緒にパンを山盛りにしたカゴを持って現れた。
僕がハンクさんになにか注文するかと聞くと、僕と同じ定食を食べるというので、おばちゃんにエールと一緒に頼む。
いろいろ助けてくれたので、僕のおごりですとハンクさんには伝えておく。ハンクさん、ちょっと嬉しそうだ。
カイルさんには、酔い醒ましに効くという薬草茶を頼んでおいた。ちゃんとおばちゃんにも、こっちは僕の奢りじゃなくて、本人支払いだと伝えておいたよ。おばちゃん、爆笑してた。
カイルさんにはおごらないのかって? 酔っ払って泣きながら絡んでくる勇者に奢る必要ある? こっちが奢って欲しいくらいだよ。迷惑料!
さて、急に大人しくなって、萎びた花みたいになってるカイルさんに、パンを一切れ、たっぷりポテトサラダを乗せて渡しておこうか。
しばらく、それでも食べていて欲しい。僕を邪魔しないで。
よしよし、湯気の立つ熱々のスープを、お腹に詰め込む作業に入ろう。
「いやー、ほんと驚いたよ。まさか、おまえさんが、またここに帰ってくるとはな……」
ハンクさんが僕に話しかけてくる。
この人も僕のことを魔術師のリアムと勘違いしているんだよなぁ。
魔術師リアムと僕は、どんだけ似てるんだ?
いろいろ言いたいことはあるけど、まだまだ空腹だったので、とりあえず食事優先だ。
「あんたが突然、行方をくらませて驚いたが……なんか事情があったんだろう。そのへんを詮索するつもりはないよ。それにしても、アビスゲートが消滅して、もう一か月になるのか……」
そこからハンクさんは、ぽつぽつとアビスゲートに苦しんでいた昔を語り始めた。
「最初はこの街の近くに現れたアビスゲートだけだったんだがなぁ。そのうち王国のあちこちに不気味な穴ができ始めて、心底、ビビったもんだ。『ホール』って呼ばれてたヤツな。あれは本当にヤバいんだよ。瘴気だけじゃなく魔物まで湧きやがる」
へぇ、いろんなところに『ホール』なんて名前の穴が開いていたなんて、全然知らなかった。僕の住んでる国は、ここからちょっと距離があるんだよね。
「アビスゲートを閉じたら、ホールも消えたんだ。おかげで皆、安心して暮らせるようになった。リアム、魔術師として勇者パーティに参加してくれたあんたには、本当に感謝してる。ありがとな」
「ごほっ、ごほごほっ、いえ、その僕は実は……」
ハンクさんが、真面目な顔でお礼を言ってくるもんだから、思わずむせてしまった。自分の功績じゃないのに感謝されるとか、むずがゆい。なんとか説明しなきゃ!
「悪い悪い! 俺みたいなオッサンからお礼言われたら、そりゃビックリもするわな。真面目な話は、もうやめだ! それより、王都の話を聞かせてくれよ。ここのギルドマスターが言うには、昼間は王都の目抜き通りを凱旋パレードして、夜は王宮で国王陛下が主催する祝勝会に出たんだろ?」
うわっ、不味いよ。王都の話を頼まれても、そんな話できないって。
だって、僕、行ってないもん。凱旋パレードも、祝勝会も、出たのは偽物リアム(魔術師)だ。
困っていたら、タイミングよく救いの手が差し伸べられた。食堂のおばちゃんが、頼んだものを持ってきてくれたのだ。
「おやおや、楽しそうだね。あい、ハンク、お待たせ。あんたの夜定食とエールだよ。これは、カイルの薬草茶で、こっちは偉大な魔術師様にだ。店の奢りだよ。食後はいつも、これだっただろ? 料理長がよろしくってね」
おばちゃんは僕の前に、カイルさんと同じく薬草茶を出してくれた。
僕はおばちゃんから偉大な魔術師様と呼ばれ、どう反応していいか分からず挙動不審になる。薬草茶も、ご馳走になっていいものなのかな。
ハンクさんはエールのジョッキを受け取って、にっと笑っている。
「モリー、悪いな。ちょうど喉が渇いてたんだ。ありがてぇ」
ああ、この食堂のおばちゃんは、モリーさんっていうのか。
勇者カイルさんにベテラン冒険者のハンクさん、それから冒険者ギルドの食堂のモリーさんね。
「それにしても、だらしがない勇者がいたもんだねぇ。しっかりしな!」
最後にモリーさんは、バンバンとカイルさんの背中を叩いて消えていった。
カイルさんは酔いで顔が真っ赤になっているけど、だいぶん正気を取り戻してきている。
だって今は、大人しく薬草茶を飲んでいるもの。
おかげで僕も落ち着いて食事を終えられた。
もう、お腹いっぱいだよ。
ポークチョップもスープも美味しかったし、追加のパンも全部食べてしまった。
満足げな僕と、大人しく薬草茶を飲むカイルさんを交互に見ながら、ハンクさんがしみじみと言った。
「しかし、ほんとに驚いたよ。あれだけ仲がよかったお前たちが、こんなことになるとはなぁ……」
「お前さんは魔術師として、勇者パーティでずいぶん活躍したんだろう? こいつもそりゃあ、お前さんのことを頼りにしてたからな。それに国王陛下から報奨金までもらったっていうじゃないか。大したもんだよ」
「え? 僕が? 報奨金?」
い、いったいいくらくらい、もらったんだろ?
僕の偽物さんは。




