第6話 総本山という場所
「……次は、あちらにいたしましょうか」
アリアベルは何気なく視線を向けた。
街の中心。
空に突き刺さるように建つ、巨大な建造物。
白亜の大聖堂。
「……アリアベル様」
青年が一瞬だけ言葉を選ぶ。
「そちらは」
「ええ」
アリアベルは軽く頷く。
「見てみたいですわ」
理由はそれだけ。
だが。
「……承知いたしました」
否定はしない。
できない。
◇
大聖堂前広場。
広大な空間。
巡礼者。
祈る者。
観光客。
あらゆる人々が集まっている。
その中心にある建造物。
アリア教総本山。
「……大きいですわね」
アリアベルは率直に言った。
「はい」
青年が答える。
「世界最大規模の宗教施設にございます」
一拍。
「アリア教の中枢であり、象徴でもあります」
「……そうですの」
軽い返答。
特に感慨はない。
◇
門前。
神官たちが整列している。
異変はすでに伝わっている。
「……開門」
最上位神官が静かに告げる。
誰も止めない。
止めるという発想が存在しない。
◇
内部。
高い天井。
光が差し込む。
静寂。
そして。
視線が集まる。
祭壇。
その中央に。
巨大な像。
「……まあ」
アリアベルは足を止めた。
自分の像だった。
穏やかに微笑み。
手を差し伸べる姿。
理想化された姿。
「……似ておりますね」
青年が淡々と評価する。
「そうですの?」
アリアベルは首を傾げる。
あまり興味はない。
◇
「アリアベル様」
最上位神官が跪く。
「このような形でお迎えすること、お許しください」
「構いませんわ」
即答。
◇
「ここが、中心ですの?」
アリアベルが問う。
「はい」
一拍。
「世界中の信仰が、ここに集約されます」
「……そうですの」
軽い頷き。
理解はしていない。
必要もない。
◇
「……ひとつ、よろしいでしょうか」
神官が慎重に言う。
「何かしら」
「日々の祈りにおいて、何を最も重視すべきか」
一拍。
「ご教示いただければと」
◇
「……?」
アリアベルは少し考える。
難しいことは分からない。
だが。
「美味しいものを、ちゃんと美味しいと思うこと、でしょうか」
自然な答え。
本気でそう思っている。
◇
「……」
神官たちが沈黙する。
一瞬。
だが。
次の瞬間。
「……記録せよ」
最上位神官が静かに言う。
「“感受性の肯定”」
「“享受の正当化”」
「……教義に追加いたします」
◇
「……そうですの?」
アリアベルは小さく首を傾げた。
特に深い意味はない。
◇
「……アリアベル様」
青年が小さく言う。
「教義が更新されました」
「そうですの?」
「はい」
一拍。
「発言がそのまま体系化されております」
◇
「……難しいですわね」
アリアベルは小さく笑う。
理解しようとはしない。
必要もない。
◇
「……では」
軽く振り返る。
「そろそろ出ましょうか」
「承知いたしました」
◇
その日。
一つの言葉が、教義となった。
神の言葉として。
だが。
本人は気にしない。
少女は歩く。
総本山すら、ただの通過点として。
何も変わらぬまま。
ただ、旅の途中として。




