第10話 世界一美味しい魚を求めて
「……では」
アリアベルは立ち上がる。
「そろそろ、行きますわ」
アルヴェイン家の応接室。
短い滞在。
だが、十分だった。
「承知いたしました」
レオニードが静かに頭を下げる。
止めない。
止める理由がない。
◇
「……次は、どちらへ?」
いつもの問い。
いつもの流れ。
アリアベルは少し考える。
そして。
「魚、ですわね」
「……魚?」
レオニードがわずかに首を傾げる。
「ええ」
一拍。
「世界で一番美味しい魚を、探してみたいのですわ」
それだけ。
理由はそれで十分。
◇
「……承知いたしました」
レオニードは即座に思考を切り替える。
「候補地を提示いたします」
一歩前に出る。
「北方海域:脂の乗った大型魚種」
「南方沿岸:香りの強い小型魚種」
「内海:淡水魚の高級種」
一拍。
「どちらを優先されますか」
「……そうですわね」
アリアベルは少しだけ楽しそうに考える。
「順番に、全部ですわ」
「……了解いたしました」
最適解。
否定する理由がない。
◇
出発準備は迅速だった。
護衛は最小限。
動線は自由。
いつも通り。
◇
王城。
「……出発されたか」
カールハインツが静かに言う。
「はい」
側近が答える。
「今回は“魚”とのことです」
◇
「……魚か」
一拍。
「市場に影響が出るな」
即座に理解する。
◇
「すでに、各地に通達が回っております」
「“最高品質の魚を用意せよ”と」
「……無意味だ」
カールハインツは即答する。
「最適解は“自然に任せる”ことだ」
◇
「……はい」
理解している。
だが。
止められない。
◇
アルヴェイン家。
「……テーマが決まりましたね」
レオニードが静かに記録する。
「“世界一美味しい魚”」
一拍。
「影響範囲は、海洋経済全域に及ぶ可能性があります」
◇
「……面白そうですわね」
アリアベルは小さく笑う。
ただの興味。
ただの好奇心。
◇
旅は始まる。
新たな目的。
新たな基準。
◇
数日後。
北方の港町。
冷たい風。
荒い海。
「……海ですわね」
アリアベルは静かに言う。
「はい」
レオニードが答える。
「この地域は高級魚の産地として知られております」
◇
「……楽しみですわ」
それだけ。
ただ、それだけで。
漁師たちの運命が変わる。
市場が動く。
評価が決まる。
◇
少女は歩く。
味を求めて。
ただの楽しみとして。
だが。
その一言が。
世界の“基準”になる。
それでも。
本人は変わらない。
ただ、美味しいものを探しているだけなのだから。




