第9話 王子と王女と、信者
「……来客でございます」
レオニードが静かに告げた。
アリアベルは、手元の焼き菓子から顔を上げる。
「そうですの?」
「はい」
一拍。
「公王家のご子息、ご息女にございます」
◇
アルヴェイン家、応接室。
静かな空間。
だが、空気はわずかに張り詰めていた。
入室してくる三人。
整った所作。
無駄のない動き。
血筋が分かる。
「お時間を頂き、感謝いたします」
最初に口を開いたのは、長身の青年。
ヴィルヘルム・エーヴェルハルト。
次期公王。
その視線は、まっすぐアリアベルに向けられている。
「構いませんわ」
アリアベルは穏やかに答える。
いつも通り。
◇
「……お久しぶりですわ!」
次に、明るい声。
リリアーナが一歩前に出る。
瞳が輝いている。
「お元気そうで何よりです」
軽やかな礼。
だが、距離は近い。
「ええ」
アリアベルは小さく微笑む。
「あなたも変わりませんわね」
◇
「……お会いできて光栄です」
最後に、深く頭を下げる少年。
アルフォンス。
その姿勢は、他の二人とは明確に異なる。
完全な敬意。
ほぼ信仰。
「顔を上げてくださいな」
アリアベルが言う。
「はい……」
だが、完全には上げない。
視線は落ちたまま。
◇
「本日は」
ヴィルヘルムが口を開く。
「確認のために参りました」
「確認?」
「はい」
一拍。
「アリアベル様が、変わらず“同一の存在”であるかを」
直球だった。
遠慮はない。
◇
「……難しいですわね」
アリアベルは少し考える。
「特に変わったつもりはありませんわ」
「……そうですか」
ヴィルヘルムは静かに頷く。
その答えで十分だった。
◇
「……それより!」
リリアーナが身を乗り出す。
「何か召し上がりました?」
「ええ」
アリアベルは素直に答える。
「先ほど、焼き菓子を」
「いかがでした?」
「美味しかったですわ」
その一言で。
空気が変わる。
◇
「……どこの店ですか」
ヴィルヘルムが即座に問う。
「後ほど、確認いたします」
完全に政策判断だった。
◇
「やっぱり……!」
リリアーナが嬉しそうに言う。
「アリアベル様が美味しいって言ったお店、全部人気になりますもの!」
理解している。
理屈ではなく、体感で。
◇
「……記録済みでございます」
レオニードが静かに補足する。
「すでに市場への影響が出ております」
「当然だ」
ヴィルヘルムが即答する。
迷いはない。
◇
「……あの」
アルフォンスが小さく声を出す。
「よろしいでしょうか」
「何かしら」
「……本日は」
一拍。
「祈りを、捧げてもよろしいでしょうか」
◇
「……?」
アリアベルは首を傾げる。
だが。
「構いませんわ」
あっさりと答える。
◇
アルフォンスが跪く。
深く。
静かに。
完全な信仰として。
◇
「……兄上」
リリアーナが小さく笑う。
「やっぱりやりますね」
「……許容範囲だ」
ヴィルヘルムは淡々と答える。
否定はしない。
だが、理解の仕方が違う。
◇
「……賑やかですわね」
アリアベルは小さく笑う。
三者三様。
同じ血筋。
だが、違う在り方。
◇
その日。
国家の未来と。
信仰と。
感情が。
一つの場所に集まった。
だが。
その中心にいる少女は。
何も変わらない。
ただ、そこにいるだけ。
それでも。
世界は動き続ける。




