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自分の娘に転生したので息子を当主にするべく暗躍します。  作者: あとりえむ


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第十帖

秋の冷たい雨が、葛城の広大な屋敷を打ち据えていた。


つい数日前まで、この屋敷の裏の実権を握り、我が物顔で歩き回っていた名門の姫、鈿芽とその息子である御雷丸は、ただの一枚の傘も与えられず、泥だらけになって裏門から放り出された。


豪華な着物は剥ぎ取られ、みすぼらしい単衣一枚で雨に打たれる彼女の姿に、かつての妖艶な美しさは微塵もない。


実家が横領と大逆罪で取り潰された彼女には、もう帰る場所も、すがる相手も存在しなかった。特権階級のプライドだけで生きてきた女の、あまりにも惨めで滑稽な末路だった。


私は本邸の渡り廊下から、冷ややかな視線でその光景を見下ろしていた。


「沙羅」


背後から、ひどく上機嫌な声が鼓膜を打った。


振り返ると、美しい直衣を身に纏った私の父親、景冬が満足げな笑みを浮かべて立っていた。彼にとって、長年連れ添い、つい先日まで熱烈に寵愛していたはずの妾が泥水の中で泣き叫んでいる光景など、路傍の石ころほどの興味も湧かないらしい。


家の繁栄に泥を塗る罪人の娘を切り捨てたことで、彼はすっかり厄介払いをした気分でいるのだ。


「あのような罪人の血を引く者たちを、これ以上葛城の家に置いておくわけにはいかないからな。……沙羅、お前だけが私の希望だ。お前のその比類なき美しさと、帝からの寵愛こそが、この葛城の家を永遠の繁栄へと導く至高の宝なのだから」


景冬は私の肩を抱き寄せ、うっとりとした目で私を見つめた。

自分自身の傲慢さと強欲さに微塵の疑いも持たない、底なしに愚かな男。

私は子供らしい無邪気な笑顔を完璧に顔に貼り付け、小首を傾げてみせた。


「はい、お父様。私、お父様と葛城の家のために、精一杯努めさせていただきます」


「ああ、なんて健気で愛らしい娘だ。お前は私の誇りだよ」


景冬の顔には、もはや疑念の欠片もなかった。

しかし、彼が私を道具として飾り立て、悦に浸っている間に、葛城の家の内側はすでに完全に腐り落ち、別の形へとすり替わっていた。


鈿芽の実家が引き起こした大逆事件は、景冬自身の過去の不正や、家の管理能力の甘さを浮き彫りにした。一族の長老たちや家臣たちは、名門の威光に目が眩んで泥舟に乗った景冬の愚かさに密かに愛想を尽かし始めていたのだ。


そして、その後釜として彼らが熱い視線を送っていたのが、十二歳にして異例の出世を遂げ、朝廷で強固な地盤を築き上げている若き天才、私の最愛の兄である香香丸だった。


私が裏からばら撒いた莫大な資金と、帝の圧倒的な権力による後押しを受け、香香丸はすでに一族の長老たちの過半数を自らの派閥へと取り込んでいた。

景冬の足元は、とうの昔に完全に崩れ去っているのだ。



数日後、私は宮中の奥深く、帝の私室である薄暗い奥の間へと呼び出されていた。

十二歳になった若き覇王は、最高級の織物で設えられた寝所に寝そべりながら、退屈そうに異国の細工物の玩具を指先で弄んでいた。


御簾の向こう側に控える大人たちは皆、彼の機嫌を損ねまいと息を殺して平伏している。

しかし、私が入室するなり、帝は玩具を放り投げ、パッと顔を輝かせて子供のように無邪気な笑みを浮かべた。


「沙羅! 遅いぞ、ずっと待っていたんだからな」


帝は私の腕を乱暴に引き寄せ、自分のすぐ隣に座らせた。


「帝様、あまり強くお引きにならないでくださいませ。着物が乱れてしまいます」


私がたしなめると、彼は不満げに唇を尖らせた。


「いいじゃないか、どうせ私しか見ていないのだから。……それより、聞いたか? あの鬱陶しい名門の塵芥どもは、すべて地の底へ掃除してやったぞ。お前の兄を虐めていたあの傲慢な妾も、これで完全に終わりだ」


「はい。帝様の鮮やかなお手並み、ただただ感服いたしました。兄も、大変感謝しておりました」


私が微笑んで礼を言うと、帝はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「ふん、あの妹離れができぬ過保護な兄の感謝などいらない。私がやったのは、ただお前を喜ばせるための遊びだ。……あの愚かな大人たちが、私の用意した盤面の上で絶望して泣き叫ぶ顔は、なかなか愉快だっただろう?」


帝は私の膝の上に無防備に頭を乗せ、甘えん坊の少年のように私を下から見上げてきた。


本当に、やっていることの恐ろしさとスケールの大きさに対して、彼の行動原理はただの退屈しのぎと、お気に入りの玩具である私への独占欲だけなのだ。


香香丸が私に向ける、すべてを懸けて守り抜くという重く過保護な愛情とは違う。帝のそれは、ただ純粋に自分が楽しむためだけに私を鳥籠に閉じ込めようとする、生意気で我儘な子供の執着だ。


私は生意気で可愛い推しを愛でるような気持ちで、彼のさらさらとした美しい髪をそっと撫でた。


「ええ、とても愉快でした。帝様のおかげで、私の願いはあと少しで叶います」


「そうか。お前が楽しいなら、私も嬉しい」


帝は目を細め、心地よさそうに私の撫でる手にすり寄ってきた。


膝の上で無邪気に笑っていたはずの彼が、ふと真顔になり、私を見つめる瞳の奥に恐ろしいほどに重たいオスとしての色気を閃かせる。


「……だから、約束しろよ。お前のその面白くて残酷な遊びがすべて終わったら、お前は一生、私の腕の中だけで愛されて啼くんだ。私以外の誰のことも見るな。あの鬱陶しい兄のことも、だ」


「……っ」


私は思わず息を呑んだ。


背筋を冷たいものが這い上がり、中身が大人の私でさえ、激しく動揺させられてしまう。

私は早鐘を打つ胸の鼓動を必死に隠しながら、なんとか冷静な声を取り繕った。


「……帝様は、本当に欲張りでいらっしゃいますのね」


「当然だ。私はこの世界のすべてを持つ男だ。お前のすべてを手に入れることなど、造作もない」


帝は私の膝から体を起こし、私の唇に自分の親指をそっと押し当てながら、獲物を逃がさない猛獣のような笑みを浮かべた。


甘く、危険で、逃げ場の全くない極上の鳥籠。



私はこの生意気で恐ろしい若き覇王の執着から、一生逃れることはできないのだと、肌を刺すような本能で理解していた。

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