第11話 釣りという行為
北方の港町。
朝は早い。
海は静かで、空気は冷たい。
「……あちらですわね」
アリアベルは、桟橋の先を見て言った。
釣り人たちが並んでいる。
糸を垂らし、静かに待つ。
「……釣り、でございますか」
レオニードが確認する。
「ええ」
一拍。
「自分で釣った方が、美味しいかもしれませんわ」
純粋な発想だった。
◇
「……準備をいたします」
レオニードが即座に動く。
道具は揃う。
最適な竿。
最適な餌。
最適な場所。
「……そこまでしなくても」
「必要最適化でございます」
即答だった。
◇
海辺。
簡易の椅子。
釣り竿。
「……こうですの?」
アリアベルが糸を垂らす。
「はい」
レオニードが静かに頷く。
「後は待つだけでございます」
「……待つ」
アリアベルは少しだけ考える。
そして。
「……新しいですわね」
小さく微笑んだ。
◇
数分後。
周囲の釣り人たちは、ほとんど反応がない。
静かな時間。
だが。
アリアベルの竿が、わずかに動いた。
「……?」
ぴくり、と揺れる。
「……来ております」
レオニードが即座に言う。
「……引けばよろしいの?」
「はい」
◇
軽く引く。
その瞬間。
大きくしなる竿。
「……まあ」
予想以上の手応え。
◇
「……強いですわね」
「大型です」
レオニードが即答する。
「無理をせず、引き寄せてください」
◇
数秒。
いや、数十秒。
そして。
水面が弾ける。
現れたのは――
「……大きいですわね」
明らかに異常なサイズの魚。
周囲の釣り人たちが、一斉に振り向く。
「……あれは」
「こんな場所にいる魚じゃないぞ」
「……いや、そもそも見たことがない」
◇
「……釣れましたわ」
アリアベルは静かに言う。
特に驚きもなく。
◇
「……記録対象です」
レオニードが即座に判断する。
「既知の魚種ではありません」
「……そうですの?」
「はい」
一拍。
「“発生”の可能性があります」
◇
「……不思議ですわね」
アリアベルは首を傾げる。
◇
「……食べられますの?」
核心だった。
「調理いたします」
即答。
◇
その場で簡易調理。
火を通す。
香りが立つ。
「……良い匂いですわね」
◇
一口。
静かに味わう。
そして。
「……美味しいですわね」
確定。
◇
次の瞬間。
海面が揺れる。
ざわり、と。
魚影が増える。
明らかに。
同種。
◇
「……」
誰もが言葉を失う。
◇
「……アリアベル様」
レオニードが静かに言う。
「現象が再現されました」
「そうですの?」
「はい」
一拍。
「“美味しい”と評価された魚種が、増殖しています」
◇
「……便利ですわね」
アリアベルは小さく笑う。
本気でそう思っている。
◇
その日。
一つの魚が生まれた。
一つの評価で。
一つの世界基準が。
確定した。
◇
少女は釣る。
ただの遊びとして。
だが。
その一手が。
海を変える。
それでも。
本人は変わらない。
ただ、魚を釣っているだけなのだから。




