第十一帖
数日後のこと。
葛城の屋敷は、これまでにないほどの熱気と異様な高揚感に包まれていた。
宮中から、帝の勅命を伝える高位の使者が訪れたのだ。
本邸の大広間には、景冬を筆頭に、香香丸、そして一族の長老たちや主立った家臣たちがずらりと平伏していた。
私もまた、景冬の後ろで静かに頭を下げている。
「右近衛大将、葛城景冬に、帝よりの勅命をお伝えする」
使者の厳かな声が広間に響き渡る。
「その方の娘、沙羅。齢九つながら、その類まれなる器量と才覚は天下に並ぶ者なし。よって、吉日を選び、帝の妃として後宮へ迎え入れることとする」
入内の決定。
それは、娘を持つ貴族にとって最高の栄誉であり、権力の絶頂を意味する魔法の言葉だった。
そしてその勅命を聞いた瞬間、景冬の顔は歓喜で真っ赤に染まり、興奮で肩をわなわなと震わせていた。
「ははっ……! ありがたき幸せ……! この景冬、生涯を懸けて帝に忠誠を誓い、葛城の家を挙げてお支えいたします!」
景冬は床に額を擦り付けながら、まるで天下を自らの手の中に収めたかのような高笑いを必死に噛み殺していた。
あの大した身分でもない妻から産まれた娘が、まさかここまで最高の道具に育つとは。私こそが、帝の義父としてこの国の頂点に立つ男なのだ。
彼の傲慢な背中からは、そんな声が透けて聞こえてくるようだった。
「うむ。帝も大変お喜びである。……つきましては、帝より、葛城の家へ莫大な結納の品と、新たな領地の権利書が下賜される」
使者の言葉に合わせて、近衛兵たちが次々と豪華な長持や木箱を広間に運び込んできた。
目も眩むような黄金、最高級の絹織物、そして広大な領地の目録。
景冬の瞳は欲望にぎらぎらと輝き、今にもその目録を自らの手でひったくろうと身を乗り出した。
「さあ、葛城の当主よ。帝からの目録、しかとお受け取りくだされ」
使者が目録の巻物を差し出した。
景冬が震える手でそれを受け取ろうとした。
しかし。
使者は景冬の伸ばした手を完全に無視し、彼を素通りして、その後ろに静かに控えていた少年の前で立ち止まった。
「次期当主、いや、新たな葛城の当主たる香香丸殿。帝からの御下賜品、しかとお受け取りを」
広間の空気が、一瞬にして凍りついた。
景冬は伸ばした手を宙に浮かせたまま、間抜けな表情で使者と香香丸を交互に見つめた。
「な……使者殿? 何を冗談を。葛城の当主はこの私、景冬でございますぞ? 香香丸はまだ元服したばかりの……」
「冗談などではない。帝の勅命である」
使者は冷徹な声で、広間に響き渡るように巻物を読み上げ始めた。
「沙羅の後宮入りに際し、帝は葛城の家の盤石なる体制を望んでおられる。よって、本日この時をもって、葛城景冬はすべての役職を退き隠居すること。そして、新たな当主として葛城香香丸が家督を継承し、帝より下賜されるすべての財産と権利は、当主たる香香丸に帰属するものとする」
「な……ば、馬鹿な……!」
景冬の顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。
彼は慌てて立ち上がり、広間に居並ぶ一族の長老たちや家臣たちに向かって叫んだ。
「お前たち、何も聞いておらんぞ! 私が隠居だと!? この私がなぜ家督を譲らねばならないのだ!」
しかし、長老たちも家臣たちも、誰一人として景冬と目を合わせようとはしなかった。
彼らは皆、無言のまま、新しい当主である香香丸に向かって深く頭を下げていたのだ。
「景冬様。あなた様には、とうの昔に当主としての器はありませんでした。妾の一族の横暴を許し、家の財を危うくした罪は重い。……香香丸様こそが、これからの葛城を背負って立つにふさわしいお方です」
長老の一人が、氷のように冷たく告げた。
それは、景冬が完全に一族から見捨てられ、実権のすべてを奪われていたことを示す、残酷な事実の突きつけだった。
景冬は後ずさりし、信じられないものを見るように香香丸を見つめた。
自分がゴミのように扱い、見下していたはずの息子。
その香香丸は、使者から恭しく目録を受け取ると、ゆっくりと立ち上がり、かつて自分を捨てた父親を、絶対零度の視線で見下ろした。
「父上。長年のご苦労、痛み入ります。これからの葛城の家は、この私が愛する妹とともに完璧に統治いたします。……あなたはもう、用済みです」
かつて景冬が、身重の私を離れへと追い詰めた時に放った、あの冷酷な言葉。
それが今、凛々しい息子の口から、そっくりそのまま景冬自身へと突きつけられたのだ。
「あ……あぁ……」
景冬は崩れ落ちるようにその場にへたり込み、奪われた権力と、自分の愚かすぎる盲目に気づき、絶望の声を漏らした。
私はその後ろで扇をそっと閉じ、この上ない爽快感とともに、冷たく美しい笑みを深めていた。
さあ、復讐の総仕上げの時間よ、お父様。
あなたには、権力を奪われただけでは済まさない、本当の地獄を味わってもらうのだから。










