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夫の功績にされていた天才錬金術師ですが、妻を辞めたのでポーションも魔導具も作りません  作者: 小竹X


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第39話 エドガーの再教育記録

王都を発つ前、宮廷錬金術局から一通の記録写しが渡された。エドガー・ローウェルの再教育進捗記録だった。受け取るかどうか、少し迷った。彼の現在を知る義務はない。けれど、過去の不正が本当に処理されているか確認する権利はある。


 わたしは封を開けた。記録には、基礎薬草学、瓶洗い、廃棄記録、共同署名の講習が並んでいる。評価は高くない。


『処方理解はあるが、作業者への確認を省く癖が残る』


『失敗時、言い訳が先に出る』


『再提出後は改善』


 とても人間らしい記録だった。悪人が罰を受けて終わる、というほど単純ではない。癖は残り、直すには時間がかかる。最後に、本人の反省文の一部が写されていた。


『自分は結果だけを欲しがり、過程に名前があることを見なかった』


 わたしはその一文をしばらく見た。遅い。あまりにも遅い。けれど、遅い言葉でも、記録に残るなら意味はあるのかもしれない。セドリック様は、わたしの表情を見て言った。


「読むのがつらいなら、閉じてもいい」


「大丈夫です」


「本当に?」


「少しつらいです。でも、読めます」


 そう答えられるようになった。記録の最後には、エドガーが直接の接触を望まないと書かれていた。謝罪はすでに行った。今後は、再教育の結果を監督者が管理する。本人から私的な手紙を出すことは禁じる。その決定に、ほっとした。


 過去の人がいつまでも扉を叩き続ける必要はない。わたしは記録写しに受領印を押した。リリアナ・ヴェルネ・アーヴェン。その印を見て、胸の中の古い部屋が一つ閉じた気がした。王都の帰り道、馬車の窓から講堂が遠ざかる。


 エドガーがどう変わるかは、もうわたしの人生の中心ではない。それでも、彼が二度と誰かの名を奪わないなら、そのほうがいい。怒りを手放すことと、被害をなかったことにすることは違う。記録を残したまま、前へ進む。


 わたしには、その方法が合っている。


 ◇


王都から戻ると、辺境は春の増水期に入っていた。雪解け水が川を膨らませ、低い道には泥が広がる。移動工房馬車も、しばらく山道には出せない。代わりに増えたのは、腹痛と発熱の相談だった。井戸の水が濁っている。


 東門診療所から連絡が入り、わたしはすぐに水質検査の道具を持って向かった。春の水は見た目だけでは分からない。雪解けで地面の汚れが流れ込み、井戸の縁が緩む。冬の凍傷とは別の危険が始まる。診療所には、腹を押さえた子どもが三人いた。


 母親たちは不安そうに立っている。


「薬で治りますか」


「薬も必要です。ただ、水を止めないとまた増えます」


 わたしは井戸へ行き、水を瓶に取った。色は少しだけ白く濁っている。匂いは強くないが、沈殿がある。星濾工房で作った簡易濾過具を使い、沈殿の量を調べる。結果は悪かった。


「この井戸は、しばらく飲用停止です」


 町の人々がざわめいた。井戸を止めることは、暮らしを止めることに近い。だが、曖昧にすれば病人が増える。ビアンカがすぐに掲示文を作った。


『東井戸、飲用停止。洗濯と掃除のみ。飲み水は南井戸または領主館配布水を使用』


 テオが絵を添える。飲む杯には赤い斜線。桶には小さな丸。セドリック様は水運びの兵を手配した。相談なしではなく、今回は診療所、工房、領主館が同じ表を見て動いた。夕方、工房では腹痛用の薬と、水を煮沸する説明札を作った。


 ノラが鍋を見ながら言う。


「冬が終わったら、別の危険ですね」


「季節が変わると、薬棚も変わります」


「工房、休む暇がありません」


「だから交代表を守ります」


 自分にも言い聞かせる。春の増水は、すぐには引かない。けれど、最初に井戸を止められたのは大きい。東門の掲示板に赤い札が揺れている。薬を作るだけでなく、飲んではいけない水を知らせることも、工房の仕事になっていた。


 ◇


東井戸の飲用停止は、町に大きな不便をもたらした。南井戸には列ができ、領主館の配布水もすぐになくなる。病人を増やさないための措置が、別の負担を生んでいる。わたしは、古い井戸用の濾過器を作業台に置いた。


 以前、東区の井戸で使った簡易型だ。布と砂と小さな核石(コア)で濁りを抑える仕組みだが、春の増水には容量が足りない。


「大きくすればいいんですか」


 テオが聞く。


「単純に大きくすると、目詰まりします。水の流れを分ける必要があります」


 マリウスが図面を描く。上段で粗い砂、二段目で炭、三段目で細布、最後に核石で異臭を抑える。ただし、核石に頼りすぎると交換費用が高くなる。ノラが言った。


「炭焼き村の炭、使えませんか」


 山村での凍傷対応のあと、炭焼き組合とは連絡がある。良質な炭を細かく砕けば、濾過材として使えるかもしれない。すぐに試験を始めた。


 濁り水を三種類の濾過材に通し、沈殿と匂いを比べる。炭を多くすると水は澄むが、最初に黒い粉が出る。洗浄工程が必要だ。工房は一日中、水の音で満たされた。薬草の香りより、湿った土と炭の匂いが強い。夕方、試作品ができた。名前はまだない。


 ノラはすぐ言った。


「星水濾過器」


「また星ですか」


「星濾工房なので」


 分かりやすい。採用することにした。ただし、試作品をすぐ町に出すわけにはいかない。東門診療所の裏で一晩試験し、朝の水質を確認する。夜、セドリック様と一緒に濾過器を運んだ。彼は重い木枠を軽々持つ。


「こういう時、力仕事ができるのはありがたいですね」


「夫として役に立てているなら何よりだ」


「共同者としてです」


「そうだった」


 小さく笑い合う。翌朝、濾過した水はかなり澄んでいた。飲用にするには煮沸が必要だが、南井戸への負担を減らせる。掲示には大きく書いた。


『星水濾過器の水は、必ず煮沸してから飲む』


 薬ではない道具が、また一つ増えた。わたしの錬金術は、瓶の中だけでは終わらない。水を通す木枠にも、人を守る仕事がある。

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