第二話 美食家のご注文-①
風が草木をそよぐ音。
川の水が流れ、小さな魚が跳ねる音。
遠くに聞こえる、街の微かな喧噪。
そんな音に耳を澄ませる俺は今、川のほとりで青空を見上げながら横になっていた。
――――俺が冒険者パーティを追放され、ひょんなことからベクターさんの魔道具店で働くことになってから数日が経った。
今でも、あの時クラリスに言われた言葉や彼女の表情は鮮明に思い浮かぶ。
けれどそれでも、ここで過ごしていくうちに、徐々に自分でも前を向けていると思わないでもない。
これまではずっと魔物との殺伐とした闘いを繰り広げていたからか、こうして穏やかな時間を過ごせることが、どれだけ幸せなことかを実感する時間でもあったことが何より大きいのかもしれない。
まぁ別に? これまでの冒険に不満があったとか不服だったとかは今も思っちゃいないけれど、こんな風に穏やかに過ごしていると、ふと、こうも思う。
「はぁ~……俺がこうして平和に過ごせているのも……今も、クラリスたちが魔物と戦ってくれているからだよな~……」
彼女らは、俺を追放した今でも、冒険者として魔物討伐に励んでいることだろう。
そして、そんな彼女たちがいるから、平和な日常を暮らせる人がいる。
……だからこそ。
なんとなく、いつも忙しい彼女たちにも、ゆったりとした時間が出来ていればいいな~なんて。
そんな妄想のような、希望のような物思いに耽っていると、ふと、頭上から聞きなれた声が響いた。
「……おや、こんなところにいたんじゃな? ほれ、買い出しも終わったことだし、そろそろ店に戻るぞい」
しゃがれたような、それでいて優しく朗らかな声。
この声は―――。
「――師匠、早かったですね! というか、俺も仕入れについて行かなくてよかったんですか?」
そう言いながら、俺は軽く服についた草を払いながら立ち上がって、目の前の老齢の男性を見下ろす。
ゆったりとした外套に身を包み、片手には地を突く樫のような杖を携えた白髭の男性―――俺が師匠と呼ぶ彼こそが……何を隠そう、魔道具店の店主、ベクターさん。
「いやいや気にせんでよい、すぐ終わる買い物じゃったからのう」
「あ~、確かに? 寝る暇もなかったですね!」
「……う、うむ……一応仕事中なんじゃがのう……? まぁ別によいが……」
ベクターさんは、出会った時から俺にとても優しくしてくれる、本当にいい人だ。
素性もよく知らない俺のことを見込んで魔道具店に雇ってくれたことも、何も知らない俺に魔道具の知識を授けてくれることも。
だから俺は、彼のことを勝手に師匠と呼ぶことにした。
……まぁ、弟子だと言われたことはないけど……。
と、とはいえ、ベクターさんのお陰で俺がこうして穏やかな時間を過ごせていることは間違いなく。
俺は、たとえ偶然でも、この人に出会えて本当に良かったと思う。
なんて、そんなことを思いつつ、俺らは魔道具店への帰路に着きながら歩きだす。
「にしても……この街ってこんなに広かったんですね~。あんまり中心部に寄ったことがなかったから知らなかったです」
「む? あぁ、確かに外から見ればそう思うのも仕方なかろう! ここ『ノードゥカ』は、そういう風に造られておるからのう」
「……? どういうことですか?」
俺がそう問い返すとベクターさんは、はたと足を止め、前方の遠くを見据えた。
彼の視線を追うように俺も顔を上げると――そこには、青空を突くように高く、堅牢に聳え立つ白亜の城が見えた。
あれは……。
俺が住んでいるこの街は、大陸の西方領域に位置する小都市のひとつ――『ノードゥカ』。
魔道具店を始めとした、様々な商業が盛んに行われているこの街は、穏やかな商店街だと称される他、西方領域の中で、"世界で最も安全な街"だとも言われている。
そして、その理由こそが、あの白亜の城にこそある。
最高峰の魔物討伐隊として世界に名を馳せる『王都守護隊』。
それらを擁する西方王城こそ、あの白亜の城――『ノンヴィリ城』なのだから。
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