第7話 信者としての公王
「……さて」
大聖堂を後にしたアリアベルは、軽く空を見上げた。
「次はどちらへ?」
何気ない問い。
だが。
「……もしよろしければ」
青年が一歩前に出る。
「公王陛下より、再度の拝謁の願いが届いております」
「……そうですの?」
アリアベルは首を傾げる。
「先ほどお会いしたばかりではなくて?」
「はい」
一拍。
「ですが今回は、“公王としてではなく”とのことです」
◇
王城、私室。
先ほどの謁見とは異なり、形式は最小限。
だが。
空気はより張り詰めていた。
「……お時間を頂き、感謝いたします」
現公王が、静かに頭を下げる。
先ほどと同じ姿勢。
だが。
意味が違う。
「構いませんわ」
アリアベルは穏やかに答える。
「どうかなさいましたの?」
◇
「……一度」
公王は言葉を選ぶ。
「お伝えしておくべきかと考えました」
一拍。
「私は、信者でございます」
静かな宣言。
王ではなく。
一人の人間としての言葉。
◇
「……そうですの?」
アリアベルは軽く首を傾げる。
特に驚きはない。
「はい」
公王は頷く。
「アリア教の信徒として」
「日々、祈りを捧げております」
その言葉に、嘘はない。
◇
「……なるほど」
アリアベルは小さく頷いた。
「ですが」
一拍。
「公王としては問題ないのですかしら?」
純粋な疑問。
「問題ありません」
即答だった。
「この国の基盤は、すでにそこにございます」
一拍。
「信仰と統治は、乖離しておりません」
合理的な結論。
◇
「……そうですの」
アリアベルは納得したように頷く。
深くは考えない。
◇
「……ただ」
公王は続ける。
「一つだけ」
「何かしら」
「信者として」
一拍。
「確認したいことがございます」
◇
「……?」
アリアベルは静かに見返す。
「何を信じるべきか」
公王の声は、低く、確かだった。
「それを、お示しいただければと」
◇
「……難しいですわね」
アリアベルは少し考える。
だが。
答えはすぐに出る。
「美味しいものを、美味しいと思うことではなくて?」
先ほどと同じ言葉。
変わらない答え。
◇
「……」
公王は沈黙する。
理解している。
この言葉の意味を。
◇
「承知いたしました」
深く頭を下げる。
「それを、指針といたします」
◇
「……それで良いのですの?」
アリアベルは少しだけ首を傾げた。
「はい」
公王は迷いなく答える。
「過不足ありません」
◇
「……アリアベル様」
青年が静かに言う。
「国家指針に反映される可能性が高いです」
「そうですの?」
「はい」
「すでに教義として確立しておりますので」
◇
「……難しいですわね」
アリアベルは小さく笑う。
理解はしない。
必要もない。
◇
「……ですが」
公王が続ける。
「それこそが」
一拍。
「この世界を安定させているのだと、理解しております」
◇
その日。
一つの価値観が、国家レベルで確定した。
信仰として。
統治理念として。
だが。
その中心にいる少女は。
何も変わらない。
◇
「……では」
アリアベルは立ち上がる。
「そろそろ行きますわ」
「……御意」
公王が深く頭を下げる。
引き止めない。
それが最善と理解している。
◇
少女は歩く。
信者である王を背に。
何も気にせず。
ただ、次の場所へと。




