第一話 ギルドの食堂
その日の夜遅く、初めて訪れる街にやっとこさ着いた僕は、疲れた体を引きずりながら、なんとか宿を確保した。
ここは僕の住んでる王国じゃないからね、色々と勝手が違って大変なんだ。
それから急ぎの手紙の配達を頼むため、冒険者ギルドへ走ったよ。受付が閉まる寸前にどうにか滑り込めて、無事に依頼を済ませることができた。
窓口のギルド職員は優しいお姉さんで、文句も言わず、にこやかに対応してくれて助かった。
そんなお姉さんの優しさに思わず癒やされたのが原因だろう。僕は、普段は利用しないギルド併設の食堂で、夕食を取る気になってしまったんだ。
併設といっても、受付の脇にテーブルが並んでいるような場所じゃない。
ギルドの建物の中に食堂専用の扉があって、その奥は普通の食堂と変わらない造りになっている。
食堂には人がわりといたけど、時間が遅かったこともあって酒を飲んでいる客が多かった。
活気のある店内で一番目立たない席を選び、夜の定食と炭酸水を頼む。
ようやく食事にありつける。
そう思ったとき、僕の不幸は始まった。
「おいぃ! お前……!? 本当に帰ってきたのかぁ!?」
食堂の入り口付近で誰かが怒鳴っている。
嫌だねー、酔っ払いは。
ちょうど料理を運んできてくれた食堂のおばちゃんも、まったく気にしない。
深夜の冒険者ギルドに酔っ払いがいるのは、当たり前のことなのだ。
「あいよ。夜定食のポークチョップだ」
机の上にトンと置かれたのは、分厚い豚の骨付き肉のソテー。
玉ねぎやキノコの入ったトマトソースがかかっていて、すごく美味しそうだ。
ポークチョップの脇には、ポテトサラダがてんこもり。これも嬉しい。
さっそく食べようとしたら、おばちゃんが僕の方に体を傾け、ひそひそ話のお決まりのポーズで話しかけてくる。
「ポテトサラダは、ウチの料理長からのサービスさね」
ん? ポテトサラダがサービス?
今日の残り物でもつけてくれたんだろうか。なんにしてもポテトサラダは僕の大好物だ。
予想外の好意が嬉しくなった僕は、軽く頭を下げてお礼を言う。
「あと、これはアタシからのサービスだよっ!」
おばちゃんは僕の手のひらに飴玉をひとつ置くと、バチコン! と僕の肩を力強く叩いた。
それから、ちらりと入り口あたりで相変わらず怒鳴っている男を見る。
僕もつい、釣られて男を見てしまう。金髪で遠目にもイケメンだと分かる容姿だ。ちぇっ……。
「まったく、あの子ったら。いくら嬉しいからって、あんなに騒がなくてもいいだろうに」
おばちゃんは呆れたように言いながらも、どこか嬉しそうだった。
それから僕に向き直り、にっこりと笑う。
「あんたもいろいろあったんだろうけどさ。みんな喜んでるよ」
「……え?」
「まあ、頑張りな!」
そう言うと、ガハハ! と豪快に笑いながら立ち去っていった。
なんだかよく分からないけど、励まされてしまった……。
気になるけど、今はそれよりポテトサラダだ。
ちょうどフォークにポテトサラダをたっぷりと乗せて、一口でいこうとしたときだ。
荒々しい足音を立てながら、ひとりの冒険者と思しき若い男が僕の前に立った。
どうやら店の入り口で騒いでいた男のようだ。見た感じ、僕より、ちょっと年上だろうか。
今は怒っているせいで顔が怖くなっているけど、普通にしてたらかなりのイケメンだ。女の子にモテるんだろうなぁ。
「おい、リアム! なんで返事しないんだ! 無視すんなよ!」
あまりに突然の出来事だったので、僕はフォークを持ったまま口をぽかんと開けてイケメン君をみつめてしまった。
「おい、どうしたんだよ! 俺のこと、忘れたわけじゃあないよな!?」
イケメン君は僕の両肩をがしっとつかむと、ぐらぐらと揺さぶってくる。
「カイルだよ! カイル!」
カイル? いや、初耳なんですけど。誰ですか、あなた。
それに、なんで僕の名前がリアムだって知ってるんですか?
「カイル……さん? 確かに僕はリアムですが、ちょっと揺さぶるのやめてもらえませんか。僕の、僕のポテトサラダが……あー、落ちちゃった」
カイルさんが僕を揺らすもんだから、フォークにたっぷり乗せてあって、あとは口に入れるだけだったポテトサラダは、ボテッと床に落ちてしまった。
あー、もったいない。
なんてこと、してくれてんの?
その見知らぬイケメン、自称カイルさんは、かなり酔っ払っているようだった。そのせいか魔力が、だだもれしている。
その魔力はかなり強いもので、量も半端ない。この人は剣士の格好をしているけど、魔法も相当使えるはずだ。
「なんでだよ、なんで何も言わず消えちまったんだ!? 俺がどれほど心配したことか……」
カイルさんは、僕を揺さぶるのをやめると床に座り込んで、両手で顔を覆って泣き始めてしまった。
泣き上戸か……これはまた、面倒なイケメンに絡まれてしまったもんだね。
僕は床に落ちたポテトサラダと泣きじゃくるイケメンを、悲しい気持ちで見下ろしていた。
たぶんエールを飲みすぎて悪酔いしたのだろう。このあたりのエールは喉越しがいいことで有名で、ついつい飲みすぎちゃうんだ。
とりあえず泣いているカイルさんは放っておいて、床に落ちたポテトサラダをなんとかしよう。
このまま床に落としておくなんて、ポテトサラダ好きの僕に、そんなことはできない。
指ですくって皿の端の方になすりつけておこうか。
カイルさんが騒ぐせいで、今や僕は店中から注目を浴びちゃってる。みんなの視線を痛いほど感じてるんだ。
それがなかったらなぁ……床に落ちた、このポテトサラダもこっそり食べちゃうところだけど、残念。
「ううっ……俺たちは助け合って……アビスゲートを閉じたと言うのに……リアム、お前ときたら……」
涙声のまま本格的に愚痴り始めたカイルさんは、なにやら物騒なことを口走っている。
アビスゲート?
ああ、確か、この王国に突然現れた見上げるほど大きな両開きの扉のことだね。
古い書物に書かれている不吉な門、アビスゲートと見た目が似ているらしくって、同じ門が再出現したのでは、と噂されてる。
アビスゲートの扉は発見された時から開いていて、そこから魔物や瘴気が溢れ出していたって噂なんだ。
確か、この街の近くに、そのアビスゲートがあったはずだよ。
僕の意識がアビスゲートに移ってしまったのが、いけなかったらしい。カイルさんの声が大きくなってきた。
「リアム……お前が魔術師として一緒に戦ってくれて……俺たちは……何度も助けられたんだ……感謝してるんだぁ!」
んん? なんかまた衝撃的な情報が混ざってたな。
勇者パーティ……。
もしかして、このカイルさんが勇者なのかな。確かに腕は立ちそうだけれども……。
そして、僕そっくりの見た目で、名前も同じリアムだという男は、勇者パーティの魔術師なんだな。
色々分かってきたけど、この自称勇者のイケメンを静かにさせよう。
「カイルさん、声が大きいですよ、他のお客さんもいるんだから、落ち着いて」
「ん? リアム、なんだって?」
いやいや、待って。カイルさんの体から魔力が出てるよね!?
やっぱり、やっかいな人だよ!
なんでこんな人に、出くわしちゃったのかな。
カイルさんは愚痴をこぼしながら、感情に任せてさらに大量の魔力を垂れ流し、その魔力は渦を巻くように食堂に広がっていく。
こ、これ、ヤバいぞ。
でも、これだけの魔力を放出できるなんて、カイルさんはかなりの実力者だ。
そんなことを考えている間にも、カイルさんの魔力に耐えきれなかった人たちが、机の上のスープに突っ伏したり、床にバタバタと倒れていったりしている。
「はぁ……僕の運の悪さは筋金入りだな……知ってたけど」
しょうがなく商売用のサンプル品の『結界キューブ』を、カバンから取り出し作動させる。
手のひらに乗るくらいの、金属製の小さな銀色のキューブ。大きなサイコロってところかな。
作動といっても、軽く魔法を通すだけでいいんだ。僕みたいな魔法があまり得意じゃない人でも使えるように設計した自信作なんだよね。
このキューブで張れる結界は、僕とイケメン君を包むくらいの大きさしかないけど、彼が放つ魔力を閉じ込めるには十分だと思う。
キューブを作動させた途端、スープ皿に顔を突っ込んでいた人は体を起こし、倒れていた人も、ゆっくりとだけど起き始めている。
どうやら効いてるみたい。なんとかなった。でも、カイルさんの愚痴は止まらない。
「ひと月前、何も言わずにいなくなって……書き置きの手紙には『楽しかった。ここでお別れだ』……それだけ……リアム、俺がどれだけ心配したか分かってるのか!?」
いやー、そう言われてもねぇ。
「俺たちは……俺たちは、一緒に命懸けで戦ってきた仲間じゃないか! なんで消えたんだよ!?」
しょうがない。ここで、はっきりさせておこう。
「あの……僕の名前は確かにリアムですけど、カイルさんのお知り合いの魔術師じゃありません。それ、別人ですから……あ、この人、全然聞いてない……」




