第49話 港の小分け袋
港用の小分け袋を作ることになった。正規品が大袋しかないから、安い偽物が入り込む。ならば、必要な量だけ買える正規品を用意する。言葉にすれば簡単だが、作業は細かい。
小袋は湿気に弱い。開けたら早く使い切れる量にする必要がある。袋が小さいほど、札も小さくなりがちだ。けれど、説明を削れば同じ失敗が起きる。テオは小さな札を前に唸っていた。
「全部は入りません」
「何を一番上に置きますか」
「魚の匂いを消しすぎない、です」
「では、それを一番上に」
ラナは袋の口に結ぶ青い糸を選んだ。港の人が濡れた手でも触って分かるように、少しざらついた太い糸だ。ヨルクは袋を十個ずつ束ねる箱を作る。箱にも製造番号を入れ、ばら売りしても元の記録へ戻れるようにした。ノラは薬粉の分量を担当した。
小分けにすると、匙一杯のずれが大きくなる。彼女は星の計量匙を使い、何度も重さを確認した。
「先生、思ったより神経を使います」
「小さいものほど、ずれが目立ちます」
「人も同じですか」
「どういう意味ですか」
「小さな工房ほど、一人の無理が目立つのかなと」
少し考えて、頷いた。
「そうですね。だから小さな工房ほど、休みと相談先が必要です」
ノラは記録にその一文を書き足した。小分け袋の初回分は、港連絡所で配った。漁師たちは青い糸を触り、番号を見て、少し面倒そうに札を読んだ。それでいい。面倒でも読む仕組みが必要だ。偽物が入り込んだ隙間に、正しい小ささを置く。
その日、港の市場には青い糸の袋が並んだ。
◇
偽薬粉で腹痛を起こした人たちへ、補償を行うことになった。偽造者の罰金だけでは、すぐに全員へ支払えない。そこで、商人組合が先に立て替え、後から差し押さえ分で戻す。青星基金は、治療が必要な人の薬代を先に負担する。
補償の帳面は、いつもより慎重に作った。誰が、どの袋を買い、どれだけ使い、どんな症状が出たか。ただし、買った人を責める欄は作らない。ビアンカが言った。
「責める欄は作らなくても、記録の書き方で責めているように見えることがあります」
「例えば」
「『安価品購入』とだけ書くと、本人の判断が原因のように見えます。『正規小分け品が不足していたため、安価品を購入』まで書くべきです」
わたしは赤鉛筆で修正した。言葉は、記録の中で人を守りもするし、追い詰めもする。港連絡所で帳面を出すと、最初の申請者は老いた魚売りだった。
「わしが安いのを買ったのが悪いんだろう」
「それだけではありません」
ラナが答えた。
「正規の小分け袋がなかったことも、見分け方が広がっていなかったことも原因です。だから記録します」
魚売りは、少し驚いた顔をした。
「嬢ちゃん、ずいぶん言うようになったな」
「工房員なので」
その返事に、周囲の港の人たちが笑った。補償帳面は一日でかなり埋まった。痛みの記録、治療の記録、買った場所の記録。嫌な紙だ。でも、この紙があるから、次にどこを直すべきか分かる。夜、本工房へ戻ると、ノラが帳面を見て言った。
「被害の記録って、重いですね」
「はい」
「でも、持たないとまた起きますね」
「そうです」
重い帳面は、棚の下段に置いた。持ち上げやすい場所に。誰か一人の胸の中だけに置かないために。
◇
港連絡所の仕事が増え、ラナ一人に任せるには重くなってきた。責任者が一人だと、その人が休めない。それは、星濾工房が一番避けるべき形だ。わたしは相談記録を開いた。
「港連絡所に副責任者を置きます」
ラナはすぐ顔を上げた。
「私が足りないからですか」
「違います。あなたを休ませるためです」
「でも」
「責任を分けるのは、信用していないからではありません。続けるためです」
彼女は黙った。その気持ちは分かる。任された場所を手放すようで、不安になるのだろう。副責任者には、港診療所の受付をしていたミリヤが選ばれた。薬は作れないが、患者の話を聞き、字を書き、港の家々をよく知っている。
最初の研修で、ノラが停止札の使い方を教えた。
「分からない時も止めます」
ミリヤは驚いた。
「分からないだけで止めていいんですか」
「分からないまま渡すよりいいです」
ノラの声には迷いがない。焦げた鍋からここまで来たのだと、少し胸が熱くなった。港連絡所の壁に、新しい札を掛けた。
『責任者ラナ。副責任者ミリヤ。判断に迷う時は、二名で確認。本工房への相談を省略しない』
ラナはその札を見て、ようやく肩の力を抜いた。
「私が休んでも、札がありますね」
「人もいます」
「はい」
責任は、名前を書くことで始まる。でも、名前を一人で背負いすぎないことも、同じくらい大切だ。港連絡所の札は、潮風で少し揺れていた。
◇
本工房にも、新しい札が必要だった。工房員が増え、港連絡所が動き、移動工房馬車も巡回を続けている。すべてを工房主だけで確認する形では、いつか詰まる。わたしはノラを作業台の前に呼んだ。彼女は何か失敗したと思ったのか、少し緊張している。
「ノラ。副工房主補佐をお願いしたいです」
「……副、何ですか」
「正式な副工房主は、もう少し制度を整えてからです。まず補佐として、調合前の停止判断と、見習い教育の責任を持ってください」
ノラはしばらく黙った。それから、焦げた鍋のほうを見た。
「あの鍋を焦がした私が?」
「はい」
「先生、本気ですか」
「本気です」
彼女は唇を噛んだ。
「失敗したことがあるから、教えられるんですか」
「失敗を隠しかけて、記録して、直したからです」
ノラの目が潤んだ。泣くのをこらえる顔で、彼女は頷いた。
「やります」
新しい札には、こう書いた。
『副工房主補佐ノラ。停止札確認、見習い教育、喉薬系調合の一次責任』
テオが星印を添えた。見習いたちが拍手する。ノラは照れくさそうに怒った。
「仕事中です。拍手は短く」
その言い方が、もう十分に教える側だった。夕方、セドリック様が札を見に来た。
「良い任命だ」
「はい」
「君も少し休めるな」
「そのための任命ではありません」
「それもあるだろう」
反論しきれず、わたしは笑った。工房が育つとは、わたしがいなくても同じ形で息をする場所が増えることだ。ノラの名が、工房の壁に新しく残った。




