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一章 繰り返される時

 ハッとギンヨウは我に返った。ここは……?わたしは、何をして……。手元を見ると、作りかけのアクセサリーがあった。なぜかなくしていた音が、一気に蘇ってきた。

「――ギンヨウ?どうした?」

訝しげな落ちついた男性の声に、ギンヨウは隣を驚いて振り仰いだ。座るギンヨウの隣に立ってこちらを見下ろしているのは、濡羽色の短い髪の男性だ。顔を額から鼻まで仮面で隠した、ミステリアスな男性。仮面の穴から、切れ長の瞳が気遣わしげにこちらを見ていた。

そうだった。ここは、グロウタース・白虎野島にある、ギンヨウのアクセサリー工房だ。いつものようにアクセサリーを作っていると、風の王・リティルの兄である、力の精霊・ノインの訪問を受けたのだ。ここはグロウタースだ。ノインの背にはイシュラースではあるはずの濡羽色の翼がない。花の精霊でもあるギンヨウにもミヤマカラスアゲハの蝶の羽根があるが、殆ど生やしたことはなかった。

「あ、いえ……ええと、なんでやがりましたか?」

まったく何の話をしていたのか覚えがない。というか、我に返るまで何をしていたのか、覚えていない。ノインがじっとこちらを見下ろしている。ああ……何か重大な話をしていたんでやがりましょうか?ギンヨウは、苦笑を浮かべたまま背中に冷や汗をかいていた。

「すまない。部外者が言い過ぎてしまった」

ノインの方が退いてしまった。彼はそういう人だ。こちらを最大限慮って、優しくしてくれてしまう。彼について、恐ろしいだの怖いだのという噂を耳にする時があるのだが、ギンヨウはまったく怖くないし恐ろしくない。例えば、彼が戦って目の前で人型のモノを斬り殺して血まみれになっていたとしても、違う恐怖は感じても彼自身を怖いと敬遠することはないと言い切れるくらいには、すでにノインという人を信頼してもいた。

その信頼が、裏切られる日は来るのだろうか?ギンヨウは風の王預かりとなったが、風一家ではなく元の生活を保障されている。彼がギンヨウに見せない本性を見る機会は来るのだろうか?凶悪と謂われる、濡羽色の翼を背負った姿を、見る機会はあるのだろうか?

さて、何の話をしていたのか教えてほしかったのだが、しかたがない。待っていてもノインは、話してくれないだろう。ギンヨウは正直に告白することにした。

「あ、あ、あ……いえ、その、記憶がちょっと飛んでやがりまして、たぶんなんでやがりますが、因果分岐を、失敗……してしまいやがったのではないかと……」

ハッとノインが瞳を見開いた。そして、椅子を引っ張ってくると、ドカリと隣に腰を下ろした。彼が長居しようとすることはあまりない。一緒にいる姿を、一家の者に見られたくないようだからだ。だが、帰れとは言えなかった。因果分岐を失敗してしまったなら、ちょっとギンヨウ1人の手に負えるとは思えないからだ。誰かに助けてほしい。その誰かがノインなら、打開できるかもしれない。

「例の、リティルの代わりに大剣で貫かれる因果分岐か?」

ノインは、リティルの兄だ。世界最強の精霊と言われている力の精霊だ。あまり、親しくなるのはいけないとは思うが、彼が掛け合ってくれなければ、ギンヨウは否応なく風一家に入れられ、風の城に住むことを強制されていたことだろう。

風の王・リティルには、悪い感情はない。妻のシャナインの父親でもあり、世界の刃という異界の事象すら平定する精霊だ。ギンヨウのような、難しい精霊を放っておけない気持ちもわかる。が、3代目天照大鏡は「風の王にわたしてはならない」という言葉と共にミモザの精霊・アシュデルに托され、そうして生み出された精霊だ。托した者の言葉を鵜呑みにするのならば、風の王は、ギンヨウの天敵ということになる。あるいは、ギンヨウがリティルの敵?いやいやいや、ギンヨウが世界の刃の敵だなんて、あり得ない。こちらが踏みにじられるならばわかるが。……それもないか。

前任の2人が「風の王の犠牲の鏡」だったからと、風一家に入れていいのか?とノインが説得してくれ、ギンヨウは元の生活に戻れたのだ。しかしながら、シャナインが風の王の娘で、ギンヨウもグロウタースなので、風の王預かりなのはしかたのないことだったが。

それでも、ノインはギンヨウの生活を保障してくれた恩人なのだ。そして、それ以外にもノインには、精霊として基本的な力の使い方や力の高め方を教わり、こうやって苦言やら、相談にも乗ってくれる。未熟なギンヨウにはありがたい人なのだった。

ギンヨウとしては、ここで悠々自適に暮らしたい。暮らしたいのだが、視てしまった未来がある。せめてあれだけは回避しなければと思ってはいる。

「はい……。犠牲の因果分岐で、過去に戻ったみたいでやがりますね」

天照大鏡の固有魔法・因果分岐。それは、不都合な未来を視、それをギンヨウの何かを犠牲に変える自己犠牲魔法だ。ノインのおかげで、未来を変えても大怪我を負うことが少なくなってきた。というのは、霊力があればそこから使われることがわかったからだ。ノインは、おまえの努力の賜だというが、霊力の高め方を教えてくれたのはノインだ。感謝している。

そして、件の犠牲の因果分岐なのだが。この魔法はあまり使いたくはない。発動条件がギンヨウの死なのだ。ギンヨウが死に、過去へ戻る大魔法。それが犠牲の因果分岐だ。つまり朧気に未来の記憶があるギンヨウは、未来で死んだということだ。

 ギンヨウが犠牲の因果分岐について伝えると、ノインは顔をしかめた。

「思ったのだが、おまえの未来視自体が、犠牲の因果分岐ではないのか?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。が、ギンヨウはノインの顔をしげしげと見つめて、ハッとした。

確かに、あの絵はおかしいのだ。戦闘能力皆無のギンヨウが、リティルを庇って貫かれる?シャナインともおかしいと話していたのだ。……あれは、昨夜だっただろうか?いつ……?ああ、いけない。なんだから頭に靄が掛かっている。ノインがいてよかった。

「冴えてやがりますね」

「揶揄うな」

本当に心配そうだ。こんなに心配してくれる人が怖い?あり得ないと思う。

「だとすると……何なんでやがりましょう?」

ギンヨウは考え込んだ。シャナインは、いつの夜なのか夢を見たと言って泣いていた。彼女の泣き顔に、観念して因果分岐のことを話してしまったが「今」は、シャナインに話した日の後なのだろうか前なのだろうか?そんなことさえもわからないなと思って、ギンヨウは思わず青ざめた。考えれば考えるほど、あり得ない記憶があるのだ。辻褄があわないというか、まだ起こっていないと感じる記憶が確かにある。

「どうした?」

「あ、わたしは……何度も繰り返しているのでは?っと思ってしまいやがりまして……」

ノインの顔色が再び変わる。ああ、頼ってはいけないのに、頼ってしまう。この人を、風の城から引き抜いたとでも思われたら事だ。だが、現状頼れる人が彼しかいない。

「覚えていることはないか?」

「……あの、何の話をしていたんでやがりますか?」

ギンヨウは問うた。ノインとは何か、喧嘩というかをして、遠ざけたような気がする。だが、今彼はここにいる。彼を遠ざける前なのだ。では、どれくらい前なのか?そこから覚えていることを思い出していけば、因果分岐がいつなのかがわかるかもしれない。

「やり過ぎるなという話だ。風の城で、おまえの評価が2分している。悪ぶる必要はないだろう?」

ああ、その話か。ギンヨウは存外短気だ。風の城の通常業務は魔物狩り。精霊達の異界・イシュラースに現れる真っ黒な謎生物を狩るのがお仕事だ。戦うわけで、当然怪我もする。ギンヨウは因果分岐でその道筋を変え、皆を無傷で生還させているのだが、因果分岐は犠牲の魔法だ。ギンヨウは大抵怪我を負う。痛いわけで、こんな怪我これまでの人生でしてこなかったわけで、痛みと恐怖で「無茶な戦い方をしやがらないでください!」とブチ切れて怒鳴ってしまう。そうして、あれが日常の風一家の皆さんに、頼んでもいないのに勝手に戦場に飛び込んできて説教するうるさい奴と思われているのだ。風一家ではないギンヨウには、風の城での評価など関係ない。どうでもいいことだったが、ノインと少数のギンヨウを理解している人達にとっては不満らしい。

まあ、大怪我しようが死のうが関係ないと、知らんぷりしろとノインは言っているのだろうが、見えてしまっていて、わかっているのに何もしないのは目覚めが悪いのだ。

「あ」

ギンヨウは声を上げた。「今」がいつかわかったのだ。

「なんだ?」

「喧嘩した時でやがりましたか」

それに関して、ノインが風一家に何か言ってしまったらしく、ノインがリティルからギンヨウを盗ろうとしているとかいう変な噂を聞き、ギンヨウはノインと距離を取ることを決め、それがこの「今」ということだ。

「は?」

ノインが目を丸くした。いつもクールで落ちついている彼も、こんな虚を突かれた顔をすることもあるのだなと、なんだか新鮮な気持ちになった。

「このあと、わたしが言い返して、喧嘩になるんでやがりますよ。仕掛けたんでやがりますが」

ノインはギンヨウと喧嘩したと聞いて、半信半疑の様子だ。

そうだろう。ギンヨウは、自分で言うのも何だが大人だ。精霊的年齢28のノインとは27で1歳差。ノインは聡明でクールで大人だという評価だ。喧嘩になりようがない。普段では。けれどもギンヨウは辛辣短気な一面がある。これでも恩人であるノインの前では猫を被っている。アクセサリー工房の店主なのだから、本心を隠すのは得意だ。

ノインには礼を尽くして丁重に扱っていたのだが、距離を取ると決めた「今」ノインを怒鳴り散らして追い出したのだ。これはもちろん演技だったが。

「でも、必要なことだったと思ってやがりますよ?」

「喧嘩が、か?」

まあ、ノインがいかに聡明といえども、意味はわからないだろう。彼もまた、風の城での評価はどうでもよさそうだからだ。そんなんでいいのだろうか?仮にも風の王・リティルの兄だろうに。

「はい。理由は言わなくてやがりますよ?言ってしまいやがったら、喧嘩にならなくてやがりますので。けれども、今はいつなのか、わかりやがりました」

この人を利用して悪いとは思っている。だが、これは、ギンヨウだけでは越えられそうにない。

「甘えるのはこれっきりにしやがります。なので、今回だけは、協力してくれやがりませんか?」

「いつでも協力は惜しまない。今後も、遠慮なく頼れ」

はははと、ギンヨウは情けなく笑った。本当に申し訳ない。こんな、世界最強の精霊をぞんざいに扱ってしまうこと。だがまあ、頃合いだ。これ以上甘えてしまったら、この人、リティルよりもギンヨウを選んでしまいそうなのだ。それはダメだ。兄弟仲を引き裂きたくはない。

「ありがたくてやがります。では、今から言うことを信じて、助言しやがってください」

ノインは頷いた。何でも聞いてくれという自信を感じる。いいなこの人。こんな微妙な立場でなかったら、きっと仲良くなれただろう。ああ、今は誰がどう見ても仲良しか。と思ってしまった。

「シャナインが妊娠してやがるんですが、詳しく調べられなくてやがりますか?」

「…………………………すまない、もう一度言ってはくれないか?」

ははは。ノインも非常識な事を言われると、無のような顔になるんでやがりますね。とギンヨウはお約束をありがとうございます。と思ってしまった。

「シャナインの妊娠でやがります。そうなんでやがりますよ。精霊としては、あり得ないことが起こってしまってやがります。ノイン、是非とも原因究明に力を貸しやがってください」

精霊は、不老不死だ。世界に望まれてある日突然目覚めるという生まれ方をする。精霊の婚姻は、霊力の交換という相手の霊力を自分のものにするために行われる儀式の前準備として結ばれるものでしかなく、その儀式のしかたが交わりだとしても、上級以上の精霊同士で子供ができることはまずあり得ないのだ。

というのは、上級以上の精霊が司る力は唯一無二だからだ。司が必要な力なんてそうそう空きがあるわけがなく、ほぼ結実するものではない。例外はイシュラース、グロウタースともに溢れている草花だけ。それも、花の王以外に生まれる可能性は低い。ギンヨウが、父・アシュデルがいろいろ画策した結果、花の精霊としての顔も持つ特異な精霊で、シャナインは風の王と花の姫の娘で花の精霊の血を半分引いているとしても、ノインも無になったように子ができることはまずあり得ない夫婦なのだ。

「……………………天照大鏡の力か?」

「わたしはまだ未熟でやがります。この至宝が、どんな力を持っているのか、完全には理解できてやがりません。だとしても、精霊全体の理を無視するようなことはできないのでは?」

「そうだな。おまえは2つの顔を持つ特異な精霊だが、自然に子ができるとは思えない。……外からの影響……?その前に診察だな」

腕と足を組み、片手を顎に当てて思案する姿は、こんな雑然としたアトリエの中にあっても絵になる。スケッチさせてくれないだろうか?と余計な事を考えていたギンヨウは、急に顔を上げたノインと目があってドキリとしてしまった。

「あ、はい。そうしてくれやがると、ありがたくてやがります」

仮面で顔を隠しているが、この人は絶対に美形だ。美しいモノはいい。創作意欲をかき立ててくれて。余計な事を考えていたために声がうわずってしまった。ノインの瞳が「心労があるのだな?」と気遣ってきていたたまれない!

「ギンヨウ!って、あれ、ノイン?」

……来客の予定はなかったはずなのだが……。と急に開いた背後の扉に、ギンヨウは驚いた。しかもまずいことに、ノインは普段しない隣に座るということをしてしまっている。

「レ、レイシ、どうしやがりました?」

このがさつで空気の読めない来客は、太陽光の精霊・レイシ。紛れのなく風一家だ。がっしりした体躯で、顔の左側から首に黒い炎のような入れ墨が入っている。その背には炎の翼が生えていた。ここはグロウタースだ。グロウタースでは精霊は、精霊であるということを隠すために身体的特徴を隠すことが決められている。故にノインは濡羽色のオオタカの翼を消しているし、ギンヨウもあまり使う機会はないのだがミヤマカラスアゲハの羽根を消している。ここへ来るなら翼くらい消してくれといつも思う。

「あ、いや、用は別になかったんだけど……」

レイシは、あからさまにノインをうかがっている。ノインは小さくため息をつくと、そっと立ち上がった。

「話は終わった。ギンヨウ、邪魔をした」

「あ、はい。肝に銘じやがります」

当たり障りなく言葉を交わし、ノインはゆっくりと、レイシのいる扉へ向かった。あの扉の先は今は風の城に繋がっているようだ。普段はこんなことはない。ギンヨウが師匠と呼ぶ父のアシュデルは、精霊でありながらグロウタースでほぼ生活している放浪の精霊だ。グロウタースの各所にここのような工房がある。それを扉1つで行き来できる魔導具・アッシュの鍵で行き来しているのだ。その鍵を、リティルも持っている。ただ、管理は杜撰のようだ。こうやって、レイシのような下っ端が使えてしまうのだから。リティル達中核の精霊・風四天王とノインは、必ず連絡をくれる。ノインは特に気を使ってギンヨウを訪問している。こんな遭遇はまず起こらないのだ。

ノインは、レイシの隣をすり抜けて去って行った。もう少し話したかったのだが、しかたがない。連絡を待つかシャナインを捕まえる事ができたら連絡しよう。

「レイシ、何か用でやがりますか?」

ギンヨウは営業スマイルを浮かべて、もう一度問うたのだが、レイシからは要約すると用事はないという返答しか得られなかった。


 風の副官、雷帝・インファが、その話を聞いたのは偶然だった。風一家の集う、天井が恐ろしく高く床面積が無駄に広い応接間に魔物狩りから戻ってきたインファは、どこからか帰ってきたらしいレイシに遭遇した。

「あ、兄貴」

彼の手に、アッシュの鍵があるのを見て、インファは眉根を潜めた。あの鍵は、アシュデルかギンヨウのいるところに繋がる。あれがここにあるのは、アシュデルの善意によるものだ。

アシュデルは、風の王の娘で闇の王・陰りの女帝の王配だが、風一家ではもちろんなく、協力精霊だ。

ギンヨウは、未知の至宝といわれている天照大鏡の精霊であることが判明し、風の王預かりだが風一家ではない。ノインと百花の治癒師の異名を持つ風一家の治癒の要、牡丹の精霊ペオニサが猛反対し、風一家ではなく預かりとなり、元のグロウタース・白虎野島のアクセサリー作家を続けているギンヨウは、善意で自己犠牲魔法・因果分岐や霊力回復効果のある料理を作ってくれているにすぎない。だというのに、ギンヨウは風一家だという雰囲気が漂い始めている。いいとはいえない。ギンヨウは「風の王に渡してはならない」という遺言のもとアシュデルに托された至宝だ。風一家に入れてしまうことは、陰りの女帝の王配を裏切ることにもなりかねない。だというのに、父王・リティルは呑気なところがあり、インファは頭を痛めていた。

「レイシ、断りなくアッシュの鍵を使ってはいけません」

アッシュの鍵が無断で使用されることも、インファの頭痛の種だ。使用できるのは、風の王であるリティルと副官のインファだけだと決まっている。それを、レイシもしっているはずだ。だが彼は、咎めたインファに眉根を潜めた。

「別に悪いことに使ってないだろう?けど、謝るよ。なんか、ギンヨウ、ノインと重要な話してたっぽくて、オレ、邪魔したっぽいし」

ノイン?ノインがギンヨウと会っている?何のために?インファは、ギンヨウとは極力関わらないようにしていた。遺言を重く受け止めた結果だ。リティルがギンヨウに近づくことにも注意を払っていた。だのに、隠れてギンヨウに会っている?

ノインは独断で動く。ギンヨウに問題がないかを探るために接触したことは知っていたが、彼は問題ないと言い切った。ノインは問題のなくなった弟子とは必要以上に交流しないのだが、ギンヨウには未だに会っている?

ペオニサと共謀して彼の一家入りを阻止してくれたが、ギンヨウに未だに会っている?裏のことも知り尽くしているノインが?

インファはふと「ノインがギンヨウにつけば、リティルであっても手出しはできない」とある人が言っていたことを思い出した。ノインがギンヨウを?なんのために?インファは気になった。


 牡丹の精霊・ペオニサは、繁栄と衰退の異界・グロウタースで官能小説家をしている放浪の精霊でもある。両耳の上に大輪の牡丹の花を咲かせた、2メートル近い身長の華やかな男性だ。ノインとは殆ど精霊的年齢が違わないが、彼のような大人の落ち着きはない。

「ペオニサ、付き合え」

グロウタースで作家業の仕事を終えて風の城に帰ろうとすると、ノインに拉致された。別に断ってもよかったのだが「ギンヨウの事で」と言われれば、無条件で頷いていた。

ノインとは、ギンヨウの一家入りに関して意見が合い、説得の殆どをさせてしまった引け目もあった。そのせいで彼は、インファと少し距離ができてしまったような気がするのだ。ノインは長らくインファの相棒を務めていた。親友とそんな人が、仲違いをしてしまうのは見過ごせなかった。ペオニサは、ギンヨウは戦えないしアクセサリー作家だから、一家入りには反対だ!とノインが風の王預かりに留めてくれたあともことあるごとに主張して、ノインの援護に努めていたが、ペオニサがインファに疑われることはない。だのに、ノインは一家からも距離を置かれ始めている様子だ。オレのせいでごめんとノインに言っても彼は「汚れ役はオレの仕事だ」と言う。そんなのよくないのに……と思いながらも、何もできないでいた。

 ノインに連れられて、ペオニサがこんなお城に勝手に入っていいの?とビクビクしながらついて行くと、貴賓室らしきこれまた金銀をあしらった豪華な部屋に入った。話には聞いていたが、装飾が変わっている。花瓶にキノコが生けられているのだから。

「兄さん、来てくれたんだね?」

わーお、豪華!と当たりを見回していると、見知った声がかけられた。見れば、濃い緑色の長い髪を襟足で束ねた、猫背の背の高い中年男性がいた。両目は固く閉ざされていたが顔をしっかりこちらに向け、口元には笑みが浮かんでいる。魔導の好んで着るローブ姿の彼は、ミモザの精霊・アシュデル。盲目の大魔導という異名を持つギンヨウの父にして、ペオニサの弟だった。

ここはグロウタース・黒夜の曙。ペオニサはグロウタースの各所に出版社を置いているのだが、ここにはない。弟のアシュデルもグロウタースの各所に小物や魔法薬を作って売る工房を持っているが、ここには工房はなかったはずだ。接点がないはずなのに、ギンヨウ絡みでここ?ペオニサは訳がわからず首を傾げた。

「アシュデル?おまえも……ってそっか。ギンヨウ絡みだもんね」

花の王の子供達は11人いる。その中でペオニサとアシュデルは大の仲良しだ。もう1人、現在花の十兄妹という諜報機関を束ねているフリージアの精霊・リフラクとも仲がいい。

「ギンヨウはまだか?」

ノインが言った。アシュデルは眉尻を下げた。

「手こずってるみたいだね。レイシに密会を見られたんだって?」

密会?レイシに見られた?ペオニサにもその言葉の不穏さはわかるつもりだ。でも、密会って……ノインとギンヨウはそんなに親密だとは知らなかった。

「話し込んでしまった。オレのミスだ」

「どこ行くの?」

踵を返すノインに、ペオニサは声をかけていた。

「迎えに行ってくる」

大丈夫だろうか?とペオニサはなんとなく思った。ノインが、ギンヨウといるところなど見たことがない。今誰に捕まっているのかわからないが、その人の前から連れ去れば、ノインに変な噂が立たないだろうか?ノインは、皆のことには気を配るくせに、自分の事には無頓着だ。ノインがギンヨウを連れていけば、ギンヨウが攫われたと思われてリティルが攻めて来かねない。と思ってしまって、あれ?リティル様って敵なのか?どうしてそんなこと思ってしまったんだ?と首を傾げた。

ノインが返答する前にアシュデルが止めていた。

「ノイン、ちょっと待って。君が風の城でこれ以上孤立するような事になると、ギンヨウが悲しむよ?もうちょっと待ってみよう?」

ギンヨウ、悲しむんだ?え?待って、ギンヨウ新婚なんだけど、ノインとも……?思わず小説のネタになりそうだと思ってしまった。当たり前だが風の城に殆どいないギンヨウが、ノインと話している姿など想像がつかない。世界最強の騎士とアクセサリー作家。職業の面からも2人に接点はない。だというのに、密会していたり、ノインに何かがあると悲しんだりするなんて、これはもう、ペオニサの小説家魂の琴線に触れてしまう。禁断の恋愛的な意味で――。

「ペオニサ……盛り上がっているところすまないが、おまえが思っているような間柄ではない。ギンヨウは冷静沈着だが、どうにも無防備で気になるだけだ」

「冷静沈着ね。装ってるだけで、内心は動揺しているよ?短気だし」

アシュデルが眉尻を下げた。ああ、わかるとペオニサは思った。

「因果分岐させるとすげえ怒るよね?自分の身がかかってるから当たり前だけど。ねえ、アシュデル、因果分岐止めさせてくれねえかなぁ。ギンヨウの善意をいらないなんて言ってる人もいるし、しなくていいと思うんだ。うん」

むしろ、風の王預かりもいらないと思う。アシュデルがついているのに、ギンヨウにリティルが必要だとは思えない。むしろ逆か。リティルがギンヨウを欲しているのならばわかる。ん?あれ?それって、超危険なのでは?

「オレもそう思っているが、その点だけはギンヨウは頑なだ」

「因果分岐を止めさせることは、無理だと思う」

アシュデルが抑揚なく言った。多くを語らないところを見ると、何かありそうだが言いたくないようだ。

「仕事熱心とかそういうこと?真面目だよねぇ、ギンヨウって」

放っておけばいいのに。むしろ放っておけとペオニサは思う。死ななければ、ペオニサが癒やせるのだ。ペオニサがいるからいいでしょう?と思っている者もいるわけで、無茶な戦い方をする者の愚行をギンヨウが被る必要はないと思っている。それとも、彼が飛び込んでくるときには法則があるのだろうか?衣服を自身の血で染めながら説教する姿は、鬼気迫っても見える。

「あの子も存外不器用なところあるから。でも、因果分岐は止めさせられないんだ。ギンヨウにはリティル様を、風一家を見捨てられないよ」

「不穏な言い方だな。誰かの死が、見えてしまったか?」

「そう思ってもらって、構わないよ」

神妙なアシュデルの様子に、風の王預かりである現状も彼に負担をかけていることを察した。本当に危険だ。このままリティルに固執されたら、ギンヨウはすり減って割れてしまいそうだ。もしかして、ギンヨウをどうやって守ろうか?という話し合いに呼ばれたのだろうか?ペオニサはまだ、ここに連れてこられた理由を聞いていなかった。

「ねえ、ノインが引き受けちゃダメなの?ノイン、リティル様のお兄さんなんでしょう?風の王に渡してはいけないっていう遺言も、ノインなら外せるし、リティル様とも繋がってるよねぇ?それでリティル様、よしってことにならない?」

ノインは押し黙ったまま何も答えてくれない。なぜかアシュデルが答えてくれた。

「それは、難しいと思うよ。ボクもノインがついてくれればと思ったけど、風一家の中のノインは微妙な立場なんだ。今は出しゃばらないことで摩擦が起きないようにしているけど、ここ1年見ていて、思ってしまったんだ。君は優秀すぎるって」

「買いかぶりだ」

すかさずノインは否定した。どうしてだろうか?ノインが超優秀なことは事実だと思うのだが。

「そう?ここがもしグロウタースなら、十分リティル様を排除して風の城の主になれるよ?君は裏で動きすぎていると思う。その恩恵を知らず、ずいぶん皆君を蔑ろにしているね」

アシュデルが不満そうで、ノインはというと涼しい顔をしている。

「オレは、騎士だ。頂点に立つのは性に合わない。そういう意味では、風の城は居心地がいい」

アシュデルが呆れ気味に言った。

「リティル様を主君と仰いでいないのに?」

「え!?そ、そうなの!?」

ペオニサは、今日一番驚いた。なぜなら、風の王・リティルの騎士だから、ノインは風の城にいるのだと思っていたのだ。それは、風一家の皆がそう思っていると思う。下手をすればリティルも。そうでないなら、なぜ風の城にこの人いるんだろう?と思って当然の実力があるのだから

「そうだ。だが、言うべき事ではない」

「ノイン、それを公表してギンヨウについて」

「アシュデル、風の城と争う気か?」

「それも辞さない。君がいてくれるなら、ギンヨウを切り離せる」

ペオニサはさらに驚いた。アシュデルがすでに風の城はギンヨウにふさわしくないと、見切りをつけていたことにだ。アシュデルもまた風の王・リティルには恩がある。妻の父でもある。リティルに悪感情はないと思っていた。

だが、それとこれとは違うとペオニサにも理解できる。かくいうペオニサも、ギンヨウは風の城にいるべきではないと思っているのだから。

「リティル様はいい人だ。でも、甘い。ギンヨウは難しい子だよ。風一家ではやっていけない。ギンヨウを引き取る気満々だったリティル様とインファ兄を説き伏せられた君なら、ギンヨウを穏便に切り離せるんじゃない?」

「インファも、ギンヨウを引き込む気だったの?」

政に疎いペオニサも薄々思っていた。親友で副官のインファも、ギンヨウを風の城に住まわせようとしていたことを。風一家は一部例外はあれど、基本一緒に暮らしている。共同で生活した方が、戦いばかりの城だ。効率がいいのだ。それに精霊は、存在していることが仕事のような種族だ。住処などどこでもいい者が殆どだ。グロウタースで別の顔を持つ、ペオニサ、アシュデル、ギンヨウが特殊なのだ。

「インファ兄は、ギンヨウの特異性を心配していたんだ。精霊大師範だから、調べたかったのかもね。でも、ギンヨウは優秀で、ほぼ至宝を使いこなしているし兄さんの言うように、グロウタースでの生活があった。だから、渋々今の状況に甘んじたんだ。ノインがいなかったら、ギンヨウは今頃風の城に住んでいたよ」

ノインが小さくため息を吐いた。

「貴殿の懸念はもっともだが、前任の2人が風の王の犠牲の鏡だったことは事実だ。オレが動けば、最も人心を掌握している風の王から天照大鏡を奪ったとして争いとなる。リティルはギンヨウを守っている気でいる。リティルを信じている風一家は、オレやオレに加担した者を許さないだろう」

両者がぶつかった先にあるのは、風の城の滅びだ。だがノインは風の城を滅ぼさず、自分がすべてを被ってしまうような気がペオニサにはした。

「それでも、ギンヨウを選んでよ。ノイン」

「ギンヨウも望まない。あの御仁は、リティルを庇う自分の姿を見たが為に、今の位置に甘んじている。オレ達が争わないでもいい道を、自分を犠牲に歩むだろう」

ノインは、ギンヨウを理解しているんだ。ペオニサは思った。アシュデルがいうように、ギンヨウを守るにふさわしいのは、リティルではなくノインなのだろう。

「案ずるな。これまで通り、暗躍させてもらおう」

「危険だよ?」

「日常だ」

目が開いていたなら睨んでいるだろうアシュデルと、涼しげな雰囲気を崩さないノイン。ペオニサは両者の間でオロオロしていた。アシュデルが危機感を抱き、同じ危機感を抱いているノインはギンヨウを重んじて動かないという。2人とも、ギンヨウを想うという根っこは同じなのに、共闘できない。ペオニサは?と問われても、どちらにつけばいいのか決められない。

だが、思うに、ノインは動きたくても動けないが正解のように気がする。長年風一家に、中核には入っていないが中核の傍にいて、現状を正しく深く把握しているノインは、現時点ではギンヨウを自由にはできないと結論を出しているのだ。では今後、ギンヨウが自由になる道はあるのか?と思うが、それは、ギンヨウがノインを選び、ノインもギンヨウを選ばねば実現は不可能だとなんとなく思う。

ノインはリティルの兄だ。長年、リティルの築いた風一家を裏で守り支えてきた。それを、ギンヨウは理解している。だから、ノインと関係していることを隠し通しているのだ。彼ならできると思えてしまう時点で、ギンヨウは優れている。

ずっと前、特殊中級精霊だと偽られていた時から、優秀な子だとは思っていた。アシュデルは連れ歩けば、いろいろと楽できるだろうに。とも思っていた。だが、アシュデルはギンヨウを白虎野島から出さなかった。リティルに目をつけられ、ほしいと思われてしまうことが怖かったのだと今ならわかる。

「はあ、遅くなってごめんねぇ?レイシが余計なことをインファに言ったみたいでねぇ、監視がキツくて巻くのに時間がかかってしまったよぉ」

ノックもせずに扉を開いて入ってきたのは、美少女と見間違うほどの可愛い男性だった。諜報機関・花の十兄妹、長兄代理、フリージアの精霊・リフラク。ギンヨウの悪友を自称する、ペオニサの弟でアシュデルの兄だった。


 ギンヨウは、辟易していた。シャナインを捕まえて、グロウタース・黒夜の曙に行く。たったそれだけであるのに、満足にはできなかった。というのは、魔物狩りを終えたシャナインを捕まえて、ノインとアシュデルと約束している場所に向かおうとしていたら、招かれざる客に会ってしまったのだ。

イシュラースの上空で、シャナインを捕まえたことがまずかったかもしれない。薄々、監視されていることには気がついていたが、ノインが何食わぬ顔で接触してきていたし正直舐めていた。

ギンヨウは前触れなく現れたインファを前に、冷や汗をかいていた。シャナインはきっとわけがわからないと思うのだが、ヒソリと囁いた。

「風の執事・ラスは、ノインの弟子で、お兄ちゃんの忠実な部下です。ギンヨウ」

風の城には、風四天王と呼ばれる一家を運営している者達がいる。

風の王・リティル、副官、雷帝・インファ、補佐官、煌帝・インジュ、そして、執事、旋律の精霊・ラス。ラスの諜報は、花の十兄妹に匹敵すると言われていたが、本当に?と疑問だった。だったのだが、ノインの弟子だと聞けば納得だ。そして、しくじった。風の領域でないからと油断してしまったが、風はどの領域にも吹いている。ラスはそれらを掌握しているのだろう。でなければ、こんなに絶妙なタイミングでインファが来てしまうことはあり得ない。

もう少し、風の城の内情を知っておくべきでやがりましたね。ギンヨウは笑みを貼り付けたまま、インファを出迎えた。

「ギンヨウ、魔物狩りは終わっているとはいえ、戦場に出るのは危険ですよ?」

「はあ、すみません。シャナインと話すことがあったんでやがります」

あくまで、こちらを心配している体を装うインファが、何を考えているのかわからない。ギンヨウは、盲目の大魔導・アシュデルの一番弟子として、目が閉じているために何を考えているのかわかりにくい師匠の感情を読んできた。だが、インファは無理そうだ。ギンヨウが実は息子だったという事実を隠していたとしても、アシュデルとギンヨウの間に壁はなかった。ようはアシュデルの感情を読むことなど、難易度が低かったということだ。この本心を見せない信頼関係の希薄なインファには、ギンヨウの目は通用しなかった。

「夫婦なんですよ?念話ではダメだったんですか?」

その通りだ。話だけでは、夫婦間ならば念話が繋がる。だが、シャナイン本体が必要だったのだ。さて、どう返したらいいものか。

「デートしようと思っていたんでやがりますよ。まだ仕事があったんでやがりますか?」

シャナインにもまだ、突然の訪問の理由を言っていなかった。空中で声をかけた時、彼女にも大いに驚かれてしまった。

「あれがみつかったのですか?ギンヨウ」

あれ?……あれ??あれとはなんでやがりましたか……。と思ったものの、真面目な表情を崩さないシャナインが咄嗟にくれたことだ。最大限生かすのが、できる夫の勤めだ。

「はい。すみません。早く一緒に行きたくて、来てしまいやがりました」

苦しい言い訳だろうか?苦しいな。ここは、大半が様々な水に覆われている水の王の治める水の領域の上空だ。水の領域は戦闘集団風一家であろうと苦手な戦場だ。水中では息ができないのだから、さすがの風の精霊も苦戦すると聞く。百発百中のスナイパーであるシャナインも、囮役がいてやっと仕留められるくらいだという。よくは知らないが。本日の相棒は別の戦場へハシゴするというので、シャナインと合流した時にはいなかった。

水の領域は、水の中に何がいるかわからないので、離脱するまで気の抜けない危険地帯なのだった。いろいろと焦ってしまっていたようだ。せめてシャナインが水の領域を離脱するまで待てばよかった。

「どこへ行くんですか?送っていきますよ?」

……空気の読めない男だ。新婚夫婦のデートを邪魔しようというのだろうか?イラッとしたが、シャナインが僅かに驚いているのが感じられた。シャナインは殆ど表情が動かないため感情を読みにくいが、実は目は表情豊かだ。夫婦となり、霊力が交換され、よりはっきり彼女の感情を感じられるようになっている。妹のシャナインが兄の言に驚くということは、こんな男ではないということだろう。

「わたしがいるのに、ギンヨウの護衛にお兄ちゃんまで必要ありません。ギンヨウに用事だったのですか?お兄ちゃん」

何もしらないシャナインが問うた。

「少し前、レイシが行きませんでしたか?」

レイシ?ああ、用らしい用もなく突撃してきて、ノインとの貴重な時間を邪魔してくれた。今後ノインに危ない橋は渡らせないようにとすると、彼との通信手段を確保した方がいいなと思わせた事件だった。

「用があったのは、あなただったんでやがりますか?連絡もなくいきなり来やがって、要件は何もなくてやがりましたよ?」

「迷惑だったんですね?」

探るようでやがりますね。と思って、何を?と思ったところで、ノインと会っていたことが知られたことがわかった。ああ、本当に不自由だ。誰と仲良くしようが勝手だと思うのだが、風一家ではそれすら許されない事らしい。薄々感じていた。ノインが徹底してギンヨウと繋がっていることを隠そうとしていることを知っていたからだ。

ギリッとギンヨウは奥歯を噛んでいた。なぜ、因果分岐で見えた絵がリティルなのだろうか?あの人なんぞ守りたくない。ギンヨウが守りたいのは――

「当たり前ではありませんか?ギンヨウは、納期という絶対に守らなければならない契約のある品物を作っているのです。用もなく、連絡もなくギンヨウの時間を奪うのは、いけないことです」

ギンヨウの前へ出たシャナインが、毅然と副官に意見してくれた。少しばかり、ギンヨウは冷静さを取り戻した。シャナインは思うところがあったらしく、彼女には珍しく口が止まらない。

「アッシュの鍵の管理を徹底してください、お兄ちゃん。ギンヨウは風一家ではありません。風の王預かりです」

「ですから、把握しなければならないんです。それは、ギンヨウの安全を守ることにもつながるんですよ?」

安全?では、ノインを正式につけてくれればいいのでは?と出かかった。だができないだろう。ノインは風の王・リティルの兄ということになっているが、風の精霊ではない。力の精霊という精霊がどんな精霊なのか、ギンヨウはよくわかってはいないが、風の精霊ではないことはわかる。風の王は、ギンヨウを風の精霊に管理させたいのだろう。

「わたしには、シャナインという妻がいるんでやがりますよ?戦闘能力は申し分ないと聞いてやがりますが、シャナインでは役不足なんでやがりますか?」

風の王・リティルは、天照大鏡を諦めてはいないのだと、ギンヨウは悟った。とするなら、風一家の中でノインの立場は微妙だろう。組織の長に物申した事になるのだから。もしもギンヨウが彼の手を取ってしまったら「風の王の生贄の鏡」を、風の王の物にしないようにしている反逆者だ。

ああ、ノイン……気にするなとは、あなたは大分無防備でやがりますよ?世界最強の精霊の傲りか、彼を見る限りそんなふうには感じないのだが、そうとも取れる態度だ。大丈夫だろうか?レイシに密会を1度見られたくらいで副官がしゃしゃり出てくる事態になってしまったのに「問題ない」のだろうか?とてもそうだとは思えない。

「いいえ、決してそういうわけではありません」

「あなたはわたしを怒らせたいようだ」

インファは、僅かに慌てた様子で否定した。だが、意図の読めない訪問で、貴重な時間を奪われているギンヨウは、怒ってもいいと思う。皆、ギンヨウが短気で尊大な男だと知っている。風一家の中でギンヨウの評価が下がっても、殆どあの城の敷居をまたがないのだ。知ったことではない。

「わたしの自由を保障してくれるのでは、なかったんでやがりますか?徐々に締め付けを厳しくし、わたしを手に入れる魂胆でやがりましたか。これが、風の王のやり方なんでやがりますね」

いいだろう。大人しくしている必要はもうない。ギンヨウは元々無礼にできている。やりたいように、やらせてもらおう。それで死んだとしても、それが風の王・リティルの答えだ。

「ギンヨウ、違います。オレは、あなたが心配なんです」

「心配?人の交友関係に勝手に探りを入れてきやがることが、でやがりますか?レイシを使って探りを入れるなんて、大概でやがりますね」

レイシはインファに命じられてはいない。だが、シャナインが言ったように、レイシ如きがアッシュの鍵を使えてしまった事実は覆らない。

「ギンヨウ、ノインは危険です!」

ああ、やはりそう思っていたんでやがりますね……。ギンヨウは一瞬怒りが沸点を超えていた。ノインは危険でも何でもない。むしろ、そんなにギンヨウが心配だというのならば、彼をつけてほしいくらい信頼している。彼自身、この1年本当に気を使ってくれた。戦いを知らないギンヨウを怖がらせないようにと、配慮してくれていることも気がついている。彼は優しく、話せる人だ。ギンヨウが甘えてしまえばきっと、甘やかしてくれる友人だ。

「ノイン。でやがりますか。雷帝・インファ、わたしはあなたなどよりもよほど、ノインを信頼してやがりますよ?友人を悪く言うのはやめていただきたい」

「あなたはノインを知らないんです。彼は、あなたの世界とは違う世界に生きています」

本当に、腹立たしい。信頼している友人だと、言っているというのに。頭ごなしにおまえは騙されている!なんて言われるとはさすがに思っていなかった。ギンヨウが知らないとでも思っているのだろうか?思っているのだ。城にいないギンヨウは、一家の事などしらないとインファは思っているのだろう。

「だからなんだというんでやがりますか?わたしもノインもわきまえてやがりますよ。互いの世界を侵すことなく、楽しく友人関係を築いてやがります。ノインがわたしと仲良しなことを言わないのだとすればそれは、あなたがいう危険だという過剰反応を起こさせないためだったんでやがりましょうね。ああ、不自由でやがりますね。わたしは、ノインが訪ねてくれなければ、会うことも、話すこともできやがらないというのに」

「望むのでしたら、わたしがノインを連れて参ります。ギンヨウ」

シャナインが魅力的な提案をしてくれる。ノインがどう言うのかはわからないが、彼がいいというのなら、是非ともそうしてもらいたい。

「ノインと会う予定ができやがりましたね。あの人、どこにいるんでやがりましょうか?」

「そのうち捕まえます。それよりも、デートです。ギンヨウ」

なんと素敵な妻を娶ったのだろうか、わたしは。さらりと本題に戻してくれた。さて、それでは行こうかとすると、インファにまたしても引き留められてしまった。

「待ってください、シャナイン!許されることではありません」

「なぜですか?ノインは博識で頭がいいです。世界を知りたいのに知らないギンヨウにたくさん話をしてくれ、なおかつ護衛も十分できます。風の精霊でないので、アシュデルに警戒されることもないはずです。レイシを使うよりもよほど安全です」

レイシがギンヨウに凸したことが、シャナインには許せないらしい。相棒ではなかっただろうか?ギンヨウとしては、レイシがシャナインの相棒でいることにも物申したい。ギンヨウは風一家ではなく、戦いのことはまったくわからないので言えないでいるだけだ。だが、シャナインの前世の元夫と言っても過言でない彼が、シャナインの傍にいるのは気分のいいものではないことは確かだ。

「レイシが無断で行ってしまったことは謝ります。すみません、オレの落ち度です。ですが、ノインのこととは話は別です」

まだ言うか!とイライラが爆発しそうな時だった。

「こんな所にいたのかい?来ないから捜しに来たよぉ?」

彼の声を聞いたギンヨウは、怒りが鎮火するのを感じた。助かった。彼、リフラクが来てくれたのなら安心だ。

「リフラク、あれを見つけてくれたのは、リフラクなのですか?案内人がリフラクだったとは、驚きなのです」

意味がわからなかっただろう。だが、リフラクは浮かべた可愛らしい笑みを崩さなかった。

「ああ、君を驚かせようと思ったんだけどねぇ。ギンヨウ、君が後手に回るなんて珍しいじゃないかい?」

「いいえ、すみません、迎えに来てくれやがって」

肩をすくめて答えれば、リフラクは頷きインファを見た。

「ということで、ギンヨウ達は連れて行くよぉ?約束していたんでねぇ」

リフラクに「約束していた」と言われてしまっては手が出せないようだ。インファはやっと引き下がった。

それからリフラクに連れられて、世界を渡る力を持つ神樹を通り、グロウタースのアッシュの工房の1つを経由して、やっと黒夜の曙にたどり着いたのだった。


 ギンヨウが、リフラクとシャナインと共に黒夜の曙の城にある貴賓室に入ると、ノインがすぐに歩みを進めてきた。ギンヨウも彼の前に立つ。中肉中背のギンヨウよりもノインは20センチは高い。同じくらいの背のシャナインと同じく、ギンヨウは彼を見上げた。

「あなたは、相当に警戒されているんでやがりますね」

ノインが無事だったと、ギンヨウはホッとして苦笑していた。だが、返ってきた返答にはガッカリすることになった。

「……すまない。この因果分岐が外れたならば、離れよう」

こういう人だ。ギンヨウにいらない火の粉が降りかからないようにと、身を引いてしまう。ノインこそ、風の城で生きづらくはないのだろうか?心配になるが、風の王預かりがいつの間にか風一家になっていそうなギンヨウでは、彼を庇いきれない。

「不自由でやがりますね。リティルはシャナインの父親だからと、穏便にすませてやがりましたが、わたしは、あなたを友人だと思ってやがりますよ?あなたは、違ったんでやがりますか?」

ノインがそらしていた視線を戻してきた。僅かに驚いているのがわかった。なぜだろう?薄情だと思われているのだろうか?得たい者を得られず、どうでもいい者が寄ってくる。こんな煩わしいことは初めてだ。驚きはすぐに消え、ノインは唇を引き結んだ。

「オレを選ぶべきではない」

「わたしに見せている姿が、すべてではないからでやがりますか?関係なくてやがりましょう?この1年、関係なくてやがりましたよ?わたしは案外、楽しかったんでやがりますが、そう感じていたのもわたしだけでやがりましたか」

腹が立つ。選んではいけないというのならば、近づくべきでさえなかったのだ!どうしてくれるのだ!もう、知らなかった頃には戻れないというのに。

「ノイン、お兄ちゃんは過剰です。レイシを使ってギンヨウの私生活を抜き打ちしたのです!ギンヨウが不自由なのであれば、わたしは風一家を出て行きます。一緒に来てくれませんか?」

シャナインは本気でやりそうだ。だが、どうしようというのだろうか?ギンヨウは、風の王預かりだ。新たな寄生先を用意できると言うことだろうか?いや、シャナインに何の考えも対策もないだろう。

シャナインの言を本気と受け取って、ノインがぽつりと言った。

「ギンヨウを、太陽王の預かりにできないか掛け合った」

「動いてたんだ。すげぇ」

ペオニサが驚いている。それで?それで?と先を促す瞳には期待があった。ペオニサは、ノインと思いを同じくしてくれたらしい、今でもその思いは変わっていないようだ。

「だが、太陽王はリティルに甘い。リティルのもとなら安泰だろうと、取り合わなかった」

それを聞いて、ペオニサはガッカリした。

「じゃあ、さあ、花の精霊のよしみで花の王・ジュールは?」

花の王・ジュールはペオニサとアシュデル、リフラクの父親だ。ついでにイシュラースの三賢者筆頭という異名を持つ賢者でもある。

「ジュールは、アシュデルの息子を囲えば角が立つと門前払いだったな」

「父さんも、リティル様とは事を構えたくないんだろうね。ギンヨウはもしかすると、敵ぐらいに思われているかもしれないよ?」

アシュデルの声は底冷えしていた。なんということだ。風の王・リティルに近づきすぎないようにしていたら、別のところで嫌われる羽目になるとはとんだとばっちりだ。

「ノイン、なぜリティル様の下にいるんだい?」

リフラクが問うた。

「おまえ達と似たような理由だ。この世に目覚めた時、リティルには世話になった」

「もう恩は返しただろう?ボクはインファの味方でいるつもりだったけれど、独立機関が癒着するのは如何なものか?と貴重な意見をもらってねぇ。インファとラスと話し合って、距離を保つことにしたよぉ。2人は話がわかるねぇ。リティル様は違うのかい?」

リフラクの人生最大の大事件に、ギンヨウは立ち会っている。その後、特殊中級精霊だと偽られていたギンヨウが、天照大鏡という至宝の精霊に覚醒した時にリフラクも関わっている。そんなよしみで、リフラクはギンヨウの悪友だと言って構ってくれる。ギンヨウにとって、私生活を充実されてくれる友人がリフラクで、精霊社会を教えてくれる頭のいい友人がノインなのだった。

「そうはいわないが、ギンヨウの事はデリケートすぎる。リティルは、自分が歴代最年少で、体格にも恵まれていないことに引け目を感じている。前任の2人の天照大鏡が風の王の為に割れた事実があり、3代目の天照大鏡がリティルの下を去ればどうなると思う?」

「え!?まさか、天照大鏡に命を賭けてもらえなかった風の王になるのが嫌なの?嘘ぉ……リティル様、もっと懐がでかいと思ってた……」

ペオニサが愕然としている。

「ははは。わたしは、他人のために命を賭けられるような、そんな殊勝な精神は持ち合わせてやがりませんよ。そうでやがりますか。わたしがこれ以上離れられないように、すでに情報が回ってやがるんですか」

ギンヨウはノインを見た。

「それをした者に、心当たりがあるんでやがりますか?この際でやがりますよ。言ってしまいやがってください」

ノインは言わないかと思った。だが、言わなかったら皆誰かを邪推するだけだ。もちろんギンヨウも。

「……影響があったというだけだ。リティルはおまえを、手放したくない様子だからな」

口にはしていないが、リティルがそんな素振りなので、一家の者が王の願いを叶えようとした。ということらしい。

「わかりました。ノイン、この件が片付いたら、離れやがりましょう」

「いいの!?ギンヨウ、だって……」

ノインの事、好きでしょう?ペオニサの顔はおしゃべりだ。

「わたしが力をつけ、風の王よりも強くなったら、ノイン、あなたを騎士としてもらい受けやがります」

インファの態度は最低だった。仮にも相棒だろう!と思った。ギンヨウが何も知らないと思っていることも腹立たしい。だが、これまで大人しくしすぎた事は確かだ。目に物見せてくれよう。ギンヨウはそんなに大人しい男ではないのだと言うことを、キッチリ知らしめてやろう!

ムカムカと腹の中が煮えくり返っていると、突然ノインが笑い出した。

「フッハハハハ!おまえは本当に……ハハハハ。了解した。天照大鏡、その時はおまえの勧誘を受けてやろう」

よし!アシュデルをふと見れば、笑いを堪えている。世界最強の力の精霊を口説くいつ死ぬかわからない脆い鏡の図は、それはそれは可笑しかったらしい。

 ふうとギンヨウは一息つくと、シャナインを見た。本題はノインではないのだ。未来から戻ったあと、徐々に蘇ってきた記憶によれば、シャナインは身ごもっているはずだ。

「シャナイン、ペオニサの健康診断を受けやがってください。わたしの記憶が確かならば、重大な事がわかるはずでやがりますので」

シャナインは首を傾げた。身体に不調はないようだ。それは何よりだ。なぜなら彼女は、命がけの戦いに身を投じているのだから。懐妊を知っている今、途轍もなく心臓に悪いのだが、蘇った未来の記憶では彼女が流産するような事はなかった。

ペオニサもなぜに健康診断?と顔に書きながらも、ギンヨウの要望を聞いてくれた。

「にわかには信じがたいけど、本当なんだね?」

2人が続きの間へ行ってしまってから、アシュデルが口を開いた。大魔導の知識を持ってしても、やはりあり得ないことなのだと突きつけられ、ギンヨウは怯みそうになった。それを察してか、ノインがポンッと肩に手を置いてきた。この人は本当に!だが、今はいけない。傍にいてほしいと願うのは分不相応だ。彼をリティルから奪い取るだけの力を最低でもつけなければ、彼は頷いてはくれない。

「はい。理解しがたいんでやがりますが、思い返せば変な記憶があるんでやがります。ので、わたしが死に戻ったのは1度ではないような気がしてやがります。その過程で何かあったのか、今のところわからなくてやがりますが」

ノインに座れと促され、ギンヨウ達は豪華な応接セットに腰を下ろした。なんとも面白いデザインだ。ソファーの足がキノコの形をしている。

「変な記憶とは、具体的にどういったものだ?」

「辻褄が合わない記憶でやがりますね。例えば、シャナインと婚姻を結んでいない記憶があるんでやがります。そんなに前からやり直せるものなのか?とも思えるんでやがりますが、リアルな夢ではなさそうでやがりまして」

ノインが、形の良い顎に手で触れて思案する。あの仮面の下を見せてくれる日は来るのだろうか?今でも十分眼福なのだが。

「おまえの見た未来、語れるか?」

「はい」

ギンヨウは、覚えている限りのことを、2人に話した。話していいのかもわからないが、何度も失敗しているのならば、もう藁にも縋る思いという奴だった。

ギンヨウが見ている未来は、天照大鏡の姿で、リティルを庇い、黒い大剣に貫かれるというものだ。おそらく、リティルを庇っているのだと思われるが、何からなのか、まったく不明で、ギンヨウは現状何度も同じ時を繰り返しているのだ。

「黒い、大剣……?」

天照姿でリティルを庇っているという点に食いつかれると思っていたが、ノインは件の言葉を呟いた。僅かに動揺しているように見えるのだが、気のせいだろうか?

「ああ、わたしを刺しやがるブツでやがりますね。思えば少しおかしな剣でやがりますね。鞘から抜かれていないんでやがりますよ。だのにわたしを串刺しにしやがるので、魔法剣の類いなんでやがりましょうね」

一撃で大鏡諸共串刺しだ。いかにギンヨウが防御力もゼロなのだとしても、あんな豆腐のように貫けるものだろうか?

「これだったか?」

これ?意外な言葉に、ギンヨウは首を傾げてしまった。ノインはおもむろに、テーブルの上に大剣を出現させた。柄から切っ先まで真っ黒な、鍔と鞘とが鎖に繋がれて抜けないようになった大剣だった。え?なぜにノインがこれを持っているのだろうか?とギンヨウは驚いた。

「……これのようだな。これは、オレの持つ至宝・黄昏の大剣だ」

そうだった。ノインも至宝の精霊だった。これが、ノインの至宝なのだ。初めて見た。

……初めてではない。確かにギンヨウはこれを見た。見たのだが、何だろうか?これによって死んだのだが、違うような?何を違うと思っているのかわからずに、頭の中がぐるぐるしていた。これは、これに関して重大なことを忘れているのだと思った。

それは何か?思い出さないとよくないことはなんとなく理解している。だが、思い出せそうにない。

「リティル様を君が殺そうとして、ギンヨウが庇うの?」

アシュデルが隣に座ったノインに顔を向ける。ノインは平然と返した。

「信じがたいが、そのようだ」

「………………あり得ない」

2人は冷静その者だった。だが、ギンヨウは冷静ではいられない。確かにギンヨウ自身はこれによって命を落とす。落とすのだが、違う!と心が激しく拒絶していた。ノインはそんなことをしないと言いたいわけではなく、ただ違うと否定していた。

「あり得なくてやがります!ノインがリティルを?何があるというんでやがりますか!?わたしがリティルを庇う?心情では、あなたを庇いたくてやがりますよ!?」

「光栄だが落ち着け。おまえはどんな人物であれ、庇ってしまう。……問題はそれが起こるのがいつかということか。覚えているのか?場所はわかるか?」

ノインは大剣を消してしまった。自分を殺す剣をこれ見よがしにしているのもなと、思ったのかもしれない。

「未来になかった行動を取ってやがります。けれども、回避はしてやがりませんね。……あの、この城の中を歩いてみてもよくてやがりますか?」

なんとなくこの城を覚えているような気がする。まだ気がする程度だが。

「問題ない。ここは、黒夜王室の離宮だ。王からは好きに使えと言われている」

グロウタースの王と懇意とは恐れ入る。ノインはやっぱり凄い人だなと思っていると、アシュデルが苦笑した。何だろうか?微笑ましい物を見たような顔をしているような?

「この国はね、預言書に従っているんだ。ちなみに、君が安置されていたのは王城だよ」

そうなのだ。グロウタース・黒夜の曙は、ギンヨウが生まれる前の天照大鏡が安置されていた国だ。アシュデルはたまたまここに立ち寄り、いきなり城へ連行され、当時の王太后から托されたのだ。

「ここを密会場所に選んだのは、預言書に書かれていたからなんでやがりますか?」

皆の視線がノインに集まった。

「少し前に王に捕縛された」

「ノインが捕まったんでやがりますか!?」

どうやって!?ノインに敵う人がいるなんて、いや、グロウタースの民が捕縛できるなんて驚きだ。それはやられたノインが1番思っているらしく、苦笑している。

「妙な魔法だった。王は自分にしか使えないと言っていたが、な。その時、この離宮の使用許可を得た。必要になるからと言われてな」

どうしてそうなった?説明が圧倒的に足りないが、ノインにも説明できないようだった。

「ここの王家って、そんな感じだよね?ボクの時も唐突だったし。でも、ここが運命の場所で間違いないね。覚えてない?」

アシュデルに顔を向けられたが、思い出せない。ギンヨウが行ってしまったのは、犠牲の因果分岐だ。1度死ななければならないとはいえ、過去に戻れば記憶は保持されるはずだったのだが……断片的な継ぎ接ぎでしかない。よほどに失敗しているのだと思うしかないのだが、困っている。これでは変えようにも変える事が非常に困難だ。

「だから、城の中を歩こうっていうんだろう?まあ、待ちなよぉ。そろそろ兄さんの診察が終わる頃だよぉ」

そうだ。シャナインの妊娠をきちんと調べなければならない。?どうして、きちんと調べなければと思ったのだろうか?うーん、思い出せない……。

「シャナイン!落ちついて!」

ギンヨウがふと疑問を思ったその時、続きの間からペオニサの悲鳴が聞こえてきた。


 ギンヨウに診察を受けろといわれ、どこも悪いところはないのですがと思いながらも従った。ペオニサに言われるがままベッドに仰向けに横たわり、彼が手をかざし始めた。そうしてしばらくすると、ペオニサが何かを見つけたようだった。が、首を傾げ何度も同じ場所に手をかざす。

「シャナイン……妊娠してると思うんだけど」

「!?」

それを聞いて、シャナインは即座にあり得ないと思った。そして、自分でも驚くべき行動に出てしまった。シャナインの腹に命が宿ることはない。風の精霊は魂を導く性質上死に近いのだ。いかに、反属性のような花の精霊の血を半分引いていようとも、ギンヨウにも花の精霊の性質があるのだとしても、ほぼ風の力しか使えないようなシャナインでは花の力など引き出しようがない。

ギンヨウに不義を疑われる!そう思ってしまった。シャナインは拳を振り上げて腹を打ととうとした。

「シャナイン!落ちついて!」

しかし、青ざめたペオニサに抱きつかれて阻止されてしまった。非戦闘員とはいえ、ペオニサは図体だけは大きい。シャナインは動けなくなってしまった。

「放してください!これは違います!何かの間違いです!」

「それって、ギンヨウの子じゃないって確信があるってことかな?」

とにかく処理しなければ!とペオニサと攻防を繰り広げていると、身体が瞬間硬直するような言葉を投げかけられていた。蒼白になって扉の方を見ると、ニコニコと笑うアシュデルと顔があった。見えないはずの目から冷ややかな視線を感じる。彼は心眼という魔法で風景を見ている。義父となった彼に、こんな視線を浴びせられる日が来るとは思いもよらなかった。

「あ……いいえ……違います……違います……」

アシュデルに知られてしまったら、ギンヨウから引き離されてしまう。しかし、シャナインは言葉を上手く紡げなかった。

「落ちつきやがってください。大丈夫でやがりますから」

ギンヨウの姿を見てしまったら、もう耐えられなかった。シャナインは首を横に振り続けるしかなかった。

「違います……違います……」

ギンヨウがゆっくりと近づいてくる。逃げたい。逃げたかったが、ペオニサに抱きつかれていて動けなかった。そうしていると、ギンヨウがベッドに腰掛けてきた。

「ペオニサ、胎児は見えやがりましたか?」

どうしてそんなに冷静でいられるのだろうか?ギンヨウとの子供なんてあり得ない。あり得ないのに。

「それが……なんか小さな欠片みたいで……。でも、鼓動があるから、赤ちゃんだと思うよ?うん」

ハアとギンヨウがため息をついた。

「鏡の欠片でやがりますね」

いったいギンヨウは何の話をしているのだろうか?でも、歓迎されていないことは鈍いシャナインにもわかった。ギンヨウが、申し訳なさそうにこちらを見た。

「すみません……何度も因果分岐を失敗してしまいやがりまして、どこかの未来で砕けた鏡の欠片を得てしまったんでやがりましょう」

「死んだのですか?ギンヨウ」

「はい。隠す必要はなくてやがりますね。何度も死んでやがります」

「お父さんの、為なのですか?」

ギンヨウは黙した。そうなのだ。ギンヨウはリティルの為に、何度も何度も死んでいるのだ。

「ギンヨウ、お父さんを救うことをやめてください。運命だと、受け入れてください」

だってそうだろう?ギンヨウが変えられないということは、リティルが協力的ではないということだ。命を救ってもらっておいて、協力的ではないなんて助かりたくないと言っているようなものではないか。

「シャナイン……」

ギンヨウは困ったような物申したそうな目で、こちらを見た。

「お父さんが死んでしまうとしましても、それはお父さんの運命なのです。ギンヨウが、何度も死を繰り返す必要はないのです」

説得できない。わかっていた。ギンヨウは、否定しても風の王の犠牲の鏡なのだ。前任の2人のように、風の王の為に犠牲になるのだ。ギンヨウが選ぶのは、風の王であってその娘ではない。選ばれない。ギンヨウはわたしを選んではくれないのだということが、シャナインには目の前が真っ暗になるほど哀しかった。

「シャナイン、今回は我々がいる。必ずやギンヨウの本懐を遂げさせてみせる。この1度、許してはくれないか?」

「ギンヨウよりもお父さんが大事なのですね?ノイン」

八つ当たりだ。ギンヨウに望む未来を導かせてあげられない力のなさを、力あるノインにぶつけているにすぎなかった。

「運命の時、ギンヨウを選ぶと誓おう」

大股に近づいてきたノインが、シャナインとギンヨウの前に跪いた。

「ノイン……あなたにしては、熱くなりすぎでやがりましょう?待ちやがってください。思い出しやがりますから」

ギンヨウは困って、腕組みをすると本当に考え込んでしまった。だが、彼の思考を邪魔してでも問わねばならないことがある。

「ギンヨウ、鏡の欠片がここにあるとしまして、今、大鏡は欠けているのですか?欠けているから、本来の力を発揮できないのではないのですか?」

余裕がないのはギンヨウの方だ。何度死んだ?彼は戦えない。身を守る術も一切持たないのに、そんな目に……。思考を邪魔したのに、ギンヨウは顔を上げると普段通りの笑みを浮かべてくれた。

「欠けてやがりませんよ?欠けていたら、気がついてやがりますよ。ああ、すみません。少し、歩いてきてもよくてやがりますか?」

ベッドを降りるギンヨウを、誰も止められはしなかった。1番に我に返ったノインが「同行しよう」と申し出てくれ、2人は部屋を出て行ってしまった。


 ギンヨウよりもお父さんが大事なのですね?か。ギンヨウを追いかけ、彼の隣に追いついたノインは、大理石でできた廊下を歩く足音が、いつも以上に耳に痛く響く気がした。

「気にしやがらないでください。これまで、関わってきた時間が違ってやがりますよ」

隣を歩くギンヨウが、まったく気にした様子のない顔で慰めてきた。なぜ彼は、こんなに強くいられるのだろうか?仲間が必要なのは、リティルではなく彼の方だ。ギンヨウを助けたい。ノインは、これまで感じた事のない想いを感じていた。

ノインは、主君を捜している。この力を捧げる相手を捜している。

それは、風の王・リティルではないことは、すでにわかっていた。ノインもそれを口に出して言ったことはないが、風の城を知るすべての者が、ノインは風の王・リティルの騎士だと思っていることだろう。

この至宝・黄昏の大剣が持っていた使命は果たされ、ノインは実は消滅の危機にある。だが、この命は食い止められている。リティルが、兄だと、ノインは兄だからここにいるべきだと主張したから。

恩はあるのだ。リティルを主君と選ばず、他の誰かに仕えることは、裏切りであり薄情者のすることだとわかっている。わかっているが故に、言い出せず離れられなかった。

「すみません。心にもないことを、言わせてしまいやがりましたね」

心にも、ない?違う。確かに言わされはしたが、本心だった。売り言葉に買い言葉でも、さすがにあんな失言はしない。

「おまえは、オレが傍にいることが、迷惑ではないのか?」

気弱なことだ。ノインは常に自分本位だ。だから、リティルやインファに伺いを立てることなく独断で動く。嫌われたくてしているわけではないのだが、2人がこんなノインを許さなければ、とっくに風の城にはいなかっただろう。それは、兄弟であり相棒でありという信頼関係があるからこそのものだ。

だが、ギンヨウは違う。部外者だ。力の精霊という恐れられる精霊である自分がウロチョロして、本当に恐怖は感じていないのだろうか?ノインは確かに、自身の力の理解度が高く、この禍々しい力の気配を最大限抑える事ができる。できるのだが、いつ訪ねても快く対応してくれるギンヨウに、これでも違和感があった。

「迷惑だったなら、追い返してやがりますね!リティルだろうが副官だろうが、譲歩した事はなくてやがりますよ」

清々しい御仁だと思う。恐れ知らずとも言うが。しかし、彼が風の王だから、副官だからとかしこまる必要はないのだ。1精霊なのだから。精霊は本来群れる種族ではない。属性が違えば尚のこと、従う必要などないのだ。リティル率いる風一家が特殊なのだ。それも、長き時を経ている為に、自分達が精霊の世界において特殊なのだということを忘れてしまっているだけだ。

誰も、ギンヨウを縛ることはできない。はずなのだ。

「至宝の精霊は、誰かに仕えてこそなのだそうでやがりますね。だからあなたは、風の王の騎士をしているんでやがりますか?」

「オレは、リティルの騎士ではない」

「そうなんでやがりますか?でも、情はあるんでやがりますよね?そうでなければ、あなたほどの人がリティルに付き従っているのは、正直」

ギンヨウはそれ以上言わなかった。グロウタースにいながら、よくしっているものだ。風の王・リティルは元素の王の1人でありながら、他の元素の王が上級でしかない中で最上級精霊だ。だとしても、1元素の王であることは疑いようがない。

力の精霊は最上級精霊で世界最強。何のしがらみもないのならば風の城にいることを、昼の国・セクルースの支配者である太陽王が許すはずがない。ノインがつけばその者は武力という発言権を得てしまうのだから。

今、風の王・リティルが注目される精霊であるのは、ノインが人知れず睨みをきかせているからだ。しかし、ノインの守りを失ったとしても、風の王・リティルはすでに揺るがない地位を手に入れている。悪名高いノインの事など、恐れることはないはずなのだ。もう、ノインは必要ないはずなのだ。

「だからわたしというのは、おこがましいんでやがりますが……。フフフ、言わなければよくてやがりました。犠牲の鏡に仕えたとしても、わたしは、いついなくなるかもわからないんでやがりますから」

ギンヨウの驚く正面の顔が瞳に映っていた。どうやら自分は、ギンヨウの両肩を掴んでこちらを向かせたようだった。ノインは自分自身に驚いて、ギンヨウから手を放していた。

「っ!すまない。そうならないようにおまえを守ることも、価値あることだ」

「あなたは、リティルの騎士でいるべきだ」

「違う!おまえにリティルを守らせる為に言ったのではない!おまえが」

オレは今、何を言おうとした?すでに驚きから立ち直っているギンヨウが、フフフと笑った。

「あなたは案外、激情家だったんでやがりますね。シャナインのこともわたしの失言のことも、気にしやがらないでください。割れるつもりはなくてやがりますので、気楽にいきやがりましょう」

なぜ、そんなに強くいられる?死だ。死ねば終わりだ。魂は輪廻転生するとしても、今を生きているその個人は失われる。怖くはないのか?この世から消えてなくなることが。

「ギンヨウ、オレは、恐れられる精霊だ。隠しているつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったな」

ノインは、霊力を範囲を限定して解放した。ハッとギンヨウの顔が強ばった。すぐに抑えたが、ギンヨウは腰が抜けたように床にへたり込みそうになり、ノインは手を貸して床に座らせてやった。ノインの力、始まりと終わりの地、生命の大釜・ドゥガリーヤの力である濡羽色の力は、生も死も、清濁併せ呑む異界の力だ。その力は魂を萎縮させる。ノインですら、濡羽色の力本体を使うことはないくらいの危険な力だ。それを、一瞬とはいえ、あまりに無防備なギンヨウが晒されたのだ。意識を失わなかったギンヨウは強い。

「これがオレの、本来の力だ」

恐ろしいだろう?ノインはどうしてか、ギンヨウに恐れてほしかった。

「動けなくてやがりました。ああ、それで、あなたは怖い精霊だと言われているんでやがりますね」

「……なぜだ?」

「はい?もしかして、怖がるとでも思ったんでやがりますか?わたしを子供か何かだと思っているんでやがりますか?恐れるわけがなくてやがりましょう?それは、本能的に魂が縮み上がりましたが、あなたの人となりはわかっているつもりでやがりますよ?」

本能的な恐怖を感じたと認めているのに、その直後腰が抜けたことを恥じて笑えるものだろうか?血を分けてもいない、出会ってまだそんなに経っていないというのに、信じるに値する絆があるというのか?こんなオレに?

この御仁だ。

ノインはそう思った。この、役目を終えた至宝が、もう1度生きる意味を見いだすための主君は、この天照大鏡・ギンヨウなのだとノインのすべてが悟った瞬間だった。

「ギンヨウ……おまえの騎士に、してはくれないか?」

「ノイン、」

「おまえだ!オレの力のすべてを賭けて仕えるべき主君は、天照大鏡・ギンヨウ。おまえだ」

言い切ればギンヨウはポカンと瞳を見開いた。そして、考えがまとまったのかいきなり笑い出した。

「ハハハハ。嘘でやがりましょう?弟で恩人であるリティルよりも、絆と呼べるものもない犠牲の鏡でしかないわたしを選ぶと、そういうんでやがりますか?」

「おまえもオレを選んでくれると、言っただろう?」

「ハハハハ。言ってしまいやがりましたね!ハハハハ。物好きでやがりますね!」

「人のことを言えた口か?」

「世界最強で、博識で、本当の優しさを持っている、そんなあなたに惚れない人はいないのでは?」

ギンヨウは、もう腰は復活したようで立ち上がった。彼は頷いてはくれない。そう思ったが、口説く言葉も理由も今は持ち合わせてはいなかった。

「頭を冷やしやがってください。危機的状況で、わたしに同情しているだけでやがりますよ。師匠も、ペオニサもリフラクも、なぜかリティルと敵対したいようでやがります。その上あなたまで血迷ってしまいやがったら、滅びしかなくなってしまいやがりますよ?」

ノインは、今まで風の城で何もしてこなかったことに後悔した。ノインの味方は、いないに等しい。妻のフロインは、リティルの守護女神だ。ノインが離反すれば、それをリティルが許さなければ平気で襲ってくるだろう。なおかつ、ノインをリティルから奪おうとしたとしてギンヨウを狙うことも大いにあり得る。彼の言うとおり、ここでノインが強行すれば、ギンヨウを慕っている者にまで被害が及ぶ。

ギンヨウの騎士になるには、根回しが必要だ。

懸命だ。ギンヨウはよく見えている。そして、風の王・リティルの影響力すらも理解している。なぜ、もっと早くに出会えなかったのか。この出会いをしっていれば、風の王にまつわる役目を終えた時、さっさと離れていたものを!後悔してもしかたがない。ノインは、風の城で地位を築かなかった。そのツケが回ってきただけなのだから。

「すまない。熱くなってしまった」

「いいえ。こんな妙な事案、あなたでも初めてでやがりましょう?わたしも混乱しているんでやがります。理解しようとすれば、深みにはまってしまいやがりますよ」

ギンヨウは何事もなかったかのように、廊下を歩み始めた。大理石造りの廊下に、2人分の足音が響いていた。


――銀陽、時間がありません……

誰でやがりますか?わたしを、呼びやがるのは……

――銀陽、思い出しなさい。運命の場所を

運命の、場所……どこなんでやがりますか……?

――銀陽、残酷な現実を知るでしょう。そして、選択を迫られます

わかってやがりますよ。わたしには、その場で1人しか救えなくてやがります

――銀陽、今度こそ、選べることを願っています

…………………………フフフ、わたしは強欲でやがりますよ?選ばず、すべて、平らげてみせましょう


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