第48話 安さの理由
偽薬粉の出どころは、すぐには分からなかった。袋を売っていた露店は、仲買人から仕入れただけだと言う。仲買人は、さらに別の荷車から買ったと答えた。港の取引は早く、紙が残らないものも多い。
ビアンカは商人組合の帳面を調べ、わたしは回収した袋の粉を分析した。安さには、必ず理由がある。使われている乾燥薬草は質が低い。灰塩粉で匂いを強くし、保存力があるように見せている。袋の布も薄く、湿気を吸いやすい。
安く見えるが、実際には危険を後払いにしているだけだった。港の会議で、それを説明した。商人の一人が言う。
「だが、正規品は高い。貧しい漁師は安いものを買う」
「だから、安いものを責めるだけでは足りません」
わたしは正規品の費用表を出した。薬草、乾燥、検品、袋、説明札、回収費用、基金負担。
「安全に必要な費用を見せます。その上で、港組合と基金でどこを補助できるか決めます。見えない高値も、見えない安値も危険です」
ラナが、港の漁師たちへ聞き取りした結果を出した。少量ずつ買える正規品が少ない。大袋は高く見える。共同購入の仕組みがない。問題は偽物だけではなかった。正規品が届きにくい隙間に、偽物が入り込んだのだ。
会議の最後に、港用の小分け袋を作ることが決まった。価格は少し下げる。ただし、説明札と製造番号は省かない。補助分は、商人組合と青星基金の港枠で負担する。セドリック様が言った。
「偽物を罰するだけでなく、偽物が入り込む隙間を減らす」
「はい」
安さを求める人を責めるより、正しいものが届く形を作る。それが、星濾工房らしい解決だった。
◇
偽薬粉の調査で、ラナは初めて公の場で証言した。港の小広場に仮の検品台を置き、商人組合、漁師、領主館の役人が集まる。偽袋と正規袋を並べ、違いを説明する会だ。ラナは始まる前、手を握りしめていた。
「私が話して、港の人が聞きますか」
「聞きます。あなたは港の匂いを知っている人です」
「見習いです」
「港連絡所責任者でもあります」
その言葉に、彼女は少しだけ背筋を伸ばした。検品会が始まる。わたしが成分の危険を説明し、ビアンカが取引の記録を話す。最後に、ラナが袋を手に取った。
「偽物は、匂いが強すぎます」
彼女は袋の口を開け、魚運びたちに嗅がせた。
「保存薬は、腐った匂いを消すためのものではありません。魚がまだ食べられるか、判断できる匂いを残す必要があります」
漁師の一人が頷いた。
「これは、香りでごまかしてるな」
「はい。ごまかしです」
ラナの声は震えていたが、言葉ははっきりしていた。彼女は次に、正規袋を見せる。
「星印だけでなく、番号、名前、青い糸を見てください。分からなければ港連絡所へ持ってきてください。恥ずかしがらないでください」
最後の言葉は、彼女自身が考えたものだった。安いものを買った人が恥じて隠せば、被害は増える。だから、持ってきやすい言葉が必要だった。検品会の後、年配の漁師がラナに言った。
「お前、魚屋のラナか。立派になったな」
ラナは顔を赤くした。
「まだ見習いです」
「見習いがここまで言うなら、俺たちも番号を見る」
その会話を聞いて、わたしは胸が熱くなった。外から来た工房主だけでは届かない言葉がある。その土地の人の口で言うから、届く言葉がある。ラナの証言は、港連絡所が本当に港のものになり始めた証だった。
◇
偽薬粉を作った商人は、三日後に捕まった。港の外れで安い薬粉を混ぜ、星印を真似た袋に詰めていたという。名前はバルト。以前、王都の薬問屋で働いていたことがあった。取り調べの記録には、彼の言い分も書かれていた。
『星濾工房の名があれば売れると思った。中身は似たようなものだと思った』
似たようなもの。その言葉に、ノラが怒った。
「似てません」
「ええ。似ていません」
薬の見た目だけを真似ても、記録も検品も説明もない。それは星濾工房の仕事ではない。セドリック様は、処罰の前に公開検品会への出席を命じた。罰を受ける者を見せしめにするためではなく、自分が何を偽ったのか知るためだ。
バルトは検品台の前で、正規袋と偽袋の違いを聞かされた。製造番号。作業者名。検品者名。青い糸。説明札。回収先。彼は最初、顔を背けていた。だが、腹痛を起こした漁師の妻が、静かに言った。
「安いから買ったのは私です。でも、子どもに食べさせる魚に使いました。似たようなものと言われると、怖い」
バルトの顔色が変わった。派手な罵声より、その言葉のほうが重かった。処罰は厳しかった。薬剤取引の禁止、罰金、被害補償、港での奉仕作業。さらに、偽造した印の一覧を商人組合へ公開する。わたしは記録に一つだけ意見を添えた。
『偽造者の名も残す。ただし、再発防止の記録として。怒りの保存場所にしない』
名を残すことは、称えることだけではない。責任の場所を消さないためにも必要だ。星印を偽った者の名も、同じ棚の別の段に置く。それが、次の人を守る記録になる。
◇
偽造事件のあと、王都から提案が届いた。星濾工房方式の印を、王都で一括管理し、地方では使用を制限してはどうかというものだった。偽造を防ぐには、印を厳しく囲うのが早い。しかし、それでは以前の王室特許の問題と同じになる。
地方工房が修理や製造をしにくくなり、必要な場所に道具や薬が届かなくなる。わたしは返書を書く前に、相談記録を開いた。ノラは言った。
「偽物は嫌です。でも、全部王都の許可がいるのも嫌です」
テオも頷く。
「番号を見ればいいなら、番号の見方を教えたほうがいいです」
ラナは港の小分け袋を並べた。
「港では、青い糸が効きました。王都の印だけでは、港の人は見ません」
正しい。印は一つでは足りない。場所ごとに、見分け方を組み合わせる必要がある。返書には、こう書いた。星印は登録する。しかし、地方工房が認定基準を満たせば使えるようにする。
印だけでなく、製造番号、責任者名、地域ごとの触覚印や色印を義務づける。そして、見分け方の講習を定期的に行う。セドリック様が読んで、少し笑った。
「君は囲われるのが本当に嫌いだな」
「囲われた名前は、また誰かのものになります」
「星印も?」
「はい。守るために囲いすぎると、使う人から遠くなります」
偽造は怖い。だが、怖さに任せて閉じれば、星濾工房の仕事は狭くなる。名を守ることと、名を開くこと。その両方の間で、手順を作る。王都への返書には、港の検品会の記録も添えた。星印を守ったのは、王都の封蝋ではない。
番号を見る漁師、匂いを知るラナ、赤い札を読む子どもたちだった。その事実を、王都の紙にも残しておきたかった。




