表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫の功績にされていた天才錬金術師ですが、妻を辞めたのでポーションも魔導具も作りません  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/53

第26話 王都からの謝罪状

宮廷錬金局から謝罪状が届いた。封筒は厚く、紙は上等で、文章は非常に長かった。回りくどい表現が多く、誰が何を謝っているのか分かりにくい。レナードさんは一読して、これは謝罪ではなく損害抑制文書ですな、と言った。


 それでも、謝罪の形を取った文書が届いたことは事実だった。リリアナ・ヴェルネの研究記録が不適切に扱われたこと。星濾工房の名を無断で使用しようとしたこと。宮廷錬金局の監督が十分でなかったこと。


 そうした文言が、慎重に慎重に並べられていた。


「許すんですか」


 ノラが聞いた。


「許すかどうかは、わたし一人で決める話ではありません」


「でも、ヴェルネさんの名前を奪ったんですよね」


「それもあります。でも、被害は薬を使った人、南区の職人、北砦の兵にもあります」


 謝罪は、受け取るだけでは終わらない。何を変えるのかが必要だ。わたしは返書を書いた。謝罪状を受領したこと。ただし、再発防止策の具体的な実施予定を求めること。


 記録形式の改善、製造者名の明記、不良品廃棄規定、使用後報告制度、現場向け説明札の導入。そして、星濾工房として協力可能な範囲と条件。ビアンカが文面を読んで、少し笑った。


「謝罪への返事というより、宿題ですね」


「宿題です」


 ノラが目を輝かせた。


「王都に宿題を出すんですか」


「出します。期限も付けます」


「すごい」


 すごいことではない。でも、少し前のわたしにはできなかったことだ。謝られれば、そこで終わりにしようとした。相手が困るなら、こちらが譲ればいいと思った。けれど、それでは同じことが繰り返される。


 謝罪は、次に何をしないかまで書いて初めて役に立つ。夕方、セドリック様へ返書の控えを見せた。彼は目を通し、最後に頷いた。


「良い。王都は嫌がるだろう」


「嫌がる文書ばかり書いている気がします」


「必要な文書は、たいてい誰かに嫌がられる」


 それは真理のようだった。わたしは謝罪状を記録棚へ入れた。エドガーからの手紙とは別の棚に。謝罪状の中には、彼個人の名前もあった。ローウェル家は賠償手続きに入っており、彼は宮廷から離れて地方の監督下で基礎研修を受けることになるという。


 ざまぁの噂は、王都で広がっているらしい。でも、噂は傷口の包帯にはならない。


「ヴェルネさん、笑ってます?」


 ノラに言われて、はっとした。


「少しだけ」


「ざまぁってやつですか」


「その言葉、どこで覚えたの」


「兵士さんが言ってました」


 困ったものだと思いながら、否定はしなかった。少しだけ、胸が軽くなったのは本当だ。ただ、その軽さで終わらせない。王都からの謝罪状は、過去の終わりではなく、次の仕組みを作る材料になる。わたしは返書に封蝋を押した。


 小さな星印が、赤い蝋の上に残る。謝罪を受け取る手も、これからはわたしの名で動かす。


 ◇


星風濾過器の講習会は、思ったより騒がしかった。場所は南区の織物工房。参加者は、職人、村の代表、砦の補給係、王都から来た錬金師組合の若い職員までいる。みんな粉を吸わないよう布を巻き、手元には説明札を持っていた。


 講師は、わたし一人ではない。ノラ、テオ、ゲイル老兵も前に立った。


「では、まず布の外し方からです」


 ノラが堂々と言う。


「乾いたまま外すと粉が舞います。先に霧吹きで湿らせます。顔を近づけない。手袋をする。終わったら手袋も洗う」


 声がよく通る。少し前まで、虫を追い払うのが得意だと言っていた少女が、今は大人たちへ手順を教えている。テオは交換表の書き方を説明した。


「誰が替えたかを書くのは、責めるためだけではありません。忘れた時に手伝うためです。困った時は相談欄へ書いてください」


 彼の声は小さいが、言葉は丁寧だった。職人たちは真剣に聞いている。ゲイル老兵は、魔導具の木枠を外して見せた。


「硬くなったら無理に叩くな。叩くと核石がずれる。動かない時は、まず粉を取る。人間と同じで、詰まっている時に怒鳴っても動かん」


 その言い方に笑いが起きた。けれど、内容は大事だ。使える魔導具は、使い方まで伝えて初めて役に立つ。わたしは最後に、点検の基準を説明した。


「異音が出たら、すぐ止めてください。風が強くなりすぎた時も同じです。強いから良いわけではありません。作業に合う風を保つことが大切です」


 王都から来た若い職員が、手を上げた。


「宮廷規格では、出力の高い方が上位機とされます。弱い風を推奨する理由を、数値で示せますか」


「示せます」


 わたしは用意していた表を出した。粉の飛散量、糸の乱れ、作業者の咳の回数。地味な数字ばかりだ。けれど、現場には必要な数字だった。若い職員は表を見て、素直に頷いた。


「王都では、この項目を測っていませんでした」


「では、測ってください」


「はい」


 その返事が、少し嬉しかった。ガルヴァン局長のような人ばかりではない。王都にも、学ぼうとする人はいる。そう思えると、怒りだけでなく次の道が見えてくる。講習会の後、南区の女性たちが薬湯を用意してくれた。


 今度はわたしが作るのではなく、彼女たちが星濾工房の処方札を見ながら作ったものだ。少し蜂蜜が多い。けれど、喉に優しく、温かかった。


「おいしいです」


 わたしが言うと、年配の女性が得意げに笑った。


「薬でもおいしくしていいんだろう?」


「はい」


 言葉が、町へ移っている。それが何より嬉しかった。帰り道、ノラが跳ねるように歩いた。


「私、講師できました」


「よくできました」


「緊張しましたけど、みんな聞いてくれました」


「分かりやすかったからです」


 ノラは顔を赤くして、少し照れた。星風濾過器は、ただの魔導具ではなくなった。使い方を知る人、教える人、直す人、相談する人。その輪が広がっていく。工房が大きくなるとは、こういうことなのだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ