↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/62

第62話 本物はいつだってここにある

「龍」


 龍が腰を落ち着けたカウンター席に、牛乳を注いだグラスを差し出す。


 無言でそれを受け取る龍を見て、ほんの少し陰った瞳に気づいた。


「……離れるのが寂しい?」

「別に。そんなんじゃねぇ」

「そう。龍がいないとタキ止める人がいなくなるね」

「りんごがやれよ」

「無理。みーくんで手一杯」

「久住か酒田にやらせろ」

「――ねぇ、龍」

「あ?」

「再来週からね、ナギサちゃんが好きそうな……ちょっと可愛いお菓子を作ることにしたんだよね」


 ナギサちゃんが釣れたら、龍も釣れそうだ。


 そんな下心丸出しで出した企画案。


 カフェなんだから、お菓子があっても別段おかしくない。むしろ、ない方が変だ。


「カラフルなマカロンとか、キャラクターもののアイシングクッキーとか」

「俺にナギサを連れて来いって言ってんのか」

「週一で色々変える予定だから、楽しめると思うんだけど」


 プライドの高そうな龍を釣るには、こういう方法しかないんじゃないかと思った。


 久住さんは売り上げになるなら何でもいいと言ったし、コストの計算もちゃんとしてある。


 このまま離れるのは、どうにも寂しい。


 ただ繋がりをどこかで持ちたいと、しがみついた私の案だった。


 龍はなぜか一歩引いて見ていた。


 タキとみーくんが落ち着いたら、それで役目は終わりとばかりに離れてしまいそうな気がした。


「……来りゃいいんだろーが」

「強制はしないけど」

「どうだかな」


 ふっと笑って視線を窓の外へ向けた龍を見て、なんとなく、本当になんとなくだけれど、ちゃんと来てくれそうな気がした。


「自分も食べに来ます!」


 はい! と手を挙げてくれた槙原さんに、軽く噴き出しながらも頷く。


 この人とは、あまり深く付き合えなかったなと少ししんみり思った。


 まぁ、入院させたタキのせいだけど。


 少しずつ、少しずつ大人になっていく。


 好き放題していたこの時期を、思い出に変えるときが来る。


 誰しも過去を悔やんだり、懐かしく思ったりしながら、ゆっくりとしたペースで変わっていく。


 良くも悪くも正直で、ありのままに生きてきたみーくんたちが、これからどうなるのかは分からない。


 でも――


 次第に大人に……


「あー! みっつん俺のコーラに牛乳入れただろ! なんてことすんだよ! わざわざ不味いもん作んなよ!」

「おい、タキ。牛乳馬鹿にしてんのかテメェ……ミツルも余計なことすんじゃねぇ!」

「んー……間違えちゃった。槙原のだと思ったからさぁ」

「自分、飲みます、飲めます!」

「いや無理だろ……羽柴さん、さすがにそれはちょっと危ないと思います」


 ……やっぱり変わらないかもしれない。


「久住さん、どうにかしてください」

「……ジョーカーの出番だろ」

「恥ずかしいんで言わないでください……」

「止めてこい。店が汚れる」


 他人任せな久住さんに言われ、渋々喧騒に突っ込んでいく。


「今日くらい静かに過ごして。槙原さん、それ飲まなくていいです。ほら、新しいの出すからタキも文句言わないで」

「うっせー! りんごはまったく分かってねぇ! 見ろこのコーヒーみたいな色!」

「……みーくん」

「はぁーい」


 心得た、とばかりに緩く手を挙げて笑うみーくんは、タキの首根っこを掴む。


「――リンに迷惑掛けんな」


 いやいや、みーくんから始まったんですけどね。


 犯人、あなたですけどね。


 簡単に飛ばされたタキを拾うため、龍が立ち上がる。


 全員の目線がタキへ向いた隙に、みーくんが私へ顔を寄せた。


「みーくん」

「なぁに?」

「……あーもう、何でもない。卒業祝いってことにしてあげる」

「――かわいいなぁもう」


 過去の私に教えてあげる。


 実家で俯いて、寂しさに震えていた私に。


 みーくんと出逢う前の私に。


 あと少し。

 もう少し、頑張れ。


 明けない夜はないってよく言うし、トンネルは永遠には続かないとも言う。


 もうちょっとだけ、耐えてみて。


 手を掴んで引き上げてくれる、なんて表現が生易しいくらいに、ぎゅっと抱き締めて離さないでくれる人が現れるから。


 もう大丈夫だって全身で教えてくれる、軽薄で怪しい人が私を待ってる。


 恭平と別れた直後。


 コンビニのカウンターの向こうで、にやりと笑った危ない人。


 その人が、私を抱き締めてくれる。


 過去に手紙は届かない。


 だから、未来に手紙を書こうと思う。


 ――笑えるよね。


 私が自分に手紙を書く。


 そんな道徳的なこと、大嫌いだったはずなのに。


 ━────── •●• ──────━


 拝啓、柏木鈴子。


 みーくんが働き始めて1か月。


 何事もそつなくこなすって……やっぱりみーくんはずるいと思う。


 私の方が先に研修も終えたのに、簡単に負けるなんて絶対に嫌だ。


 だけど正直、森のカフェで働く姿はすごくさまになってる。


 手際もよくて、何より佇まいが綺麗でムカつく。


 お客さんからは人気だし、ナンパされたりなんかもする。


 本人には絶対に言ってやらないけど、仕事中のみーくんは、見惚れてしまいそうなくらいに格好いい。


 オーナーになった久住さんは、いっそバリスタを目指すなんて言って頑張ってる。


 タキとの仲は、わりと順調だと思う。


 そういえば、タキの調子のいいお喋りは営業向きだったのかもって、最近気づいた。


 OLを引っ掛けて夜な夜な遊ぶタキさんは、なるべく視界に入れないようにしてる。


 龍もナギサちゃんを連れて、先週来たばっかり。


 みーくんから久住さんに婚約者が変わったんだけど、そのときの龍の慌てぶりは一生忘れられそうにない。


 森のカフェが、使い道を持て余していた溜まり場から普通のカフェへと変わって、客層も少しずつ変わってきた。


 若い女の子のお客さんは、確実にみーくん狙いだと思う。


 近況は大体こんなところ。


 この手紙は、1年後くらいに開けるつもり。


 みーくんと別れてないと、いいんだけど。


 それでも少しだけ不安があるから、言っておく。


 今、私は確かに愛されてると思う。


 先のことは分からない。


 だけど、この手紙を書いてる今は、ちゃんとみーくんに愛されてるよ。


 だから疑わないで。


 なかったものにしようとしないで。


 この手紙を読んだとき、もしみーくんと別れてたら、そのときは――


 ━────── •●• ──────━


「――愛されたという事実を忘れないで。卑屈にならずに、また新しく頑張って。……別れる前提で書くってのはどうなのかなぁ」


 苦々しい表情で、羽柴充は便箋を畳んだ。


 読んだと鈴子に知られたら、大目玉を食らうこと間違いなしだ。


 偶然見つけた愛らしい手紙を、丁寧に元の場所へしまう。


「みーくん? そっち片付け終わった?」

「んー……もうちょっとかなぁ」

「そんなに散らかしてたっけ?」


 がちゃりと寝室のドアが開き、鈴子が不思議そうに顔を出した。


 まるで何事もなかったかのように、充はにっこりと笑ってみせる。


「りんちゃんがなんかもう可愛すぎて、俺ヤバいかもしんない……」

「……なに?」


 唐突な言葉に、鈴子は訝《いぶか》しげに眉を寄せた。


「掃除ちょっと中断――相手して」

「え? ……ちょ、意味わかんなっ……」

「俺にはリンしかいねぇ。別れるとかそういうのは……見なかったことにして」

「は?」

「とりあえず食っていい?」

「どういう、……みーくん! なにっ?」

「ナンパとかどうでもいい。リンが居たらそれだけで……」

「掃除! みーくん! 手のけて!」

「無理だろ。可愛いリンのせい」

「――もしかして、読んだ?」

「えー……何のハナシ?」

「絶対読んだよね! ……別れるとかナンパとか!」

「だったらどうする?」

「……どうも、しないけど」


 りんごのように赤く染めた頬が逆効果になるとは露知らず、鈴子は目付きを鋭くしながら拗ねたように顔を逸らした。


 充の瞳が狂喜に染まり、ベッドの上で柔肌に触れる。


 日を追うごとに募る想いは、今溢れ出して本物を紡ぐ。


「――リン。愛し、」


 一瞬のためらい。過去の呪縛。

 偽りにしか聞こえなかった、最上級のその言葉。


「大丈夫、わかってる。他とは『違う』んでしょう?」


 言えなかった言葉を鈴子が先導して紡ぐ。


「みーくん、……愛してるよ」


 もう十分だ。

 欲しかった人は、もうここにいる。


「俺も……リンを愛してる」


 本物はいつだってここにある。


 ただ一つだけの、ありのまま。

 飾らないまっさらな、愛の塊がここにはある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。