第12話 その魚の名前
港町は、騒然としていた。
「……増えてる」
「さっきの魚だ……!」
「網を入れろ! いや、待て、慎重にだ!」
海面は、明らかに変わっていた。
先ほどアリアベルが釣り上げた魚。
その同種が、群れをなしている。
◇
「……大変ですわね」
アリアベルは、少しだけ他人事のように言う。
「はい」
レオニードは即答する。
「現在進行形で、海洋資源構造が変化しております」
一拍。
「極めて重大な事象です」
◇
「……そうですの?」
アリアベルは首を傾げる。
だが。
次に考えることは別だった。
「……名前がありませんわね」
◇
「……名称、でございますか」
「ええ」
一拍。
「この魚、何と呼べばよろしいのかしら」
純粋な疑問。
だが。
その意味は、極めて重い。
◇
「……暫定名称は存在しません」
レオニードが即座に答える。
「未確認生物に該当するため」
「……そうですの」
◇
周囲では、すでに議論が始まっていた。
「新種だ!」
「いや、奇跡の産物だ!」
「名前をつけろ!」
「誰が決めるんだ!」
混乱。
だが。
その中心にいる存在は、一人しかいない。
◇
「……では」
アリアベルは少し考える。
本当に、少しだけ。
「……美味しい魚、でよろしいのではなくて?」
◇
「……」
一瞬。
空気が止まる。
◇
「……記録します」
レオニードが静かに言う。
「正式名称」
一拍。
「“アリアフィッシュ”と」
◇
「……そうなりますの?」
「はい」
迷いはない。
◇
次の瞬間。
「アリアフィッシュだ!」
「名前が決まったぞ!」
「確保しろ!」
情報が爆発的に広がる。
◇
「……早いですわね」
アリアベルは少し驚いたように言う。
「はい」
レオニードは淡々と答える。
「名称確定は、流通確立の前提条件です」
つまり。
すでに。
◇
「市場が動きます」
◇
その頃。
王城。
「……報告」
側近が告げる。
「新魚種、確認」
「名称は“アリアフィッシュ”」
◇
「……そうか」
カールハインツは静かに頷く。
「価格は」
「すでに上昇しております」
一拍。
「最高級食材として扱われ始めています」
◇
「……当然だ」
迷いはない。
「基準が確定した以上、そうなる」
◇
再び港。
「……これで」
アリアベルは小さく頷く。
「世界一、ですわね」
◇
「……暫定的に」
レオニードが補足する。
「他地域との比較が必要です」
「……そうですの?」
「はい」
「“世界一”は、相対評価でございますので」
◇
「……難しいですわね」
アリアベルは小さく笑う。
だが。
「では、他の魚も探しましょうか」
即決だった。
◇
その日。
一つの魚に名前が与えられた。
一つの基準が生まれた。
そして。
次の基準を求めて。
少女はまた、歩き出す。
ただ、美味しいものを探すために。
それだけの理由で。




