第8話 従者の家
「……次は、どちらへ?」
アリアベルが何気なく問う。
いつもの流れ。
行き先に深い意味はない。
「……もしよろしければ」
青年が一瞬だけ言葉を選ぶ。
「私の家に、ご案内してもよろしいでしょうか」
「……あなたの?」
アリアベルは少しだけ興味を示す。
「はい」
一拍。
「代々、アリアベル様の護衛を務める家系にございます」
「現当主は、私の父にあたります」
「……そうですの」
軽く頷く。
「では、行ってみましょうか」
それだけで決まる。
「……ありがとうございます」
青年は深く頭を下げた。
◇
公国郊外。
街の喧騒から少し離れた場所。
整えられた屋敷。
過度な装飾はない。
だが、無駄もない。
実用と伝統が両立した造り。
「……良い家ですわね」
アリアベルは率直に言う。
「ありがとうございます」
青年は静かに答える。
「お迎えいたします」
◇
門が開く。
使用人たちが整列している。
だが。
その中心にいる人物が、一歩前に出た。
「……お帰りなさいませ」
低く、落ち着いた声。
年配の男。
青年とよく似た顔立ち。
だが、その目には長い年月の蓄積があった。
「……初めてお目にかかります」
深く頭を下げる。
「現当主を務めております」
「……そうですの」
アリアベルは穏やかに頷いた。
「お世話になりますわ」
◇
応接室。
簡素だが整っている。
無駄がない。
それが、この家の方針だった。
「……恐れながら」
父が口を開く。
「一つ、確認させていただきたく」
「何かしら」
「本当に……変わっておられませんな」
率直な言葉。
遠慮はある。
だが、抑えきれない。
「……そうですの?」
アリアベルは首を傾げる。
「自覚はございませんが」
「……なるほど」
父は静かに頷いた。
理解する。
それが“そういう存在”であることを。
◇
「……そういえば」
アリアベルがふと思い出したように言う。
「何か、いただけるかしら」
「お食事でございますか」
「ええ」
一拍。
「その家の味、というものを試してみたいですわ」
◇
「……承知いたしました」
父の声がわずかに強くなる。
「総員、準備を」
◇
食卓。
並べられた料理。
華美ではない。
だが、丁寧に作られている。
「……いただきますわ」
一口。
静かに味わう。
そして。
「……美味しいですわね」
自然な言葉。
それだけ。
◇
「……光栄にございます」
父は深く頭を下げた。
感情は抑えている。
だが、確かに伝わっている。
◇
「……アリアベル様」
青年が小さく言う。
「記録しておきます」
「そうですの?」
「はい」
一拍。
「家系評価に影響が出ます」
◇
「……大げさですわね」
アリアベルは小さく笑う。
だが。
それは事実だった。
◇
食事を終え。
静かな時間が流れる。
「……ここ」
アリアベルがゆるやかに言う。
「落ち着きますわね」
何気ない一言。
だが。
その意味は重い。
◇
「……ありがとうございます」
青年が深く頭を下げる。
父もまた、静かに一礼する。
◇
「公国に滞在する際は」
一拍。
「こちらにお世話になりますわ」
決定だった。
迷いはない。
◇
「……っ」
一瞬だけ、空気が揺れる。
驚き。
そして。
理解。
「……承知いたしました」
父が静かに答える。
「全てをもって、お迎えいたします」
それは宣言だった。
◇
「……よろしくお願いいたしますわ」
アリアベルは穏やかに微笑む。
ただ、それだけ。
◇
その日。
一つの家に、意味が与えられた。
単なる屋敷ではない。
神の滞在地。
絶対的な基準点。
◇
少女は決める。
ただ、居心地が良かったから。
それだけの理由で。
だが。
世界は、その一言で変わる。
それでも。
本人は変わらないまま。




