第一話 第五節「贅沢は言わん」
【12月20日 3:58】
大きくため息を吐く。
レイがはっきりと可能性を排除した以上、ホテルは高くつくし…やめておこう。どうせ八割は冗談だったしな、うん。
となると、思いつく選択肢は二つ。
①近くの知り合いに泊めさせてもらう。
②ネカフェに泊まる。
どちらも割と難易度が高い。
①は、まぁ一人心当たりがあるが、この時間帯に女の子を連れて「泊めさせてください!」はなかなかの剛の者だ。アイツの驚き、呆れ、ドン引く表情が目に浮かぶ。
②は、何よりレイの身分証をどうするかが課題だ。というか、多分無理だろうな。利用経験が無いから分からんが、たぶん監視カメラもあるだろうし、こっそり招き入れる手段がない。
あれ?①か『レイの汚部屋探訪』の二択?
――俺、苦しむ道しか無いじゃん。
もう一度深くため息を吐いたとき、それが視線に入った。
(グレイに関係する自分を置いて、遠くに身を潜めることは考え難いのだ)
――半球型ドームの中は空洞になっていて、表面にはいくつもの穴が空いている。その穴越しに、内部でそれがのそりと動いた。
(自分は戦闘タイプではないから、弱ってる今のヤツと戦って、ようやく五分五分の勝率なのだ。ヤツが環境に慣れてしまえば確実に負けるのだ)
――それは、上部の大きな穴の縁を片手で掴むと、一気に体を引き上げ、ぬるりと姿を現した。
(力を蓄えて、確実に勝てるタイミングで必ず仕掛けてくるのだ)
――それは、身長一八〇センチはありそうな長身で、細身の体に(どこで奪ったのか)白シャツとスラックスを着込んでいた。
妙に長い手足はシルエットでも異様だったが、何よりの異形はその顔だった。
細長い頭、平たい鼻、横に長い口。
見たヤツは皆、『トカゲ人間』と呼ぶだろう。
だが少し知識を持つヤツは、違う名前で呼ぶはずだ。
『レプティリアン』と。
「…………!!」
声が出なかった。
驚きと恐怖で、体が固まって動かない。
レイの言葉をちゃんと受け止めていれば、いつでもどこでも襲撃はあり得ると構えていたはずなのに。
(俺は大丈夫。心配いらねぇって。)
そんな糞みたいな楽観的思考で、いままで散々痛い目にあってきたはずなのに。
ヤツは……レプティリアンは、右手に小刀を持っていた。いや、小刀じゃない。どの家庭にもある、文化包丁ってヤツだ。
レプティリアンはそれを腰に構えると。
レイに向かって、飛んだ。
レイは先ほどまで俺を冷めた視線で見ていたが、俺の視線と表情の変化を見た瞬間、ものすごい勢いで振り向いた。
だが、それでも遅かった。
レプティリアンが突き出した包丁の刃は、レイの首筋を切り裂いた。
レイが切られた箇所から、鮮やかな赤い血が噴き出す。
――俺はひょっとしたら、とんでもない冷血野郎なのかもしれない。
首を押さえてふらつくレイの様子を見て、俺が思ったことは三つ。
①合成人間っていうから血は白いのかなとか思ってたけど、ちゃんと赤いんだ。
②動脈を切られると、あんな漫画みてぇに血がピューっと出るのか。
③あの野郎が一番嫌がることをして、苦しませてやりてぇ。
冷静、だろ?さっきまで仲良く話してた相手が、目の前で切られたってのに。
そこからの俺の行動も、至って冷静だった。冷静なだけじゃない。我ながら、あの行動は最適解だったと思う。
ポケットに手を入れ、携帯灰皿を手に取り――レプティリアンの顔面に向かって思い切り投げつけた!
レプティリアンに、避ける様子は無かった。俺に何かされるとは、想定していなかったのかもしれない。
緩めの金属ボタンで留められただけの安い携帯灰皿は、ぶつかった衝撃であっさりと口を開き――詰め込まれていた数日分の吸い殻と灰を、残らずぶちまけた。
「ギェェェェェ―――!!」
レプティリアンの絶叫が公園中に響き渡る。
そりゃそうだ。臭いだけでキツいのなら、吸い殻と灰の衝撃と臭いと不快感は凄まじいだろう。
レプティリアンは身を屈め――初めて会ったときと同様に、高く飛び上がり逃げ去っていった。
レプティリアンが逃げに入った時点で、もう俺の意識はレイだけに向かっていた。
「レイ!大丈夫か!」
レイは顔を真っ白にしながらしゃがみ込み、片手で首を押さえている。押さえた手の間から、だらだらと血が流れ出ている。
そんな状況でも、その視線は、逃げ去ったレプティリアンの方向にまっすぐ向けられていた。
「レイ――」
思わずレイの前にしゃがみ込み、顔を覗き込んだものの――言葉が出てこない。
どうすればいい。
応急処置なんざ、全然分からん。
救急車か。いや、呼ぶのはまずいんじゃないのか。
いや、迷ってる場合か!このままじゃ。
――レイが、死ぬ。
そのとき、レイがようやく視線をこちらに向けた。
「――見事だったのだ、拝也」
レイは、にっと笑ってみせた。
「褒めてやりたいのだが、まずは自分を安全な場所に運んでほしいのだ。
贅沢は言わん。
ホテルでもよい、のだ――」
そう弱々しく言うと、レイは俺の胸に顔を預けて倒れ込んできた。
――そして、何も言わなくなった。
【第一話 了】




