第15話 家庭の味という概念
「……世界一、ですのよね」
アリアベルは、ふと呟いた。
港町の喧騒。
魚の評価は終わった。
用途別最適化。
競争は収まり、秩序が生まれた。
だが。
「……どうかなさいましたか」
レオニードが静かに問う。
「……少し、考えておりましたの」
一拍。
「世界一とは、何なのか」
「……定義は、先ほど確立されました」
「用途別最適化による最高評価」
レオニードは即答する。
だが。
「……それは“料理”ですわね」
「……はい」
「では」
アリアベルはゆるやかに視線を上げる。
「家庭の味は、どうなるのかしら」
「……家庭の味」
レオニードがわずかに言葉を止める。
「ええ」
一拍。
「一番美味しいものではなくても」
「なぜか美味しいと感じるもの」
「そのようなものが、あるのではなくて?」
「……存在します」
レオニードは静かに答える。
「ですが、それは定量化が困難です」
「再現性が低く、個体差が大きい」
「つまり、基準として成立しません」
「……そうですの?」
アリアベルは少しだけ首を傾げる。
「ですが」
一拍。
「それでも、美味しいと感じるのでしょう?」
「……はい」
レオニードは認める。
否定できない。
「……では」
アリアベルは小さく笑う。
「それも、探してみたいですわ」
「……」
レオニードが沈黙する。
数秒。
思考。
影響範囲。
結果。
「……極めて高難度です」
「再現不能な評価軸となります」
「市場原理に適合しません」
「……そうですの?」
「はい」
「……面白そうですわね」
即決だった。
「……承知いたしました」
レオニードは静かに頭を下げる。
止める理由はない。
止められない。
「……どこへ向かいますか」
「そうですわね」
アリアベルは少し考える。
そして。
「普通の家が良いですわ」
一拍。
「特別ではない場所」
「特別ではない食事」
「……一般家庭、でございますね」
「ええ」
その瞬間、世界がざわめく。
王城。
「……何だと」
カールハインツが静かに言う。
「“家庭の味”を評価する」
「……はい」
側近が答える。
「対象は、一般家庭」
「……最悪だな」
一拍。
「制御不能だ」
「……はい」
完全に同意だった。
アルヴェイン家。
「……再現性ゼロ」
「定量化不可」
「影響範囲、無限大」
レオニードが淡々と整理する。
「……ですが」
一拍。
「アリアベル様が望まれました」
結論は一つ。
「……観測を開始します」
港町。
「……楽しみですわね」
アリアベルは小さく笑う。
世界一の魚ではない。
世界一の料理でもない。
誰かの家の、ただの食事。
少女は歩く。
基準を壊すために。
ただの興味で。
それでも世界は、それに従う。




